塩路ゼミ3年生が岸部エリアを2回目のフットパス

 本年度も国際観光学部 塩路研究室は、「フットパスと豊かな地域づくり」というテーマで主に吹田市を拠点としてキャリアゼミ活動を行っています。本年度は、吹田市岸部エリアと千里山・関西大学エリアの2チームに分かれて、まち歩きを実施し、フットパスの視点から地域づくりについて考えていきます。2023年6月10日に、研究室3年生が吹田市岸部エリアで、自由に探索する2回目のまち歩きを実施しました。今回は、歩いた学生たちがその感想を報告します。各チームは、6月に地域での学びを深め、学生目線で新しい発見をするために、同じエリア内で2度目のまち歩きを行いました。7月9日には、その2回のまち歩きを踏まえて同協会の拠点である吹田市浜屋敷で市民の方々と交流会を開催する予定です。

フットパスで学んだ岸辺の歴史
3年生 中野 慶華

 私たち塩路ゼミ3回生は、吹田市の「岸部コース」「千里山・関大コース」の2つのグループに分かれてフットパスを行いました。私は、5月13日と6月10日の2日間で吹田市の「岸部コース」のエリアを回りました。1回目は吹田歴史文化まちづくり協会の吹田まち案内人、本田雅人さんの案内の元「吉志部神社」や「吹田市立図書館」などを回りました。
 私が1回目に印象に残ったのは「吉志部神社」でした。吉志部神社は紫金山に鎮座し、壮麗な社殿を構え、朝鮮半島から渡ってきた進んだ技術を持った人々である難波吉志一族の氏神として、岸部の里の人々に崇敬されてきたそうです。応仁の乱など幾度か災禍に見舞われながらも、その都度、再建されてきました。慶長15年に再造営をし、本殿は全国的にも珍しい七間社で、桃山様式の華麗な社殿だったそうです。その歴史的な価値の高さから国の重要文化財に指定されていましたが、平成20年不審火により全焼したそうです。現在の社殿は、保存されていた資料と半年以上を費やした火災跡の調査を基に、400年前の造営当時の建築様式と鮮やかな装飾や色彩を正確に復元されたもので、平成23年に竣工されました。吉志部神社では春祭りや正月などに祭りが開催され、フットパス中も様々な人が訪れていて地元の人から親しまれている神社だと思いました。
 2回目、私たちは「旧中西家住宅」に行きました。「旧中西家住宅」とは江戸時代後期に建築された淀藩の大庄屋屋敷で長屋門や主屋、藏など主屋をはじめ7棟が国登録有形文化財に指定されおり、庭園も登録記念物にも指定されている建物です。「吹田吉志部文人墨客迎賓館」の名で吹田市の和の迎賓館としても活用されています。旧中西家住宅でもボランティアの方に案内していただきながら見学しました。最も印象に残ったのは東の庭園です。この東の庭園は一風変わった庭園で、堀の周囲を春は桜、夏には百日紅、秋には紅葉と四季の花木が彩る庭園で堀の中に降りることはできないのですが、かつては「この堀の中から花々を見上げて《深山幽谷》な風景を楽しむ」ためにこのような構造になっていて普通とは違う景色が見えるのかなと思いました。
 今回のフットパスを通して、吹田市岸辺地区には昔の建物や重要文化財など貴重な建物があることを知りました。また自分の住んでいる地区でもこのような趣のある建物があるか探してみようと思いました。今回はボランティアの方や吹田町案内人の本田さんが説明して下さり、楽しみながら学ぶことが出来ました。地域の方と関わることで吹田の歴史だけでなく、実際に地域に住む方々の温かさを感じることができ、フットパスの楽しさを学ぶことが出来ました。

旧中西家住宅を見学して
3年生 京谷 胡李

 2023年6月10日に吹田市岸部で二回目のフットパスを行い、旧中西家住宅を学芸員の方に説明してもらいながら見学しました。旧中西家住宅はJR岸辺駅から徒歩10分のところにあります。中西家は、江戸時代には大庄屋を務めていました。
 主屋前面に造られた庭園は、作庭の位置や造園の技法に特色をもっていて、稀有なものといわれており、平成25年8月1日に、国の登録記念物に登録されました。旧中西家住宅のほぼ全ての建物は、吹田市指定有形文化財に指定され、同時に国の登録有形文化財に登録されている貴重な建物です。
 大坂夏の陣で残った武士が農民としての力を蓄え、旧中西家住宅に4代にわたって住んでいました。主屋が建てられたのは197年前で、敷地内に7つの建物があります。平成18年まで人が住んでおり、翌年の平成19年に無償で吹田市に寄付されました。
 表門には、乗ってきた馬などが待つ場所に龍吐水とう江戸時代から明治時代にかけて使われた木製消火用ポンプが設置されていましたが、実際に使うと水が噴き出し、狙った場所に水を出せないため、使われることがなくなったそうです。屋根は珍しい、二重に造られている八棟造りという、近代初期の民家で入母屋の瓦屋根をのせた棟を多くもつ豪壮なものが使用されています。庭園にある11個の石は家族を表しており、紫雲石という石が使われていて、雨が降ると石の白い部分が紫に光るそうです。庭園には紅葉などの四季折々の情緒が楽しめます。
 家の中に入ると、駕籠をかけておくためのものが天井にありました。駕籠には女性が嫁いでくる際に乗って来て、現在のように自由に実家に帰ることができないという意味があるそうです。窓に使われているガラスは向こう側が歪んで見える作りになっている珍しいものが使用されているため、一枚でも割れてしまうと新しい同じものは現在では作られていないため割れないように注意しているそうです。ダイニングキッチンは文化財を保存しながらも、快適で、住み続けたくなるよう美しく整えられています。アメリカ製の冷蔵庫が設置され、一部の壁にはイタリア製のタイルが使用されていました。現在の内装材を取り外すと、建築当時の姿に復元することが出来るように設計されています。玄関棟のふすまや壁などには暗くなると光る塗料で絵が描かれていました。
 今回のフットパスを通して、旧中西家住宅だけでなく、周辺の道にも歴史を感じられるような造りがされている塀などがあり、吹田市には万博記念公園の太陽の塔や、エキスポシティのようなよく知られている場所だけでなく、岸部のようにあまり足を運ばない場所にもさまざまな歴史があることを学びました。

岸部での貴重な経験
3年生 佐々木 雪那

 6月10日に吹田まち歩きに岸部に行ってきました。私は1回目では体調が悪く行けなかったので、この日のまち歩きが初めてでした。グループのみんなはもう道を大体覚えていて、旧中西家を訪問するのに迷いもせずスムーズに到着することが出来ました。
 旧中西家に着くと、学芸員の方が簡単な説明をしてくださいました。茶屋、主屋、長屋門、内蔵(米蔵)、勘定部屋棟、木小屋(キザラ)、土蔵一、二、井戸屋、納屋、庭とたくさんの建物がありました。春になると桜が咲いたり色んな花を見ることができると説明され、飽きないで季節の移り変わりを楽しめるのがいいなと感じました。中西家は江戸時代には大庄屋を勤めていたらしく、1826年に主屋、長屋門、内蔵、キザラなどがたち江戸後期の大庄屋の屋敷構えをほぼ当時のまま保管されていました。
 屋敷の中に入ると床暖房の入る床があり、巨大な冷蔵庫、キッチンなど、いまでも裕福だといえる家具や物が揃っていました。スポーツ選手が訪問してきたりとこの建物はとても有名なのだと改めて感じることが出来ました。文化財を保存しつつも快適で住み続けたくなるような建物で埃ひとつなく整えられていました。
 部屋のインテリアもとてもこだわってる様子を実感することができ、美術館に行ったような気持ちになりました。京都や大阪の文化人が訪問するなど江戸時代の大庄屋屋敷は偉大な建物なのだということを学ぶことができました。
 庭には、地面を2m近く掘り下げた技法がありました。この一角は、窪みから松や楓を見上げて「深山幽谷」の気分を味わうために作られたもので、窪地で野点を開催することもあると伺いました。内蔵、勝手門、長屋門、東の庭園では雪が見ることができ、春には桜、秋には紅葉など季節が変わるごとに見に行きたいと感じました。
 江戸時代からそのまま残されている建物や庭は少ないと思うので貴重な建物を訪れることができ、普段いかない場所に訪れることで良い経験になりました。旧中西家住宅の周りは駐車場や一軒家など、ごく一般の住宅地ばかりだったので入る前からも独特の雰囲気が漂っており、歴史ある建物は普通の家とやはり違うのだと感じました。
 旧中西家住宅を訪問した後、岸辺駅周辺を歩いて、自分の家の周りは田舎で田んぼが多いので、吹田は都会だなと感心していました。自分の家の周辺の方が古い建物が多く見られるので近くに昔からある建物があるか調べようと思えました。その他の大阪府にある指定有形文化財も訪れてみたいと思いました。