2018.12.4

大阪府藤井寺市道明寺のフットパス調査

ゼミ3年生が藤井寺市道明寺でフットパス調査

 10月20日(土)に、国際観光学部 塩路研究室 3年生11名が、大阪府藤井寺市道明寺で、NPO法人おいなーれ柏原の助成とまち案内で、フットパス調査をしました。
 同調査は、「河陽鉄道開通120年・明治の鉄道遺産研究・啓発プロジェクト」の一事業として、NPO法人おいなーれ柏原から「明治の鉄道遺産とまちの調査」のご依頼を受けたことで実現しました。
 おいなーれ柏原の桝谷様、中島様、当日のご案内など、ご協力ありがとうございました。今回は、学生たちが歩いて感じたことや考えたことを報告します。

鉄道の歴史から見る道明寺と地域活性化
3年生 吉田 翔一

 私たち塩路ゼミは10月20日(土)に地域住民でNPO法人おいなーれ柏原の会長の枡谷さんと中島さんのご協力の下、藤井寺市道明寺の歴史遺産と町調査を実施しました。道明寺駅から商店街を上り、道明寺、道明寺天満宮へと向かうルートでまち歩きをしました。道明寺駅から続く一直線の商店街に軒を連ねるレストランや喫茶店はレトロな趣が特徴で、飾らない雰囲気に懐かしさを感じました。また蒲鉾やコロッケの小売店などが開放的に屋台のように構えているため、食べ歩きができることは一つの魅力だと感じました。古市古墳群がデザインされたエプロンを着た蒲鉾屋の店長は、接しやすい方で、地域全体が世界遺産登録に熱いと感じました。
 20世紀初頭、富田林出身の富豪だった越井氏の大阪延伸計画により道明寺駅を分岐し、集客を試みたそうです。そして現在でもその歴史背景は、大阪阿部野橋方面への配線が西にカーブしていることが証拠として色濃く残っています。道明寺駅を経由する理由として広く信仰を集めている天満宮の存在が影響したとされています。天満宮は、菅原道真公の叔母にあたる覚寿尼公を祭神として祀っていることから、菅原道真のシンボル・梅の木が多く重要な観光資源だと感じました。天満宮と協力し、梅の収穫時期イベントや「梅祭り」を催すことも観光発展の一つになるだろうと思います。また道明寺天満宮では、挙式をあげることが可能で、地域住民はさらに地域に愛着を持つきっかけになると私は感じました。

 天満宮周辺は、風呂焚きを行う民家や伝統的な建築物が多く見られ、地域資源は整っているため、近鉄特急「青の交響曲」などの停車駅として置いてもらうなど近鉄と連携すると大阪市内から観光客が集まると推測します。藤井寺は近鉄の開発によって地域づくりが行われたので、近鉄と手を組み「鉄道遺産をめぐる旅」を仕立てることで、鉄道マニアや近鉄に関わる関係者が訪れることが期待できます。
 そして、もう一点地域発展を行う上では、駅以外では掲示板を見る機会が少ないと感じました。マップを作成し、旅行会社や阿部野橋駅に置くなど宣伝効果を期待する戦略が必要だとまち歩きを通じて発見しました。そうした情報提供の点においても、「インスタ映え」と言った昨今の若者のブームに乗るため、喫茶店を取り上げて雰囲気のあるイラスト冊子を大学の最寄り駅に飾るなどローコストでの取り組みを行うと今後観光での集客は期待できるのではないかと考えます。店主の人柄やオススメなど掲載し、ユニークなマップを作ると若者の関心が向くと思います。
 半日、道明寺を歩き、文化的かつ歴史的な背景が根強いことは魅力の一つであることを学びました。歴史というと硬いイメージと捉える若者に向けては彼らのニーズや関心に寄り添うことで集客でき、将来的に移住者や雇用が増えたりと、地域の高齢化の防止に繋がるので、こうした点を改善できる取り組みを考えていく必要があると感じました。

まち歩きから考える道明寺地域の観光振興
3年生 三枝 寛和

 10月20日、私たち塩路ゼミは藤井寺市道明寺地域にてフィールドワークを行いました。「明治の鉄道遺産と町の調査」をテーマに、「NPO法人おいなーれ柏原」の桝谷さん、中島さんに案内していただきながら散策しました。
 私たちは道明寺地域の観光振興を目指し、「興味深いストーリー」「鉄道開通によるまちの変化」「鉄道遺産の活用法」の3点の発見を課題として調査に入りました。午前中は、商店街を歩き、五重塔礎石や昔は庄屋だったという古民家を見て回ったり、土師神社・土師寺が移動し天満宮となった歴史を学んだりしました。昼食は、昔、天満宮で祈禱をしてもらった後に宴会が開かれたという歴史ある食事処「梅廼家」でいただきました。午後からは、天満宮の中を散策したり、廃仏毀釈で移動したという道明寺とその周辺を歩いたりしました。
 まず、道明寺がなぜ明治時代に鉄道の中心として活性化したのかを教えていただき、そのストーリー自体は非常に面白いと感じました。天満宮の菜種御供祭に間に合わせるために突貫工事で線路を引き、3日間だけの記念列車を運行させた話なども印象的でした。しかし、「河陽鉄道」「大阪鉄道」「大阪軌道」など社名が目まぐるしく変わり、素人には歴史としても単語としても複雑で分かりにくい部分がありました。菜種御供祭などの行事で寺社仏閣へ行くことが当たり前だった当時の人々の生活は、私たち若者にとっては馴染みがありません。このようなことから、観光客を呼ぶとしても、若者以外にフォーカスしたターゲッティングが必要だと考えます。特に、明治の鉄道遺産を観光資源として活用するとなれば鉄道に興味のある人々にターゲットを絞るのがベストでしょう。前述したような興味深いストーリーがあるので、そのような人々には支持されると思います。
 また、まち歩きをしていて、個人的には石畳の道や道沿いの古民家などに興味を持ちました。風呂の煙突から煙が出ている様子は、今の時代、なかなか見られなくなってきた光景だと思います。築60年の長屋をリノベーションした店もあり、店の方はフレンドリーに話してくださり地域に対して良い印象を持ちました。以上のことから、若者を誘致するならば、このような店を中心にして「コミュニティを創出する」ことが必要だと考えます。 
 ノスタルジックな景観や店を地域資源として、地域外の人に興味をもってもらいます。店や地域のホスピタリティで「自分もこの地域で働きたい・住みたい」などと思ってもらうことを目指します。そこで問題になるのが、物件・空き家についてです。若者を受け入れられるソフトが整ってもハードがなければ意味がありません。空き家を利用したい人にリノベーション補助金を交付するなどの制度や、既にリノベーションされたコワーキングスペースの設立などが求められます。いずれにしてもお金も時間も志も必要ですが、道明寺地域にはそれができる可能性を感じました。

道明寺まち歩き
3年生 上田 綾子

 私たちは明治の鉄道遺産と町の調査のために道明寺に行きました。現在の近鉄の路線で最も早く開業したのは、道明寺線と南大阪線の一部にあたる柏原~道明寺~古市間でした。大阪と南河内地域を結ぶことを目的として「河陽鉄道」により明治31年(1898)に開業しました。道明寺駅には急に曲がった線路があり、天王寺から道明寺につなげたのは当時の観光戦略によるものだそうです。
 駅を出てすぐに商店街があり、昔から続いているような八百屋やかまぼこ屋、おしゃれなカフェがありました。NPO法人おいなーれ柏原の桝谷さんと一緒に活動されている方もいて地域と一体となって活性化を積極的に行っている印象でした。商店街を進むと道明寺天満宮がありました。道明寺天満宮は階段を登ったところにあり、階段の下の道は坂になっていました。昔は、道明寺天満宮は階段の下のところにありましたが、洪水により高いところに作られたそうです。現在の地形からそのような歴史的背景を知ることができることに関心をもちました。ここでは結婚式も行われ、私たちが訪れた日には式を挙げている人がいました。歴史あるところで挙げられるのは素敵だと感じました。また、地域の人の花の展示や修羅という荷物を乗せ移動させる木造物の展示などがありました。そして、門から寺までの道は普通まっすぐなのに曲がっている点を説明されて初めて珍しいことだと知りました。
 さらに歩くと、壁に船板を使っている住宅がありました。また、昔ながらのお風呂をたいているのか煙突のようなところから煙がでていたり土壁の建物があったりなど、古い建物が残っていました。それらが今日まで残っているのは素晴らしく、古い歴史のあるところだと感じました。東高野街道は、京都から高野山へ参詣する人々が使った道です。道沿いにはおしゃれなカフェやパン屋がありました。そのパン屋は地域でイベントを行っているそうで、可愛いパンや古墳の形をしたパンなどがありました。この道を南に進んでいくと、道端にいちじくが実っていて驚きました。いちじくが禁断の果実と呼ばれているのは、アダムとイブが果実を食べた後にいちじくの葉で隠したことからそう考えられているという話を聞きました。道明寺周辺ではいちじくが有名のようなので、食べてみたいです。
 今回のまち歩きでは、歩いている際に多くの人を見かけました。私たちと同じようにまち歩きのガイドさんと歩いている人や寺に参拝に来ている人がいました。そのため、道明寺は魅力的な地域資源があるから活気にあふれているのだと感じました。説明書きや看板などもあって分かりやすかったです。次回の柏原市の調査では鉄道との関係についてより詳しく見ていこうと思いました。

道明寺を歩いてみて
3年生 前田 果歩

 10月20日に私たちはNPOおいなーれ柏原の方々と一緒に道明寺付近で鉄道遺産に触れるまち歩きをしました。普段私は大学に通うために南大阪線を利用します。その為、道明寺駅は毎日のように電車で通っていますが、1回も下車したことがなく電車から見える景色しか知らなかったのでとても新鮮でした。
 道明寺駅前には大坂の陣と道明寺付近が関係していた事を語る石碑がありました。そして、建物がレトロな作りで可愛い総菜屋や代々受け継がれているのかなと思わせる昔懐かしいかまぼこ屋もありました。そこにいる人々も街を活性化しようと努力されておられる方で、昔の道明寺の様子や道明寺を訪れる人が増えてほしいという話を聞くことができました。そのあとは道明寺天満宮付近をぐるりと回りました。そこには今時の女子が好きそうな「オシャカワな」カフェだけでなく、歴史を感じさせてくれる建物が沢山ありました。その都度、おいなーれ柏原の桝谷さんが、場所の歴史などを説明してくださいました。時々クイズ形式だったので、とても楽しみながら参加できることが出来ました。
 歩いてみて、普段通り過ぎている駅は降りてみないと分からないと思ったので、知らない駅でフラッと途中下車してみるのも良いのだと思いました。また、若者が好む施設がカフェくらいだったので、私としてはパワースポットなど売りになるものを1つ若者が見つけるようにする方法も良いと思いました。今回は桝谷さんや中嶋さんが一緒に説明しながら回ってくださいましたが、個人でまち歩きに行ってもそのような方はいないと思います。そのため、鉄道遺産や道明寺についての歴史を展示物としてまち歩きコースに置くべきだと思いました。そうすることによって案内人の人がいなくても鉄道遺産や道明寺の歴史が一目で分かると思います。最後にミーティングを行った際に使った道明寺天満宮の隅にある休憩所は、木陰になっていて涼しく自動販売機もあって飲み物を飲んだりもできたので、まち歩きコースには欠かせない休憩スポットだと思いました。

鉄道遺産の町、道明寺と観光
3年生 大橋 麻実

 10月20日、近鉄道明寺駅周辺のまち歩きを行いました。道明寺が鉄道遺産の町であるということは、今回のまち歩きをすると聞いたときに初めて知りました。道明寺駅は近鉄南大阪線と近鉄道明寺線が走っており、柏原~道明寺~古市は近鉄で最も早く開業した路線だそうです。また駅の外には大阪夏の陣、道明寺合戦の記念碑が建てられていました。
 駅前には商店街があり、八百屋や惣菜店、カフェなどが並んでいて、今も活気のある商店街でした。私の住む地域の駅前商店街はすでに閉まっているところが多く、その点で違いを感じました。地元の方が経営する店が多いと思うので、町全体で協力し、鉄道遺産と関連するものを販売したりすると、もっと鉄道遺産の町であることをアピールできるのではないかと思いました。
 道明寺天満宮は以前、土師寺という名前で、その後道明寺、道明寺天満宮となったそうです。学問の神様である菅原道真が祀られており、結婚式を挙げることもでき、私たちが行ったときもちょうど結婚式が挙げられていました。土師とは埴輪を作る人のことで、道明寺では昔、土師職人がたくさんいたことから、その名前がつけられたそうです。
 この道明寺には京都と高野山を結ぶ東高野街道があり、石清水八幡宮から洞ヶ峠を通り、河内長野で西高野街道に合流します。私は街道と聞くと、歩きにくい道をイメージしてしまいますが、西高野街道は舗装されていて、歩きやすくきれいな道でした。
 今回は駅から比較的近いところを歩きましたが、寺や歴史的なものがたくさんあり、楽しんで歩くことができました。私は大学に行くときにいつも道明寺駅を電車で通過しますが、降りたことはなく、このような歴史的な建物や街道があるとは全く知りませんでした。もともと調べたり、興味を持っている人たちは知っているかもしれませんが、私のように知らない人も大勢いると思います。鉄道遺産の町ということなので、電車内のつり革広告やポスターを掲示するなどすれば、多くの人の目にとまるのではないかと感じました。実際毎日電車に乗っていますが、電車内の掲示物は目にとまりやすいです。何の気なしに見た場合でも、道明寺駅に停まると、ここがあの場所か、などと思い出す人もいると思うので、それが観光客の増加にも繋がるのではないかと考えます。

歴史深い道明寺周辺を散策して
3年生 古川 英希

 先日、私たち塩路ゼミは資源が眠る近鉄道明寺駅周辺で解説を交えて頂きながらフットパスを行いました。そこで様々な発見をしました。最初に道明寺駅周辺の商店街です。活気のある蒲鉾屋や八百屋、一世代前のカフェなどがあり、昭和の雰囲気がある商店街だと感じました。閉店していると思われる店は少なかったです。これは駅周辺で買い物する場所がここのみである為に車などを持っていない高齢の方が利用せざるを得ないので経済が循環していると考えました。私の住んでいる吹田のシャッター商店街と違い、全体が「活き活き」している商店街は非常に強い観光資源であると感じます。
 次に道明寺天満宮と道明寺ですが、ここは歴史深い建物でした。歴史を遡れば道明寺天満宮の南側に道明寺がありました。しかし、石川の氾濫により道明寺天満宮の西側に移転しました。坂の上に建築する事で石川が氾濫しても寺を守れる様にしました。道明寺天満宮は自然豊かで心が落ち着く場所でした。「撫で牛」というのがあり、自分が良くなりたい体の場所を撫でると良くなるという逸話があります。また、私たちが訪れた時、境内で結婚式を行っていました。地元民から愛されている神社だと感じ、ここの神主さんは、ご自身でおっしゃっていましたが、ブライダルプランナーでもあり、面白いなと感じました。
 昼食は、道明寺天満宮の近くに「梅廻屋」という料亭に行きました。ランチタイムは非常にリーズナブルな価格で美味しく、ご飯をお代わりする事ができ、とても満足する事が出来ました。また同店は道明寺天満宮で行っていた結婚式でも食事の配達をしていたので地域と深く交流があると感じました。
 最後に道明寺周辺の探索ですが、歴史的な建物が多いと感じました。また面白いと感じたのが、昔使われていた船底の板を家の壁に貼り付けてリサイクルしていた点です。当時の風情が味わえて良かったです。また自然を感じさせる物が多く、歩いていて楽しかったです。途中でお洒落なパン屋があり、店の方も気さくで良い観光資源になると感じました。
 この様に道明寺周辺を歩いて見たことで、こういった場所があると知れて良かったです。また後藤又兵衛の所縁の地と知りました。歴史と風情があるとても良い町です。しかし、これをフットパスを使い観光地にするのは、難しいと感じました。こういった町は数が多く、道明寺もその一つに過ぎないと考えます。多くの観光客を呼び町を発展させる為には、面白いイベントをやるべきです。道明寺周辺を探索していた時、非常に車の交通量が多いと感じました。この問題を解決するのは、難しいと思います。しかし、車を運転する住民が協力して解決できる問題でもあると思います。
 道明寺を歩き感じたことは、非常に面白い歴史があり、その中で様々な出会いがあると考えました。しかし、もっとも大切なのは住民の意識です。町民が一致団結をし、フットパスの意識を浸透させれば、フットパスの地域に変わると考えます。

磨けば光るこれからの道明寺
3年生 田村 晃大

 私は2018年10月20日大阪府藤井寺市道明寺をまち歩きしました。今回の調査では、現在の近鉄道明寺線沿線の町をまち歩きし、魅力的な場所やストーリーを探りました。今回まち歩きをした道明寺線は南大阪線の一部にあたる柏原~道明寺~古市間とともに1898(明治31)年に開業し、現在の近鉄の路線の中で最も早く開業した路線という歴史があります。このふたつの路線は今年で開通120年になります。今回のまち歩き調査では道明寺駅を出発し、午前中は道明寺商店街を歩き、道明寺天満宮へ行った後、昼食をとりました。午後からは道明寺の旧街道などを歩き調査をしました。
 午前の調査では道明寺商店街の中の店をいくつか紹介していただきました。その次は道明寺天満宮へ行きました。道明寺天満宮は土師氏の氏神として成立し、のちに土師氏の子孫でつながりの深い菅原道真を祭神に加え天満宮となった1400年以上の歴史ある天満宮です。午後からは道明寺の町を歩き、まち歩きの要素となるスポットを探しました。私が実際に歩いて気付いた点は、旧街道には様々な興味深いスポットが存在するということです。例えば、昔ながらの風情のある家や、偶然遭遇したまきを燃やして沸かす風呂があり、その煙突から煙が出ている瞬間などです。普段の生活では味わうことのできないノスタルジックな風景を体感することができました。さらに道明寺の近くには玄米を使用したカフェや手作りのパン屋がありました。これらのオシャレな店には私以外のゼミ生も強い関心を示していました。
 今回の調査を経て、どのようにして道明寺の鉄道遺産とまち歩きを結びつけていくかということを考えました。私は鉄道遺産や道明寺商店街、道明寺天満宮など海外の旅行客が好む歴史的なスポットを巡るツアーが良いのではないかと考えました。歴史的なスポットを巡ることをメインとし、スポット間を移動する途中で先ほど紹介したオシャレな店を訪れるのが理想形ではないかと考えました。このまち歩きツアーでは、新感覚のオシャレな店を中継地点と捉え、歴史的なスポットを巡りつつ現代的な新しいスポットも訪れることができるものです。つまり「過去と現在の融合したまち歩き」を体験することが可能になると考えました。
 将来、柏原市がどのようになっていれば、自分が住みたいかを考えたとき、歴史的な建築物を残しつつも若者に需要のあるオシャレでおもしろい店がたくさんあれば住みたいと感じるのではないかと考えました。そのためには、まず行政と企業や団体が連携して、新しく出店する人のサポートが必要であると思いました。

道明寺鉄道遺産を歩いて
3年生 薮内 拓真

 私は道明寺の隣の羽曳野市に住んでいます。毎年正月の初詣でや大学、高校の合格祈願には道明寺天満宮にお参りに行きます。そのため道明寺周辺には何度も行った事があるので、ある程度知っていましたが、自分は今回のまち歩きをするまで、道明寺に鉄道のイメージは全く無く、道明寺は天満宮以外何もないと思っていました。しかし、今回のまち歩きでその考えはすぐに間違いだと気付かされました。
 今回、まち歩きをして魅力的に感じたのは道明寺の歴史です。この場所はかつて合戦の地であったり、土師は学問の神様、菅原道真ゆかりの地であったりと、人々を引き寄せる、興味を持ってもらえる歴史がいくつもあります。また、昔、道明寺天満宮は別の場所に存在したことや、ここには五重塔があり、今でもその場所には実際に使われていた石柱の一部が残っていることなど、知らなかったことがたくさんありました。
 普段何気なく歩いていた道明寺が、そのような歴史を聞きながら歩くと、普段と違う地域のような新しい視点で道明寺を見ることができて楽しく歩くことができました。
 道明寺を歩いて、歴史あり人情味ありのとてもよいまち歩きだと思ったのですが、それと同時に改善の余地があるなと思った点もありました。これはどうしようもない事かもしれませんが、車の通行量の多さです。人に歩いてもらうには歩きやすい方がよいです。危ない道とは言いませんが、複数で歩く道ではないなと思いました。車通りの少ない道にルート変更するか車通りが少ない時間に歩くなどの工夫が必要だと感じました。
 次に感じたのは、道明寺の情報が少ないという点です。私たちは説明してくださる方たちにたくさんの話を聞きながら歩いたので知ることができましたが、それがないと何も分からないと思います。現に私は何度も訪れていますが、知らないことが多かったからです。それでは、せっかく素晴らしい歴史があるのに勿体無いと思うので、もっとプロモーションした方がよいと思います。例えば、同じ藤井寺市内の高校やその他近隣の学校と連携して道明寺の歴史を学んでもらい若い人にも知ってもらうというのはどうでしょうか。私たちが聞いた内容と同じことを伝える、そして若い人という新しい視点での意見をもらい、取りいれていけば集客の幅も広がると思います。
 最後にインスタ映えするスポットを発信することを提案したいです。インスタ映えは、今では若者だけでなく30代、40代の方も観光する際に重視するポイントです。歴史だけでは少し堅いので、そのようなスポットがあれば、もっと気軽にインスタ映えを目的にも観光客を呼ぶことができるのではないでしょうか。
 道明寺が、観光地として有名になって自慢できるまちになったら、私もこのまちに住みたいと思います。

道明寺の未来
3年生 中山 大輔

 私たちは今回、道明寺のまち歩きを行いました。道明寺と聞いても、頭に浮かぶものが特になく、私自身初めて訪れた地で何も知識がない状態でのまち歩きでした。そのため、何から何までが新しい発見でした。
 道明寺周辺の町を散策し、いくつか興味深い点がありました。まず一つ目は、町の住民の暖かさです。そして住民同士の繋がりが多くあることです。突然の訪問にも快く受け入れてくれ、詳しく説明などもしていただきました。また町を活性化させるために住民同士が繋がっている部分があることも感じることができました。
 二つ目の興味深い点は、古い街並みが多く残っていたことです。江戸時代に作られた家がそのまま残っており、家の壁が船板で補足されていました。また、風呂を沸かし煙が上がっていたり、商店街などがどこか昭和な雰囲気を醸し出していました。そこに私はとても興味を持ちました。都市ではまず目にすることのできない光景に魅力を感じました。
 三つ目の興味深い点は、現代風の、若者が好きそうな店があったという点です。その店ではパンやアクセサリーなどが販売されていました。昔の雰囲気が多く残る町に現代風の店があることに余計に興味が湧きました。道明寺周辺の町を散策し、このように興味深い点はありましたが、道明寺周辺をもっと活性化させるためには、まだまだ多くのしなければならないことがあると思いました。例えば、若者の観光客や移住者を増やすために、現代風の店を多く作ったり、SNSでそれらの店を宣伝したりするなどです。
 どこか昭和のようなレトロな雰囲気と現代の雰囲気をミックスすることによって、より多くの人が訪れたり、移住したりして、地域が活性化すると思います。また、道明寺天満宮という観光地をもっとPRすることで、観光客を惹きつけることができると思いました。奈良のように、東大寺を大きな観光地とし、その周辺に古民家カフェやラーメン街などを作って観光客を惹きつけ、活性化させるというのは良い例だと思います。それは道明寺でも可能だと今回まち歩きをして感じました。遺産を最大限に活用することができれば、道明寺周辺の町は、これからさらに活性化されて観光客や住民が増えると思いました。

これからの藤井寺に向けて
3年生 井手 駿介

 10月20日にNPO法人おいなーれ柏原の方と藤井寺市の道明寺側の町を散策しました。はじめに、道明寺がなぜ移転したのかという話を聞きました。理由は地形の関係により以前あった場所は雨や川の氾濫などいった水害が起こると水が道明寺の方に流れてくるため、天満宮境内に移転したそうです。話を聞いて気づきましたが、道中にあった商店街は確かに坂道でした。
 次に、道明寺の町の歴史について話を聞きました。散策した場所には古い町並みが残っていて、その周辺の家の壁に木製の板が貼られていました。今まで何度か他の場所でも見たことがありましたが、なぜ貼られていて、何の板なのか考えたことはありませんでした。その板の正体は船板だそうで、昔船を所有していた家が船を持っていたことをアピールするために貼ったそうで、そのような理由があったのだと初めて知りました。
 また、少し歩くとおしゃれな外観のパン屋さんがありました。私はその店のパンを食べていませんが、他の人が食べていてとてもおいしそうでした。こういったおしゃれな外観の店に行くのが今若者の間で「インスタ映え」などといってSNSに載せるのが流行っているので、こういう店をこれから増やしていけば、若者中心に道明寺に人が集まり、SNSに載ることで宣伝効果も期待できるのではないかと感じました。
 最後に、学問の神様で知られる道明寺天満宮を訪れました。その時たまたま挙式が行われており、和装の結婚式を見ることができました。そこでも色々な歴史の話を聞きました。例えば、参道がなぜ本堂に向かって真っすぐではないのか、境内にある金属で作られた建造物は戦争が行われていた時に拠出されて銃弾にしていたなどですが、歩いていても話を聞いていると全く退屈しませんでした。
 今回、藤井寺周辺を散策して思ったことは、町の歴史を聞きながら歩くのは退屈せず、記憶にも残りやすい点です。その意味で、話を聞きながらのまち歩きには案内役は欠かせない存在だと思いました。また藤井寺駅はアクセス面が良いので何か人が集まるようなイベントを開催するのはどうかと思いました。例えば、最近では食のイベントが人を集めているので、道明寺天満宮で食のイベントを行うというアイデアもあります。食べながらまち歩きができるので楽しそうだと思います。それを機に、藤井寺の歴史や魅力を知ってもらい、また藤井寺を訪れる人が増えるのではないかと思います。

道明寺を歩いてみて
3年生 中田 亮輔

 私たちは、10月20日に道明寺にまち歩きに行きました。私は、今までに一回も道明寺に行ったことがなく、初めて道明寺地域に触れることになりました。
 まず、初めに駅を出てすぐに大坂夏の陣の道明寺合戦記念碑を見ました。私は、歴史を学ぶにあたって大坂夏の陣と冬の陣の戦が大変好きであり、私にとってはとても興味深いものとなりました。そのあとは、商店街を歩きました。かまぼこ屋の店主さんや、コンビニの店長さんなどにもお話を聞くことができ、温かく迎えてくれました。まち歩きをしていく中で、その地での人の温かさを感じられることはとても大事なことであり大変良い気持ちになります。そのあとは、昼ご飯をご馳走になりました。そこでは、美味しい豚カツをいただくことができ、夏休みに行ったヨーロッパの話などしてとても盛り上がりました。桝谷さんにも、ヨーロッパの話を聞いたり、夏休みにヨーロッパに行けたことは大きな経験だったとこの時に改めて思いました。有意義な昼食を楽しんだあとは、道明寺天満宮に向かいました。道中には、昔船に使われていた木材などを再利用して家の一部に使っているのを見たり、普段自分の住んでいるところでは、見られないようなものを見られて貴重な体験ができました。道明寺天満宮は、菅原道真が関わっており歴史深い天満宮でした。その日は、なんと結婚式も行われていてとてもラッキーな一日でした。
 道明寺駅地域を歩いてみて、私はこの地域の歴史の深さを感じました。人も温かくとても良い街だと感じました。地域を活性化するにあたって、人を呼び込むことが大事だと私は考えます。しかし、何に重きをおいて道明寺をアピールするかなど、どういった層の人々を中心的に呼び込むかなど具体的なことがあまり決まってないような気がしました。例えば、若者を中心に呼ぶなどするとしたら、レトロな雰囲気を十分に使って新しいものを作り出したら歴史深いと感じました。道明寺には、行ったことがなくて未知の世界でしたが、行ったら歴史深くとても良い場所でありながら、道明寺地域の魅力が存分に生かしきれてないと感じたので、大変もったいないと思いました。これからは、私も道明寺に行った際にはSNSで発信していき、もっと道明寺をピーアールしていこうと思いました。