ジャズ音楽の創造的特徴と経営への示唆

ジャズはなぜ世界で一番創造的な音楽だと言われているのでしょうか。また、このジャズにおける創造性というのは本当に経営にも活かせるものなのでしょうか。様々な議論ができそうですが、以下では、ジャズを他のジャンルの音楽と差別化する特徴であると言われているいくつかのキーワードを題材に経営との関連性を考えていきたいと思います。

① コンピテンシー・ベースのインプロビゼーション

 まず、ジャズ音楽の特徴として一番よく語られているのは「インプロビゼーション(Improvisation、即興演奏)」です。つまり、ジャズ音楽は譜面に書かれている通り演奏されるのではなく、演奏者のその場でのインスピレーションに基づくインプロビゼーションを基本としているため、他のジャンルの音楽より創造的であると思われるということですね。譜面通り演奏することが常識になっているクラシック音楽に比べて譜面がなくてもその場で素晴らしい音楽を生み出すことが可能なジャズ音楽に、より創造性が必要であろうと、人々は思うわけです。ルールとシステムによる経営とルール破壊的な経営のどちらの方がより創造的なのかという認識の問題にも似ています。もちろん自由奔放に演奏しているようにみえるジャズ音楽にも一定のルールというか、パターンはあります。テーマメロディーとの関連性の維持や、ベース、ドラムなどのいわゆるリズムセクションの演奏の流れと調和を保つことがそれですね。

 ともあれ、このようなジャズのインプロビゼーションは、ビジネス上の「関連多角化」というキーワードに結び付けることができると考えられます。今まで多くの企業は関連多角化を通じて成長してきました。一見して既存のビジネスとは全然違う業種に進出して成功しているように見える場合も、コア・コンピテンシー(核心力量)の側面から考えると関連多角化であることがよくあります。例えば、電動自転車、オートバイなどで成功したホンダが、自動車、農機械、飛行機、ロボットまで制作するようになったのは、彼らの「エンジン制作能力」というコンピテンシーをベースにしたもので関連多角化であると言われています。既存のビジネスとはあまり関連性がないようにみえる化粧品ビジネスに進出して話題になった富士フィルムも、フィルム産業で蓄積した「抗酸化化合物処理能力」を人間の皮膚老化防止に応用したという点で関連多角化であると言えます。誰でもわかるような外見の関連多角化よりは、目に見えないコンピテンシー・ベースの関連多角化がより創造的に見えるのは当然でしょう。ということで、経営における関連多角化の問題は、ジャズ・ミュージシャンのコア・コンピテンシー(個性的な演奏能力)をベースにした予測できないインプロビゼーションと同じ世界であるような気がします。

② 個人の専門性と集団知性の調和、インタープレイ

 ジャズは「個人の音楽であると同時に集団の音楽」です(Berendt, 1989)。それは、ジャズが既存のクラシック音楽に比べて非常に自由な音楽であっても基本的な協演の重要性を忘れてないからです。つまり、個人の創造性だけではなく、集団の創造性が求められるのがジャズバンド(ジャズコンボ)であるということすね。もちろんこういった側面はクラシック楽団やロックバンドも同じでしょうが、すでに決まっている楽譜ベースではなく、個人の瞬間的なひらめきや変奏の瞬発力が瞬時に全体と調和をしていかないといけない点では、ジャズ・ミュージシャンの創造性の方に軍配があがります。

 一時期流行った経営のキーワードに「真実の瞬間(Moment of Truth)」というのがありました。スペインのマーケティング理論家リチャード・ノーマンが提唱した概念で、闘牛士が最後に牛の頭に刀を入れる決定的な瞬間から出た発想だそうです。刀を正確に入れると闘牛士も生きられるし、観衆の歓呼を引き出すことになりますが、少しでも間違えると闘牛士は死にかかるし、観衆から揶揄される可能性のある瞬間を指します。スカンディナビア航空の元CEOカール・ヤンセンは、店頭の職員と顧客が接する15秒の短い瞬間がまさにそのような真実の瞬間であり、その短い時間の間に顧客の選択が正しかったことを証明してあげないといけないと主張しました。全社員が会社の政策をよく理解し、顧客との接点という短い瞬間に各自の専門性や判断力をベースに瞬発力を発揮できるようエンパワーメントすることにより、内部意思決定にかかる待ち時間なしで顧客を感動させるという発想はその後多くの企業に刺激を与えました。ジャズの世界でもビル・エバンストリオの「インタープレイ(Interplay)」以来、ジャズコンボに参加している演奏者はみんなそれぞれの個性を積極的にアピールするようになりました。ジャズライブで聴衆の反応を確認しながら瞬時に各自の演奏の流れを変えていくことはまさに真実の瞬間そのものでしょう。

③ マニアックな世界の広がりを見せる醍醐味、スウィング

 我々は多様な方式でジャズという創造的な作品を楽しめることができます。例えば、インプロビゼーションとともにジャズ音楽の本質ともいわれている「スウィング(Swing)」のことを考えると、ジャズ初心者が感じるスウィング感とジャズマニアが感じるスウィング感が違うことがあります。何の事前知識がなくても単純に聞いて楽しめることができる場合もあるし、丹念に勉強をしながら何回も繰り返し聞いてから初めてその曲のスウィン感を感じる場合もります。中国儒学者の朱子は、論語を読む醍醐味について有名な話を残しました。まず始めは「得一両句喜:1〜2個の文章を読んで喜ぶ」だが、どんどん「不覚手之舞之足之蹈之:自分も知らないうちに手足が踊る」になるということです。知的な喜びもある境地に至ると体の動きであらわれるように、ジャズ音楽も経営も知れば知るほど違う次元が見えてくる生き物であるような気がします。
我々は(特に趣味の世界では)普及型製品を使いはじめ、どんどん高級製品にはまっていくことがよくあります。ある特定のマニア向けのユニークな製品が一般大衆に使われるようになったケースもあります。イギリスの老舗スピーカーメーカーATCは、現代的なデザインで勝負する会社ではないが、潤いのある重い中低音という中毒性のある音響的特性で多くの固定ファンを確保しています。ATCのスピーカーはその体積をベースにモデルの型番が決まっていますが、筆者自身も昔SCM12で初めてATCの世界に入り、20、100に移った経験があります。いずれは米国のディズニーホールに装備されているといわれている300を聞いてみることを夢見ているくらいです。単なる製品のラインアップの話に過ぎないかもしれませんが、どんな形であれ、レベルを変えて多様な顧客の感性を刺激できるということは、大事であると考えられます。

 以上で、インプロビゼーション、インタープレイ、スウィングという、ジャズ音楽の本質にかかわる特定のキーワードを中心に経営との関連性を探ってみました。しかし、こういった特性論だけではなく、100年以上のジャズ史のなかでも、経営への多くの示唆点が潜められているだろうと思われます。ジャズ音楽の歴史を少し辿ってみても、1930年代のようにジャズが一世を風靡した時期もあったし、1960年代以降のようにロックやポップミュージックに大衆音楽の王座を譲りながら存在そのものが消えるかもしれないという危機にさらされた時期もありました。そのような過程で、ジャズ音楽そのものにも大きな変化がありましたし、ルイ・アームストロング、ベニー・グッドマン、デューク・エリントン、チャーリー・パーカーなど、いわゆる「ジャズ・ジャイアンツ」が明滅してきました。その間、近代的経営管理の歴史においても変化する経営環境の中で様々な経営スタイルや理論が登場しましたし、フレデリック・テイラー、ヘンリー・フォード、チェスター・バーナード、アルフレッド・スローアン、エルトン・メイヤーなど、それぞれ各時代を代表する優れたリーダーも現れました。ジャズの思潮と経営思想、ジャズ・ジャイアンツと、経営、経営学のリーダーを単純比較するには当然無理があるでしょうが、敢えてやってみることによって新たな次元が見えてくるかもしれないのではないでしょうか。