2023.1.16

経営情報学部学生広報誌「じぇむ」no.46 Uターンしてどぶろく製造会社を事業承継した遠藤みさとさん

文:藤田佑衣子 撮影:堀尾真菜
 
 今回は、経営情報学部の卒業生で、鳥取県伯耆町上代(かみだい)地区にある「株式会社上代」(以下「上代」)を事業承継され、社長となった遠藤みさとさんにインタビューさせていただきました。遠藤みさとさん在学中の記事では、地元米子で夏休み期間限定タピオカ専門店を開業された経験の取材をさせていただき、今回は2回目の取材です。取材場所は現在「上代」が利用している、旧二部小学校福岡分校(廃校)です。
(取材日:2022年12月3日)
 

親族でも従業員でもない会社を事業承継

——:「上代」4代目社長就任おめでとうございます。
遠藤:ありがとうございます。
——:「上代」の事業内容を教えて下さい。
遠藤:主にどぶろくを製造しています。看板商品は「源流どぶろく 上代」です。
——:「上代」創業の経緯を教えて下さい。
遠藤:昭和40年代、この地域の造り酒屋と米子市の酒造会社が合併し、この地域の源流米を使った「源流あられ酒」を一緒に造っていましたが廃業が決まってしまいました。その後、この地域をもう一度どぶろくと蕎麦で盛り上げようと「どぶろく特区」認可を取り、この地域で街づくり会社として平成21年(2009年)に設立されました。蕎麦店は旧二部小学校福岡分校で「農家食堂 上代学校」として営業していましたが、コロナの影響で休業しました。
——:「上代」は街づくり会社として興されたのですね。
ちなみに、「どぶろく特区」とはどんな制度ですか?
遠藤:どぶろくを製造するのに必要な酒造免許です。条件として、地元のお米を使うこと、地元で酒造すること、製造したどぶろくを提供する場所があることが求められます。
——:地域振興のための制度なのですね。
「源流どぶろく 上代」はどんな評価を受けていますか?
遠藤2013年に「全国どぶろく研究大会」で、濃芳醇の部58銘柄の中で最優秀賞を受賞しました。
——:とても評価の高いどぶろくなのですね。
社長就任の経緯を教えて下さい。
遠藤:私は2021年9月まで大阪で働いていましたが、会社を辞めてUターンした後、私の父から、「上代」の発起人・創業時の方・役員さんを含めた飲み会に呼ばれました。その時に、「上代」がコロナ禍による売上の減少や役員の高齢化、施設の老朽化等により、廃業が決まったという話を聞きました。「上代」は、私が幼い頃から酒米の田植えイベントに参加したり、創業時に父が株主として関わっていたので、よく知っている会社でした。せっかく地元に良いものがありファンもいるのに、なくなってしまうのはもったいないと思い、事業承継を決意しました。
——: 「上代」の経営の引継は具体的にどんなことをしたのですか?
遠藤:株の買い取りや譲渡をしました。その後は、挨拶回りをして営業等を引き継ぎました。
——:事業承継で一番力を入れたことは何ですか?
遠藤:私は第三者承継で血縁関係はなく、上代出身でも伯耆町出身でもなく、3代目の社長さんと知り合いだったわけでもありません。そのため、当時24歳の私が「事業承継したい!」と言っても、「じゃあ、すぐに教えてあげよう。」とはならないので、最初のコミュニケーションは一番頑張ったところです。今では「上代」の先代や関わってくださっている方々に孫のように可愛がってもらっています。
——: 引き継いで良かったことは何ですか?
遠藤:会社を存続できたところです。それから第三者承継をして、若い世代が全く血縁関係のない会社を承継するという一つのロールモデルになったと思っています。

取引先を新規開拓し、製造量を1.5倍化

——:「上代」の従業員は何人いらっしゃいますか?
遠藤:私以外に2人で計3人の会社です。
——:社長はどのような仕事をされているのですか?
遠藤:営業、販売、納品、製造とそのマネジメント等です。
——:社長就任後、改革したことはありますか?
遠藤:甘酒のリブランディングとマーケティング、SNSの発信、取引先の新規開拓、ミッションや事業計画の立て直し等をしました。
——:社長就任後の実績はいかがですか?
遠藤:新しい取引が増え、製造を1.5倍に増やしました。
——:すごいですね!
遠藤:ありがたいことに、造ったら全部実店舗で売れるようになり、オンラインショップに回す余裕がない状態です。そのためオンラインショップは、現在は休止しています。
——:「上代」の社長になってからもそれ以前とは変えずに維持していることは何ですか?
遠藤:街づくり会社としての思いや先代の意志と看板商品の味とラベルです。このラベルで覚えてくれている方もいるので、変えていません。
——:なるほど!遠藤さんが社長に就任されて、宣伝や販売で何か新しい試みを始められましたか?
遠藤:SNSを始めたり、店舗で立って販売をしたりしました。
——:SNSではどのような投稿をされているのですか?
遠藤:主にInstagramを使用しており、会社と私と杜氏の請川さんの3つアカウントがあります。会社のアカウントでは、主にイベントの告知や製造の様子を残しています。私のアカウントでは私の一日の様子や自分の感情が動いた時の日記として残しています。請川さんのアカウントでは杜氏の様子を投稿しています。
——:造っている人の様子が見れるのも楽しいですね。

ライター注:Instagramのアカウントは以下のリンクまたは検索で参照できます。源流どぶろく上代 @doburoku_kamidai, 遠藤さん @misato_doburoku, 請川さん @uke_doburoku

自社の利益ではなく地域一帯が盛り上がるように事業を展開したい

——: 伯耆町では少子高齢化や都市圏への人口流出等がある中で事業承継するのは勇気のいる決断だったと思うのですが、「上代」への思いを教えて下さい。
遠藤: 私は、この地域の高齢化や空き家問題を直に感じました。「上代」は今年で設立14年目で、株主さんも150名おられる街づくり会社です。そのため、単にどぶろくを販売して自社の利益にするのではなく、この地域一帯が盛り上がるように、事業を展開したいと考えています。
——:今後の展開についてお聞かせください。
遠藤:「源流どぶろく 上代」は、造るなら日本一を目指そうと精米度にこだわって造られたどぶろくになっているので、3年後にもう一度日本一を取ることを目指しています。それから、蕎麦店を経営していた分校の元校舎でカフェを開きたいと考えています。街づくり会社として、世代を超えた地域交流を大事にしつつ、認知度を上げて鳥取県民に愛される会社を目指したいと思っています。そして、オンラインショップも再開する予定です。
——:社長として心掛けていることを教えて下さい。
遠藤:情熱を持つことです。社長から従業員へ情熱は伝播すると思っているので、社長が一番情熱を持つべきだと思っています。それから、笑顔で明るく接することと、プライドは持たず、素直で謙虚にいることです。

純米大吟醸に相当する精米度50%ですっきりした味のどぶろく

——:どぶろくと日本酒と濁り酒の違いは何ですか?
遠藤:漉すか漉さないかです。漉すと清酒になります。濁り酒は清酒の一種で、粗い目で漉してあります。全く漉さないのがどぶろくになります。どぶろくは全く漉さないので、米の栄養がそのまま入っていて「飲む美容液」とも言われています。お客様や私の実感としては、「普段より眠りやすかった」や、「次の日の化粧ノリが良かった」等の声があります。
担当教員注:清酒製造の際、漉して取り除かれたものが酒粕(またはどぶろくに含まれている成分)で、米のタンパク質や酵母からのアミノ酸、核酸が豊富(小学館 日本大百科全書)。
——:「上代」のどぶろくの魅力は何ですか?
遠藤:この地域の源流米と地下水で造っているので、原料がきれいです。精米度も高いので雑味がなく、すっきりとした味を出すことができ、食事中でも楽しんでもらえるような辛口になっています。
——:精米度はどれぐらいですか?
遠藤:50%精米しています。
担当教員注:精米度と精米歩合は次のように定義されています。
 精米度=玄米から削り取った重さ/玄米の重さ
 精米歩合=精米した後の白米の重さ/玄米の重さ
精米度は高い方が、精米歩合は低い方が、より磨かれた酒米ということになります。
——(担当教員):精米度と原料からいうと清酒の純米大吟醸に相当しますが、吟醸香があったりするのですか?
遠藤:もろみの香りがあり、吟醸香があるわけではありません。
——(担当教員):「源流どぶろく上代」は生酒ですか?火入れしていますか?
遠藤:両方あります。
——:「上代」のお酒はどんな品種のお米で仕込んでいるのですか?
遠藤:「五百万石」という酒米を使っており、伯耆町産のものです。
——:「五百万石」を使う理由は何ですか?
遠藤:寒冷地での栽培に適した品種で、淡麗で辛口のお酒に向いている酒米だからです。これを使うことによって、すっきりとして、癖の少ないお酒を目指せます。
——:アルコール度数は何度ですか?
遠藤:看板商品の「源流どぶろく 上代」は16%です。同じ材料を使った「もろみ美人」はアルコール度数が8%で、甘酒は0%です。
——:「源流どぶろく 上代」のおすすめの飲み方を教えて下さい。
遠藤:冷で飲んでいただくのが一番おすすめです。また、ぬる燗にしていただくと麹の香りがふわっと広がり、喉にくるアルコール感がたまらない美味しさがあります。最近の新しい飲み方としてはソーダ割、女性向けには、お猪口に8対2で「美酢(ミチョ)」のザクロ味で割っていただくのが飲みやすくておすすめです。

鳥取県が大好きで、地域を盛り上げる人になりたくてUターン

——:大学卒業後の経歴をお聞かせください。
遠藤:大阪のコンサルタント会社に就職しました。地元にはいつか帰ろうと思っていました。両親がコンサルタント会社を経営しているので、その修行の内と思い、大阪で就職をしました。
——:地元へUターンされた経緯をお聞かせください。
遠藤:働いている中で、自分らしく働くという理想と一致しなかったことと、若い時に誰と過ごすかが大切だと思っていたのでUターンを決めました。
——:地元に戻りたいと考えていた理由は何ですか?
遠藤:一番は鳥取県が大好きだということです。大学2年生の時に友達が「鳥取に帰りたいけど良い企業がないから都会に出るしかないよね。」という話をしていていたのですが、私は両親の会社セミナーを見学した時に、地元企業の社長さんが社員や地域の方のために一生懸命に勉強されている姿を見ていました。地元にはこんな熱心な企業がたくさんあるのに、若い人達はなぜ知らないんだろうと思っていました。そのギャップを無くし、若い人達に鳥取県を誇りに思ってもらえるよう、私が鳥取県に帰って起業等で活躍する人になり、他の人に私の様な選択肢もあることを見せたいと思っていました。
——:Uターンして良かったことは何ですか?
遠藤: 大阪から米子に戻って来たことで、大山・中海・日本海が近くにある自然・景色の素晴らしさを実感して、見える景色や会う人が変わったことが良かったと思います。大阪と鳥取での暮らしに違いがあり、当たり前の大切さに気付きました。また、自分が自分らしくいて、自分の理想に近づいている生活ができていることがすごく良かったと思います。

挫折して入学したが、阪南大はチャレンジを応援してくれた

——:阪南大で学んだ科目の中で、事業承継に役に立った科目はありますか?
遠藤:簿記、財務会計系科目、経営管理論、国際経営論、事業承継論、地域活性化論、起業塾、Wordや Excel、他の情報系科目も全部役に立っていると思います。経営の理論として学んだものが、今実践していく中で役に立っています。
——:大学でもっと真面目に学んでおけば良かったと思う科目はありますか?
遠藤:簿記はもっとちゃんとやっておけば今楽だったと思います(苦笑)。
——: 「上代」の事業承継や経営で、在学中のタピオカ専門店の開業経験が活かされたことはありますか?
遠藤:タピオカ店を開業した時に、コミュニケーションを取ることが大事だということを学んだので、社内では欠かさずコミュニケーションを取っています。それから、いろんな人が応援してくださった時に、タピオカ店を応援してくれているのではなく、地域を盛り上げたいという大学生が立ち上がったから周りが応援してくれたのだという実感があったので、そこはぶれてはいけないと思っています。
——:人との出会いで嬉しかったことはありますか?
遠藤:タピオカ店も同じ鳥取県で始めたので、「上代」の営業や販売で回っていると、「あの時の、あの子?」って言われることがあります。それから、タピオカ店をやっていた当時高校生だった子と3年経って会社のSNSで出会い、「あの時に大学生でもタピオカ店を開けることを知って、今は大学でこんなことをしています!」という話をいただきました。私の開業経験が自分だけでなく他の人にも活かされているということを実感し嬉しく思います。
——:それは、とても嬉しい報告ですね!
卒論は何について書きましたか?
遠藤:「me café成功分析」です。
ライター注:me café(みーかふぇ)は、遠藤さんが在学中に開業したタピオカ専門店の名前です。
——:阪南大学に入学して良かったことは何ですか?
遠藤:正直に言うと、阪南大学は第一志望ではなく挫折して入学しました。大学を辞めようと考えていた時期もありましたが、先生との出会いが良かったと思います。自分のチャレンジを応援してくださる先生が多く、タピオカ店を始めようとした時も、ゼミの松下先生だけでなく、会計の授業で教わっていた吉城先生もゼミ生じゃないのに親身に教えてくださったり、今日もこうやって取材にも来てくださったりして、先生からの応援体制をすごく感じます。阪南大学に入っていなかったら、タピオカ店でチャレンジすることもなく、今もないと思っているので、入って良かったと心から思っています。
——:事業承継をしようと考えている学生に向けて何か一言お願いします。
遠藤:創業の精神は忘れないでほしいと思います。それぞれのときにいろんな困難があって今があるので、絶対に会社の過去を無下にしないで、創業時の思いだけは残さないといけないと思っています。

担当教員注:遠藤みさとさん密着ドキュメントがTV放映されます(いい移住(NHKBSプレミアム)2023年1月19日19:30放映予定)。なお今回の取材は、遠藤みさとさんと担当教員の間で2022年6月に打合せを開始していましたが、コロナ禍による大学の行動規制、および規制緩和後の全国旅行支援施策によって宿泊施設予約が困難になったために、取材日が大幅にずれ込んだものです。

遠藤みさとさんの過去の主なメディア報道(「上代」社長就任関連)

取材を終えて

 お忙しい中取材を引き受けてくださり、ありがとうございました。「上代」の「もろみ美人」を後日頂きました。辛口でありながら、お米のまろやかな甘みとほんのりとした炭酸が飲みやすく美味しかったです。取材では、事業承継やUターンをした理由等がとても興味深く、地元愛に溢れていることが伝わってきました。
藤田 佑衣子


 お忙しい中、取材を引き受けてくださりありがとうございました。『もろみ美人』と『甘酒』を飲ませていただきましたが、どちらも甘くて飲みやすく美味しかったです。今回、分校校舎で取材をさせていただき、私の通っていた小学校とは雰囲気が全然違いましたが、どこか懐かしさがあり、小学生時代を思い出すことができ良かったです。分校校舎でカフェを開く際は是非訪れたいと感じました。
堀尾 真菜

ゼミ指導教員コメント

 この記事にもあるように、遠藤みさとさんはまだ学生だった2019年に期間限定でタピオカ屋を開業しました。この反響はとても大きく、後輩のゼミ生や新入生から「そのときの話を聞きたい」とか「自分もしてみたい」という要望が数多くありました。2020年の4月ごろから本格的に新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが発生してしまったため同じようなことをするのは難しかったようですが、多くの大学生や高校生に影響を与えたようです。
 遠藤さんの素晴らしいところは、自分ではない誰かのために挑戦する姿勢を持っていることだと思います。タピオカ屋のときも計画段階から、地元を活性化したいと話していました。今回の社長就任も同じで、故郷の魅力を残したいという思いから実現しました。遠藤さんが何かに挑戦するときはいつも様々な人が協力してくれるのですが、これは私利私欲で行っていることではないことが伝わるからだと思います。私もその影響を受けて、微力ながら今後も彼女の挑戦のお手伝いができればと考えています。


松下 幸史朗
経営情報学部学生広報委員会では、「じぇむ」の記事を書いていただける方・撮影をしていただける方を募集しています。興味のある方は担当教員(濱、中條)か、教務課までお問い合わせください。