【松ゼミWalker 番外編 】シカゴでバディ・ガイに会った!!(教員 松村嘉久)

 2015年12月6日から12月12日までの6泊7日で,若い頃からの憧れの地・シカゴに,初めて滞在するチャンスを得ました。高架鉄道が走り摩天楼がそびえるシカゴは,私の大好きな映画『ブルース・ブラザーズ The Blues Brothers』(1981年日本公開)や『アンタッチャブル The Untouchables』(1987年日本公開)のロケ地であり,ブルースやジャズが花開いた地でもあり,映画や黒人音楽ファンにとっては特別な都市です。左写真は,映画『ブルース・ブラザーズ』でレイ・チャールズ(Ray Charles:2004年没・享年73歳)が出演したシーンのロケ地。
 またシカゴは,シカゴ学派と呼ばれる都市社会学や社会地理学を発展させた地でもあり,大学院生時代の20数年前,私もシカゴの都市構造や都市問題を真剣に学びました。
 さて,私はこれまで『世界地誌学a』という講義で,黒人音楽の誕生や発展や進化から,アメリカの地理や風土を学ぶという授業を展開してきました。ただ,残念なことに,これまで私はアメリカの大地を踏むチャンスに恵まれませんでした。本場で見聞きしたことのない黒人音楽や,行ったことのないシカゴの都市問題を講義で語ってきた訳ですが,いつも受講生たちには「何か申し訳ない」という負い目を感じていました。

 そこで今回,せっかくシカゴへ行くチャンスができたので,都市構造や都市空間との関係性を意識しつつ,本場のライブハウスへ通いブルースやジャズを満喫し,シカゴのグラフィティ事情を探ることにしました。
 海外の大都市でのグラフィティ探しは,西成WANを実践するための理論武装のつもりで始めましたが,最近では都市空間の特性を考える際の重要な要素だ,と確信するようになりました。近い将来,都市空間の分析と絡めて,グラフィティについての研究論文を書きたいと思っています。
 さて,みなさんにも,「憧れの人」はきっといることでしょう。会いたいと思えば何とか会えるのは「大好きな人」,会いたいと思ってもなかなか会えないのが「憧れの人」。
 私は最近,こう思います。世界には,一代限りの芸能を体得した偉大なライブパフォーマーがいて,そうしたライブパフォーマーにも,果物が熟するように旬があります。偉大なライブパフォーマーの旬の瞬間を経験できたら,「この人と同じ時代に生きていてよかった」と,誰もが「生きていること」を実感することでしょう。若い頃は意識できませんでしたが,40歳半ばを越え人生を折り返してから,強くそう思うようになりました。

 例えば,桂枝雀(1999年没・享年59歳)の落語,マイルス・ディヴィス(Miles Davis:1991年没・享年65歳)のライブ,ボブ・マーリー(Bob Marley:1981年没・享年36歳)のレゲエ,ジェームス・ブラウン(James Brown:2006年没・享年73歳)のファンク,私はほぼ同時代を生きてきましたが,存命中にライブへ行くチャンスはなく,全て聴き逃してしまいました。
 逆に,フラメンコのパコ・デ・ルシア(Paco de Lucia:2014年没・享年66歳)のライブは何度も行き,青白い炎が立ち上るような瞬間を味わいました。忌野清志郎(2009年没・享年58歳)のライブパフォーマンスも,忘れがたい興奮でした。最近では,能楽の五十六世梅若六郎(1948年生の現役68歳)の公演や西成ジャズのライブでも,まさに一期一会のかけがえのない瞬間を何度か経験させていただきました。
 残りの人生で,あと何回そのような経験をできるのかわかりませんが,確かなことがひとつあります。それは,そうした最高のライブパフォーマンスを見られる場へ行かなければ,絶対に経験できない,という事実です。そう思うようになってから,時間を見つけては…ではなく,時間をこじ開けてでも…ライブへ行くよう心がけるようになりました。

 再び話を元に戻すならば…,私の憧れの人は,バディ・ガイ(Buddy Guy:1936年生の現役79歳)というブルースミュージシャンです。元々私は大のギター好きのブルース好き,B.B.キング(B.B. King:2015年没・享年89歳)が亡くなった現在,ブルースの世界ではバディ・ガイが最後のレジェンドといっても過言ではありません。
 シカゴ市街地中心部の高架鉄道が走るループから,500mほど南のWabash street沿いに,バディ・ガイが経営するBuddy Guy’s Legends(http://buddyguy.com/)というライブハウスがあります。Wabash通りのバディのお店の周辺は,後で述べる理由から,ストリートアート作品がたくさんありました(右写真参照)。
 私は6泊7日のシカゴ滞在中,このBuddy Guy’s Legendsで毎夜の6回,シカゴジャズの老舗ライブハウスJazz Showcaseで2回,合計8本のライブを見ました。
 シカゴ滞在中は,朝から昼にかけて,グラフィティや近代建築を探して歩いて回り,ホテルに帰って休憩して,夕方から深夜にかけて,ライブへ通う毎日でした。わずか6日間でしたがバディ・ガイのお店には毎日通ったので,ウェートレスやセキュリティとは,すっかり仲良くなりました。

 Buddy Guy’s Legendsへ通うこと3日目,いかつい力士のようなセキュリティの粋な計らいもあって,たまたま来店したバディ・ガイと会え,話もでき,記念撮影もして,CDに自筆サインをいただきました。
 5日目のライブにもバディ・ガイは来ていて,突然,1曲だけの飛び入りで参加。ギターこそ弾きませんでしたが,圧倒的な表現力でブルースを歌ってくれました。Buddy Brewという店オリジナルの絶品ビールを飲みながら,私はその円熟したパフォーマンスと向かい合いあったのですが,まるでブルースが身体にしみこんで来るような感覚を味わいました。
 バディ・ガイは現役バリバリのライブパフォーマーで,お店のライブスケジュールをチェックして来れば,バディのブルースを身近で聴ける,ということをシカゴに来て知りました。御年79歳のバディですが,衰えるどころか,ますます研ぎ澄まされ,凄みを増して来ている気がします。シカゴのブルースファンの多くがそうであるように,私のなかで,バディ・ガイは「憧れの人」から「大好きな人」へと変わりました。ぜひ次のチャンスをつくって,バディのライブスケジュールに合わせてシカゴを訪ねたいと思います。

シカゴのグラフィティ事情

 今回のシカゴ滞在でとてもラッキーだったのは,Buddy Guy’s Legendsが立地するWabash通りを中心として,Wabash Arts Corridor(http://wabashartscorridor.org/)という活動が展開されていたことです。日本でシカゴのグラフィティ事情を色々と調べましたが,このWabashアート回廊は網に引っかかりませんでした。バディのお店へ行かなければ,Wabashアート回廊の存在に気づかないまま帰国していたかもしれないので,とても不思議な縁を感じます。
 2013年から始まったWabashアート回廊は,Wabash通り沿いの建造物にストリートアートを描く活動です。左写真はその作品のひとつで,シカゴ交通局(CTA)のルーズベルト(Roosevelt)駅近くのウォールアート。
 Wabashアート回廊は,シカゴで「生きた都市のキャンバスliving urban canvas」を生み出そうとする試みで,芸術の持つ創造的な表現力・イノベーション・卓越性を確かめる都市の実験場と位置付けられています。西成WANの推進母体は「西成アート回廊プロジェクト実行委員会」ですが,Wabashアート回廊の発想と共通する部分が多々あります。

 ホテルの部屋でWabashアート回廊のウェブサイトを読めば読むほど,興味がわき,昼間に全てのアートを探し当て,見て回りました。その後,Wabashアート回廊には,Columbia College CHICAGOが関わっていると知り,関係部署の所在を確かめ訪ねて,詳しい話も聴かせていただきました。
 その際,話の成り行きから,大阪での西成WANの背景や事情も説明したのですが,先方も興味津々で聴き入ってくれました。シカゴと大阪は姉妹都市ということもあり,今後とも継続してお互い情報交換し,交流を深めていきましょう,と最後はかたい握手で別れました。
 この他にも,色々なグラフィティと出会えました。シカゴCTAのブルーラインはオヘア空港と市街地を結ぶ路線ですが,その途中のダーメン(Damen)駅からカルフォルニア(California)駅にかけての一帯に,たくさんのグラフィティがあるのを車窓から見かけました。日を改めてその一帯を歩き回ったのですが,グラフィティ探しの醍醐味は,突然,グラフィティと出くわす瞬間かもしれません。街角を曲がると,カラフルでファンキーなグラフィティが,視界のなかへ映り込み,とても新鮮な驚きを覚え,グラフィティに近づくにつれて,何とも言えないワクワク感が増幅していきます。

 グラフィティを探しながらCTAの高架鉄道沿いを歩いていると,次から次へと違うグラフィティと出会え,あっと言う間に時間は過ぎます。軽く10kmほど歩き,疲れ果ててホテルへ戻ると,ホテルのコンシェルジュが「今日は楽しまれましたか」と声をかけてくれました。その日に撮影したグラフィティの写真を見せると,「どこでそれを撮影したのですか。危険な地域ではなかったですか。」などと興味津々で質問攻め。グラフィティを探して歩く旅人など,今までいなかったのかもしれません。
 わずか6泊のシカゴ滞在でしたが,とても刺激的で濃密な時間を過ごせました。全く知らない異文化の地を訪ねると,とても緊張します。ところが,この年齢になると,その緊張が何とも新鮮で心地よく感じます。眠っていた五感が研ぎ澄まされ,何かの刺激があれば,さっと反応できるような感覚です。旅の効果には,疲れた心を癒すだけでなく,老いかけた五感を若返らせる効果もあるのではないでしょうか。
 さて,もうひとつ,この旅でとても嬉しいことがありました。シカゴへは全日空ANA114便で成田空港から飛び立ったのですが,その便のキャビンアテンダントが,2009年3月国際観光学科卒の野上真利さんでした。1回生の入門ゼミを私が担当した卒業生で,足立照也先生のゼミで活躍しました。その野上さんが私の座席の担当で,私が先に気づきました。国際線の機中で仕事する卒業生と出会うのは初めて,卒業生が活躍している姿を見るのは嬉しいものです。

シカゴで出会ったグラフィティ集