「ジャズ個性」と、ビジネス世界の創造性

没個性の時代に輝いたジャズ音楽

 20世紀の産業社会は、フォード自動車のベルトコンベヤーシステムが象徴するように大量生産・大量消費の没個性時代でした。世界で初めて大工場システムを定着させ、標準化と没個性の時代を主導した米国で、ジャズ音楽のような個性の溢れる自由な音楽が生まれたのはアイロニーですが、極と極は通じる部分があるという意味では必然的だったかもしれません。ビジネス世界でも、今日、世界で一番個性的な企業と言えば、米国のアップルを挙げる人が少なくないはずです。iPod、iPad、iPhone、マックブックシリーズの製品群をみると誰でもアップルの製品だと認識できるほど個性的です。米国が過去100年間、産業社会を主導しながら没個性の効率性を極限まで追求した結果、その反作用としてアップルのような個性的な企業が生まれたのではないかとも考えられます。ともあれ、過去の産業社会の遺産である「効率性」を維持しながらも、個性的で創造的な「効果性」を目指さなければならないという状況が21世紀の経営の「話頭」であることに異論の余地はないようです。問題は、どのように組織の中でそれぞれの個性を認知し、それを組織の創造性に繋げられるかということですが、ジャズ音楽にはこういったマネジメントに参考になりそうな多くの示唆点が潜められています。

個性のジャズ

 ジャズ評論家の後藤(2010)によると、同じ「音」であってもクラシック音楽とジャズ音楽でその意味はそれぞれ違います。クラシック音楽でヴァイオリンやピアノなどの音が担当している役割は、作曲された音楽を再現させるために楽譜に書かれている音符を現実の音に具現させるための道具に過ぎないです。もちろん、演奏家の能力によってその道具は違ってきますが、そのなかでも特定の音が音楽として大きな意味を持っているとは考え難いです。つまり、クラシック音楽における音はあくまでも前後する音との関係性と言える旋律、上下音の間の関係性と言える和声、そして、それらが総合された音楽の全体構造を構成するための音であるということです。しかし、ジャズでは、極端に言うと、サックスの「プッ」という一つの音だけで十分な音楽的表現になります。ルイ・アームストロングのトランペットから出る音は単純なプレーズであってもそこにルイ・アームストロングという人間の色彩の濃厚な影があるということです。クラシック音楽でも演奏者による違いはありますが、それは演奏者の身体によるものであるというよりは、音楽に対する解釈や手法の違いによる結果として現れます。しかし、ジャズ音楽では、音色に対する規範(一般的な意味でのいい音の基準)が存在しないため、ジャズミュージシャンの楽器から出る音色には濃い個性が潜められています。従って、ジャズ音楽では一つの音の音色自体が十分な音楽的表現になるということです。例えば、クラシック音楽では、ハーモニーを破るような極端的に個性的な濁った音色や作品の意図を反映していないような音色は駄目ですが、ジャズ音楽ではその音が魅力的であればどんな音でも許されます。それで、ジャズミュージシャンはどのようにすれば自分の楽器から魅力的な音を引き出すかに没頭するようになり、その結果として特有の個性的な音色を作り出します。ジャズが世界で一番個性的で創造的な音楽であると言われる所以です。

「ジャズ個性」の作り方

 では、実際にジャズミュージシャンの個性的な音色はどのようにして作られるのでしょうか。多様な方法がありそうですが、ジャズ評論家たちによると、その究極的な解答は演奏者の「身体性」にあるそうです。指紋が人それぞれであるように、人間の身体はそれぞれ微妙に違います。ルイ・アームストロングはその身体から個性的な音色を作り出す方法を身に着けた最初のジャズミュージシャンとして知られています。トランペットの場合、身体の一部である唇の振動をそのまま拡大する単純な構造であるため、その違いを有効的に個性的な音色へ反映させる方法をみつけたルイ・アームストロングがジャズ・ジャイアンツになったということです。男性的な音色として評価されたコールマン・ホキンスと、女性的であると評価されたレスター・ヤングは音色が全然違いますが、それぞれ魅力的な個性として認められています。つまり、ジャズ音楽では、「テナーサックスの優秀な音はこれだ」という絶対的な基準が存在しないため、ミュージシャン固有の癖が生まれましたが、それについて規範からの逸脱ではなく、個性として認知したのがジャズを他の音楽と差別化させた大きな要因であるということです。これは、デューク・エリントンが特定の演奏者個人を想定して作曲したという話にも通じる部分があります。クラシック音楽の場合、モーツァルトやベートーヴェンが各楽器パートを演奏する演奏者個人の顔を浮かべながら交響曲を作曲したとは考え難いため、200年以上過ぎても同じ楽譜で当時とは違う演奏者によって再現が可能です。しかし、ジャズマンのデューク・エリントンが作った曲はそれができないと言われています。エリントン楽団のメンバーであるジョニー・ホッジスやハリー・カーネイなどがいなければ、他のバンドがデューク・エリントンの残した楽譜に従って充実に演奏したとしても、そのサウンドは再生できないです。つまり、デューク・エリントンのジャズは、彼の考え方を描いた具体的なサウンドの設計図になっていて、演奏者固有の音色が重畳されながら生まれる非常に複雑でユニークな音楽であるということです。ジャズの世界には、「名演はありますが名曲はない」という話がありますが、ジャズをジャズらしいものにするのは、音楽の様式でも、曲の特殊性でもなく、ジャズ固有の楽器にあるわけでもありません。ジャズミュージシャンの個性あふれる音から成るのがジャズ音楽なので、ジャズは作曲家の音楽ではなく演奏者の音楽であるとよく言われています。

企業組織構成員の個性、個性を見極める能力

 ジャズミュージシャンが自分の身体性で個性を作り出しているとすれば、会社員の場合はどうでしょうか。他と区別できる異なる何かが個性であるという観点からすると、人は誰でも育ちの環境、経験などがそれぞれ違うため、レベルの差はあるものの、基本的に個性的な要素をもっています。問題は、各自の持つ個性を仕事の場面で活かせて、ルイ・アームストロングの演奏のように個性的で創造的な仕事ができるかということです。作曲家が提示した標準的な音(マニュアル)にあわせて演奏しようとする限り、そのような個性は現れ難いです。組織の中の個人が自分の経験と専門性を活かせて個性的に自己主張をしようとしても、組織が全体の和を重視する雰囲気であればやりにくいのが現実でしょう。では、曲ではなく演奏そのものが重要であるという話は企業のどのような活動に該当するのでしょうか。最終消費者に至るまでのサービス構造、脈絡、プロセスの総和、或いはビジネスモデルそのものを演奏として見なすことも可能でしょうが、結局のところ、そのようなことが最終製品やサービスに溶解されていない限り、個性的に演奏されたとは言い難いでしょう。例えば、ブランド(Brand)というのは、いわば企業の自己主張ですが、消費者がそのように認知してくれないと意味がないものです。同じく、企業組織の創造的な成果も、やはり個性的な最終製品やサービスを通じて消費者から個性的で創意的なものであると認めてもらわないといけないものです。そのためには、まず、組織のメンバー個々人の経験と専門性という個性的な能力をよく把握し、活用することによって、最終製品やサービスにそれを溶解する過程が必要であることは言うまでもありません。
 また、後藤(2010)の話ですが、ジャズ音楽を聴いてそのリズムのパターンや曲想が気に入って楽しむ段階はまだ真のジャズファンとは言えないそうです。その段階では、他のアルバムに入っているリー・モーガンやクリフォード・ブラウンのソロパートだけを聞いて彼らの演奏を聴き分けることはできないはずだからです。サックスの場合、音程に少し問題があるとされるジャッキー・マクレーン、金属製の響きを特徴とするピル・ウーズのアルト・サックスのサウンドの差異を見極め、両者に共通するハードバップミュージシャン特有の哀愁に対する微妙な表情まで体感できないとジャズの醍醐味がわからないという話です。もしそれらが識別できれば、新たなミュージシャンの特徴を識別しようと努力するはずで、結果的には好きなミュージシャンやそのアルバム購入が増えるはずだという予測もあります。何でもそうですが、ある程度上達するためにはそれなりの練習は必要です。ジャズミュージシャンの個性を探るために「聞く」練習を重ねるうちに、好きになることもあるでしょう。テニスやゴルフなどを学ぶ時に多くの先輩が貴重な経験則で培ってきた基本動作から始めることと同じく、基本ができればその応用ができるようになり、あるレベルに達するとミュージシャンや音楽に対する判断ができると言います。ジャズ演奏を聴き分ける耳を持つファンの間では、好きなミュージシャンは違っても、特定の演奏の評価にはそんなに偏差がないとも言います。創造的な成果を期待する企業組織のマネジャーは、こういった「ジャズ耳」のようにメンバーの個性を見極め、判断できる能力を備える必要があると考えられます。

ビジネス世界における創造性の構成要素

 アマビール(1998)によると、ビジネスの世界において求められる創造性は、芸術の世界の独創性とは違って、適度な利便性を有し、すぐ実行に移せるもので、品質の向上やプロセスの革新など、ビジネスのやり方に具体的に影響を及ぼすものでなくてはなりません。多くのマネジャーは、創造性を、人が問題に対してどのように新たなアプローチをとるかといった、人間の思考方法ととらえていますが、実際には、創造的思考は創造性の1つ側面に過ぎず、他にも専門性・専門能力とモチベーションという2つの側面があります。

<図>創造性の3要素

出所:アマビール(1998)
 「専門性・専門能力」とは、一言で言えば知識であり、これには技術的な知識、手続きに関する知識、知的な知識があります。創造性に大きく関わる「モチベーション」は、金銭的報酬のようは外的要因ではなく、内なる情熱で、仕事の環境によって最も直接的に影響を受けやすいものです。「創造的思考スキル」は、人がフレキシブルに創造的に問題へアプローチできるかを決定するもので、この能力は、すでに存在しているアイデアをもとに、それらをどのように新たに組み合わせることができるかにかかっています。そしてこの能力は、人の思考スタイルや仕事への取組み姿勢などと同様に、パーソナリティによって左右されるものです。アマビールの言う専門性・専門能力と創造的思考スキルはジャズマンの個性的演奏に欠かせない部分で、企業組織構成員の個性的な仕事処理にもつながる話です。企業組織の中でマネジャーは、この創造性の3要素すべてに大きな影響を及ぼす存在ですが、組織創造性に関連して特に重視すべきなのは、仕事の環境によって最も直接的に影響を受けやすいものとされるモチベーションの問題であると考えられます。