【松ゼミWalker vol.199】 2015年度の学外での講演

 大学教員が研究成果を発表する方法は,大きく,1:研究論文などの執筆,2:学会発表,3:学外での講演,4:一般メディアによる研究成果の報道,の四つに分かれます。純粋な研究活動は1と2ですが,その成果を広く世間に知ってもらうための手段として,私は3・4も重視しています。
 2015年度,国内研修の権利を得た私は,授業に制約されることなく,研究活動や成果発表のために時間を自由に使え,学外での活動や交流にも積極的に参加でき,一般メディアからの取材依頼もほぼ全て受けられました。結果として,とても実りの多い1年間を過ごせた訳ですが,ここでは,記録に残りにくい「学外での講演」について,回顧しておきたいと思います。

国立高雄餐旅大学での招待講演

 本年度最初の講演は,台湾高雄へ招待されて行いました。講演のタイトルは「大阪市における宿泊施設の実態と訪日観光振興に向けた課題」。『2015年国立高雄餐旅大学応用日語系国際学術研討会』という研究集会での基調講演で,2015年5月16日(土)にお話しさせていただきました。
 台湾での講演なので,私は中国語でプレゼンテーションする覚悟をしていました。ところが,講演の聴衆が,台湾で日本語を教えている教員や研究者と,日本語を学ぶ大学生たちだったので,台湾側は「むしろ日本語の方がいいです」とのこと。「大阪弁しかしゃべれませんが…それでもいいですか」と甘えると,「それは面白い,ぜひ大阪弁で」ということになりました。
 国立高雄餐旅大学は阪南大学と交換留学制度を結ぶ協定校。松村ゼミは歴代,国立高雄餐旅大学からの優秀な交換留学生を迎えてきました。2014年3月にゼミ生と一緒に高雄餐旅大学を表敬訪問したこともあり,知り合いの先生も多く,とても親しみを感じています(【松ゼミWalker vol.140】 台湾高雄への充実したゼミ調査旅行)。玉川大学観光学部の益田誠也教授も,同じ研討会にご招待されていたので,高雄では一緒に行動しました。
 せっかくゆっくりと台湾に滞在できるチャンス。ただ講演しに行くだけでは勿体ないので,旅程を5月11日から19日までとり,高雄での講演の前後に,台北・台中・高雄・台南と,台湾のグラフィティやウォールアートをめぐる事情などを見て回りました。

 台北では台湾を代表するグラフィティアーティストらと出会い話を聴け,台中ではゼミ10代目OGの呉佩瑾(愛称ペペ)が勤務するホテルへ泊まり,国立高雄餐旅大学では11代目OGの李家伶(愛称タタ)が出迎えてくれました。
 高雄でのフィールドワークでは,後に13代目ゼミ生となるみづき・あは・じゅりの3名らと一緒に行動。台南ではレンタル自転車に乗って,グラフィティを探して,旧市街地を走り回りました。
 わずか8泊9日の短い期間でしたが,台湾滞在ではとても充実した日々を過ごせ,将来の研究のヒントになるようなネタも発見しました。
 台湾でとりわけ意義深かったのは,グラフィティやウォールアートを,コミュニティの維持や活性化,都市の再生や賑わい創出のため利用している現場と出会えたことです。2015年9月に実践した西成Wall Art Nipponの第二弾を企画する過程でも,台湾で見聞した事例がとても参考になりました。2016年8月末,中国北京にて,IGC2016Beijingが開催される予定ですが,そこで“The Interaction between Urban Space and Graffiti in Japan, Taiwan and Hong Kong”というタイトルで,台湾でのフィールドワークの成果の一部を学会報告したいと思っています。

大阪商工会議所第2回ツーリズム振興委員会での講演

 台湾から帰国して間もなく,大阪商工会議所職員から,大阪商工会議所のツーリズム振興委員会のもとで,「“大阪インバウンド”促進に向けた研究会」を立ち上げるので,そのメンバーに入って欲しい,との要請がありました。議論すべき課題は数多いのですが,特に大阪市の宿泊施設不足とバス駐車場不足の二点に絞りたいとのことで,私にはこれまでの研究実績に基づいて,前者について意見を述べていただきたい,とのことでした。

 私はもう10数年前から,持論を展開して来ました。それは,大阪市の宿泊施設の収容能力は確かに高いが,それはあくまでも統計上の数字のみの話であって,インバウンド観光で活用できるのかという観点から,実際の宿泊施設の内実を見極めるならば,その実力は驚くほど脆弱であり,もし計画通り訪日外国人客が増加したら,必ず宿泊施設の収容能力が限界に達する,というものでした。歴代のゼミ生らと大阪市内に立地する全ての宿泊施設を調べて回り,その内実をフィールドワークで把握して来た経験からの持論です。
 「宿泊施設の多いのが大阪市の観光の強みである」というのが,従来の大阪市の観光行政の常套句でしたが,それが2014年末頃から突然,「大阪で宿泊施設の予約が取れなくなって,訪日外国人客が他地域に流れている,大変だ」と慌て騒ぎ出しました。まさに,私が持論で指摘していた予想が,現実の問題として起こった訳です。
 大阪市の観光行政担当者がいる前で,私はこれまで何度も,この持論を展開して来ましたが,全く賛同してもらえませんでした。国内では反応がないので,2012年8月末にドイツのケルンで開催された国際地理学会議にて,“The Distribution and Function of Lodging Facilities in Osaka, Japan: Implications for Urban Restructuring and Inbound Policy-making”というタイトルで学会発表(【松ゼミWalker vol.105】 IGC2012COLONGEに参加して)。今回の台湾高雄での招待講演を契機にその一部を活字化しました。
 大阪市の宿泊施設不足問題に関しては,これまでの研究がそのまま生かせるため,この研究会のメンバー入りは,喜んでお引き受けさせていただきました。研究会に参加すると,実に,豊富な情報と経験をお持ちの方々が集まっておられました。この研究会での意見交換はとても有意義で,私も新しい情報や知識をたくさん得ました。座長を務められたJプロデュースの丸尾真哉社長のもと,この研究会の成果は,『“大阪インバウンド”促進に向けた研究会 提言書』としてまとめられ公開されています。

 この提言書が公開される少し前の2015年10月2日(金),大阪商工会議所第2回ツーリズム振興委員会にて,私は「インバウンド受入れ面から見た宿泊施設の不足解消を目指して」というタイトルで,研究会で議論した内容の一部を講演させていただきました。このツーリズム振興委員会の委員がまたすごい人ばかり…,あまり物怖じすることのない私ですが,さすがに少し緊張しました。同席していただいたJプロデュースの丸尾真哉社長が,上手くフォローしてくださったので,提言書に盛り込んだ真意は伝わったと思います。
 さて,この提言書が公開される前後から,制度や枠組みが全く未整備のなか急増した民泊の問題とも絡み,私のところへ新聞やテレビから,取材依頼が頻繁に入るようになりました。取材ではかなり長時間にわたって色々と語るのですが,そのうちの断片が切り取られて報道されるため,私の真意やトータルな考え方がなかなか伝わりません。2020東京五輪へ向け,この問題はますます重要となるので,何とかしなければと強く思います。かといって,この手の問題は,実態先行で現状の調査や確認が極めて難しいため,研究論文として発表できるにはなかなか至りません。メディアも民泊問題で本格的な討論番組や特集でも組み,その実態や全貌に迫るべきだと思います。
 いずれにしても,危険性の認識を欠いたまま野放し状態で急増した民泊では,近い将来,必ずとても深刻な事件や事故が起こり,その民泊が適法性に欠けていて問題視され,現在の民泊容認の風潮から流れが大きく変わるであろう,と私は予想しています。日本で起こりうる深刻な事件や事故のシナリオは容易に想定できます。

奈良での講演

 2015年12月18日(金),奈良県橿原総合庁舎にて,「インバウンドで地域を盛り上げよう」というタイトルで,講演会を行いました。「おもてなし・奈良のブランド力向上研修」という集まりで,講演者は私と一般社団法人田辺市熊野ツーリズムビューロー事務局長の竹本昌人さん。

 竹本さんは,熊野古道の着地型観光プラットフォームを創設された功労者のひとりで,その経験から,奈良のインバウンド観光振興にとって有意義なアドバイスをされました。私は,西成区あいりん地域において,歴代ゼミ生たちとどのような背景のもと,どのような活動を行い,どのような結果を地域にもたらしたのか,近年のインバウンド観光の動向も踏まえて語りました。
 この講演会に集まった聴衆は,奈良県の観光の現場で活躍されている方ばかり。二人の実践を踏まえた経験談から,色々なヒントを得てもらおうという趣旨でした。聴衆のなかには,奈良の観光行政や観光NPOの関係者や,若草山の近くで旅館を営む女将さんなども来られていて,これで色々とつながりができました。
 ただ,今の奈良の観光振興に必要なのは,専門家からのアドバイスよりもむしろ,具体的に観光事業者が新たな第一歩を踏み出す突破力,そのための支援だと私は思います。専門家がいくら「こうした方がいい,ああした方がいい」といっても,観光の現場が動かない,というよりも,動きたいけど動けない場合が多いのではないか,と推察します。大阪でも事情は似ています。どのようにしたら動き始められる状況を生み出せ,自分らだけで動ける状況になるのか,問題解決の糸口はそこにあるのではないでしょうか。

姫路市家島での講演

 2016年1月29日(金),兵庫県姫路市から船で1時間弱の離島,家島諸島での都市漁村交流推進会議のなかで,「家島諸島の地域資源を活かしたインバウンド観光の可能性について」という講演をさせていただきました。家島諸島へ行った経験もなく,特別な知見を持っている訳でもない私は,本来なら,地元の現場で活躍されている方々から学ばせていただく立場。付け焼刃の一夜漬けで,家島諸島のことを自習しても,その程度で納得してもらえるような講演内容には,決してなりません。間違いなく化けの皮が剥がれます。
 このような時どうすればいいのか。島嶼部で持続可能な観光計画を策定する一般的な方法論があります。加えて,西成区あいりん地域での実践経験から,インバウンド市場や外国人個人旅行者の特性と,どのようにすれば戦略的に誘致できるのか,という方法論を私は体得しています。この二つの方法論をまず私からご紹介させていただき,家島諸島の観光の現場をよくご存じの方々と一緒に,家島諸島が理想とするインバウンド観光の在り方や将来を考える,という意見交換的な組み立てで講演しました。
 家島での講演の最大の収穫は,意見交換するなかで,家島の魅力を再確認でき,観光の最前線を切り開いて来られた島の方々と,お知り合いになれたことでした。極々単純に,「家島ってええところやなあ,次は仕事抜きで,家族と一緒に来たいなあ」と思いました。

ホテル京阪京橋での大阪商工会議所東支部主催の講演

 大阪商工会議所東支部に古くからの友人がいて,大阪のインバウンド事情の現状と課題について,ざっくばらんに講演していただけませんか,という依頼がありました。商工会議所のネットワークを活かして,広く参加を呼びかけていただき,集まっていただいた聴衆は100名余り。ホテル京阪京橋の「かがやきの間」を会場として,「大阪インバウンド,その光と影」というタイトルで,2016年2月17日(水)に講演を行いました。

 学会発表と講演には大きな違いがあります。一般的な学会発表の場合は,自分が考えていることを,相手が面白いと思おうが思わなかろうが,そんなことは気にしないで,一方的かつ論理的に説明すればそれでOKです。だから,学会発表は,発表する側が手を挙げ,一定のコストを負担し,聴きに来たい人だけが聴きに来て討論します。
 ところが,講演の場合は,わざわざ聴きに来てくれる方々や主催者がコストを負担し,講演する人を選ぶという点で,学会発表と大きく異なります。当たり前のことですが,忙しいなかお集まりいただいた方々が,何か少しでも人生やビジネスのためになるヒントを得られるよう,「来て良かった」と思っていただけるよう,講演する側が聴衆の反応を強く意識しなければなりません。つまるところ,講演は,話し手が話す内容はもちろん,話し手の話術や魅力やサービス精神も問われます。
 ですから,講演の依頼を受けたら,私は,どのような人たちが聴きに来られるのか,何を話したらウケるのだろうか,面白かった,来て良かったと思ってもらえるのだろうか,ということを真剣に考えます。今回の聴衆は,企業経営者が多いと伺ったので,大阪へ来るインバウンド客が近い将来,どのように変容するのか,さらには,そうしたインバウンド客をどのようにすれば,顧客として取り込めるのか,というお話をさせていただきました。
 講演終了後は聴衆の方々と,会話を交わしながらの名刺交換。今回は名刺交換を待つ行列ができ,分厚い名刺の束が手に残りました。また,嬉しいことに,卒業生で9代目ゼミ生の和田昂之君が,勤務先の旅行代理店社長と一緒に,聴講しに来てくれました。

シンポジウム「関西経済圏の針路」:進化するインバウンド戦略

 大阪商工会議所と日本経済新聞社大阪本社の主催で,全3回シリーズのシンポジウム「関西経済圏の針路」の第3回目が,「進化するインバウンド戦略」というテーマで,日本経済新聞社大阪本社にて,2016年2月22日(月)に行われました。第1回は2015年10月開催の「メディカル・ポリスの形成に向けて」,第2回は2015年11月開催の「アジアビジネスの新展開」でした。
 第3回「進化するインバウンド戦略」では,尾崎裕(大阪商工会議所会頭)の挨拶の後,Jプロデュースの丸尾真哉社長がまず,「ショッピングツーリズムが大阪の未来を拓く」という基調講演を行われました。続いての第二部のパネルディスカッション「インバウンド市場の新展開」では,梅谷哲夫(日本経済新聞編集局次長)がモデレーターを務められ,山本博史(小倉屋山本社長),竹田行彦(心斎橋筋商店街振興組合理事長),松村嘉久の3名がパネリストとして登壇しました。
 聴衆は大阪商工会議所に入っている経営者の方々を中心に,一般の聴講者の方もいて,会場となったカンファレンスルームは満員でした。インバウンド戦略をテーマとしていたこともあってか,会場には顔見知りの方も数多くいらっしゃいました。パネリスト3名のなかでの私の役割は,本来ならば,研究者あるいは学識経験者としての発言だったのでしょうが,私はどちらかと言えば現場の人間。新今宮TICで積み重ねてきた経験から,自由に語らせていただきました。
 パネルディスカッション終了後から交流会にかけては名刺交換。この日もあっと言う間に名刺の束が手に残りました。こうした交流会で嬉しいのは,懐かしい盟友と久しぶりに情報交換できたり,「あなたがあの…」というような方と知り合えることです。阪南大学の卒業生や現役学生の保護者の方々が,講演や交流会に来られることもよくあります。
 研究でもビジネスでも,人的ネットワークはとても重要。現場で苦労を共にした戦友が最も大切なことは当然ですが,こうした交流会で対話して名刺交換するだけでも,つながりや発想がどんどん広がります。
 なお,このシンポジウムの詳細は,3月中旬に日本経済新聞の特集で紹介されるそうです。