皆さん、こんにちは。私は日本経済パッケージに所属し、日本経済史と金融史を教えている今城徹です。私が所属するパッケージは、皆さんにとってもっとも身近である日本経済をより深く考えることを目的としています。もちろん、各パッケージに所属する教員はいずれも自身の専門分野を活かして日本経済または世界と日本の関係を考えるのですが、日本経済パッケージの教員は、様々な専門分野の知識を少しずつ組み合わせて日本経済を捉えようとしています。格闘技に例えれば、他のパッケージの教員がボクシングや柔道といった1つの競技のスペシャリストならば、日本経済パッケージの教員は様々な分野の格闘技を組み合わせる総合格闘技の選手といった感じでしょうか。
 さて、パッケージの説明はここまでにして、本題に入りましょう。私は2018年4月から2019年3月まで、イギリス・ロンドンにあるSOAS (School of Oriental and African Studies, University of London) のJapan Research Centre に留学していました。この大学では主にアフリカ、中東、日本も含むアジアの政治、経済、文化、宗教などをより深く学ぶことができます 。私はここで1年間、日本に関心のある大学院生に混じって勉強し、また、自身の研究(戦時期の傷痍軍人とその家族の生活に関する研究)を進めました 。
 私が知り合った学生が日本に関心を持ったきっかけは多くの場合アニメでした。彼女・彼たちの出身地はイタリア、ドイツ、アメリカ、韓国など多様ですが、皆幼い頃からテレビで日本でも人気のアニメを見て育ち、宮崎駿の映画に感動していたのです。もちろん、ネットで最新のアニメもフォローしています。ですから、日本の文化として定着し、また海外に発信する有力なツールとなっているアニメを学術的に研究している学生もたくさんいました。
 私は10人弱の大学院生 −その中にはグローバル企業に様々な助言をする国際弁護士の方もいました− が日本経済や日本の企業経営について学ぶ講義に参加したのですが、彼らの議論を聞いていてとても印象的だったのは、彼らは、日本は先進国だが他の国と比べて(1)外国人に対して閉鎖的で、(2)女性の社会進出の推進に消極的であり、(3)少子高齢化への対応が遅いために経済成長が停滞しており、「日本的な意思決定」がこの停滞を招いた理由の1つであると考えていたことです。
SOASのマスコット、SOAS Bear. その前のカードは、SOASでの私の教職員証と1年間滞在のための許可証です。
SOASのHP 、Japan Research CentreのHPはこちら です。
興味があればぜひ見てください(2020年3月7日閲覧)。
私も参加発表したWorkshopについては、
こちらも興味があればぜひ(2020年3月7日閲覧)。
 意思決定とは、次の行動を決めることです。彼らの言う「日本的な意思決定」とは、日本の組織が、リーダーによる意思決定よりも、合意による意思決定を重視することを指しています。外から日本を観察する彼らの目には、今の日本は、大きな権限と責任を持つリーダーがすばやく物事を決めるよりも、メンバーが時間をかけてお互いが折り合って物事を決めることを重視する「日本的な意思決定」に縛られた結果、あいまいな方針しか打ち出せず、次の行動に移るタイミングを逃していると映るのです。
 外国の組織であっても「日本的な意思決定」をする場面はありますし、「日本的な意思決定」がいつも悪いわけではありません。メンバー間で相手の考えを尊重しながら時間をかけて合意するやり方がうまく機能する場合ももちろんあり、それが第二次世界大戦後の日本の成長を支えて今の先進国・日本があると言っても良いです。また現在においても機能する場面はあります。しかし、現在日本を取り巻く経済環境や国際環境が以前とは比べ物にならないほど早く変化しており、「日本的な意思決定」ではそれに対応できない場面が増えているということなのです。
 では、歴史の中で「日本的な意思決定」が状況に対応できないという事態は今になって初めて起こったことなのでしょうか。そうではありません。『失敗の本質—なぜ日本人は空気に左右されるのか- 日本軍の組織論的研究』という本によれば 、第二次世界大戦において日本が負けた大きな理由の1つが「日本的な意思決定」だったのです。
 本書はタイトルの通り、第二次世界大戦のターニング・ポイントとなった日本陸・海軍の作戦がなぜ失敗したのかを、日本軍という組織による「日本的な意思決定」の過程に注目して書かれた本です。ここまでの文章を読んで気になった人はぜひ一度この本を手に取って欲しいのですが、最新刊の表紙に「破綻する組織の特徴」として(1)トップからの指示があいまい、(2)大きな声が論理に勝る、(3)データの解析がおそろしくご都合主義、(4)「新しいか」よりも「前例があるか」が重要、(5)大きなプロジェクトほど責任者がいなくなる、が挙げられています。
(1)と(5)は、日本軍では、上位の階級の者が作戦の明確な目的と具体的な行動を部下に指示し、それを受けて中位の者が現場で下位の者を率いて戦い、上位の者がその結果の責任を持つという、軍隊の基本ができていなかったことを示しています。(2)は一見リーダーがいるように思えますが、これは本来作戦の重要な決定をする立場にない、結果に無責任な者の意見が通っていったことを意味しています。(3)と(4)は、相手の戦力を過小に、自軍の戦力を過大に評価し、この誤ったデータを元に以前勝利した作戦を実行したということです。本書で取り上げられた戦場においては、いずれの場合も相手は予想以上に精強で、一方自軍は予想よりも脆弱で、これまでの作戦が全く役に立たなかったのです。結局日本軍は第二次世界大戦において(1)から(5)という「日本的な意思決定」を続けた結果、日本を敗戦に追い込んだのです。日本軍は時々刻々と変化する戦争において「日本的な意思決定」を続け、戦争をどうするのかの明確な方針を示せず、また、戦争を止めるタイミングを逃し続けたのです。
これは先ほど述べた、今の日本と奇妙に重なります。徴兵制の下で日本軍の「日本的な意思決定」は148万人の戦死者を出し 、敗戦は日本に多大な影響を与えました。急速に変化する国内・国際情勢の中でなされる「日本的な意思決定」はこれからの日本にどのような影響を与えるのでしょうか。歴史は過去のものではなく、今を生きるみなさんがこれからを考えるためのヒントを与えるものなのです。
戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎(2019)『失敗の本質−なぜ日本人は空気に左右されるのか− 日本軍の組織論的研究』中公文庫。なお、この本の初版は1991年です。