塩路ゼミ3年生がヨーロッパに調査旅行

国際観光学部 塩路研究室3年生7人が2019年9月初旬から中旬にかけてヨーロッパに調査旅行に出かけました。今回は、彼らが調査した内容とわかったこと、現地で感じ、考えたことを報告します。

中世の街並みが残される背景
3年生 日根 美咲

 私は、9月2日から9月16日の間、イギリス・ドイツ・オーストリアの三カ国を訪れました。三カ国を訪れて最も印象深かったのは、街並みについてです。それぞれの国で街並みは全く違いました。その三カ国の中でも最も興味深かったのがドイツのローテンブルク・オプ・デア・タウバーという街です。オプ・デア・タウバーとは、「タウバー川を望む丘の上」という意味で、10世紀に地方貴族の城が建てられたことに由来しています。ローテンブルク旧市街は、城壁に囲まれています。門を抜けると、タイムスリップしたかのように中世の街並みが広がります。今回は、この中世の街並みが保存され続けている背景について考えていきます。
 ローテンブルクは、聖ヤコブ教会で知られる「最高級の巡礼地」として賑わい、神聖ローマ帝国においても「皇帝直属の領土(=帝国自由都市)」というかなり良い地位で、居住者も2万人と最も繁栄していました。その後、17世紀に起きた三十年戦争(1618年~1648年の30年間に起きたカトリック対プロテスタントの国際的な宗教戦争)とペストの大流行により、ローテンブルクは都市としての繁栄や経済力を失い、発展が止まってしまったのです。しかし、1871年にドイツ帝国が成立すると、鉄道開通により観光客増加や工業化が進み、街は復興し始めました。さらに、「街の景観を大きく変える建築を禁止する法律」がつくられたことにより、中世の街並みがそのまま残されているのです。発展を止めて、空白の期間があったからこそ今も残すことができているのです。
 そして、空白の期間の後、復興を成し遂げ、街を保存し続けることができている最大の理由は、行政・住民・観光客の協力があったからです。度重なる戦争によって、ローテンブルクは、半壊状態となりましたが、米国の資金援助をはじめ、世界中から寄付金が寄せられました。さらに、歴史を守り続けるために、街の中心にあるマルクト広場の仕掛け時計にはマイスター・トゥルンクが再現されています。マイスター・トゥルンクとは、三十年戦争で降状したときに、ティリー将軍の要求に応じて特大ジョッキのワインを一気飲みして街を守ったヌッシュ市長の話です。この話を祝う祭りなども開催されています。ローテンブルクの住民は中世を再現するための祭りを月に一度の頻度で開催しています。私たちが訪れた9月8日も「帝国自由都市」という祭りが行われていました。街の至る所で中世の格好をした住民が、中世の暮らしを再現していました。そして、住民だけが盛り上がるのではなく、観光客も一緒にダンスをしたり、隣で酒を飲んだりしていました。住民と観光客が一体となってこのローテンブルクの歴史を祝っていました。
 ローテンブルクには、深い歴史があり、その歴史を大切に住民は暮らしています。そして、その歴史を観光客にも一緒になって感じてもらいながら伝えているからこそ、現在も街並みを残し続けるだけでなく、多くの人を魅了する街並みとなっているのだと思いました。

イギリスにて本場のフットパス体験
3年生 山本 名桜

 2019年9月2日から6日にイギリス、9月7日から10日にドイツにて海外フットパスを行いました。イギリスではロンドンとコッツウォルズ地域、ドイツではローテンブルクをフィールドとして、フットパスを行いました。本報告ではイギリスでのフットパスの様子を述べていきます。
 9月3日と6日の二日に分けてロンドンにてフットパスを行いました。3日はパディントン駅から出発し地下鉄でヴィクトリア駅へ向かいました。そこから二階建てのロンドン市内を走行するバスを利用し、ビッグ・ベン付近まで移動し、ビッグ・ベンを目指しながら周辺を歩きました。ビッグ・ベンは工事中にも関わらず多くの観光客がカメラを向けていました。近くで見ると壁の細かい彫刻や、複雑で重厚な壁面を直接見ることができ、多くの観光客を惹きつける魅力を目の当たりにしました。近くの大きな橋には小さな土産物店が至る所にあり、民族衣装のキルトに身を包んだ、バグパイプ奏者の姿も印象に残っています。
 6日はパディントン駅から地下鉄でカムデンタウン駅に向かい、ロンドン北西にあるカムデンマーケットを散策しました。カムデンマーケットでは世界各国の料理を売る出店が建ち並び、イギリスのパンクロックやハードコアロックバンドの楽曲が店内BGMとして流れるTシャツ屋や古着屋、エスニック雑貨を取り扱う店が数多く出店していました。
 9月4日と5日は主にコッツウォルズ地域をフィールドにフットパスを行いました。4日は滞在地のチッピングカムデンからボートン・オン・ザ・ウォーターに移動し、そこからパブリック・フットパスに沿って歩きました。5日はボートン・オン・ザ・ウォーターとモートン・イン・マーシュ、チッピングカムデンの三カ所を散策しました。
 特に4日のパブリックフットパスは印象に残っています。歩き始めは横に緑豊かで広々とした校庭を持つ小学校や人々が自然豊かな街並の中で集う姿などが見られました。コッツウォルズ製のシルクや革製品を置いた小さな店があり、そこへ休憩がてら立ち寄ると、コッツウォルズの文化への理解がより深まりました。さらに歩き進めていくと景色が牧場風景へと変わりました。林の中に入っても、単調な道が続くのではなく、川が見えてきたり、広い草原に出たり、草をかき分けて歩くような狭い道に出たりと、ちょっとした冒険をしているようで、飽きることなく夢中で歩くことができました。また、パブリック・フットパスは観光客にコッツウォルズの風景を見せることが目的の道であるという認識でしたが、それだけではなく、実際に歩いていると現地の人たちもフットパスを利用している様子がうかがえました。それにより、地域の人々の生活に根付いた道に我々観光客が足を踏み入れているかのような感覚になり、これこそパブリック・フットパスを歩くことで感じ取れた強い魅力の要因であると考えました。歩く人が楽しみつつ地域性を感じ取ることができ、現地の人もまた良い散歩コースとして利用している様子がパブリック・フットパスに地域性をより強く持たせているのです。
 今までゼミでは、日本の地域を拠点にフットパスを普及させる活動を行ってきましたが、イギリスで本場のフットパスを歩いて感じたことが今後の日本での活動に大いに繋がると感じました。昨年お世話になった兵庫県但東町のフットパスでは但東町の歴史や自然を感じることができ、フットパスに適した資源が豊富でしたが、フットパスが地域の人々に認知されている様子はまだないように感じました。観光客が歩いた際により地域性を感じることができるフットパスを作るには、地域の人々がフットパスを「公共の散歩道」と認識し、地域の人自身がフットパスを利用することをまず目指すことが大切であると今回のイギリスでのフットパスを通じて考えました。

ヨーロッパの建築物とオーストリアの観光体験
3年生 宮村 里沙

 私達は、9月2日から9月17日の2週間ヨーロッパへ調査旅行に行きました。今回は、印象に残った建築物3件とオーストリアで感じた観光の現状について報告します。
 調査旅行で最初に訪れた場所は、イギリスのロンドンです。着いた日は、夜だったので町の様子はあまり分かりませんでしたが、朝になり外に出てみると石畳の道やレンガ造りの大きな建物が広がっていてとても素晴らしかったです。イギリスで、最も印象に残った建物は、「ウエストミンスター寺院」です。この教会はイギリスのウィリアム王子とキャサリン妃が結婚式を挙げたことでも有名です。また、実際に中に入り美しいステンドグラスや綺麗な中庭を見学することもできます。またこの寺院は、私が世界遺産検定取得の際に、ウエストミンスター寺院は、1834年の大火で大部分が焼失し、再建されたことや、歴代の王が戴冠式を行った修道院でもあるということを学んでいたので、実際にこの目で見ることができてよかったです。
 イギリスでの滞在を終え、次に向かったのはオーストリアです。オーストリアに着いて最初にザルツブルクという町に向かいました。この町から、日帰りでドイツへ観光が出来ると知り、急遽ドイツにいくことになりました。ドイツには、列車で4時間かけて行きましたが、車窓から見る山や小さな教会などの景色が綺麗で列車の旅には全く飽きませんでした。ドイツでは「ヴィース教会」という教会に行きました。この教会は限られた時間しか中は見学できませんが、外観は普通の教会なのに教会内部はとても美しく特に天井画などはずっと見続けることができるほど天使の顔や表情、色が細かく繊細に描かれていました。今回の調査旅行で様々な教会を見学しましたが、この教会が最も美しく感動しました。
 次に、オーストリアに戻りウィーンに向かいました。印象に残っているのは、「シェーンブルン宮殿」です。とても大きく写真に収めるのが難しかったです。中も見学できるので、豪華な家具や部屋を見ることができました。また、シェーンブルン宮殿内にある「グロリエッテ」という15メートルの丘の上に建つ建物からは、ウィーンの街や宮殿、庭園、噴水全てを見渡すことができました。
 オーストリアの観光体験については、意外にも、ザルツブルク、ウィーンの両方の都市に日本人の観光客が沢山いることに驚きました。また、観光施設内にも日本語のオーディオガイドが置いてある施設が多く、観光しやすかったです。また、両方の都市にそれぞれ、観光パスや交通カードの種類が多く、観光パスが充実していると感じました。ザルツブルクでは「ザルツブルク・カード」という、主要な観光施設に1回ずつ入ることができ、バスが乗り放題なカードがあり、とても便利に観光ができます。ウィーンでも市内の地下鉄、バス、トラムが期限内であれば、乗り放題であり、24時間から1週間まで様々なカードが用意されていました。施設に入るチケットも、2か所の主要施設に優先で入場できるものや全施設に入ることができるチケットなど、自分自身の日程に組み合わせて観光することができます。日本では、交通パスに1日乗り放題のものや、施設に入場するのが割引になったりするカードは見たことがありますが、「ザルツブルク・カード」のようなタイプの観光パスは、見たことがありませんでした。また、日本の場合は、日数の種類も豊富ではないので、このような観光パスが日本の観光地でも広がれば、個人旅行者などにも毎回チケットを買う煩雑さが無くなり、楽に観光できるのではないかと考えました。さらに、観光パスの販売場所も多く必要だと感じました。ウィーンやザルツブルクでは、主要な駅や観光施設、ホテルのレセプションでも売られていて観光客がパスの存在を知り、気軽に買えたからです。
 今回の調査旅行で、沢山の美しい景色を見て、街の歴史と観光の現状について学ぶことができ、それぞれの国の特徴について知ることができました。これからも異なる様々な国に行き実際に見聞きし体験して、世界観を広げ、各地の文化や歴史に関する知識を深めていきたいと改めて感じました。

ロンドンを歩いて
3年生 谷口 彰汰

 私は9月2日から2週間、イギリス、スペイン、ドイツへ行きました。イギリスでは、初めにロンドンの有名な観光地であるビッグ・ベンや、ロンドン・アイ、バッキンガム宮殿、ロンドンブリッジを訪れました。ビッグ・ベンは工事中であったため、時計の部分しか見ることができませんでしたが、それでも他の観光地は日本の観光地と異なり、全ての規模が大きく多くの観光客で賑わっていました。しかし、ビックベンの隣の広場では東南アジア系の人々がデモ活動を行なっており、そちらの騒ぎも大きく、観光とは違い大声を出していたので少し危険な雰囲気もありました。
 私がロンドンで感じたことは、これらの観光地の間を歩いて回ったさいに、歩きタバコや路上喫煙などが目立ったことです。観光地自体は素晴らしいものばかりでしたが、歩いている時のバス停や観光地の各場所の見えやすいスポットなどでの喫煙が沢山あり、私たち日本人にとっては普通では無かったので、迷惑に思っている観光客も少なからずいるのではないかと感じました。
 次に私たちが向かった場所は、大英博物館です。大英博物館は、ロンドンの中心街であるパディントン駅からバスが出ており有名な赤い2階建てバスに乗って向かいました。館内に入る際には入館料は要らない代わりに募金を行なっており、それを使い大英博物館は営業し続けているのは素晴らしいと感じました。館内はとても広く、様々な国や地域によって場所が分けられており、中でもギリシャ神話のコーナーが非常に広く、1日で回るのは少し時間がかかってしまいました。館内では、多くの国籍の人が観光しており、ガイドブックや音声案内など沢山の対策が用いられており、どのような国籍の観光客でも安心して見ることができると感じました。
 ロンドンでの体験をまとめると、全体を通して街並みも建物も観光地も素晴らしいものばかりでありましたが、日本でのルールを基準に見てみると、歩きタバコや喫煙後のゴミが多かったり、ホームレスを見かけたり、さらに車やバスの多さを見ると、歩いての観光はあまり勧められないと感じました。しかし、観光地自体が密集しているため、歩きながらイギリスの風景を楽しむこともできるとも言えます。どうしても歩くことができない場所や少し遠い場所になるとタクシーやバスを使う方が良いと思いました。私たちの短距離移動でもタクシーの運転手の方が気軽に話しかけてくださったり、とても気持ちよく移動することができたからです。

シシィ伝説の誕生
3年生 横道 聖香

 9月2日から9月18日まで約2週間、イギリスのロンドン、ドイツのバイエルン、オーストリアのザルツブルクやウィーンに調査旅行に行きました。ドイツはザルツブルクからバイエルンチケットを利用すると2千円程で行けることを知り、急遽予定に組み込みました。今回の旅行で最も楽しみにしていた国がオーストリアで、その理由は「エリザベート」に所縁のあるスポットを訪れることができるからです。今回は、その中でも最も印象に残ったウィーンのホーフブルク王宮の中にあるシシィ博物館について報告します。ここは「シシィ」の愛称で親しまれたエリザベートの生活の様子や生涯を知ることが出来る博物館です。
 エリザベートは、オーストリア帝国の実質的な最期の皇帝と呼ばれるフランツ・ヨーゼフ1世の妃で、「バイエルンのバラ」と称される美貌の持ち主として有名です。彼女の人生は映画やミュージカルとなって現在まで語り継がれ、多くの人に愛されています。ウィーンの土産屋やカフェといったいたる場所で彼女にちなんだ商品が販売されていたことからもその人気が伺えました。
 私が彼女を知ったきっかけはミュージカルでした。窮屈な宮廷生活を抜け出し自由を追い求める旅を続け、最期はルイジ・ルキーニに暗殺されるという悲劇的な人生を送ったみんなに愛される美しい女性というイメージを抱いていました。しかし、それは彼女の死後に作られたイメージであり、シシィ博物館では「史実」と「シシィ伝説」を比較しその違いがわかりやすく紹介されていました。エリザベートは今でこそ国民的ヒロインとして広く親しまれていますが、当時は公務をほったらかしたまま旅を続ける浪費家で我儘な皇妃としてむしろ非難の的になることのほうが多かったそうです。
 「シシィ伝説」を生むきっかけとなったのは、1955年から毎年続いて製作された映画『プリンセス・シシー』、『若き皇后シシー』、『シシー ある皇后の運命の歳月』でした。この映画の大ヒットによって「お転婆で愛くるしいエリザベート」のイメージが定着しました。また、1992年には「ミュージカル エリザベート」がウィーンで初演され、その後、ドイツ、ハンガリー、日本でも上演され、史実とは違うエリザベートのイメージが世界中に広まりました。シシィ博物館にはギフトショップも併設されており、彼女の肖像画が描かれたグッズや彼女が好んだスミレの砂糖漬け、「シシィ・スター」と呼ばれるアクセサリーなど、ファン心を擽るものが沢山あり散財してしまいました。
 今回の旅では、他にもシェーンブルン宮殿やエリザベートとフランツ・ヨーゼフ1世の結婚式が行われたアウグスティナー教会などシシィのゆかりのある場所にも訪れました。ミュージカルの中でも名前が出てくる場所に実際に立つのは不思議な感覚でした。自分達だけで旅行を計画し訪れるのは初めてでトラブルもありましたが、その国の歴史を知るきっかけとなり、実際に訪れることで現地の文化を知ることができて、とても良い体験になりました。

スペインの観光地を歩く
3年生 武田 侑大

 私は9月2日から2週間、イギリス、スペイン、ドイツに行ってきました。中でもスペインには移動日を合わせて6日間滞在しました。はじめは、スペインの中心部に位置している首都のマドリードに行きました。マドリードはヨーロッパ屈指の世界都市として知られています。マドリードではマドリード王宮(オリエンテ宮)に行きました。マドリード王宮は現在実際に国王や王族は住んでいませんが、国の行事に使用されています。王宮内に入るためにチケットが必要で、チケット売り場は長蛇の列でした。次にマドリードで有名な広場プエルタ・デル・ソル(太陽の門)を訪れました。そこは多様な国籍の人々が待ち合わせや休憩をする場所とされていて、人通りが激しい場所でした。プエルタ・デル・ソルは1962年以降、大晦日のカウントダウンの様子がテレビ中継されるなど歴史ある場所です。その付近にはレストランやショッピングセンターが多くあり、昼食を近くで食べ、その後買い物して過ごしました。マドリードでは古くからの建物、広場があり歴史を大切にしているからこそ人が集まるのだと感じました。
 次に、バルセロナに行きました。バルセロナは芸術と建築で有名な国際都市として認知されています。バルセロナではサグラダファミリアを訪れました。私はサグラダファミリアは外観を楽しむものだと思っていましたが、調べてみると中に入ることができると知り、何とか入場用のチケットを買うことができました。中に入ると外観からは想像できないカラフルなステンドグラスが一面に広がっていました。サグラダファミリアはカタロニアの建築家アントニ・ガウディの未完作品で現在も工事中です。私たちが訪れた際も工事が進んでおり、完成予定は2026年とされています。その意味でも、サグラダファミリアには感じたことがないくらい感動し、完成されてからもう一度訪れたいと思いました。バルセロナでは、芸術と建築を大切にしているからこそ今でも工事が進められているのだと感じました。
 バルセロナではサッカーチームのFCバルセロナの本拠地カンプノウに行きました。このスタジアムではスタジアム内を見学できるツアーがあり、実際に選手が使うロッカールームや会見場に入ることができ、また選手が座るベンチにも入り、芝の上にも立つことができました。実際に訪れてみて、バルセロナの人々がカンプノウの良さを世界中の人々に伝えるためにスタジアムツアーを行ったことで、結果的にカンプノウが観光地としても認知されているのだと感じました。
 今回スペインを訪れて、行く前に治安が悪いと言われていましたが、全くそうではなく、人も親切で私たちが困っていると向こうから声をかけてくれるなど、とても温かい人々が多いと思いました。そのためスペインに対しての考えが変わりました。今後も先入観を持たずに多くの国を訪れたいと考えています。今回観光地に訪れるときに歩いて行きましたが歩くことで、町の雰囲気を感じることができ、現地住民と交流することでその楽しさを改めて知ることができ、日本でも旅行に行くときには歩く機会を増やし現地住民との交流を楽しみたいと感じました。