新世界・西成の原点はここにある!(レポート:教員 松村嘉久)

大衆演劇ポスター

 現在,大衆演劇の公演を行うスペースは,日本全国で130箇所ほどあると言われています。このなかには,ホテルや温泉宿,健康ランド的な所などもかなり含まれていて,いわゆる「劇場」としての空間を持つところはごくわずかに過ぎません。ちなみに,全国の都道府県のなかで,大衆演劇をするスペースが一番多いのはダントツで大阪府(13箇所),次いで広島県(8箇所)です。
 大阪府のなかでも,新世界から西成にかけての地域には,大衆演劇専用の芝居小屋が5軒も集積しています。新世界には朝日劇場と浪速クラブがあり,西成にはオーエス劇場,鈴成座,梅南座があります。いずれの芝居小屋でも,毎月劇団が入れ替わり,昼の部と夜の部の入れ替え二部構成でほぼ毎日,大衆演劇が行われています。
 この5座はいずれもそれぞれの個性があり,味があり,見る者を楽しませてくれます。5座の収容定員を合わせると,実に600名を超えます。この地域は大衆演劇のメッカといっても過言ではありません。

 これほど日常的にエンターテイメントが溢れるところは,日本のなかでも,東京の浅草界隈とこの地域くらいしか存在しません。大衆演劇だけに注目するならば,浅草では木馬館という劇場が頑張っていますが,新世界から西成にかけての地域の方が圧倒しています。
 なぜ新世界や通天閣に多くの人々が集い,飲み食いするお店も多いのか。その答えはこの地域に集積するエンターテイメントにある,と最近私は確信しています。エンターテイメントを見る前に,串かつやうどんなどの軽食で,手早く小腹を満たして劇場へ向かう。見終わったら,仲間と余韻にひたりながら,ゆっくりとごちそうを食べる。この地域に立地するエンターテイメント施設と飲食店は,ともに欠かせない共存共栄の存在なのです。
 ところが最近は,通天閣が大阪を代表する観光名所となり,飲食店のなかでも串かつ店の集積のみが注目されるようになり,従来の新世界・通天閣のあり方が大きく変容しつつあります。私はこうした状況に強い危機感を抱いています。新世界は決して串かつのテーマパークではなく,エンターテイメントと多様な飲食店が賑わいを創出してきたまちです。今こそ,新世界・西成の原点を見直すべき時であり,その核心のひとつは新世界・西成5座の魅力にあります。
 2012年5月12日(土),阪南大学『フィールドスタディ』支援制度を利用して,松村ゼミ主催で大規模なフィールドワークを行いました。その際,松村ゼミの3・4回生の指導のもと,国際観光学部の2回生を西成3座へ派遣して,大衆演劇を見て記録して報告してもらいました。松ゼミWalkerの記念すべき100回目の記事は,西成3座に関する2回生たちのレポートでお送りいたします。
劇場名 住所 公演時間 入場料(大人)
オーエス劇場 西成区山王2-14-20

昼12時から
夜17時から

1,300円
鈴成座 西成区鶴見橋2-9-1
昼12時から
夜17時から
1,500円
梅南座 西成区梅南1-8-21
昼12時から
夜17時30分から
1,300円

オーエス劇場について

劇場へ入るとそこは別世界(レポート:2回生 笹田真璃・2回生 奥本友美)

オーエス劇場

 地下鉄の動物園前駅2番出口から降りて,動物園前一番街という商店街を南へ進み,途中でチンチン電車の廃線跡を越えてすぐのところを左へ入ると,オーエス劇場に到着する。最寄り駅から歩いて5分くらい。劇場は瓦屋根に白い壁の木造建築で,かなり年期が入っています。
 開館したのは昭和29(1954)年だそうです。昔は浪曲をしたり,映画を上映していた頃もあったそうですが,現在はほぼ毎日,大衆演劇の公演を行っています。入口の雰囲気は独特で,オーエス劇場のことを知っている人は入れるが,そうでない人はなかなか入り難い,と私たちは感じました。

ゼミ生たち

 入場料は当日券が大人1,300円,子供800円の昼夜二部制。昼の部は12時から,夜の部は17時からで,お客さんは入れ替えます。公演はだいたい3時間半くらい。前売り券だと大人1,000円で,公演が始まって少し経つと,入場料は大人700円に値下げされるそうです。
 さて,意を決して劇場のなかへ入ると,地面は床ではなくコンクリート,照明も少なく小さくかなり暗い。舞台は横15メートルで奥行き3メートルほどですが,舞台に向かって左手に花道があり,その横の桟敷席は優に20名以上がゆったりと座れそうでした。座席は230席あるとのことでしたが,そんなに入るのかなという感じでした。客席の一番後ろには売店があり,飲み物やお菓子などが販売されていました。女子トイレは個室3部屋で,洗面台と鏡だけという簡潔な作りで狭かった。

澤村千夜一座のパフォーマンスを見て(レポート:2回生 寺垣咲季・2回生 荒木志保・2回生 島本ひとみ)

澤村千夜一座の舞台

 私たちのグループは11名と多かったので,昼食は二手に分かれました。『新世界・西成 食べ歩きMAP』に掲載されているお店から,お好み焼きの「西成わだ」と喫茶「ニュープリンス」を選び,食事を済ませました。食事は美味しく楽しいお店だったのですが,そのため少しゆっくりし過ぎて,オーエス劇場へ到着したのが12時10分過ぎと,少し開演に遅れました。
 劇場に入った瞬間,想像していた観客数,観客の年齢層,雰囲気などが全く異なっていたので,とても驚きました。劇場の外観からなかはガラガラなのではと思ったのですが,座席も桟敷席もほぼ満席で空席はバラバラと数えるほど。大人数の私たちは座れず,揃って最後列で立ち見となりました。観客の年齢層は私たちのおじいちゃんやおばあちゃん世代が多かったのですが,私たちよりも少し年上に見える若い女性ファンや,土曜日だったからか子供連れの女性もいました。最も驚いたのが劇場の雰囲気です。劇場内は暗いのですが,舞台には照明があたってきらびやか。観客から舞台への声援がすごく,とても一体感と活気に満ちていました。

 私たちが見たのは,澤村千夜座長の劇団「天華」。第一部は踊りで,衣装や化粧やライトアップなどがとても派手で,見ていて楽しくなりました。第二部のお芝居は,とてもしっかりと出来上がっていて,笑いも誘うとても面白いものでした。お芝居が終わると,劇団員さんたちがお芝居の姿のままで客席を回って,前売り券を売り始めました。前売り券を二枚買うとキーホルダーが,五枚買うとカレンダーがもらえるらしく,大量に買う人がいて驚きました。前売り券を売る時も,劇団員と観客とのやりとりがあり楽しめました。
 最後は,歌と踊りのショーでした。人気の役者さんが出てくると,観客から盛んに声がかかり,1万円札を何枚も持ったおばちゃんたちが舞台前へ行き,行列をつくりました。大きなピンどめでお札を役者の胸元へ挟む人,お年玉袋を帯の間に入れる人…。なかには何回も行くお客さんもいて,「あの役者さん,いったいいくら貰ったんだろう」と目が釘付けになりました。
 踊り,お芝居,踊りと濃厚な3時間半が過ぎると,この日は大入りだったので,最後の座長挨拶で三々七拍子をみんなで打って,お開きとなりました。こんなにもたっぷりと,あれだけの完成度で,前売り券1,000円ならば,「安い」と思いました。ああ終わったと少し脱力して劇場を出ると,さっきまで舞台で挨拶していた役者さんたちが,ずらっと並びお見送り。私たちとも気さくに会話して,快く記念撮影に応じてくれました。

鈴成座について

歩いて鈴成座へ(2回生 喜多真子・2回生 弘田愛美)

ゼミ生たち

 私たちのグループは,新今宮TICから歩いて鈴成座へ向かいました。あいりん労働福祉センターの北側の道路を通って国道26号線を南へ,鶴見橋商店街へと入り,ゆっくり観察しながら歩くこと45分ほどで鈴成座へ着きました。公共交通機関を使っていくならば,最寄り駅は地下鉄四つ橋線の花園駅で,そこからなら徒歩5分ほどです。
 鶴見橋商店街の通る地域は戦災を免れたところが残っているためか,レトロな看板や建築をところどころで見かけました。商店街のあちらこちらで,鈴成座の公演ポスターが貼られているのも見かけました。その鈴成座は鶴見橋商店街から少し南へ入ったところにあります。

 私たちが鈴成座へ着いたのは開演する12時少し前,入口の前には開演を待つ大勢の人だかりができて,そう広くない道をふさいでいたので,すぐに「ここが鈴成座だ」とわかりました。入口付近にはたくさんの幟や看板があり,役者さんの名前が入った花飾りも立ち並んでいて,芝居小屋の雰囲気で溢れていました。
 私たちが訪れた5月は,里見要次郎座長の「里見劇団進明座」が公演されていました。松村先生によると,大衆演劇の役者さんのなかでも,里見要次郎さんは特別な存在で,熱狂的な要次郎ファンも多いと聞いていました。残念なことに,私たちが見に行った日は,里見要次郎座長の出番がなく,応援に来られていた市川おもちゃさんが中心となって,国定忠治のお芝居と豪華な舞踊ショーが行われました。

かけ声の飛びかう活気に満ちた劇場(レポート:2回生 花尻隼基・2回生 石橋一希)

鈴成座

 鈴成座のなかの構造は,台に向かって左から椅子席の桟敷・花道・椅子席となっていて,収容定員は120名くらいです。オーエス劇場で大衆演劇を見たことのある先輩の話によると,オーエス劇場よりも少し規模は小さいのですが,会場の照明は明るく,舞台や椅子席なども新しくてきれいだということでした。
 私たちが見に行った日は,客席の8割くらいが埋まっていて,花道近くの良い場所の座席に予約の紙が貼られていたので驚きました。お客さんの男女比は,女性が8割で男性が2割くらい,中年からご年配の方がほとんどでしたが,若いお客や子供も1割くらいはいました。私たちの近くに座っていらしたご年配の女性から,鈴成座のことやら,里見劇団の役者さんのことやら,色々と教えていただきました。

 幕が上がると,お客さんから時々舞台に向かって,「龍星」とか,「おもちゃ」とか,役者さんの名前が絶妙のタイミングで叫ばれます。「おもちゃ」という掛け声は少し笑えましたが,観客と役者の近さと一体感が,大衆演劇の大きな魅力だと感じました。お芝居は真剣そのもので緊張感がありましたが,ストーリのなかに笑いもおりまぜられていて,飽きることなく楽しめました。
 さて,鈴成座のチケットは入口を入ってすぐのところにある自動販売機で買います。入口近くの壁には,役者さんの顔写真が入り「大入」と書かれたお年玉袋が,ところ狭しと貼られていました。
 入場料は大人1,500円で,昼の部12時から,夜の部17時からの昼夜入れ替え制でした。お芝居と歌舞ショーの間などに休憩が挟まれるのですが,休憩になるとお客さんたちは,劇場の外にある「鈴成茶屋」へ行き,タバコを吸ったりたこ焼きを食べたりして楽しまれます。お客さんどうしも顔見知りが多いようでした。

梅南座について

地元商店街とともに歩む大衆演劇(2回生 浦上絵梨香・2回生 小山明日香・2回生 傍士莉菜子)

 梅南座は梅南通商栄会という商店街から,ほんの少し外れたところにあります。私たちはホテル中央セレーネから,商店街の魅力も記録しながら,ゆっくりと歩いたので,1時間ほどかかりましたが,最寄り駅の地下鉄四つ橋線花園町駅からならば,徒歩5分ほどで到着するそうです。
 梅南通りの商店街では,あちらこちらで梅南座の公演ポスターが貼られているのを見かけました。私たちは商店街の「うつぼ食堂」で,早めの昼食を食べたのですが,ここには『演劇グラフ』など大衆演劇関係の雑誌や大衆演劇グッズが置かれ,梅南座での公演ポスターなども貼られていました。これらのことから,劇場と地元商店街とが強く結びつき,共存共栄していることを実感できました。

 白が基調の三階建の梅南座は,比較的新しくきれいで,1階部分は劇場,それより上の階は,劇場関係者や役者さんたちが生活される空間になっています。入口付近には赤い提灯が掲げられ,幟があがり,花が飾られていて,劇場独特の雰囲気が漂っているに加えて,開場を待つお客さんの人だかりでできていたので,すぐにそこが梅南座だとわかりました。
 梅南座の客席は100席くらいで全て椅子席。舞台に向かって左手に花道はあるのですが,オーエス劇場や鈴成座の花道とは違い,花道というよりも,舞台へあがる通路という感じでした。舞台の横幅は6メートルくらいで,オーエス劇場で観劇したことのある先輩は,オーエス劇場よりもかなり狭い感じがする,とおっしゃっていました。座席は広く,とてもゆったりと座れました。

ゼミ生と劇団員

 私たちが梅南座で見たのは「劇団絆&劇団時遊」の公演でした。この劇団はつい最近結成されたばかりなのだそうですが,この日は大入り,舞台が始まると,座長の錦蓮さんと遊也さんほか,澤村碧さんらに熱い声援が何度もかかりました。
 劇場が狭いこともあってか,舞台や花道と客席との距離はとても近く,役者さんたちの細かな表情や仕草までよくわかり,役者さんとお客さんが一体となって公演を作り上げているという感じがしました。
お客さんは年配の方が大半を占めていましたが,家族連れやカップルもいました。舞台に近い前の方の座席には,熱狂的なファンや常連と思われる方々が座られていました。外国人旅行者らしきお客は見当たりませんでしたが,たとえ言葉が分からなくても,大衆演劇独特のライブ感は楽しめるだろうと思いました。
 お芝居は真剣そのものでしたが,あちらこちらに笑いが取り入れられていて,全く飽きることなく楽しめました。歌舞ショーでは,役者さんたちが客席まで降りて来て握手して回るなど,サービス精神にあふれていました。全てのショーが終わり外に出ると,二人の座長がお見送りでいらっしゃったので,記念撮影させていただきました。

松村先生からのひと言

 今回参加した2回生は全員,3・4回生も何名かは,大衆演劇を初めて見る学生でした。その感想を聞いてみると,「ぜひまた見たい」「期待していたよりもはるかに面白かった」「あの値段であれだけ楽しめるのは安い」などなど,良いものばかりでした。日本語が分からない外国人旅行者でも,大衆演劇ならば楽しんでもらえるだろう,という点でも意見は揃いました。また,西成3座とそれを支える地域の商店街は西成が持つ素晴らしい財産であり,その活用が西成特区構想でも重要な課題になるのでは…という意見もありました。
 私も全く同感です。大衆演劇のエンターテイメントとしてのポテンシャルは高く,西成3座と地元商店街は間違いなく貴重な地域資源です。西成3座が毎日「大入り,満員御礼」となり,そこに来られたお客さんたちが地元商店街で消費してくれたら,間違いなく地域は元気づきます。大衆演劇が注目されることで,従来の西成には無い新たな地域イメージも生み出されることでしょう。そうなるよう,松村ゼミでは,この夏休みから秋に向けて,色々な活動に取り組んでいきたいと思います。