趣味の世界から始める経営学

「経営学は雑学である」と、よく聞かれた記憶があります。経営学で扱っている理論の多くは他の学問領域から借りてきたものであり、経営学独自の研究方法論が確立されてないといわれていることから一見納得せざるを得ない部分もあります。しかし、経営学が研究対象としている「企業」は、事実上「社会の縮図」ともいえる存在であり、企業の成功には人間と組織社会のあらゆる要素が絡んでいることも事実なので、経営学は実践的な総合学問であるとも言えるでしょう。
問題は、企業経営が「何でもある世界」だといった場合、経営学を勉強しようとしても一体どこから始めたほうがいいのかよくわからなくなることにあります。そこで、これから経営学を学ぶ学生の皆さんにまずお勧めしたいのは、自分の「趣味」や「好きなこと」を切り口に経営学の世界に入ってみることです。
研究とは「芋ずる式」でやるものだという話を聞いたことがあります。一つのキーワードが見つかったらそれに関連する概念を次々と探し出すことですね。偶然聞いた歌が好きになってその曲のタイトルや歌手を調べ、その歌手の他の曲の音源を探して聞く、というような行動はまさに研究活動そのものでもあります。実際に、自分の好きなことを切り口にして勉強をしていくことには幾つかの大きなメリットがあります。

① 仕事(勉強)を楽しむ

大昔、中国の賢人である孔子は次のような名言を残しました。“知之者不如好之者、好之者不如楽之者”(これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず)。言い換えると「知識人」は「遊び人(楽しむ人)」にかなわない、及ばないという話ですね。趣味の世界であれば自らどんどん沢山のことを知りたくなるだろうし、その過程を楽しむこともできるでしょう。
現代社会で多くの人は否応なしに「賃労働=賃金を対価にして行われる労働」という状況に置かれています。お金を稼ぐために生きているのか、生きるためにお金を稼いているのかよくわからない時代になったような気がするくらいです。前職(会社)の同僚から「給料は自分の仕事をする苦痛に対する対価だ」という話を聞いてがっかりしたことがあります。もちろん一理はある話だがそれだけだと企業で働く自分自身があまりにもかわいそうだ思ったたからです。苦痛ではなく、自分が出した成果に対する報奨だと考えたらどうでしょうか。それも好きなことを楽しみながら出した成果であれば何よりでしょう。
自分の好きな物事に関連する様々な情報、関連ビジネス・産業や成功事例などを調べながらそれにかかわる経営学の諸理論を整理してみることは、大学での勉強が苦痛にならない一つの方法にもなるのではないでしょうか。

② 時間使用の質を高める

相対性理論の生みの親であるアルベルト・アインシュタインは、“熱い暖炉の上に座っている1分間は1時間のように感じるだろうが、美人と一緒にいる1時間は1分のように感じるはず”という有名な話を残しました。相対性ってそんなもんかなと思ったことがありましたが、ともあれ、我々は何かに夢中になると時間の流れを忘れます。好きな漫画や映画をみながら徹夜した経験のある人なら誰でも感じたことがあるでしょう。
企業でも社員たちが仕事に没頭すれば当然その成果も違ってきます。仕事に集中しているときに電話などで邪魔されたら元の集中状態に戻るには相当の時間がかかるということで、「集中勤務時間帯」を設定しその時間には電話も会議もしないように決めている会社もあります。大事なのはそのような人為的な集中より自発的な没入だと考えられますが、趣味の世界ではそういう状態を自然に経験できますので、趣味を持っている、好きなことがあるということは自発的な没入時間を増やすという意味もあります。1日24時間、誰にも同じ量の時間が与えられている状況のなか、集中時間、没入時間が増えるということは、時間使用の質を高めることにつながり、人生が豊かになります。
21世紀は、大量生産・大量消費、ベルト・コンベヤーに象徴されるブルーカラー時代の20世紀と違って、「労働時間=生産量」が成立しないホワイトカラーの時代であるといわれているので、何時間働いたかという「時間の使用量」より、どれくらい集中して仕事をしたのかという「時間使用の質」が問われるのは時代的な要請でもあります。

③ 主体的に満足化基準を体験する

ノーベル賞を受賞したハーバート・サイモンは、限定合理性(bounded rationality)という優れた概念を提示しました。人間は経済学で考えるような完全合理的な存在ではなく、意思決定を行うときに知識や計算能力の限界の影響を受けるという意味です。この限定合理性の世界は、制約された条件のもとで選択可能な幾つかの選択肢のなかで一番満足できるものを選択するという、いわゆる「満足化(Satisfice)基準」が働く世界でもあります。企業での仕事は選択の連続であり、もちろんいつも足りない情報をベースに厳しい選択に迫られる限定合理性の世界そのものです。企業だけではなく、研究も、趣味の世界も同じではないでしょうか。
自分の部屋でいい音質で好きな音楽を聞きたいと思ってオーディオの世界にはまった人は、限られた予算と情報の中で、満足できる機器を選択しようと一所懸命に努力するはずです。何かを選択するという行動は選択されなかったものを捨てるという意味もあり、日常生活でそういった部分を意識的に行うことは経営意思決定の良き訓練にもなるでしょう。
一つ、注意してもらいたいのは、その意思決定(選択)の必要な状況がどれくらい厳しいかによって選択の質が変わるということです。企業が危機に陥ったとき、好きなものが切実にほしいときの選択は当然参考にする情報も、それをベースにした意思決定も違ってくるはずです。ということで、わざと危機状況を設定し、社員たちに頑張ってもらう仕掛けをする企業もあります。みなさんも自ら厳しい選択が必要な切実な状況を作り出し、意思決定の醍醐味を楽しんでいけたらと思いますが如何でしょうか。

もし、好きなものや趣味がない方は今からでも大丈夫なので関心を持ち始めたら如何でしょうか。何でもすきになるとより詳しく分かりたくなるだろうし、わかるようになったらその時に見えてくるのは以前のものとは違う世界になるはずです。高く飛んでいる鳥が遠く見るという話と同じですね。
ゼミでは、とりあえず私の趣味の一つである「ジャズ音楽」を題材に企業経営のことを考えていくつもりですが、その過程で参加者の要望を参考にしながら進めていきたいと考えております。