国際観光学部学生広報誌「ラ・れっとる 第7号」チャレンジする留学生 イ・ヨンジュ君の自転車旅行

日本全国を自転車で走るイ・ヨンジュ君

 こんにちは。日ごとに寒い冬が近づいてきますが、皆さまはいかがお過ごしですか。今回ご紹介するのは、国際観光学部の3回生で、韓国からの留学生である李龍珠(イ・ヨンジュ)君です。彼は今年も8月21日から9月5日までの2週間あまり、自転車で大阪から鹿児島県の屋久島まで旅をしました。過去には北海道の小樽や石川県の金沢まで自転車を走らせた経験があります。そのとき、今年の夏は「南の方角に行こう」と心に決めていたとのこと。縄文杉で知られる屋久島は、知床・白神山地・小笠原諸島とならぶ世界自然遺産です。「自然が好きなので、ぜひその価値を自分の目で見て確かめたい」と思い、屋久島をめざすことにしたそうです。
 日本に留学する前から自転車に乗ることが好きで、友人たち3人でよく出かけていた李君は、「日本に行っても、自転車でいろんな場所を旅しよう」と決めていたそうです。サイクル・ツーリングを始めたのは「人と違う何かがしたい」「人生のなかで、毎日同じことを繰り返す生活は嫌だ」と感じたのがきっかけだとのこと。「出発する前はとても楽しみですが、その分不安もあります。知らない土地で、休憩する場所もあるかどうかわからないけど、そんな状況を乗り越えることができたら、必ず自分のレベルアップにつながる」と李君は言います。とはいえ、自転車の旅は困難がつきものです。なかでも、食べ物の問題が最も厄介だそうです。田舎に行けば行くほど、スーパーやコンビニエンスストアを見つけるのが大変です。ときには見つからないこともありますので、その場合に備えてバナナやおにぎりを余分に買い、携帯しておくようにしていると。旅では何が起こるか分からないですから、心と物品の備えが必要です。そしてもう一つ。みなさんも気になるところでしょうが、宿泊の問題です。「宿はどうするの?」という質問を、私も投げかけました。
 旅館やホテルで宿泊すると、大きな出費となり、学生にはつらいものがあります。そこで、李君は「野宿」という大胆な手段をとりました。道の駅など、雨露がしのげて横になれそうなところを探して寝ます。季節は夏ですが、山間部では寒さを感じながらの野宿となるそうです。学生だからこそ実行できる手段ですね。みなさんも李君のように、今しか経験できないことに挑戦してみては、どうでしょうか。一人旅では、人と接する機会も増えます。1度きりの出会いであっても、1つ1つが人生を振り返るときのいい思い出になるでしょう。また、考える時間がたっぷりととれますので、人生を考える機会になることは間違いありません。苦労をすることも多いでしょうが、それだけに経験がしっかりと心に刻まれます。李君が試みたような自転車旅行にかぎらず、旅に出れば、新しい世界に飛び込む第1歩となるかも知れません。みなさんが李君のチャレンジに触発されて奮起することを願います。それでは、湯栗未名実さんのインタビュー記事で詳しくお伝えします。(芝麻美)
 ※この広報活動は、阪南大学給付奨学金制度によって運営しています。
 ※李龍珠さんは私たちの先輩ですが、親しみを込めて「君」で呼ばせていただきます。

世界自然遺産の屋久島をめざして

湯栗:実際に屋久島へ行ってみて、どうでしたか?
李:有名な縄文杉をめざしてトレッキングをしたのですが、たどり着くまでの道を歩いているだけで、楽しかったです。イノシシの頭に見える枯れ木があったり、ハート形の空洞ができた株があったり、屋久島の森を満喫することができました。
湯栗:お目当ての縄文杉はいかがでしたか?
李:保護のため縄文杉には近づけませんでしたが、少し離れたところから見ても、圧倒されました。写真は撮ってきましたが、実際に目で見た存在感は出ていません。目の当たりにしたときの感動は、言葉でも言い表せません。興味がある人は、現地を訪れるべきだと思います。
湯栗:屋久島へは、地図を見て向かったのですか?
李:荷物になるので、いつも地図は携帯しません。アイフォンに地図アプリがあるので、それで目的地まで走ります。ただ、困るのはアイフォンのバッテリー切れですね。
湯栗:充電は、道中の宿でするのですか?
李:いいえ。宿には泊まらず、野宿をしていました。空気を入れて膨らますマットを敷いて、そのうえで寝ます。
湯栗:野宿!なぜ野宿なんですか?
李:お金がないからです。安い宿泊施設でも4千円はします。2週間の旅となると、宿代だけで5万円以上かかります。野外であっても、日本は治安のいい国ですので、身の危険を感じたことはありません。

苦労の絶えない自転車旅行

湯栗:自転車の旅で、苦労することは?
李:苦労することがあるというよりも、苦労の連続です。すべてが苦労です(笑)。夏が暑くてうだり、冬が寒くて凍えるのはもちろんですが、今回は台風に苦労しました。
湯栗:台風ですか!
李:出発して2日目と3日目、島根県あたりで台風15号と16号のダブルパンチを受けました。暴風雨に阻まれて1日わずか2時間しか走れず、予定していた距離を進めないことに歯がゆい思いをしました。それでも1週間目に九州へたどり着きました。
湯栗:それはほっとしたことでしょう。
李:ですが、九州でも連日雨天。大分に入ったとき、フェリーがあることも知っていたので、「このまま大阪へ帰ろうかな」と思ってしまうほどの悪天候でした。
湯栗:自転車だと、天候の影響をまともに受けますね。

李:そうですね。精神だけでなく、自転車もダメージを受けます。雨で路面が滑りやすく、転倒して愛車を傷めました。屋久島に着くまでに、何度かパンクもしました。往路で予備のチューブやタイヤを使い果たしました。不安だらけで屋久島に入ったのです。
湯栗:聞いている私まで不安になる話です。中国地方を横断し、九州地方を縦断されたとのことですが、その途中で立ち寄られた観光地はありますか?
李:はい。出発する前に、ゼミでお世話になっている森重先生から色々とお聞きしました。たくさんある観光地のなかで、とりわけ惹かれたのが阿蘇山です。ぜひ火口まで登ってみようと楽しみにしていたのですが、噴火の危険があるとのことで、非情にも立ち入り禁止となっていました。
湯栗:それは残念ですね。
李:楽しみにしすぎていたので、「何をしに来たんだろう」という喪失感で身体の力が抜けました。
湯栗:そんな状況でも、自転車を漕ぎ続けられたのは、なぜですか?
李:苦労すれば、苦労するだけ、得るものがあるからです。正直に言って、自転車旅行は楽ではありません。ディズニーランドやUSJに行くほうが、もっと楽に遊べます。家にいれば、好きなときに寝て、好きな時にご飯を食べることができます。繰り返しますが、自転車旅行はそうではありません。苦労の連続です。それでも私は、自転車旅行が好きです。

湯栗:好きなわけは?
李:旅の途中でいい人と出会えたり、走っている途中に大切な人を思い出したり、夜寝る前にふと自分の将来を考えてみたり。「自分はどんな人間なのか」「自分は誰に支えられているのか」「自分はこれから何をしたいのか」など、自分に問いかけ、答えを出す時間が増えます。そしてなにより、一生の思い出になります。
湯栗:なるほど。
李:日常生活に飽きている人なら、自転車旅行はオススメです。日本人でさえ知らない日本の魅力を発見できるかもしれない。自分の中の何かが変わるかもしれない。それは、自分の足で踏み出して、自分の目で確かめてみなければ、何もわからないのです。

最大のピンチを救った日本人のあたたかさ

湯栗:今までで最大のピンチは?
李:金沢へ行った帰り道でしたね。お金を使い果たしまして、ご飯も買えなくなりました。空腹に耐えかねた夜、一軒の家の戸をノックしました。
湯栗:どう切り出したのですか?
李:「スミマセン、私は、韓国からキマシタ」と、覚えたての日本語で、自分が自転車で旅をしていること、お金がなくなって空腹であることを、精一杯説明しました。あのころは、留学してわずか半年でしたので、上手に日本語を話せませんでした。
湯栗:夜に、怪しがられませんでしたか?
李:扉を開けてくれた奥さんは、私を怖がっているようでした。すぐに旦那さんが出てきたので、もう一度、説明しました。お二人は、夜にいきなりカタコトの外国人が現れて、大変戸惑っている様子でした。
湯栗:それはそうでしょうね。
李:無理もありません。ですが、そのご夫妻は、私の苦境を理解すると、招き入れ、カレーライスをご馳走してくださいました。食べ終わると、「足りないんじゃない」と聞かれ、「もうちょっと食べたいです」と素直に答えると、おかわりをよそってくれました。それだけでなく、離れるときも「水分はちゃんと摂るんだよ」と、お茶やお菓子、ラーメンを持たせてくれました。涙が出るほど、ありがたかった。
湯栗:見ず知らずの家の戸を叩いた李君の勇気にも驚きますが、初対面の外国人を家に入れたご夫妻の勇気も相当なものですね。普通は扉も開けてくれないですよ。
李:もちろんです。ドア越しに追い返されていても、おかしくはありません。むしろ、今考えてみれば、そうするのが普通だと思います。韓国にいたころは、日本人といえば、他人のことに干渉をしない、冷めた人が多いというイメージでした。その先入観を払拭してくれたのが、この旅でした。あの時、私を助けてくれたご夫婦と同じく、韓国に来て困っている日本人がいたら、必ず手助けをしようと心に誓いました。
湯栗:とても素敵な出会いですね。そのご夫妻とは、その後も交流があるのですか?
李:はい。離れるときに住所を控えておいたので、2年後に韓国のお土産をたくさん持って、お宅に伺いました。お二人は、私のことを覚えていてくれました。感謝しても感謝しきれない思いと、2年間ずっと伝えたかった言葉を、こんどは少しマシになった日本語で伝えることができました。「あの日にここでいただいたカレーライスが、これまでの人生で一番おいしかったです」と。

まだまだ走り続ける

湯栗:北は北海道から南は屋久島まで、とりあえず日本全国を完走されたわけですが、他に行ってみたい場所はありますか?
李:来年は4回生なので、就職活動が落ち着いたら、ヨーロッパでの自転車旅行をしてみたいですね。今回は2週間だったのですが、それ以上の長い旅にもチャレンジしたいです。
湯栗:自転車旅行の他に挑戦してみたいことはありますか?
李:山を走るトレイルランニングの大会に参加したいです。そのことを紹介した本を読んでから、興味を持ちました。あとは、若いときにしか行けない場所に行ってみたい。南極を縦断するツアーもあると聞いたので、それにも参加したいです。エベレストにも登りたい。知り合いが登山のライセンスをもっているので、機会があれば、一緒に行きたい。テレビや本でしか見たことのない、話でしか聞いたことのない場所を体感するのが夢です。

インタビュー後記

 李君の体験談には、ただただ感心するばかりですが、とりわけ心に残ったのは「普段の生活で苦しいことがあっても、あの日の野宿に比べたらマシだなと思える」という言葉です。「若い時の苦労は買ってでもせよ」という格言のとおり、自ら困難だと知りながらも、それに立ち向かう姿勢をもち、それが自分を鍛え成長させることを李君は教えてくれました。苦労や困難という言葉にはマイナスイメージがありますが、自分の目標を達成するための苦労は、辛く苦しいだけではありません。「やりたい」と思ったことが見つかれば、積極的に取り組み、それがどんな困難なことであっても、「自分の目で、世界を見てみたい」。そう語る李君の姿はとても生き生きとしていました。私も見習って、自分の興味のあることに、とことんチャレンジしようと思います。みなさんも、自分の関心のあることに、どんどん挑戦してみてはいかがでしょうか。(以上湯栗)

イ・ヨンジュ君からのメッセージ

 何か立派な結果を出すのも大切かもしれません。しかし、結果を出すまで、どのように向かって行くかを考え、行動する過程が、今の若い私たちには最も大切ではないかと考えます。予想を超える困難に出会ったときや、周りが自分の辛さをわかってくれないときに、「これ以上は無理だ」と思い、諦めたくなってしまいます。しかし、苦労の一つ一つが人生の糧になり、壁に突き当たっても、「やってみよう」「必ずできる」という自信につながるのではないでしょうか。(李龍珠)