2014.12.22

塩路ゼミ2年生がExpo'70 パビリオンと国立民族学博物館を見学

塩路ゼミ2年生がExpo'70 パビリオンと国立民族学博物館を見学

 11月30日に、塩路研究室の2年生10人は、大阪千里万博記念公園内にある「Expo'70パビリオン」と国立民族学博物館を見学しました。  Expo'70 パビリオンは、1970年当時のパビリオンの1つである鉄鋼館の建物です。内部には、当時の万博の様子が詳しく再現、展示されており、学生たちは当時の活気をそのなかで追体験しました。  国立民族学博物館では、オセアニアやアフリカ、ヨーロッパ、日本など、事前に各自が調べていた関心のある世界の地域について、音声ガイドを利用し、展示や視聴覚資料を見ながら詳しく学ぶことができました。

「人類の進歩」と世界の異文化 2年生 神坂 彩矢

 11月30日に、ゼミ活動で千里万博記念公園に行きました。最初はEXPO'70パビリオンで1970年に大阪で開催された万国博覧会の実物資料や写真、映像を見ることができました。最も印象に残ったのはヨーグルトが万国博がきっかけで多くの人に知られたことでした。自分が思っていた70年代の日本のイメージとは少し違い、服のデザインも考え方が新しく、当時の万博のテーマだった「人類の進歩」を感じました。その後は特別展の「1970デザイン展」に入りました。私はたまに写真や美術館やデザインなどを見に行くので、とても興味がありました。当時にデザインされたユニフォームは、今見てもおしゃれで素敵だなと思いました。ウルトラソニックバスという人間洗濯機が最も印象に残り、70年代にそんな考えがあったことに驚きました。

 初めてみんぱくにいきましたが、自分がこれほど、真剣に展示を見るとは思いませんでした。みんぱく内には、ヨーロッパ展示、アメリカ展示、東アジア展示、オセアニア展示、アフリカ展示など様々な展示がありました。様々な国の文化、生活様式、芸能・音楽、信仰などの資料を通じて異文化をもっと深く理解できました。異文化はとても素敵だと思いました。私は日本に来てもうすぐ6年になりますが、日本展示を見て、最初に日本に来る前にもっていた日本に対するイメージと今のイメージは全然違うことに気づきました。

 また、みんぱくの特別展「イメージの力—国立民族学博物館コレクションにさぐる」も見ました。見えないもののイメージで人をかたどる、神々をかたどる、時間をかたどる、などがありました。人々は信仰や宗教、神や地獄、楽天世界など信じます。それで人間が想像したものを作り、絵を描いて、イメージが出来上がります。イメージの力学で光の力、色の力、高みとつながるという展示がありました。それを各国の服装やアクセサリーや工芸品などから見ることができました。イメージの翻訳でハイブリッドな造形、消費されるイメージがあり、何かの発想で作られた生活用品や、中には飛行機やビール缶や魚などの形の棺もあり、缶で作られた車や飛行機などの模型もありました。イメージには制限がなく、人の考えとは、大きな力だと思いました。今回のゼミ活動で、自分自身の世界観がもっと広がったと思います。世界の人々は、文化や言葉、考え方が違っていて、面白いと思いました。これから、もっといろいろな国に行って、異文化を知り、その違いを尊重していきたいと思います。

世界の文化に触れて 2年生 元塚 友美

 私達、塩路ゼミ2回生は、11月30日に「国立民族学博物館」に行ってきました。ゼミが始まって初めてのフィールドワークということもあり、緊張と楽しみな気持ちでした。当日、無事全員集まり、最初に見学したのは、「EXPO’70パビリオン」です。ここは、1970年、大阪で「人類の進化と調和」というテーマを掲げ、アジアで初めて開催された万国博覧会の歴史や世界各国の文化を展示している博物館です。入って最初に展示してあるのが、大阪万博全体のミニチュアの模型です。縮小していても畳2畳分くらいの広さがあり、その広さに改めて驚きました。また、人や道路をはじめ細かいところまで再現されており、その中心に立つ「太陽の塔」は小さくても圧倒的な存在感を放っていました。中の展示館に入ると、70年代当時の照明、音響、構造の最先端技術を使った光のショーを見学できる「スペースシアターホール」があり、今もガラス越しに当時のままのショーを見ることができました。音楽とともに繰り出される光の動きは今見てもまるで宇宙の中にいるみたいな壮大さがあり、当時の人たちはもっと衝撃を受け、もっと心に残ったのではと思います。この他にも世界各国の展示物があり、また展示場の中の雰囲気も床には年表が書いてあり、壁にはその年あった出来事や映像が映し出され、70年代その当時にいるかのような感覚になりました。こんなに多くの世界の国旗を見た事がなかった当時の人達にとってこの万博の開催は衝撃であり、感動であり、そして新しい世界を見る事のできた一生の思い出になったのではないかと感じました。

 次に「国立民族学博物館」に行きました。世界各国の地域別にエリアが分かれており、その地域の民族の衣装や道具、飾り物などが展示されています。私は、ニュージーランドのマオリ族について調べているので、オセアニア地域の展示物を中心に見学しました。オセアニアは島国の国が多く、その島独特の産物があるため、船やオールなど島と島を渡る技術が発展していました。その島の物を貰う際は自分達の島の物もあげる、というルールもあり、そのための装飾物や産物などの展示もありました。オセアニアのような島国では、お互い助け合いながら生活する事がとても重要な事だと感じました。また、民族衣装も展示してあり、ヤシの葉などの島の産物を使って作られており2m以上もある背丈ですごく迫力のあるものでした。仮面もひとつひとつの表情も違い興味深いものでした。  オセアニアの展示物は、島国ならではの自然の素材を使用しており、近くで見ると編みこみなど細かいところまで丁寧にされており、マオリ族の人の手先の器用さに印象が残りました。オセアニアの展示を見学して、自分達のまわりにある自然を大切して、共存して生活をしていたのだなと感じました。そのため今日でもずっと自然が美しく保たれているのかなとも思いました。オセアニア以外の地域も見学してそれぞれの地域の特性にあった服装や道具、歴史など興味深いものがたくさんあり、楽しく見学できました。今はあまり民族という言葉を聞かなくなり、私の中では遠い存在になっていました。しかし、博物館を見学して、どの地域も全く違うものばかりで改めて世界の広さ、自分の視野の狭さを実感しました。

世界の民族音楽について 2年生 宇根田 涼加

 私たち塩路ゼミは、11月30日に国立民族学博物館へ行ってきました。そこでは、世界の民族文化や、社会に関する最新の情報と知識が提供されていました。みんぱく電子ガイドで展示物を見ながら、映像と音声による解説を無料で視聴することもできます。とても親切なガイドで、分かりやすかったです。  見学していて私が特に興味を持ったのは、音楽のブースです。ここでは世界各国の楽器を見たり楽器の音色を聞いたりすることができました。私にとって音楽とは、娯楽や趣味の一つでした。しかし、世界では音楽をいろいろな用途に使います。例えば、宗教儀礼や意思の疎通、祭りなどで演奏されています。宗教儀礼では、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教の礼拝において欠かせない要素となっています。人々は、音によって神仏の存在を身近に感じたり、その威厳に圧倒されたりします。それぞれの宗教によって、使われる楽器は違っていますが、楽器や演奏の仕方はどの国も似ていました。そういえば、日本でも木魚をたたきながらお経を唱えたり、お経自体が歌になっていたりする宗教もあるなと気づきました。人間にとって音楽は神と意思を疎通するための重要な音であり心の支えでもあることが分かります。日本でも、音楽に励まされる人は多いです。

 また、日本でも祭りによく使われている太鼓は、人間同士のコミュニーケーションや、悪霊をはらい、雨を呼ぶことにも使われているのです。太鼓は、貧しい国でも手で作りやすく、どんなものでも太鼓になるので、世界共通の楽器なのだと思いました。世界の民族は太鼓を使い強弱やリズム、叩く部分で音を変え意思を疎通することにも使っているのです。  私は、音楽が世界各国どこにでもあるということは、みんな音楽が好きなのだと思いました。音楽が昔から今までずっとどんなときも歌われたり演奏されたりしてきているとうことは人間とっては自然と生活に一部になっているのだと思います。国立民族学博物館では、私が、今まで音楽の授業で聞いてきた民族音楽とはまた違った印象もここではもつことができました。同じ音楽でも、その国によって少しずつ違うものや全く違うものもあり、音楽とは、私がまだまだ知らないだけで幅広いものだと感心しました。音楽は、どこの国でも共通できるものなので外国に行く機会があれば、その国の音楽の文化に触れてみたいです。また、日本の音楽を知っている国も多いと思うので、一緒に歌ったり演奏したりすることができれば良いと思いました。

時代 〜ときのながれ〜 2年生 岡田 雄哉 

 11月30日、大阪モノレールの万博記念公園駅を降りると太陽の塔が出迎えてくれました。太陽の塔は約40年前に作られて、大阪の街の変遷と時代の流れを同じ場所からずっと眺めている。私たちがゼミ活動で訪れた時40年前に今回の街の様子や人の流れなどを想像していただろうか。作られたときはこの40年後の今をどのような世界だと想像していたのだろうか。その想像と一致した世の中なのだろうか。私は、そんなことを考えながら太陽の塔を眺めていました。  意外と距離の長い歩道を歩きやっと自然文化園の入場ゲートに着いたとき、1970年の万博当時、爆発的に賑わっていた入場ゲートの風景、人々の流行の服装などを考えてまた不思議な感覚に襲われました。  目の前に現れた太陽の塔はとにかく大きく、皆が記念撮影する姿がとても笑顔に包まれていました。昔もこのように笑顔があふれた家族連れや夫婦などが多かったのでしょうか。

 EXPO’70パビリオンに入るとタイムスリップしたかのような感覚に襲われ、入った瞬間から衝撃が走りました。当時の人はまるで異世界から来たような展示物に驚愕したのだろう。  入場者数約6421万人は今どこかの施設が成したとしても大記録なのに当時でその数字を出したのはよほど皆が未来や最先端の技術に関心があり、ある意味で明るい時代だったのだなと感じました。  1日の最大入場者数も83万人となると、想像もできないぐらいの人込みで迷子や尋ね人の数字が異常に多かったようです。しかし迷子を親に送り届ける率が90%という数字は警備員の連携が上手くいっていたのだろうと思いました。  当時のコンパニオンの服の展示をみると、ワンピースが多く、今着ても違和感のないようなデザインで、EXPO’70でのものは本当に未来がこうなるのを誰かが予言していたかのように思いました。  しかし、未来に登場する「はず」のものも展示されていました。ウルトラソニック・バス(人間洗たく機)というものがそのひとつで、人間がカプセルに入りその中に座って、機械が勝手に洗ってくれるというものです。確かにコストパフォーマンスや修理のことなど考えるととても使いにくそうですが、あったらおもしろいなと思いました。どこかに昔のものを集めて実際に使えるような施設ができたらいいのではないかと思いました。  1日を振り返って、万博記念公園は、今でも夢のあふれる場所だと感じました。子どもたちの楽しそうな姿、老夫婦の懐かしみながら歩く姿に「時代」を感じました。

日本の文化と歴史 2年生 高嶋結希

 私は11月30日にゼミ活動の一貫として、国立民族学博物館に行ってきました。みんぱくは、世界の諸民族の文化や社会、またグローバル化現象に伴う変化についての研究を進め、それを各コーナーに分け、展示してあるところです。ヨーロッパやオセアニアなど、世界の国や地域に分かれた展示もあれば、言語や音楽といった、世界の国々に共通するものの違いについて比較した展示もありました。世界各国の歴史や文化は知らないことだらけで、とても魅力的でしたが、私は、自分の国のことをまず第一に知りたいと感じ、日本について重点的に調べてきました。そこで、日本の展示について、簡単に説明したいと思います。  日本の展示は大きく3つに分かれていました。1つ目は、祭りと芸能についてです。日本では昔から地域ごとに、様々な祭りが伝統として受け継がれてきました。青森のねぷた祭りや岩手県の鹿踊り、岸和田のだんじり祭りや徳島の阿波踊りなど、祭りはどの地域でも行われます。なぜ祭りがそんなに昔から続いているのかというと、祭りは感謝や祈り、慰霊のために神仏や祖先をまつる儀式だからです。人々は学業や豊作などを祈るために祭りを行うことで、神様の存在を信じ、毎年祭りを行ってきました。その祭りは地域の繁栄につながり、人々の生活を大いに支えてきました。

 2つ目は、日々の暮らしについてです。多数の島々からなる日本列島は、地域によって環境が大きく異なります。その中で人々は生きていくために適した生活様式を見つけ出し、工夫しながら生活してきました。山では、狩猟をすることで動物の肉を得て、植物を採取することで山菜や木の実を得ました。しかしそれだけでは食べ物はなくなる一方でいつかはなくなってしまいます。そこで人々は、稲作や畑作によって自ら食べ物を作り出し、現在に至っています。  3つ目は、沖縄のくらしについてです。沖縄は琉球王国としての独立国家の歴史を持つとともに、第二次世界大戦やアメリカの統治、日本への復帰といった歴史的な転換期を数多く乗り越えてきた地域です。そして、日本本土や中国、東南アジアやアメリカなど、多くの地域文化の影響を受けながら、独自の文化をはぐくんできたため、みんぱくでは沖縄のくらしを大きく取り上げて展示していました。360度海で囲まれた沖縄には、沖縄ならではの海のくらしがあります。その中でも代表的なもののひとつとして、「イノー」というサンゴ礁に囲まれた浅い海があります。「イノー」にめぐまれた沖縄は、キレイな海を求めてやってくる観光客にも人気があり、今では多くの人に愛されています。  このように日本の展示にも数多くのテーマがあり、日本の歴史や文化について深く知ることができました。このようにみんぱくで知ったこと、学んだことを、これからのゼミ活動に活かしていきたいと思いました。

外国文化に触れて 2年生 室島 奈央

 11月30日にEXPO70パビリオン、国立民族学博物館へ行ってきました。EXPO70パビリオンには1970年、大阪で「日本万国博覧会」が開催された当時の貴重な実物資料や写真・映像が公開されていました。各国のパビリオンについての資料や当時を再現した模型の展示もありとてもわかりやすかったです。スペースシアターホールでは、ガラス越しから当時の音響と証明の技術を間近で見ることができるようになっていて、当時の様子を体験することができました。展示室の中の壁には、万博の開催期間中の迷子の数や水道、ガス、電気の使用量等の様々な数字が書かれていて、万博がどれだけ大きなイベントであったかということを感じることができました。各国のコスチュームの写真や会場内のスタッフのコスチューム展示から、当時の女性のファッションの流行としてミニスカートが流行っていたということもわかりました。万博には行ったことがなかったので、当時のようすを展示物や資料を通して学ぶこと、感じることができとても楽しかったです

 国立民族学博物館には、世界を地域別に分けられて展示されていて、その国の文化や暮らしを学ぶことができました。私は中でもヨーロッパに注目して展示物等を見て回りました。 ヨーロッパの展示物には、農具の展示やそれぞれの国のパン、家庭用の鍋や肉切り用のまな板など農民たちの暮らしがわかる展示でした。ヨーロッパの基本的な食べ物はパンということで、小麦畑での作業に必要な農具が展示されていて、初めて見るものがほとんどでこのような道具を使って作業していたということがわかりました。ヨーロッパの農業で重要な部分を牧畜が担っていたということもわかりました。特に牛、羊、豚の乳はバターやチーズに加工され、人々の日常的な食事のひとつになっていたそうです。他にもワインの製造に必要なブドウつぶし棒、計量升、ブドウ絞り器の展示もありヨーロッパならではの道具の展示もありました。  世界の展示を見て回ってみて、その地域の気候にあった食文化や道具を見ることができました。世界の文化に触れることができ多くのことを学ぶことができました。  最後に特別展「イメージの力」を見ました。ビールの空き缶で作った飛行機や車、人々が創りだした神がみの像などが展示されていました。語り継がれてきたものを形として残されていっていることはとてもすごいなと思いました。  今回初めてEXPOパビリオンや国立民族学博物館を訪れてみて、日本とは違う文化に触れることができ、外国の文化を学ぶことでより外国の文化について学んでみたいと思うきっかけにもなりました。

塩路ゼミ初の課外学習 2年生 手塚 夏紀

 11月30日、大阪万博記念公園で私たち塩路ゼミ2回生が最初に向かったのはEXPO'70パビリオンという建物です。このEXPO’70パビリオンという建物は、大阪万博の計画から現在の緑がたくさんある公園になるまでの過程を見ることができる建物です。  そこで最初に私たちが見たのは当時(70年代)の大阪万博の模型です。当時にしてはとてもハイテクな会場だったことがわかりました。その奥に進むとその当時の出来事についてのテレビ映像がありました。車の時代に突入し、学校紛争などが起こった時代でもあったのです。次に見たのはスペースシアターホールです。音楽と光の融合でとても美しく、見入ってしまいました。万博がオープンした時、今の天皇陛下がスピーチをされ各国の子供から大人が参加した盛大なパレードを披露したそうです。その他にもドイツ館・アメリカ館などたくさんのパビリオンの資料や写真がありました。  さらに奥に進むと当時各パビリオンのコンパニオンが着ていたとされる制服が並んでおり、エリアごとに制服が違っていてまるで今のUSJやディズニーランドのようでした。その頃はまだとても珍しい急流すべりや空中ブランコといった遊園地エリアもあったそうです。当時万博の園内を走ったと思われる小さなバスや自転車が置かれていました。やはりこれだけ大きい施設だと子供の迷子や、けが人、最もひどいのがゴミの量だったそうです。この建物は一周でき終盤のほうは、記念品や万博のテーマソングだったレコードが保管されていて、緑あふれる公園にするための計画図、当時取り上げられた新聞の資料が山積みされていました。

 ここで私たちゼミ生はお昼ご飯を食べその後向かったのは公園内にある「みんぱく」と呼ばれる国立民族博物館でした。この建物は世界の民族・文化について知ることができる建物です。オセアニア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、音楽、言語、模型が展示されています。私が最も魅了されたのは音楽のエリアです。さまざまな形をしたギターがたくさん展示されておりその他にも琴やタンバリンに近い鳴り物がありました。音楽というのは本当に昔からある文化だとあらためて感じました。また、音声ガイドもついておりとても見やすかったです。  今回はゼミ活動として万博公園に行きましたが、個人でも行くことができる場所です。 実際に家族連れや恋人同士、スポーツやマラソン、ピクニックをしている人もたくさんいました。もし機会があれば次は個人的に行きたいと思います。

千里万博記念公園で学んだ民族文化 2年生 春日 美里

 EXPO'70パビリオンでは、大阪万博の歴史を学びました。今まで万博とは、どのような事が行われていたのかまったく知りませんでしたが、この施設での展示を見てたくさん知ることができました。例えば、どのくらいの規模で行われていたものか、どういった国がきていたかなど、万博のすべてが展示されていました。その中で最も印象的だったものは、当時何人が迷子になったかなど、万博内で起こったことに関する数字が明確に表記されていたことです。また、万博というもののスケールの大きさにとても驚きました。ここまで大きいからこそ、たくさんの国でにぎわったのだと感じました。  みんぱくでは、各国の文化に触れました。そのなかでも西アジア地域の展示に興味を持ちました。ヨルダン南部で生活するアラブ系民族「ベドウィン」たちが使用していたラクダの道具と装具などが展示されていました。くつわ、手綱、足あて、振り分け袋や覆い布など、人がラクダに荷物をのせるためや、大事なラクダを飾るために用いられるそうです。

 また、ビデオワークでみた映像資料では、ラクダの食べ方が紹介されていました。村の人々は、ラクダをいろいろな調理法で工夫して食べていました。煮たり干したりして、食卓に並べられていました。ラクダを無駄なく調理することが、長期のあいだの彼らの生活を助けていました。自分の生活とはまるで違う村の人たちの食文化を見ていると、貧しいながらに助け合って生活をしていることは本当に大変なことだと改めて痛感させられました。彼らの生活は凄まじいものだと思います。それに比べると自分達の生活は本当に恵まれているし、贅沢してはいけないと感じました。  この西アジア地域の展示のほかにも、各国の展示、日本の祭りや音楽がありました。世界にはたくさんの地域があり、それぞれ違った文化を持ち、どこの地域も素晴らしいものでした。  実際にみることができない遊牧民の暮らしであったり、日本から遠い国の文化などを、みんぱくを通して触れることができました。各国の展示を見て感じた各国の個性や伝統をふまえて、今後のゼミ活動や授業で活かしていきたいです。

千里万博記念公園へゼミ活動 2年生 松村 梨那

 11月の下旬に私たちはゼミの活動として、エキスポ‘70パビリオンと国立民族学博物館に見学に行きました。エキスポ‘70パビリオンでは入口にスタンプが並べられており、当時のエキスポパビリオンのさまざまな種類のスタンプが置いてありました。そして、2階に上がると、エキスポパビリオンが作られるまでの過程や当時のパンフレット、会場図、乗り物などが展示されており、当時の再現がされていました。  今はとても便利で近代的ですが、万国博覧会の技術は当時ではとても画期的だったので、総入場者が6000万人を超えました。エキスポ‘70が開催されたとき、私は生まれていなかったのですが、このパビリオンを見学すると当時の万国博覧会に来たと錯覚しそうになるぐらいの展示がされていて、当時のにぎわいが伝わってきました。今はほとんどが無くなってしまいましたが、パビリオンに行くと、エキスポ‘70の活気が実感できました。

 次に、国立民族学博物館を見学に行きました。国立民族学博物館は文化人類学・民族学の研究活動と博物館活動をおこなっている研究所です。博物館に入ると、受付で展示物をみながら、映像と音声による解説が視聴できる、みんぱく電子ガイドが貸し出しされており、電子ガイドを受け取ると、オセアニアから始まり東周りに世界一周し、最後に日本にたどり着くという見学者に見やすく、そして分かりやすいように構成が工夫されています。エリアも南ブロック、中央ブロック、北ブロックと地域ごとに3つのエリアに分かれています。  電子ガイドを聞きながら、順路にそっていくと南ブロックのオセアニアから始まり、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、西アジアが展示されており、中央ブロックには東南アジアと南アジアが展示されていますが、私たちが見学した日はこの2つのエリアが一部閉鎖していて、残念ながら見ることが出来ませんでした。しかし、中央ブロックには音楽と言語のコーナーもあり、世界中の音楽と言語を身近に感じることができました。北ブロックには朝鮮半島、東アジア、中国地域、中央・北アジア、アイヌ、そして日本が展示されています。他にも、ビデオテークといった世界の人々の生活や儀礼、芸能などを記録した番組を視聴することができるブースもありました。  展示物をみて回り、実際に触れることはできませんが、実物や複製が置いてあり、教科書や資料でみるよりも、私たちが知らなかった世界の様々な地域や文化や人々にふれることができたので、今までより深く世界のことを知ることが出来ました。

千里万博記念公園の博物館で学んだこと 2年生 道江 珠里

 11月30日に、塩路ゼミの二回生全員で万博記念公園の中にあるEXPO’70パビリオンと国立民族学博物館に行きました。最初に万博記念公園を入って少し歩いたところにあるEXPO’70パビリオンへ行きました。EXPO’70パビリオンでは、日本万国博覧会が開催された当時のことが詳しく書かれていて、海外からの入場者数や何カ国の国が参加したかなど、また迷子になった人の数や結婚した人たちの数、出産した人の数などのあまり目にしない情報も書かれていました。他にも、当時の日本万国博覧会の模型や各国の展示されていた内容や様子、日本万国博覧会の中を通っていて当時ではとても人気のあった乗り物が置いていたりしました。私が最も印象に残っているものは、開会式のパレードで海外の各国の人が着ていたコスチュームが飾られていたところです。コスチュームの形がどれも違っていて、普段見ない服が多かったので興味をもって見ることができました。  

次にEXPO’70パビリオンから更に奥にある国立民族学博物館へ行きました。国立民族学博物館ではみんぱく電子ガイドという携帯型の展示解説装置をつけると、場所によって映像と音声で解説が視聴できて、文字に書かれている説明には書かれていない情報を教えてくれるのでとても聞いていて納得できるものが多かったです。私はオーストラリアにとても興味があるので、オーストラリア展示を詳しく見ました。オーストラリアの展示では先住民であるアボリジニの人たちについて多く書かれていました。私は高校生の時に修学旅行で行った先がオーストラリアだったので、授業の中でアボリジニの人たちについて何度か勉強していたこともあって情報が頭に入りやすかったので、展示されているものがとても見やすかったです。展示の中には他にも、シドニーオリンピックで、400メートル走で優勝したキャシー・フリーマンさんがアボリジニとオーストラリアの国旗を掲げている写真が飾られていたり、アボリジニの人たちが作ったかばんや作品が並べられていました。アボリジニの人たちが作ったかばんはデザインもよくてかわいいものが多く、雑貨屋などで売られていても違和感がないものばかりで、私も欲しいと思うかばんがいくつもありました。  今まで万博記念公園には何回か行ったことがありましたが、EXPO’70パビリオンと国立民族学博物館には初めて行ったのでどのコーナーを見ていてもおもしろいと思えるものばかりでした。今回行ったことをふまえてこれから勉強していこうと思いました。