【松ゼミWalker vol.149】SHINGO☆西成さんらと西成アート回廊プロジェクトを! (3回生 栃原智美)

実行委員会が動き出しました

 2014年,松村ゼミの最大の目標は,南海電鉄の高架や高架下通路を中心にアートを描く,西成アート回廊プロジェクトを実現させることです。6月中旬に西成アート回廊プロジェクト実行委員会が結成され,6月末からいよいよ本格的な活動が始まりました。実行委員会の総合プロデューサーはSHINGO☆西成さん,委員長は松村嘉久先生が務めることになりました。

 委員には,地域の様々な方面で活躍されている方々が就任され,学生ボランティアをまとめるため,松村ゼミ4回生の松川和矢さんと私も,学生代表として実行委員会に入れていただきました。
 左写真は,南海電鉄と松村ゼミの協働でモニターツアーを行った田尻漁港の防波堤のアートです。
 新今宮TICの運営日である6月21日(土)午前,実行委員会の最初の仕事として,西成アート回廊プロジェクトについて,地域の町内会の会長さんたちからご理解とご協力を得られるよう,ご挨拶方々お願いに伺うことになりました。実際地域を回られたのは,委員長の松村先生と,委員で地域の社会福祉協議会会長の田中康夫さんの2名でした。
 私はこの21日,他のゼミ生4名とともに新今宮TICのスタッフだったのですが,朝9時過ぎに松村先生が,「町会長さんらに配布する資料が足らんねん。手伝って!」と来訪されました。田中さんとの待ち合わせが10時らしく,かなり焦っておられました。地域の町内会は10町会あるので,十数ページの資料も10部ずつ用意,何とか間に合い,松村先生は炎天下のなか出かけられました。
 そして帰って来られたのは13時過ぎ。10町会の全てを回られたそうで,「この地域で活動してもう長いからなあ。半分くらいの町会長さんは顔見知りやった。」とのことでした。

アメリカ村での打ち合わせ

 6月26日(木),この日はゼミがあったのですが,それが終わって解散してから突然,「今日の夜19時にアメリカ村三角公園集合で,西成アート回廊プロジェクトの打ち合わせをする。誰かゼミ生で来られる人はおらへんか。」との連絡が松村先生から回って来ました。急なお誘いだったので,松川さんも私も無理で,都合のつくゼミ生はおらず…,結局,松村先生が一人で向かわれることになりました。
 同じ日の21時過ぎ,松村先生からゼミ連絡網へ,「打ち合わせはSHINGOさんのおかげでうまく行った」との短い報告メールが入りました。
 後日,松村先生から伺ったのですが,この日はアメリカ村の三角公園でSHINGOさんと合流。すでに西成でシャッター画を描き活躍しているグラフィティのアーティストたちと,西成アート回廊プロジェクトの進め方などについて,話し合われたそうです。話し合いには,スプレー画材の世界トップメーカーであるMolotow社の代理店の方も来られていて,スプレー画材の提供でご協力いただけることも確認できたそうです。
 さて,SHINGOさんと一緒にアメリカ村を歩かれた松村先生は,「ショップの人とかがわざわざ表に出てきて挨拶してくれはるし,「握手してください」って駆け寄ってくる若い子もおったし,さすがSHINGOさんやなあ。」と話されていました。

協賛・応援してくれる企業を求めて

 7月3日(木)の松村ゼミは,新今宮のホテル中央セレーネのロビーに14時集合でした。松村先生を囲み全員で簡単な打ち合わせを行って解散。4回生は新世界,3回生は大阪人権博物館へとフィールドワークに向かいました。松村先生と私と4回生の松川和矢さんは新今宮に居残り,15時過ぎ,動物園前一番街商店街のNPO法人Coco Roomへ向かいました。
 そこでSHINGOさんと合流し,情報共有と打ち合わせを行いました。私はこの時初めて,SHINGOさんとお会いしたのですが,偉そばらず飾らず,学生の私たちにも変わりなく,真剣に語りかけてくださる方でした。「新しいことをやる,何かを変える,それにビビッてたらあかん。」とおっしゃっていたのが印象に残りました。

 さて,この日はJR新今宮駅前16時集合で,「翼をさずける(Giving wings to people and ideas)」のキャッチフレーズで,様々なスポーツや文化活動を応援しているRed Bullの方が,西成アート回廊プロジェクトの現場視察に来られる予定になっていました。SHINGOさんが音楽イベントでRed Bullの方とお仕事されたそうで,そのつながりで現場視察に来てくださいました。アメリカ村にアートを描いたお洒落な街灯が立っていますが,あの街灯もRed Bullが支援されたそうです。
 松村先生とSHINGOさんが案内するこの視察に,松川さんと私とNHK大阪の記者も同行しました。小雨が降るなか,松村先生が現場を案内しながら,地域の過去や現状を語れば,SHINGOさんも地域への想いを語り,あっという間に1時間が経ちました。Red Bullの方は本当に真剣に説明を聴き,色々と質問もされていらっしゃいました。
 松村先生はこの日の夕方,高架にアートを描く空間についての最終的な打ち合わせがあるため,SHINGOさんに後を任せて,南海電鉄本社へ向かわれました。松川さんと私もそのタイミングで解散。19時前に松村先生から届いた報告メールには,「南海との課題は乗り越えられるものばかり…協力して成功させましょう,と最後は握手で別れました。」とあり,安心しました。

アサヒペン本社へプレゼンに向かう

 その翌週の7月10日(木),日本でおそらく唯一のスプレー画材メーカーであるアサヒペンへ,協賛のお願いへ伺いました。大阪市鶴見区に本社のあるアサヒペンは,「アサヒクリエイティブカラースプレー」というシリーズを製造販売されている企業です。
 松村先生によると,企画段階でアーティストの方々と打ち合わせするなかで,「ペンキの種類も色々あって,ビルの外壁を保護する塗装と,グラフィティやウォールアートを描く画材とは全く違う。海外のトップメーカーはMolotow,日本ではアサヒペン。」と学習されたそうです。だから,どうしてもアサヒペンに協賛のお願いに伺いたい,と色々なツテをたどり,阪南大学社会連携課職員の鶴谷昌也さんの協力を得て,7月10日(木)の13時から企画をプレゼンテーションするチャンスをいただいたそうです。
 アサヒペンに伺ったのは,松村先生,SHINGOさん,鶴谷さん,私の4名でした。SHINGOさんはスケジュールを調整して,駆け付けてくださいました。プレゼンテーションは松村先生が行い,SHINGOさんが補足,私は見ているだけで,1時間半ほどアサヒペン本社で過ごしました。
 その後,SHINGOさんとは地下鉄今福鶴見駅で別れ,鶴谷さんとも途中で別れ,松村先生と私は新今宮へ行き3回生のゼミ活動に合流。

 当初はゼミ生たちと,7月13日(日)の平野郷まち歩きツアーの下見に行く予定だったのですが,あいにくの雨空。さすがの松村先生もこの日はお疲れになったご様子で,「平野のまち歩きは何とかなるわ。俺も行くし,4回生は経験豊富やし,大丈夫や。それより,みんな,お腹,すいてへんか。」とのこと。3回生のなかには,まだ松村先生の案内で西成のまち歩きをしたことの無いゼミ生もいました。
 そこで,臨機応変に予定変更。西成のフィールドワークを兼ねて,松村先生の地域解説を聞きながら,西成区の三角公園の南にある「なべや」へ向かうことになりました。4回生の先輩方から,「難波屋となべやはホンマにミラクルや」という噂話を聞いていましたが,この日の3回生は全員が初めての「なべや」体験。「なべや」は,志のあるアーティストがアートを描けるよう,シャッターを提供してくれたお店でもあります。そこで,歴代松村ゼミの先輩方が食してきた伝説の「すき焼き」をいただきました。10名で行って,すき焼きを食べ,みんなお腹一杯で笑顔になって,6千円くらい。本当にミラクルなお店でした。

【松村先生からのひと言】

 忙しいスケジュールを調整して,現場に駆け付けてくれたSHINGO☆西成さんに,まず何よりも感謝しています。ラッパーであるSHINGOさんの言葉は,やはり相手に届き響きます。
 松村ゼミ12代目ゼミ長の栃原智美さんも,本当によく動いてくれました。この6月の中旬以降,栃原さんとは毎日のように顔を合わしていたような気がします。
 企業や外部の人たちとの本気の会議や交渉の場には,できるだけ多くの学生を誘い経験させてあげたいのですが,なかなかいつもそういう訳にはいきません。松村ゼミでは,学生の誰かが代表として,そうした場に参加して,その代表が責任を持って,他のゼミ生たちに状況を伝えみんなで情報を共有するようにしています。代表に選ばれた学生は,仲間に対して責任とプレッシャーを背負う一方で,とても良い経験ができ,成長につながります。
 さて,西成アート回廊プロジェクト,誰もやったことがないことなので,私にもどうなるかわかりません。でも,ありとあらゆるチャンスや可能性を使って,何とか実現させたいと願い,私もSHINGOさんもゼミ生たちも行動しています。どうなるかわからないから,みんなで一生懸命,悩み考え,「これや!」と思った道を選び進みながら修正していく。思いはひとつ,地域が良い方向へ変わるきっかけを内側から作ることです。そのため,自分たちでレールを敷いて,自分たちで進む,その緊張感と充実感を楽しんでいます。