ジャズの思想、経営の思想

ダイバーシティから生まれた創造的な音楽

「ジャズの思想」と言われるとやや大げさであるような気がするかも知れませんが、経営の世界に経営哲学、経営思想という話があるように、ジャズの世界においてもそういった言葉を使っておかしくはないでしょう。思想というのは、様々な分野の知識体系と、その根底にある観念体系を指しており、我々人間が生きる世界と、人間の生き方に関する「まとまった理解の仕方」であると定義されています。この「まとまった理解の仕方」にも様々な形がありまして、それには多くの思想家が関わっています。100年余りの経営学の歴史で「パラダイム・シフト」ともいうべき思想の変遷が多くあったように、ジャズの世界にも時代的変化を象徴する大きなうねりのような動きが多くありました。よく言われている「スウィング、ビバップ、ハードバップ、クールジャズ、ヒュージョンジャズ、フリースタイル」などがそれです。その都度優れたジャズ・ミュージシャンが登場したことは言うまでもありません。経営の思想家たちが著作を通じてまとまった理解の仕方を示したことと同じく、優れたジャズ・ミュージシャンたちも演奏を通じてそれを表現したと考えていいのではないでしょうか。

ニューオーリンズジャズ、スウィング、ビバップ

ジャズ音楽の特徴の1つは「インプロビゼーション」ですが、ニューオーリンズ・スタイルのインプロビゼーションは、現在ふつうに行われているジャズの演奏とは異なるもので、複数の管楽器が同時に即興を行う、いわゆる「コレクティブ・インプロヴィゼーション」でした(丸山繁雄、2006)。コルネットやトランペットが輝かしい音色で中音域のメロディー・ラインを演奏する、トロンボーンが低音部を担当し、クラリネットはより高音域で装飾的な旋律を演奏する、という3管編成が主流で、いわばクラシック音楽の対位法的な即興演奏を行いました。これをドラム、ピアノ、ベースなどで編成されたリズム・セクションが支える形です。このスタイルの代表がキング・オリヴァーの率いた「クリオール・ジャズ・バンド」とジェリー・ロール・モートンが率いた「レッド・ホット・ペッパーズ」で、ジャズ音楽の形式を完成したといわれているルイ・アームストロングはこのキング・オリヴァーのバンド出身です。ルイ・アームストロングは、「個人のソロ」というものを最初に行った人物で、ジャズ・ヴォーカルの開祖としても知られています。譜面に書かれている音符の間を装飾音で彩る「スキャット」を駆使し、自分の声を楽器のように使い始めたからです。
ルイ・アームストロングの演奏スタイルや歌い方は多くのジャズ・ミュージシャンに影響を与えました。特にビック・バンド・アレンジャーに与えた影響は大きく、「スウィング時代」を迎えるようになります。スウィングの王様として有名なベニー・グッドマンの活動を実質的に支えたフレッチャー・ヘンダーソン・スタイルは、アームストロングのトランペットに啓発され生まれたと知られています。ともあれ、スウィングという言葉はタバコや女性衣類など、あらゆる商品のマーケッティング手段にも使われるようになりました。よく混乱を招きますが、スウィングとは、ジャズ音楽の本質的な特徴をあらわす言葉であり、ビック・バンド中心の1930年代のジャズ音楽スタイルを指す用語でもあります。
このスウィング・スタイルと全く違う方向に向けて新たな進化を見せたのが「ビバップ」でした。ビバップとは、多彩に変化するリズム、メロディー、和声の複雑な展開を特徴とする非常に自由な演奏スタイルを言います。ビバップを演奏するバップパーたちは、1930年代のスウィング時代を経て市民権を獲得した「ジャズ・スタンダード」に、和音の基本構造やメロディーの一部分のみを残して、他の部分はすべて全然違うものにしました。つまり、ジャズ・ミュージシャンはこのビバップ・スタイルを通じてやっと表現の自由を手にしたわけです。ジャズ音楽の革命とも言われているビバップにより、ジャズはただのダンス音楽ではなく、感想のための音楽、芸術的な価値を持つ音楽として評価されるようになります。1940年代のこのビバップ・スタイルを牽引したのは他ならぬチャリー・パーカーでした。

テイラーリズムと人間関係論

一方、近代経営学はフレデリック・テイラーによって始まったと言われています。ルイ・アームストロングが自分の演奏スタイルを通じてジャズ音楽の形に大きく影響を与えたことと同じく、テイラーの思想はその後の経営に大きな変革をもたらしました。テイラーは作業をするための最適な姿勢や動作を調べ(時間研究、動作研究)、マニュアル化し、作業コーチ(産業能率技師)に熟知させ、それを作業員に教えて実行するようにしました。その後、作業の成果をモニタリングし、生産量による差等報奨(出来高賃金制度)を実施しました。その結果、生産性は3.5倍増加し、人件費は60%の賃上げと同じレベルに増加しましたが、総運営費は50%節約されたと知られています。このようなテイラーの考え方は、ジャズのスウィング時代と同じく、テイラーリズムとして一世を風靡するようになります。象徴的なのは、ヘンリー・フォードのベルトコンベヤーシステムなどにより訪れた大領生産・大量消費社会です。
テイラーは科学的管理法が経営者だけではなく労働者たちにも役に立つと考えましたが、労働者たちはそうは思いませんでした。人間は機械と違って自由に考え、行動する存在だが、テイラーリズムによってそれが抑圧され、工場から人間性が抹殺されたと、多くの労働運動関係者たちは主張しました。いわゆる「機械的な人間観」に対する反発です。そのような背景で登場したのが「人間関係論」です。エルトン・メイヨなどの一連の研究者たちによって、1924〜32年まで、約8年かけて行われた「ホーソン工場(シカゴ地域のウェスタン・エレクトリック工場)実験」の結果、作業員たちがどのような人間関係を結んでいるのかによっても大きく生産性が変わることが明らかになりました。よい人間関係を維持する作業員がそうでない作業員より成果が良いということです。この研究から新たな経営思想として、「人間関係学派」が生まれることになります。組織行動論の始まりでもあります。

ハードバップ、マネジメントの時代

このような流れを踏まえて、第2次大戦後、ジャズの世界も経営の世界もまた大きな変化を迎えていきます。アート・ブレイキーなどによる「ハードバップ」時代、ピーター・ドラッカーなどによるマネジメントの時代が始まったわけです。1950年代のハードバップ時代は、現在も我々が楽しんでいるジャズ・コンボの全盛期であり、1950年、世界で初めて経営学担当の教授になったドラッカーの『現代の経営』で象徴されるように、経営学が学問として体系化された時期です。以上の内容をまとめると次の<図1>のようになります。

フレームという考え方

しかし、こういったまとめ方は本当に正しいのでしょうか。ジャズ音楽におけるスウィング、ビバップ、ハードバップなどの流れを一つの時代的思想として捉えていいのでしょうか。ここで1つ紹介したい西洋の寓話があります。「Percy the Pink」という作品ですが、ピンク色が大好きなピンク大王が自分の周りをピンク一色にすることだけでは気が済まなく、国民の周辺や動植物まで、目に見えるすべてをピンク色に変えるよう命令しました。しかし、そら(空)だけはどうしてもピンク色にすることができなくて悩んでいましたが、そこで、ある賢者がピンク大王にピンク色のレンズを付けた眼鏡を渡し、問題を解決したという話です。眼鏡ひとつでピンク大王は何時も自分の大好きなピンク色の景色をみながら幸せに過ごすことができたし、国民たちもそれ以上周りをピンク色に染める必要がなくなったわけです。我々もピンク大王と同じく、「フレーム」という心の眼鏡を通じて世の中を見ていると言われています。思想や哲学といったら何か難しそうに考えられますが、結局はその思想や哲学を生み出した人のフレームに過ぎないという話です。我々が歴史や経営を考える時にも知らないうちにこういったフレームが働いていると考えられます。もちろんそこで働くフレームとは自分自身の固定観念のようなものかもしれないし、どこかで読んだり聞いたりして潜在意識に残っているものかもしれなせん。このフレームによって同じ現象に対する解釈も、理解も違ってきます。つまり、共鳴する思想、まとまった理解の仕方がそれぞれで、正しいかそうでないかの問題ではありません。

経営の発展をみる3つのフレーム

例えば、人類の歴史や経営の発展について皆さんはどう思いますか。イノベーションの連続だと思いますか、あるいは改善の連続だと思いますか。イノベーション、つまり、革新の連続だと思う人は暗黙的にヘーゲルの弁証法的な考え方に共鳴しているかもしれません。改善の連続だと思う人は、サイモンの「限定された合理性」的な考え方の持ち主かもしれません。いわゆる満足化原理が働く世界ですね。それでは、創造性が求められている今の時代にジャズ音楽などからその示唆点を探そうとする筆者の場合はどうでしょうか。多分、「差別化戦略」にこだわりを持っているかもしれません。以上の話をまとめたのが次の<図2>です。
しかし、人類の歴史は必ずしも発展してきたとは言い切れないという考え方の持ち主であれば、こういった内容も物理的な進化論のフレームからみた一個人の考え方に過ぎないかもしれません。実際に経営の現場でも同じ現象に対して革命的な変化だとみる人もいれば、改善だ、創造的だ、あるいは後退だと考える人もいるのが現実的で、面白いです。