2015年9月4日(金)、第44回研究フォーラムを開催しました

 本研究フォーラムでは、ミラノDomus Academy・紅林絵美客員教授をお招きして、「イタリアの匠ネットワークを活かすモノづくり」というテーマで講演をしていただいた。紅林氏は、空間デザイナーとして国内で活躍され、その後、研鑚のためにイタリアへ渡り、空間デザイナーからファッションデザイナーへとフィールドを拡げ、有名なPRADAやCOSTUME NATIONAL、ANTEPRIMAのデザイン企画担当として活躍され、現在はALBERTO DEL BIONDIでデザインと戦略部門を担当されている。イタリアは欧州の中でもずば抜けて中小企業や零細企業の多い国である。その数の多さと産業の細分化が市場ニーズにフィットした柔軟な個別対応やニッチ製品の“モノづくり”をより戦略的な体制を取りやすくしている。これがイタリア製品の多様性という特徴に表れていると指摘できる。
 今回の講演は、イタリアのファッション製品の開発と生産プロセスの実際を議論することにより、「MADE IN ITALY」の製品特性やシステムによる差別化の競争優位を明らかにすることが目的となる。また、最新のイタリア国内のモノづくりに関する動向についても併せてレクチャーをしていただく絶好の機会となった。
 講演の要点は以下の通りである。

1.モノづくりのプロセス
 ファッション教育機関であるDomusAcademyの製品開発プログラム「Work process」を用いながら解説された。イタリアでは一般的に13段階のプロセスを経て、製品開発がおこなわれるが、その中でも、General themeとKey Wordの設定が最も重要とされ、多くの時間と労力が費やされる。特徴的なことは、マーケティングによる多面的なトレンドデータを収集・分析しながら、最終的に開発者(マーチャンダイザー)のアイデンティティに依拠している点である。この個人能力といえるアイデンティティの醸成には、イタリア独自の専門教育システムや伝統的モノづくりを継承させるという環境、つまり外的要因が大きく影響していると説明された。
2.生産工場の特徴とその形態について
 イタリアブランドの持続的競争優位の要因は、(1)さまざまな生産工程に匠集団といわれる高水準の技術を有するエクセレント企業(工房)の存在、(2)生産関連上で最も効率的な事業モデルとして役割分担に基づくコラボ型分業システムの編成力、と指摘された。
 事例として、靴の木型製作を最新テクノロジーと熟練技術を融合させた最先端技術による靴の生産工場の動画を用いながら、分かりやすく解説された。
3.特化するサプライヤーとの生産コラボ
 イタリアの効率的分業は、独立した企業を特定の生産・加工工程によって専門性を極め、そこに競争原理を働かせることにより、「MADE IN ITALY」の高品質と生産力を維持・向上させてきた。専門化した多様なサプライヤーは、生産工程のすみ分け(細分化)をおこない、より専門化から特化へと進化し、それぞれの分野で切磋琢磨すると同時に、相互に補完しあいながら独特の匠ネットワークを構築し、コラボ型分業システムの一端を担っている。ここに本研究フォーラムテーマの「イタリアの匠ネットワークを活かすモノづくり」の根幹があると考えられる。
4.デザインからプロトタイプまでの完璧なモノづくり
 コラボ型分業システムの事例として、Alberto del Biondi社(ヴェネト州・パドヴァ)を取り上げ、“モノづくり”について説明を受けた。
 同社は、クライアントから新製品開発(テーマ、コンセプト、ルック、品質、素材、デザイン等)や市場調査(マーケティングのSTPと4P)、プロトタイプ製作、最終生産指図までの一連の作業をコアビジネスとしている。生産に関しても、国内外の提携工場とのネットワークをもち、オファーがあればクイックレスポンスな対応ができる体制を構築している。もともと同社は、靴工房として創業された。3代目となるAlberto現社長は、工業や建築デザイン(Industria del Design社として分社)の造詣が深く、その才能を靴製品も含め、ファッション関連製品から自転車、家具など広範囲な領域へとビジネス拡張をおこない、イタリア有数のデザイン企画の専門企業へと成長させた。同社の強みは、各分野の熟練技術者と最新テクノロジーを有し、プロトタイプ製作を事業所内ラボでおこなう内製化である。つまり、企画とその具現化であるプロトタイプが内製統治できていることである。その結果、一般的な企画からプロトタイプの完成までの期間が半分以下にまで短縮され、完成度も非常に優れている点が競争優位の根幹となっている。また、エコをキーワードに土に戻る靴の開発など付加価値商品の開発にも積極的に経営資源を投入している。
5.エクセレントカンパニーによる新たな企業集団
 イタリアの伝統技術を継承することを目的として誕生した、異業種企業9社により設立されたCose Belle d'Italia社(ミラノ)について説明があった。上述のAlberto del Biondi社、Industria del Design社もコアメンバーとして参画している、ライフスタイルに関連する異業種企業のグループ組織である。
 同社は、グループ参画企業の特化した技術や資産を有機的に組み合わせて、新たな商品開発や市場創造、そして「MADE IN ITALY」のモノづくりの伝統を積極的に世界へ発信しようとするグローバルな試みをおこなっている。構成企業群は、ファッションやアート芸術、古書復元、ヨット、モーターボート、クルーザー、メディア、エンターテイメント、建築工業デザイン、自転車、オートバイなどのクリエーターや事業者である。相互間のビジネスに繋がる関連性は無いように見えるが、「イタリアの伝統技術の継承」「MADE IN ITALY」という崇高な理念の共有から、製品開発のイノベーションが生まれる可能性も否定できない。実際にCose Belle d'Italia社には、官民ファンドや個人投資の資金が多く集まっており、期待の大きさが理解できると説明があった。

 以上の講演に対して、一部質問を紹介する。(1)Alberto del Biondi社は何故自社ブランドを出さないのか、(2)最新テクノロジーと熟練技術の融合は、実際に成功しているのかについて、紅林先生は、(1)コラボ型分業システムによる同社のポジショニングの確立から、自社ブランドには一切興味を持っていない、(2)テクノロジーの開発には、匠といわれる熟練職人の意見やノウハウが基盤となっており、融合なくして成功しないと考えられていると説明された。
 現在、成長するグローバル企業は、事業の多角化とブランド拡張を進展させている。その実践プロセスで重要なことは、自社にない技術や製品開発を専門領域に特化した企業へ戦略的アウトソーシングすることである。イタリアでは、ファッションを中心に伝統的に専門領域に特化した企業価値のポジショニングは極めて高い。コラボ型分業システムが独特の匠ネットワークを構築し、高感度と高品質を持つ「MADE IN ITALY」を生み出す要因であることが本講義をとおして、理解できた。
(文責:流通学部 大村邦年教授)