2015.3.23

【松ゼミWalker vol.172】 タイのバンコクとアユタヤへのゼミ旅行

【松ゼミWalker vol.172】 タイのバンコクとアユタヤへのゼミ旅行

タイのバンコクで現地集合

 2015年2月28日(土)から3月8日(日)の8泊9日の日程で,タイの首都バンコクと古都アユタヤを巡るゼミ旅行へ行ってきました。いわゆる卒業旅行に相当するものですが,松村ゼミはいつも通り,タイのバンコクのホテルで現地集合,現地解散。
 参加したのは,教員松村のほか,4回生が松川和矢・山下喜央・弘田愛美・関伽緒里・武石彩芳・原田雪帆・山中彩帆里の7名,3回生が栃原智美・中井美菜子・ジーンの3名,合計11名でした。
 参加メンバーのなかで初の海外旅行はわずか1名,あとは留学経験者など,海外旅行経験が豊富な学生ばかり。3回生の2名は現地集合の1週間ほど前からシンガポールへ飛び,マレー鉄道でマレーシアを抜けてタイ入りしました。4回生のタイ入りもJALと格安のAIR ASIAに分かれてバラバラ,松村はJAL組みと一緒に行動しました。

 当たり前のことですが,国際観光学科のゼミ旅行なので,パッケージツアーには参加せず,全てみんなで相談しながら現地にて自ら旅程や観光スポットやレストランを選びました。旅のプランはざっとバンコクとアユタヤへ行こうとのみ決め,現地合流後,毎晩みんなで食事をしながら「明日どうする…。何がしたい?」と相談しながらの旅となりました。
 ただし,大人数での旅なので,ホテルに関しては「全宿泊予算2万円以内」の条件で私が探して,全員分を事前に予約しました。
 バンコクではお寺と王宮を巡り,バックパッカーの聖地と呼ばれるカオサン通りも回りました。4回生ゼミ長の松川和矢がバンコクの地理に詳しかったので,買い物をしたい4回生は,松川君の案内で大規模なショッピングモールやナイトマーケットへ。
 4回生はどうしてもリゾート気分を味わいたいとのことだったので,バンコクから日帰りでパタヤビーチへ行き,バナナボートなどにも乗ったそうです。長旅で疲れていた3回生や松村はゆっくりしたかったので別行動,昼からボチボチとチャイナタウンを散策し飲茶を楽しみました。
 今回のタイ旅行で,卒業する4回生たちの成長を再確認しました。チームワークがとても良く,何度かゼミで海外調査へ行くチャンスもあったので,グローバルな感覚も体得し,何よりも旅慣れていました。

 カオサン通りでの買い物では,粘り強く値切るし(左写真参照),バンコク市内での移動でも,料金交渉が面倒くさいトゥクトゥク(オート三輪)をむしろ好んで選び,こうしたコミュニケーションを楽しみと捉えているようでした。最近の学生には乏しいたくましさを感じました。
 バンコクの蒸し暑さは大変でしたが,タイ料理にも大きな抵抗はなく,屋台料理でも「美味しい」との反応。誰も体調を崩すことなく,タイ旅行を楽しめました。
 4回生だけで行ったパタヤビーチへは,自動車のチャーター代が予想以上に高かったため,ゼミ長の松川君をリーダーとして,公共路線バスを調べて,早朝出発でそれらを乗り継ぎ自分たちだけで現地へ入り。しっかりと遊んでその日の深夜,無事ホテルまで戻ってきました。
 私と相談することはあっても,同行引率や助けを求めることはなく,自分ら考えて行動できていました。バンコクやアユタヤのまち歩きでも,私よりも4回生が先頭に立ち,散策することが多く,楽をさせてもらいました。国際観光学部を卒業する者として,誰かに引っ張られて旅するのではなく,自分が誰かを引っ張って旅できなければなりません。その意味において,卒業試験は合格です。

 さて,バンコク滞在中は,タイからの留学生のジーンのご両親にとてもお世話になりました。ジーンのお父さんはバンコクのとある日系企業に勤めておられ,日本語もホスピタリティも完璧。1980年代に日本留学された経験があり,留学中は何と,西成区天下茶屋に住んでおられたそうです。年齢が私と同じで体型も似ていることもあってか,すぐ意気投合しました。ジーンのお母さんは英語が上手く,とても知的で親切な女性でした。
 毎夜毎夜,ジーンのご両親は自家用車でホテルまで迎えに来てくださり,美味しいタイ料理のレストランなどをご紹介いただきました。ジーンと同級の3回生たちは,ご自宅にも招いていただいたそうです。
 タイと日本は古くからの友好国であり,タイ人へ対する訪日観光ビザが2013年に緩和されてから,新今宮でもタイ人宿泊者が急増しつつあります。ジーンのお母さんも近々,大阪へ来られるとのこと。今回お世話になった3回生らと,ぜひ大阪の魅力を伝えたいと思っています。

アユタヤで仏教遺跡を巡りゾウに乗る!!

 世界文化遺産登録されている古都アユタヤは,バンコクからも比較的近く,人気の観光スポットです。私たちは,バンコクのファランポーン駅から,最も旅の風情のある鉄道で向かいました。移動時間は1時間強,料金は格安の片道15バーツ(60円弱)。公共交通を利用して移動すると,タイ旅行は安心で激安です。
 アユタヤへ行った最大の目的は,世界遺産である仏教遺跡を見学して回ることにありました。アユタヤの歴史地区はとてもコンパクト,1日40バーツ(160円弱)のレンタルサイクルで仏教遺跡を見て回りました。アユタヤと言えば,ワット・プラ・マハタートにある木の根っこのなかの仏頭(左写真参照)。ここではこの仏頭よりも身を高くして写真撮影しようとすると,指導員のようなタイ人男性から「座って頭を低くしなさい」と注意され,このような写真になります。
 アユタヤへ来たもうひとつの目的,特に女性陣は,ゾウに乗りたい,と思っていたそうです。

 アユタヤの歴史地区とアユタヤ新市街地との間くらいに,比較的最近に観光開発された水上マーケットがあります。その近くでゾウに乗れるとの情報があり,トゥクトゥク2台に分乗して向かいました。そこで女性陣は全員,ゾウに乗って30分ほどのお散歩を楽しみました。
 アユタヤ訪問の後はバンコクへ帰ってさらに2泊。帰りの飛行機の便もJALとAIR ASIAに分かれたので,ホテルで現地解散し,全員無事に帰国しました。
 さて,私がアユタヤを訪ねたのは,2008年2月のゼミ旅行,それ以前となるとバックパッカー時代の1980年代後半,確か1988年と記憶しています。1988年から2008年にかけてのアユタヤの変化は,とても大きいものでしたが,2008年以降の変化はそう感じませんでした。
 1980年代半ばから1990年代半ばにかけて,私はバックパックを担いでよくアジア諸国を旅しました。今と大きく違うのは,ラインやメールやWi-Fiなど,便利なコミュニケーション道具が存在しなかったこと,マクドナルドやスターバックスや吉野家など,グローバルなレストランがほとんど存在しなかったこと。
 かつて旅の途中で頼れたのは,あまりあてにならないガイドブックや地図,あとは自分の五感による現場での状況観察力でした。私は今でもこの状況観察を大切にしています。

 旅慣れてくると,風景や地形や人の流れなどの観察から色々と予想ができ,経験を積めば,その予想がほぼ的中するようになります。ところが,現代の旅人たちはすぐに携帯端末に頼り,立ち止まって携帯端末をじっと凝視して,周りを観察しない人が多いような気がします。
 旅の醍醐味は,自分で考えて判断して行動すること。今回の旅でバンコクやアユタヤを歩いた時も,ある風景を見ると「確か昔この風景を見て,こう考えてこっちへ行ったはず」という「記憶」が蘇ります。風景を覚えているというよりも,「考えたこと」を覚えている感覚です。
 小中高の修学旅行では,どこへ行き何を見たのか,断片的にしか思い出せませんが,バックパッカー時代の旅に関して,私はとてもよく記憶しています。それは自分で考えて行動してきからに他ならない,と思います。

 「旅は人を成長させる」と私は信じていますが,それは安易にパッケージツアーに乗っかるのではなく,自分で考え行動する旅でしか成り立ちません。国際観光学部の学生は,ぜひ自分で安い航空券を買って,自分で安いホテルを探して,もっと気軽に,自分が面白いと思うところへ行って欲しいと願います。
 私のゼミ生の大半は,それを実践しています。今回のタイ旅行も,安く行けた学生は7万円を切るくらい,高い飛行機を利用した学生でも10万円以内で楽しみました。
 最後の写真は,バンコク市街地を走るスカイトレインのラチャテーウィー駅近くの公園。スカイトレインの車窓からカラフルな壁画が見えたので,迷わず途中下車して訪ねました。公園の近くはデザイン関係の学校や事務所が集まる地域で,あちらこちらの路地にチラホラと壁画がありました。しっかりと描いた力作ばかりだったので,おそらく合法的に描いたものと推察します。西成WANに関ってから,海外旅行で壁画を探して回るという新たな趣味が増えました。