2021.2.24

カンボジア農村の若者にとって、学歴の上昇は収入の増加に結び付いているか?

 私の研究対象は東南アジアの発展途上国の1つ、カンボジアです。とくに農村部に焦点を当てて、その経済発展のメカニズムを探求してきました。
 さて、経済の発展と国民の教育水準の向上には密接な関係があります。一般に、経済の発展には国民の教育水準の向上が欠かせませんし、国民、とくに若者の立場からすると、教育水準の向上は高い収入を得るための主な道筋となりえます。ただし、話はそう単純ではありません。その例を紹介したいと思います。
 カンボジアの経済は近年急速に成長し、その結果国民の所得水準も向上してきました。そのおかげもあって、もともと低かった農村部の若者の教育水準も上昇し始めています。私が2020年に調査した2つの村(以下、調査村と呼びます)の世帯主の子供(結婚して独立した子供も含みます)について、その最終学歴を調べたところ、高校か大学まで進学できた人は、30歳代では9%しかいませんが、20歳代では27%に達しています。ただし、その多くは高校までで、大学で学んだ人は8%です。農村の若者の通う高校はみな公立で、カンボジアではその授業料は無料なのですが、家が貧しいと高校生の年齢の子供は学校に行かずに働くようになります。ですから、豊かになるにつれて高校への進学率が上昇してきたのです。
 学歴の上昇は、農村の若者が就く仕事の種類に影響を及ぼしつつあります。
 まず、調査村では、ほとんどの家が農家ですが、世帯主の子供たちの間では学歴に関係なく農業離れが進んでいます。世帯主の子供のうち、農業(第1次産業)を主な職業とする人の割合は、30歳代では52%ですが、20歳代では35%のみで、大半が第2次産業や第3次産業の仕事に就いています。第2次産業の主な仕事は工場の作業員と建設作業員で、20歳代の子供の41%がいずれかを主な職業としています。近年、カンボジアでは製造業が発展し、多くの工場が首都プノンペンやその周辺地域に設立されました。都市部では住宅やビルの建設ラッシュも続いています。こうして工場や建設現場での仕事が増加し、かつそれらの仕事は高い学歴を必要としないので、農村出身の若者がそこで働くようになってきたのです。
 以上は学歴に関係ない全体の傾向ですが、学歴によって違いがあります。世帯主の20歳代の子供のうち、第3次産業の仕事に就く人の割合は、最終学歴が中学以下の場合には16%にすぎませんが、高校以上の学歴の人たちでは43%に達しています。具体的な職業としては、小売業の販売員、トラックやタクシーの運転手のように、高い学歴が不要なものもありますが、それ以外に、学校の教師、役所の職員、医療従事者、民間企業の従業員のように、高学歴が求められる仕事が含まれます。
 国を問わず、若者が進学する主な理由の1つとして、高学歴のほうが高収入の仕事に就きやすい、ということが挙げられます。しかし、カンボジアの場合必ずしもそれが成り立っているわけではなさそうです。高学歴の人が多く就く第3次産業の仕事も、販売員のような仕事の場合、その給料は、工場労働や建設労働とほぼ同じで、残業代などを含めても月300ドル程度です。学校の教師でもやはり月300ドルくらいのようです。ですから、高い学歴をつけることで、肉体労働や単純作業ではない、いわゆる事務職に就ける可能性は広がるのですが、得られる収入は大して変わらないのが現状です。
 他方で、学歴が低くともより高い収入を得られる道が開かれています。それはカンボジアよりも経済発展水準の高い隣国・タイに出稼ぎに行くことです。報道によると、あるタイの食品工場で働くカンボジア人労働者の月給は、2019年時点で500から650ドルであったということです(注)。このように相対的に高い収入が得られることもあって、2019年時点で約100万人ものカンボジア人がタイで働いていたと推定されています。これらの人たちはタイで稼いだお金をカンボジアに残る家族に仕送りして家計を支えています。
タイでカンボジア人が就ける仕事は基本的に肉体労働なので、高い学歴は不要で、むしろ学歴の低い人たちの方がタイに働きに行く傾向が強くなっています。実際、調査村の世帯主の20歳代の子供のうち、タイへ働きに行っている人の割合は、最終学歴が高校である人たちの間では5%のみですが、小学校以下の場合は14%に達します。
 カンボジアで高学歴が高収入に結びつきにくいのは、経済発展の水準がまだ低いために、高学歴者を必要とする高度な産業がまだあまり発展していないからだと考えられます。こうした状況が続くと若者の進学意欲もそがれてしまうかもしれません。すると、進学率が上昇せず、その結果、人材が不足し、高度な産業がなかなか発展しない、という悪循環が起こりかねません。カンボジアの政府には、教育の普及と高度な産業の振興とに同時並行で取り組むことが求められます。
注:引用元は“Hundreds of Cambodian Migrants Protest Over Thai Factory Practices”,VOD, November 12, 2020 (https://vodenglish.news/hundreds-of-cambodian-migrants-protest-over-thai-factory-practices/)