2020.2.27

2019年度外国研究者短期招聘における教育研究活動報告

 外国研究者短期招聘制度は、外国の大学や研究機関に在籍する教員または研究者を、本学の交換教員または共同研究員として1ヵ月程度の短期間招聘する制度で、招聘期間を中心に本学の専任教員と共同して研究を行っています。
 2019年度は、以下の3名を招聘しました。ここに、その活動内容を報告します。

共同研究テーマ:アルゴリズムによる価格設定と競争法
招聘研究者:Dr. Baskaran Balasingham(マッコーリー大学ロースクール専任講師)
招聘者:植村 吉輝(阪南大学経済学部准教授)
招聘期間:2019年11月14日~2019年12月8日

 阪南大学外国研究者短期招聘制度により、オーストラリアのマッコーリー大学ロースクールよりバスカラン・バラシンハム博士(専任講師)を招聘し、下記の諸活動を通じて共同研究のテーマである「アルゴリズムによる価格設定と競争法」に関する研究を行った。バラシンハム氏は英国のKing’s College LondonでPh.Dを取得した後、オーストラリアのディーキン大学、オランダのマーストリヒト大学で教鞭をとった。また、英国の著名法律事務所や欧州委員会競争当局での勤務経験もある競争法の若手研究者である。
 今回、同氏との共同研究の中心は11月21日から23日にかけて九州大学で開催されたカンファレンスでの報告であった。招聘者は、22日のカンファレンスMultidisciplinary Perspectives on Algorithms, Regulation, Governance, Marketsのパラレル・セッションAlgorithms and Personalization in Competition Lawにおいてモデレーターを務めた。バラシンハム氏は、23日のカンファレンスCollusion, Algorithms and Competition Lawの全体セッションLegal Perspectives from the Eastでオーストラリア競争法がアルゴリズムによる水平的な価格協定に対してどこまで対処可能かについて報告した。現在、世界の競争法関係者の間で盛んに議論がなされているデジタルエコノミーと競争法の問題、とりわけアルゴリズムによる価格設定行動が競争法上の問題を惹起する場合、既存の競争法の枠組みでどのように対応することが可能かにつき、バラシンハム氏とともに上記のカンファレンスに参加し、議論することで研究を深めることができた。
 11月24日に大阪に戻ってからは、カンファレンスで受けた質問を基にさらに研究を深めるため各自で調査をし、何度か阪南大学でディスカッションを行った。これに加え、バラシンハム氏を京都大学法学部教授の和久井理子先生に紹介し、京都大学でのセミナー、神戸大学での科研費セミナーに参加させる機会を設けた。これにより関西を中心とした日本の独禁法関係者とバラシンハム氏をつなげることができ、今後、さらに研究活動を広げる基盤を構築することができた。帰国前に同氏から、新たな共同研究の提案を受けた。
(報告者:経済学部准教授 植村 吉輝)

共同研究テーマ:台湾・中国・日本の市民社会と国際関係
—Structural Balance in Inter National Group Relation
国民間の構造的均衡に関する実験研究—
招聘研究者:江 彦生(中央研究院社会学研究所・副研究員)
招聘者:段 家誠(阪南大学国際観光学部教授)
招聘期間:2019年6月1日~2019年6月30日

【研究活動の概要】
 江彦生副研究員の専門は社会学の社会ネットワーク研究で、さらにその中でもStructural Balance(構造的均衡)理論について詳しい。今回の短期招聘で江副研究員と筆者は、Heiderの3者関係論を台湾、中国、日本の国際関係に応用する手法で研究を進めた。3者関係論は、台湾人、中国人、日本人が、それぞれを信任するかどうかで得られる報酬が異なるというモデルをいくつか検討するものである。今回の短期招聘では、従来の調査で明らかになった台湾と中国関係に加えて日本でのサンプルを入手する予備調査を行なった。
 この三者関係は、その時々の国際関係や事象、出来事、事件などに影響を受けやすく、とくに日中間では尖閣諸島の領土問題での反日、反中感情に影響を受けたりする。中台間では、2014年3月から4月に中台サービス貿易協定に端を発した「ひまわり学生運動」や同年9月から12月に発生した香港の「雨傘運動」等によって変動することが議論された。
 今回の招聘によって、台中日の市民社会と国際関係の分析ツールとして3者関係論を理解できたことは有用で、今後の複雑化する東アジア情勢や米中新冷戦下での中台関係や日本との関係について研究する上で大いに参考となった。
 また、今回の短期招聘の成果報告の場として6月27日に本学で研究フォーラムを開催し、本学教員と学生が多数参加した。
【教育活動の実績】
 滞在第1週目、江先生はまず筆者担当の大学入門ゼミに日本の政治・経済・社会事情と大学の現状理解を深めるために参加し、併せて1年生に台湾の社会・経済・歴史等についてパワーポイントのスライドや動画を用いて講義した。言語は英語と中国語を交えて行い、それらを筆者が適宜日本語通訳した。加えて、筆者担当の専門演習1と専門演習2に参加した。専門演習1では、中台関係についての「1つの中国原則」に関する論文を読んでいるところであったので、それらについて江先生に補足説明をしてもらった。専門演習2では中台関係についての国際情勢を分析する日本の視座を理解してもらった。その他、ハルカス・キャンパスを起点としたゼミの大阪南フィールド・ワークが実施されたので、大阪の社会環境を理解してもらうために参加してもらった。
 滞在第3週目、筆者担当の国際観光開発論では江先生は、台湾の戒厳令下での白色恐怖の状況と民主化後の社会運動について、とくに野百合運動とひまわり学生運動について講義したのち、3者理論に関する説明と社会調査実験を実施した。
(報告者:国際観光学部教授 段 家誠)

共同研究テーマ:ニュージーランドの経済政策とその思想的基盤に関する研究
招聘研究者:Professor Deputy Director Paul Dalziel(リンカーン大学 Agribusiness and Economic Research Unit)
招聘者:梶山 国宏(阪南大学経済学部教授)
招聘期間:2019年5月11日~2019年6月3日

 阪南大学外国研究者短期招聘制度により、2019年5月11日~2019年6月3日までの期間、ニュージーランドのリンカーン大学AERU(Agribusiness and Economic Research Unit)よりポール・ダルジール教授を招き、「ニュージーランドの経済政策とその思想的基盤」をテーマとした共同研究をおこなった(写真左:本学を訪れたダルジール教授) 
 ダルジール教授はニュージーランド経済研究の第一人者であると同時に、ニュージーランド政府の各種審議会や委員会のメンバーとして、政府への経済政策の提言・立案をおこなってきた著名なエコノミストである。ダルジール教授の著書は10冊にのぼるが、近年は経済政策の基本理念としての“Wellbeing Economics(福祉経済学)”をテーマとした一連の著作を上梓している。
 ニュージーランドでは、2017年9月の総選挙で9年ぶり労働党が勝利し、翌10月に誕生したアーダーン連立政権が経済政策に“wellbeing”の考え方をとりいれ、2019年7月から始まった新年度予算を“wellbeing budget(福祉予算)”と名づけた。これは、国民の幸福度によって政策の成否を判定することを世界で初めて宣言した画期的な予算案であり、世界中のメディアから大きな注目を集めている。
 今回の共同研究は、アーダーン政権の経済政策の思想的基盤である“wellbeing economics”の概念について、そのニュージーランドにおける主要な提唱者であるダルジール教授から、ニュージーランドの経済政策の中で直接確認する作業を中心におこなった。教授の滞在中、1週間に2~3回のミーティングをおこない、主として、ダルジール教授とAERUの同僚キャロライン・ソーンダース教授の共著“Wellbeing Economics Future Direction for New Zealand”で示された“wellbeing economics”の考え方とその政策への適用について議論した。
 その成果は、『阪南大学叢書』刊行助成を受けて、今年度内に晃洋書房より出版する上記著書の翻訳書『人間のための経済-ニュージーランドがめざすもの』などの形で公表する予定である。
(報告者:経済学部教授 梶山 国宏)