場所の持つチカラを考える経済学

 企業がどこの場所で事業を行うかということは、とても重要です。例えば、レストランやショップは、梅田や難波のような人通りの多い場所の方が大きな売上を期待できるでしょう。また、服の縫製のような手作業の多い工場ならば、人件費の安い発展途上国で作った方が価格を低く抑えることができるでしょう。一方で、手作業が多い仕事でも、プログラミングのようなITスキルが必要であれば、教育を受けた人材を獲得しやすい大都市に事業所を構えることでしょう。
 このように、その場所が事業所や企業にとってどのような条件を持っているかということを「立地環境」といい、その「立地環境」のうち企業が利用する条件を「立地要因」と言います。このような企業の立地行動を分析する学問を「(産業)立地論」といい、経済地理学において重要な領域とされています。
 そして、最近では、市場や労働力などの経済的な「立地要因」だけでなく、その場所のブランド力や歴史・文化、さらには災害が少ないなどの安心・安全といった、あいまいな「立地要因」も考える必用がでてきました(川端、2013年)。例えば、代官山のレストランや表参道のアパレルショップなど、その場所にあることで店のイメージアップの役に立っていることがわかるでしょう。
 また、企業は他の企業と繋がって事業活動を行っています。簡単な例でいうと、原材料から部品、組立、販売というルートをたどって我々はモノを手に入れます。しかし、それぞれを生産している企業は独立しており、取引関係で繋がっているのです。このような取引関係もまた、「立地要因」に含まれるようになっています(鈴木、2015年)。自動車の組立場所と部品の生産場所が地理的に近いことが重要であったり、安心・安全な食材の調達してくれる企業の存在が外食産業の立地に重要であったりしているのです。
 このように、どこで事業を行うかという重要性がわかる一つの例として、尼崎市で行われた起業に関するアンケート調査を見てみましょう(尼崎地域産業活性化機構、2015年)。尼崎市は、大阪市と神戸市の間に位置しており、その間をJR、阪急電鉄、阪神電鉄の3本の鉄道が走っています(図1)。また、北に隣接している伊丹市には大阪空港があり、東海道新幹線の新大阪駅にも近い距離にあります。そのため、交通の便のよさや市場の大きさ、人材確保の容易さなどが「立地環境」として考えることができるでしょう。
 ところが、図2のアンケート調査の結果を見ると、尼崎市で起業した理由で最も多い答えが、「生れ育った場所/住んでいたことがあるため」で、半数以上の事業所が理由としています。市場や交通の便のような「立地環境」を「立地要因」としている事業所は多くないことがわかりました。では、「生れ育った場所/住んでいたことがあるため」は「立地要因」として考えることができるのでしょうか。
 一般的に、よくその場所を知っていることは、取引コストを節約できると経済学的に考えることができます。つまり、取引相手や顧客のことをよく知っており、また、その人が信用できるかどうかもわかることで、契約にともなう手間や時間が節約できるということです。しかし、この調査ではそうした取引コストもうまく利用できていないことがわかっています(櫻井、2016年、119ページ)。実は、「生れ育った場所/住んでいたことがあるため」という要因は、自宅を起業の場所に選んでいる可能性が高いようです(尼崎地域産業活性化機構、2015、14ページ)。当然、事業を行うための「立地環境」や「立地要因」と、住むためのそれらとは異なります。しかし、尼崎市での起業は、費用を節約するために自宅を起業の場所として選んでいます(櫻井、2016年、119〜121ページ)。もしかしたら、この傾向は、全国でも言えることかもしれません。
 また、このことは、起業後の収益性にも関係しています。図3を見ると、尼崎市の在住経験を理由とした起業は、理由としない起業と比べても赤字の比率が多くなっています。後者では7割の事業所が黒字である一方で、前者では6割にも達していません。
 このように、どの場所で事業を行うかという問題は非常に重要で、よく考えて立地する必要があります。政府や自治体は、今、若者の起業支援に力を入れています。もし、起業しようと考えている人がいれば、経済地理学はこうした問題の解決に役に立ってくれることでしょう。

参考文献

▶川端基夫(2013)『立地ウォーズ−企業・地域の成長戦略と「場所のチカラ」』新評論。
▶櫻井靖久(2016)「尼崎市における創業の特徴と立地要因」『尼崎市の新たな産業都市戦略』(尼崎地域産業活性化機構編)清文社。
▶鈴木洋太郎編(2015)『日本企業のアジア・バリューチェーン戦略』新評論。