2017.2.10

【留学レポート】アデレード・南十字星の光をたよりに(5)

【留学レポート】アデレード・南十字星の光をたよりに(5)

 神尾ゼミナール2回生の平石加奈です。
 2017年が始まり、1月9日から授業も再開となりました。気温も平均して30度を超える日々が続き、いよいよオーストラリアの夏が来たのだと感じています。
さて、今回のレポートでは「ホリデー」についてです。

3週間のホリデー!?

 年末から年明けにかけての3週間のホリデー。これは、気が遠くなるような長さを感じました。なぜなら、ホリデーのため授業期間のように朝から晩まで毎日勉強するわけでもなく、かといって予定も特に無いに等しい。そういう日々でした。毎日学校へ行き、勉強をしている方が私には合っているのかもしれません。

ニューイヤーはメルボルンで①−10時間の道のりはボキャブラリー天国

 というわけで、ニューイヤー当日というと私はホストマザーとメルボルンへ行ってきました。12月29日の早朝にアデレードを出発し車で約10時間。メルボルンに到着しました。アデレードからメルボルンまではほとんど同じ景色で林ばかりでしたが、野生のうさぎやハリネズミ、飼育されているアルパカ、ヤギ、羊や牛を見ました。
 車の中での10時間、マザーと日本での生活やマザーの昔の話など沢山話をすると共に、
 「I spy with my little eye something begining 〇〇 」
というゲームをしました。これは「私が目に見えるものの中で最初に始まる文字が〇〇 」というゲームで新しいボキャブラリーを増やすのにすごく役立つゲームです。10時間の全てがボキャブラリーゲームであったわけではありませんが、アッという間の10時間であったことは確かです。

ニューイヤーはメルボルンで②−マザーのお友達と友達に

 メルボルンへ着いてからはマザーの昔からの友達夫婦の家に。そこで宿泊させて頂くことに加えて、マザー達の過去の笑い話やお互いの家族の話をしてくれました。ご夫婦は、オーストラリア訛りがきつく、聞きとりにくかったのですが、前回の記事にも書いた通り、聞き直すこと、もう少しゆっくり話して欲しいと伝えました。
 すると、簡単な英語に直してくれるとか、ゆっくり話してくれるとかと、対応くださいました。今まで私は人に聞き返すことがあまりできなかったのですが、聞き返せる用になったのは私の中での成長です。
 マザーのお友達ご夫婦ではありますが、私にとっても大切な年の離れた友達が出来たような感覚があります。日本の生活ではあり得ないような年齢の離れた人たちと友達になれるのも外国ならではのことなのかもしれません。

ニューイヤーはメルボルンで③−ニューイヤーという瞬間

 ニューイヤー当日は、メルボルンのトレジャーパークという穴場スポットで花火を見ながら年越しカウントダウンとなりました。私たちが公園に向かってトラムに乗車中の20時30分、子供たちのために花火が上がる瞬間のこと。ドーンという花火の音が聞こえるとともにトラムの運転士は「花火を見逃したらダメ!」と途中でトラムを止めて乗客に花火を見ることを促していました。日本の電鉄会社ではあり得ないことでした。
 公園に着くと、そこには大きいスクリーンとDJ、溢れんばかりの人の波。ニューイヤーのカウントダウン5分前から誰もが立ち上がって踊り騒いでいました。スクリーンに10、9、8とカウントダウンしているときは、何故か私もワクワクしていることに気付きました。理由は分かりません。
 2016年から2017年へ。時は一瞬にして飛び越えます。ニュウーイヤーを迎えると誰彼問わず、ハグし合い、踊っている光景がそこにはありました。さらに、10分間にわたり約5棟のビルの屋上から花火が間断なく上げられます。20時30分の花火もそうですが、ニューイヤーの瞬間の花火、これは日本ではあまり経験できないことなので思い出にもなりました。

おまけのはなし

 右の写真はカジノへ行った時のもの。カジノの建物自体には入れますが、ギャンブルをする場所にはセキュリティーを通らないと入ることができません。私はパスポートを持っていくのを忘れ、年齢を確認するものが手元になく、“ 顔が幼い、あなたは17歳だ ”とセキュリティーに止められました。“ 顔が幼い ”というのは日本人特有の長所でもあり短所でもあることを肌で感じました。

 もう一枚の写真はピンクレイクという名前の通りピンク色の湖です。この湖は塩分を多く含んでいるためピンク色になっているそうです。この湖はメルボルンからアデレードへ戻って来る道中にあるので、もし行く機会があるなら訪れることを是非お勧めします。

それでは、また次回に。