2021.3.2

経済史の学際性と魅力

 私の専門分野は、経済史・経営史です。特に、フランスに来たポーランド人移民の歴史について、研究しています。
 経済史とは経済現象を歴史的に考察する学問です。例えば、外国人労働者の受け入れの是非は現代的関心の高い問題と言えます。それは、経済成長だけでなく、我々の社会生活に大きく関わる問題だからです。外国人労働者を受け入れた方が良いのか、受け入れるとどのような影響があるのか、それを考えるためには、過去の事例を学ぶ必要があります。つまり、歴史的な事例から現代の問題解決の糸口を見つけられる可能性を経済史は秘めています。
 経済史は、あらゆる学問の交流の場となりうる学際的な学問です。経済史の領域では経済学と歴史学のみならず、政治学、社会学、地理学、哲学、科学などさまざまな学問の知見を取り入れた研究がなされています。
 例えば、今日の大量生産体制を完成させた国はアメリカ合衆国ですが、そのアイディアはフランスから来たものでした。ではなぜ、フランスで大量生産体制が確立されなかったのでしょうか。
 理由の一つは、フランス革命です。大量生産体制を構築しようという研究が革命によって断絶されたのです。二つめは労働者の性格にあります。フランスは職人気質の労働者が多く、単純作業を行う労働者は少なかったのです。これに対し、アメリカには、ヨーロッパから渡った移民労働者がいました。彼らの多くは熟練技術を持っていなかったため、単純作業を行う労働者になりえたのです。流れてきた部品を組み合わせて同じ品質のものを大量に作る設備、工場が開発され、その中で彼らが働くことで、大量生産が可能になりました。三つめは大量に生産したものを買ってくれる消費者の存在です。せっかくたくさんのモノを作れるようになったのに、買ってくれる人がいなければ、大量生産体制は成立しません。ここでフォードという自動車会社の例を提示します。20世紀初頭、フォードは工場労働者が購入できる価格での自動車づくりを目指しました。そのための研究開発を繰り返し、超高級品だった自動車の価格を下げることに成功します。当時、車は2000ドル以上したので、平均年収600ドルではとても買えません。フォードは自動車の価格を850ドルに抑え、それと同時にフォードの工場に勤める労働者の給与を日給2.5ドルから5ドルに引き上げました。これにより、フォードの車を買える消費者層が誕生していったのです。このように経営者の理念、技術者の創意工夫、労働者と消費者が結びつき、大量生産体制は確立されました。そして、その生産体制は欧米諸国、日本などアジア諸国にも伝えられ、様々な変遷を遂げつつも、現在にまで受け継がれています。
 このように経済史は政治史、労働史、技術史といった様々な知識や考え方を包摂しています。逆に言えば、人口統計や特許の研究といった一見歴史とは関わりのなさそうなことでも、経済史とつながることもあります。
 現代社会がどのように成立してきたのか、そして、今後どのように変化していくのか。広い視野と深い知識、そして独自の好奇心をもって、経済史を勉強してみてください。