2022.2.15

「居場所」のリアル

経済学部 金子良事

くらしの経済パッケージでは毎年、外部講師を招いて、講演を行っている。わたしたちの生活を様々な角度から学んでいくために、そのときどきの社会情勢などによってテーマを変えて、講師の方に依頼する。2021年度はNPO法人FAIRROADの阪上由香さんで「社会政策」の講義の中でお話しいただいたこともあって、運営している居場所事業の紹介にとどまらず、行政から事業を委託されることのリアルをお話しされて、とても刺激的な内容だった。

「居場所」という言葉が、行政や学術の世界から一般的に使われるようになったのは、もともと学校の不登校問題などの学校内での居場所という観点からだった。しかし、教育から始まった「居場所」概念は心理などにも伝播した。いろんな人がいろんな意味で使うような言葉だが、それだけ社会に広く浸透しているといっていいだろう。

FAIRROADでは、中学校・高校の学校内「居場所カフェ」の他に地域の小学校の居場所活動にも取り組んでいる。そして、この各種の居場所活動を下支えするように、ソーシャルワークも行っており、卒業生たちも含めた多くの若者の人生を文字通り支えている。私は2019年の年末から西成で行われている「やってみよう屋」という地域の居場所事業にボランティアスタッフとして現場に参加しており、さらにその他にシンポジウムの企画・司会等もお手伝いしてきた。現在では、阪南大学の社会連携事業の一環として参加している。

阪上さんたちとお話しする中で、居場所事業に大学生もぜひ参加してほしいということで、相談を受けていたのが、2020年の年明けくらいだった。準備はしたものの、すぐにコロナ禍になってしまったため、フィールドワーク授業に準ずる社会連携事業で学生参加の実現がかなり難しくなってしまった。ようやく2021年の秋、まだオミクロンが拡がる直前に二回ほど、やってみよう屋に学生に参加してもらうことが出来た。

子どもの居場所事業では、ぽつりぽつりと子どもたちがしんどい状況を話す場面も決して珍しいものではないし、そうした状況を支援するために、場合によってはソーシャルワークと結びつくことの重要性は無視できないが、やってみよう屋のいつもの姿を想像してもらうためには、そこを強調することはかえってミスリードかもしれない。とにかく、元気!エネルギーに満ちあふれている。これに尽きる。相談に類する事業の場合、相談を受ける側にも十分なケアが必要(ケア者へのケア)ということが言われていて、それはその通りなのだが、やってみよう屋に参加して、少なくとも私が参加している限りでは、そういう意味でのしんどさを感じることはほとんどなく、その代わり、肉体的には良い意味でいつもクタクタになる。運動部の学生も、部活より大変でしたと話してくれたくらいだ。

2年間、通ってようやく子どもたちと馴染んだなと最近、感じている。私の方からもどう距
離感を取っていいのか最初は悩みながらだったし、子どもたちも同じだったのかもしれない。ここではスタッフからは「先生」と呼ばれるけれども、子どもたちは私のことを先生とは呼ばず、「金子さん」と呼ぶ。なかには大学の先生ということを分かっている子もいるが、子どもたちにとって私は「先生」ではないということは結構、大事だなと思っている。

学生は、彼らにとってはお兄ちゃんだ(直近で連れて行ったのが男性だけだったので)。でも、学生にとって私は「先生」で、私も引率しているという意識を当然、もっている。その間、バランスを取るのは難しいが、そういうときは出来る限り、子どもたちも学生も遠くで見守る役に徹している。とはいえ、居場所活動での学生の様子を見てみると、キャンパスでいつも見る彼らの違う側面を見ることが出来る。子どもたちとの距離の取り方やスタッフとの連携などそれぞれの個性がいつも以上に見えてくる。机上で学習したり、教室で想像したりするだけでは分からないリアルを彼らは感じてくれたと思う。

他方、2021年度の4年生の特別研究の私の担当回では「居場所」について、数人の参加者と議論してきた。最初はまったく予備知識なしで、思い思いの居場所を語ってくれた。その中で出て来たのがウェブ上の居場所である。学生たちはSNSを使って、現実の個人とは別人格で、誰かと交流をもっている。そこには物理的な空間は必要ないが、だからこそ、かえって日常生活の中では誰にも語ることが出来ない愚痴や本音をこぼすことが出来ることもある。

対面とオンライン、コロナ禍でこの2年間、大学に関わる私たちは右往左往し、その中でよりよい形はどういうものなのか模索して来た。学生同士の関係、教員と学生の関係、すべてコロナ以前とは変わってしまった。今、私たちはオフラインとオンラインの二つの世界の中で生きているということは避けられない事態になったといえる。そうした中で改めて「居場所」のあり方は問われ続けているのだろう。

NPO法人 FAIRROAD https://fairroad.org/
  • 紙コップでタワーを作る阪上由香さん