塩路ゼミ2年生が国立民族学博物館を見学(その2)

2020年11月22日に、国際観光学部 塩路研究室2年生13人が、大阪府吹田市千里万博記念公園を訪れ、国立民族学博物館(みんぱく)を見学しました。常設展示場では、東南アジア、南アジア、東アジア、アメリカ、オセアニア、ヨーロッパなどの世界の各エリアに分かれて、2名から3名のグループで展示を見て周りました。今回は、主にヨーロッパ、アメリカ、オセアニアを担当した学生が、それぞれ関心をもった点やテーマ、展示から考えたことなどについて報告します。

みんぱくで知ったヨーロッパ
2年生 市村 まい

 11月22日に私たち2年生は全員で初めてのフィールドワークに行きました。場所は吹田市にある国立民族学博物館(みんぱく)です。ここは万博記念公園内に立地しています。みんぱくは民族学・文化人類学に関する調査・研究を行うとともに諸民族に関する知識を深める場として1974年に創立されました。館内の展示物はオセアニアから始まり、世界一周した気分になれるような造りになっています。以下では、私が主に調べたヨーロッパの展示ブースについて述べていこうと思います。
 ヨーロッパは、16世紀から20世紀にかけて、さまざまな技術や知識を世界各地に移植したそうです。みんぱくでは、時間の流れに注目しながらヨーロッパにおける伝統的な生活様式と宗教、近代の産業化、さらに現代の新しい動きを見ることができます。
 私はゲーム機型の音声ガイドを手に館内を見回りました。専属のガイドが付いてくれているような感覚で視覚だけではなく聴覚からも情報を得ることができるので解説文を読むよりも分かりやすかったです。ヨーロッパのブースは他の国に比べて展示物が少ないように感じました。その中でも始めに目に入ったのはパンの展示物でした。ヨーロッパのパンは最もポピュラーな食べ物で、使用される小麦の種類や、形状、食べ方は地域によって様々です。例えば、北の方に行くにつれてライ麦栽培が増えるため、黒い色をしたライ麦パンが多くなるというような地域差があるようです。また、パンはキリストの体の象徴になっていて宗教的な意味も持っていると知りました。
 次に「生業と一年」という展示を見ました。ここで目を引かれたのは壁の上部に掛けられたヨーロッパの一年間の様子を表す4枚の絵でした。この絵は夏に稲を刈っている様子、秋にブドウでワインを作っている様子、冬は室内で仕事をする様子、春の農業再開の様子などを表していました。この一年のサイクルはその時々に祝祭を挟み、現在でも人々に豊かな生活リズムをもたらしているそうです。祝祭の中で私たちにも馴染みがあるのはイースターではないでしょうか。これは復活祭で春分後の最初の満月の日に行われます。この日に交換したり食べたりする卵は生命の誕生を意味するものとして用いられます。
 このほかにも酪農や、硬貨、移民についての展示などがあり、見ていて興味が尽きなかったです。ヨーロッパの展示物は他の国に比べて全体的に派手な色が少ない印象でした。私が思うヨーロッパのお洒落で落ち着いたイメージそのままだと感じました。
 この日の館内には、お年寄りや若い夫婦が見受けられたのですが、その中に小学生の団体がいました。子供でも楽しめるような映像での説明や本、実際に乗れる車の展示物などもありました。みんぱくは誰もが楽しんで見て回れる要素が詰まった博物館でした。
 みんぱくではアメリカやヨーロッパのような観光大国から自分の知らなかったアフリカや東南アジアの歴史まで世界中の伝統や文化を見て回ることが出来ました。民族衣装や仮面、人形、楽器など、どのブースも初めて見る展示物で溢れていて興味深かったです。時間も限られていたので、今回は担当だったヨーロッパに重点を置いて調査しましたが、次回訪れる機会があれば、他のエリアももっと時間をかけて調べたいと思いました。

世界各国の歴史と文化を学ぶ
2年生 菊崎 陽登

 私達は11月22日に吹田市の万博公園の中にある国立民族学博物館へ行ってきました。館内はオセアニア、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、日本などの国々の文化に加え言語や音楽などの歴史についても学べました。国立民族学博物館は文化人類学・民族学とその関連分野の大学共同利用機関として1974年に創設され、1977年に大阪・千里の70年万博跡地に開館しました。2024年には創設50周年を迎えます。フィールドワーク当日は、三連休中日とあって万博公園内は多くの人で賑わっていました。
 今回私が担当した地域はヨーロッパでした。ヨーロッパでは、16世紀から20世紀にかけてキリスト教や近代の諸制度をはじめとする、さまざまな技術や知識を世界各国に広めていきました。しかし、現代ではこの流れが逆転するなかで、世界中からの移民と共に、移民の文化もヨーロッパ社会の一部となりつつあります。
 ヨーロッパの農業は、麦作と牧畜を中心に、地域によってはブドウ栽培を行っています。秋に麦の種まきを行い、夏になると牧畜の牧草刈りと、麦の収穫、秋にはブドウの収穫を行う。この一年のサイクルは、人々の生活に豊かな暮らしのリズムをもたらしていました。
 麦作を中心としてきたヨーロッパでよく食べられている食材であるパンは、使用する麦の種類や、形状など地域によって異なるそうです。そして、パンは家庭料理としても親しまれており、各家庭によって麦の配合量や焼き方なども異なり、おふくろの味の一つだそうです。祝祭などにも用いられ、結婚式用のパンやイースター用のパンなど様々な用途で使い分けられています。パンは、ヨーロッパに住む人たちにとって欠かせない重要なものなのだと思いました。
 次に興味をもったのは、音楽の歴史です。言葉などがまだなかった時代や、異国の人とコミュニケーションを取るときに、音や音楽は相手に自分の意志や感情を伝えるための重要なツールの一つでした。また、神仏や精霊など目で見ることが出来ない存在と交流するときにも音楽は使われています。このエリアでは世界各国の楽器や、どのように音楽というものが生活で使われていたのかを学ぶことが出来ました。私は音楽が好きで良く聴きますが、イギリスやアメリカの音楽しか聴いてこなかったので、南米やアフリカ地域の音楽に触れることが出来てとても興味深く感じました。
 国立民族学博物館に見学に行って、世界各国の生活の変化や、文化、宗教などの歴史を学び、これまで世界史などで学校で教えられたのはごく一部なのだと思いました。これを機に、世界の多様な生活様式や人々の生活の変化についてより深く学んでいきたいと思いました。

万博記念公園の魅力
2年生 宮本 采芽

 私たちは、11月22日に千里万博記念公園を訪れました。3連休の2日目ということもあり、万博記念公園行きの大阪モノレールにはたくさんの人が乗っていました。子供からお年寄りまで幅広い世代の人がいて、エキスポシティに行く人ばかりなのかと思っていたら、万博記念公園に向かう人も予想より多く驚きました。万博記念公園の入り口を抜けると、前には大きな太陽の塔が建っていました。多くの人が太陽の塔をバックに写真を撮っていました。
 昼食後、私たちは歩いて国立民族学博物館に行きました。中に入ると大きな階段があり迫力ある感じでした。国立民族学博物館には、世界の衣食住の文化などが展示してあり、地域ごとに分かれているため見やすくワクワクしました。1周目はすべての展示を見て回りました。個人的に地域の境目が面白かったです。前と後ろで地域が異なるため世界観が全く違い、世界の広さを感じることができました。今回その中に入ることはできなかったのですが、中央・北アジアの移動式住居を初めて直接見ることができて、思っていたよりも立派で、一度ここで暮らしてみたいなと思いました。
 2周目はそれぞれ発表担当の地域のところへ行きました。私は、アメリカ地域を担当しました。アメリカ大陸は広く、文化も場所によって全く異なっていました。ココアやチョコレートの材料になるカカオが、中米では実をつぶして水に溶かしてトウガラシなどを加えて飲んでいたことや貨幣や薬として使われていたことが分かり、日本と違った部分を知ることができました。衣服においても豪華で派手なものなど地域の個性が表れていて独特でした。アメリカ地域のブースにメキシコの骸骨人形が複数あり、ディズニー映画の「リメンバー・ミー」を思い出すようなものでした。その後、特別展に行き、スタンプラリーをしながら各地域の先住民についての展示を見ました。楽しみながら見ることができたので飽きることなく学ぶことが出来ました。
 万博記念公園には様々な花が植えられていました。そのなかでもバラ園が一番魅力的でした。白やピンク、赤など多数の色のバラが咲いていました。バラというと「美女と野獣」を思い出し、赤のバラに惹かれました。バラの匂いを嗅いでみるとバラの良い香りがして癒されました。少し枯れているものもありましたが、とても綺麗でたくさん写真を撮りました。園内マップを見てみると、季節ごとに見ることができる花の種類が書いてあり、次は春に見に行きたいなと思いました。帰りには太陽の塔の後ろ側を見て、正面とは違った姿を知ることができました。
 万博記念公園には太陽の塔だけでなく、今回訪れた国立民族学博物館やバラ園など楽しむ場所がたくさんあることが分かりました。最初になぜこんなに人がいるのだろうと疑問に思っていましたが、公園施設が充実していて自然を上手く活用しているところに納得しました。

世界の地域について
2年生 國方 勇成

 11月22日に塩路ゼミ2回生全員で初めてのフィールドワークを行いました。行き先は国立民族学博物館です。国立民族学博物館とは、文化人類学・民族学とその関連分野の大学共同利用機関として1974年に創設され、1977年に大阪・千里の70年万博跡地に開館しました。2017年に開館40周年を迎え、2024年には創設50周年を迎えることになるそうです。
 本館の展示は、オセアニアを出発して東回りに世界を一周し、最後に日本にたどり着く地域展示と特定の地域単位ではなく、音楽や言語を取り上げて世界の民族文化を紹介している通文化展示がありました。地域展示で最も印象に残っている地域が2つありました。
一つは、アメリカ地域です。アメリカ地域では、とても大きなトーテムポールが3本ありました。トーテムポールとは、北アメリカ大陸に住む先住民インディアンの多くが、彼らの家の中や家の前、あるいは墓地などに立てていた柱状の木造彫刻の総称です。トーテムポールには、家の出自や家系にかかわる紋章、動物など文化的伝承に基づいて彫刻されていました。
 二つ目は、東アジア地域です。天井にとても大きな龍が展示されていたり、民族衣装がとても華やかで圧倒されました。印象に残っている地域のほかにも、多様な宗教文化や生業・工芸の多様性があり、それぞれの地域で都市文化が栄えていたことが分かったりと新しい発見がたくさんありました。
 一方、通文化展示では、音楽と人類との関わりを世界各地の楽器で考えることができたり、言葉を構成する要素や言語の多様性、世界の文字を知ることができました。音楽展示の場所では数多くのギターがおいてあり、ギター好きにはたまらない場所になっていました。ほかにも、太鼓やゴング、チャルメラもありました。音や音楽で自分の意志や感情を伝えていた昔の人々は、ケータイがある便利な時代に生まれた私と違って、異なる方法を使っていたのだなと、とても感心しました。言語展示では、幼い時に読んでいた「はらぺこあおむし」が様々な言語で書かれていました。また、昔話を日本のあらゆる方言で読んでくれるコーナーもあり、あらゆる方言で読まれる昔話は癖が強いものから聞きなじみのある読み方まで、面白くてずっと聞いていたいものでした。
 最後に特別展示も見に行きました。特別展示とは本館展示とは違い、研究の成果を特定のテーマや内容にそって紹介される展示です。年に数回変わるのですが、行ったときは先住民のことについて取り上げていました。有名なアボリジニやアイヌ、私が知らなかった民族のことまで細かく紹介していました。アイヌについて少ししか知らなかったのですが、「北海道とサハリン・千島列島・本州東北北部に居住し、アイヌ語をはじめ独自の文化を育んできた民族」という紹介文や実際に着ていた魚皮製の衣装を見たりしたことで、アイヌの歴史や境遇、工芸品まで学べました。
今回のフィールドワークでは、世界の諸民族の社会と文化に関する知識を学び、自分たちと異なる文化についての理解を深める良い機会になりました。

異文化を世界一周体験
2年生 荒川 和音

 11月22日、ゼミ活動で万博記念公園にある国立民族学博物館を訪れました。今回訪れた博物館にはオセアニア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアなどの国や地域に分かれており、世界中の歴史や文化、言語を学べます。また、各エリアには異文化を感じられる先住民の衣装が展示されていました。そのなかでゼミ生と話し合いグループに分かれ地域ごとに研究しました。ここでは、私が担当したオセアニアを中心に紹介します。
 海がほとんどの面積を占めているオセアニアには、大小数万をこえる島々が点在しています。そこには、発達した航海術をもち、根栽農耕を営む人びとが暮らしてきました。「移動と拡散」「海での暮らし」「島での暮らし」では、資源の限られた島環境で、さまざまな工夫をして生活してきた様子を展示されていました。また「外部世界との接触」「先住民のアイデンティティ表現」では、外の世界と出会うなかで、人びとが伝統文化をどのように継承、発展させてきたかが説明されています。
 限られた資源しかないサンゴ島に暮らす人びとが、資源の豊かな火山等の住民と交易をおこなうことは、生存のための工夫のひとつであり、津波などの災害時にはその関係を利用して生活の復興をしていたようです。
 島の自然環境は2つに分かれ、火山起源の島とサンゴ島の自然環境があります。火山起源の島は、植物栽培に適した土壌を持っているので、人間が住むのに適した環境を提供しています。植物栽培にも適した土地を持ち、石器や土器を作る石や粘土など、多様な資源も手に入ります。ハワイなどの大きな火山島では人口が増え、王を頂点とする階層社会が形成されました。
 次にサンゴ礁が隆起して島になったサンゴ島は、海底が低く、大きさも小さいです。石器を作る石や土器を作る粘土もないので、サンゴ島で暮らすには、様々な工夫が必要でありました。また、土壌が貧弱で水資源に貧しいため、島中央部分を淡水レンズの深さまで掘り、タロイモの一種を栽培する方法などもありました。
 最後に私が最も印象に残ったモアイ像は、チリ領イースター島にある、人面を模した石造彫刻のことです。それらは島の海に面したアフと呼ばれる高台に、多くの場合海に背を向けて、かつての住居跡を取り組むように多数たてられています。モアイはラパヌイの人びとが帰属する親族集団の祖先をあらわしたものとされています。11世紀から16世紀ごろまでに作られた。凝灰岩を使用しており、建造中に放置されたものを含め約900体あり、大きいものには10メートルに及ぶものもあります。
 今回、国立民族学博物館を訪れて、歴史だけでなく仮面や木造、アート、エスニック料理の作り方などの詳しい展示から多くのことを学ぶと同時に、世界一周体験をして異文化を楽しむことが出来ました。

みんぱく:オセアニアについて
2年生 竹内 良輔

 海がほとんどの面積を占めているオセアニアには、大小数万を超える島々が点在していました。そこには、発達した航海術を持ち、根栽農耕を営む人々が暮らしていたようです。今回は、「移動と拡散」「海での暮らし」「島での暮らし」に分けて、資源の限られた島環境で、様々な工夫をして生活してきた様子を紹介していきたいと思います。
 オセアニアの広大な海原を渡って移動するには、とても優れた航海術と船が必要になってきます。現代のようにコンパスもレーダーもない時代に、どのような移動手段を用いていたのかと言うと、星・星座、太陽、月などの天文現象のほか、風、うねり、雲、波、魚、漂流物、海の色や匂いなどと、ありとあらゆる自然現象の規則性を用いた伝統航海術を利用していたようです。それには、500以上の星・星座が使われていて、カヌーの進路や島の方位などを示す星座コンパスは、数十個の星・星座で構成されていました。
 その航海を可能にしたのが、ダブル・カヌー(双胴船)であり、200年前まではオセアニアの海の交通手段であったようです。大型のダブル・カヌーは、かなりの積載量があり、30名の人間と豚・犬・鶏などの家畜のほかに、航海中の食糧や飲料水、他にタロイモ、バナナ、パンノキの苗木なども積むことができました。このカヌーは、カニのはさみ型の帆を張り、向かい風にも角度で切りあがってジグザグ航法で前進することができて、数千キロメートルの航海を可能にしました。オセアニアの人々が数十日もの船上生活に耐え、遠方の島々へと植民することができたのは、この乗り物のおかげであると思います。
 そのなかでも驚いたのが、数多く存在する星を正確に記録して、それを基にコンパスの代わりにしたということです。博物館では、オセアニアに関する歴史の展示物が多くありましたが、何よりもこの技術が素晴らしいと感じました。
 海での暮らしとしては男性が、主に上記にもあるカヌーなどを使って沖に出て漁を行い、女性が島の浅瀬で貝などを拾ったりしていたようです。その際に使われていた道具があり、魚やタコを捕まえるような物から、サメを捕まえるための大きな縄のような物までありました。
 島での暮らしは、環境によって生活の仕方が違っていて、主に火山島とサンゴ島に分けられていました。火山島は、領土が大きい上に、作物を育てるのに適した土地を持っていて、石器や土器を作る石や粘土などの多様な資源も手に入りました。それに対してサンゴ島は、土地が貧弱で作物があまり育たず、水資源に貧しいという環境にありました。島中央部を淡水が出る深さまで掘って、タロイモなどの限られた作物を育てていたものの、それでは生活できないため、資源の豊かな火山島の人々と交易をしたりして、生存のために工夫をしていたようです。
 島生活での料理を見てみると、土のなかに焼け石を敷いて、野菜や魚、肉、イモ類など入れ、バナナの葉で覆い、上から土で埋めて焼くような調理方法を用いたものがありました。
 このフィールドワークでは、学んだことが多くありました。そのなかで、私が調べたオセアニアに対して持ったイメージが、団結力です。人々が協力し合って生活している姿がとても印象的で、その大切さが伝わってきました。みんぱく見学はとても良い経験になりました。