公開講演会「ワインと料理で世界はまわる—フランスの饗宴外交と国際政治—」が開催されました

 6月23日、前日までの雨も上がった梅雨の合間の晴れやかな一日、毎日新聞外信部専門編集委員の西川恵氏をお迎えし公開講演会が開催されました。一般の方々と本学学生、辰巳学長、和田研究部長を始めとする教職員を合わせて、百名以上の参加者があり、会場であった822教室はほぼ満席となり立ち見が出るくらいの盛況でした。
 司会、進行を務めた流通学部真田教授による講師紹介の後、講演へと移りました。西川氏は、パリ支局時代、記者としてフランス大統領官邸であるエリゼ宮に定期的に取材に通っていた折、ふと目にした外交饗宴のメニューにはっとさせられます。氏は、各国の元首や首脳、要人を招いて行われる華やかな饗宴において、その時々に出されるフランス料理とワインの組み合わせは決して偶然のものではなく、練り上げられた大きな意味を持っていることに気付かれました。こうした西川氏の印象的な経験談から始められた講演に、各饗宴のメニューや華やかな饗応の間など、パワーポイントに映し出された数々の貴重な映像資料とともに、聴衆はぐいぐいと引き込まれていきました。

 2004年、英仏協商100年を祝うため、英王室のエリザベス女王をお迎えした歓迎晩さん会では、粋を極めたフランス料理と共に、旧イギリス領であったボルドー産の一本数十万円もする最高級のワインが参列者すべてに何百本も供されます。あまりに贅沢ではないかと進言した料理長に対し、当時の大統領夫人であったシラク夫人は「エリゼ宮の主は私たちだ」といって頑として譲りません。それは、英仏両国の歴史において、その友好の架け橋として多大な貢献をしてきたエリザベス女王に対し深い恩義を感じているフランス側の、最大級の感謝と敬意の表現でありました。一方、1994年、当時の日本の首相であった羽田首相をもてなしたミッテラン仏大統領主催の昼食会のメニューでは、主菜の鴨料理にはとうていマッチしないプロヴァンス産のテーブル・ワインが出されるなど、いささか緊張感を欠いたものと言わざるをえませんでした。なぜこのような差異が生じたのでしょうか。そこにはフランス側の羽田連立政権に対するしたたかな読みと判断があったと推測されるのです。このように西川氏は、ワインや料理を切り口に次々と国際政治と外交の奥義に分け入り、鮮やかに隠されたメッセージを読み取っていかれました。
 それらのエピソードからは、フランス料理とワインという文化に、政治、外交的メッセージすら込めようとするフランスという国の矜持が透けて見え、またエリゼ宮の料理長とは、大統領の健康状態や来賓への国家の格付けを知る、まさに国家機密を握る人物なのだといった西川氏の分析に、聴衆は目から鱗の思いで聞き入っていました。

 講演内容は、フランスの饗宴を中心とする分析から、この4月に刊行された最新作『饗宴外交』での、世界各国の饗宴についての分析にまたがりました。氏の著作『エリゼ宮の食卓—その饗宴と美食外交』(1996) をきっかけに、日本の外務省も饗宴のメニューを分析するようになり、日本側のもてなしの席においても、料理や飲み物のメニュー、付随する余興や飾り付けに至るまで様々な配慮が図られるようになった逸話も明かされました。
 講演の終盤、フランスでの饗宴に込められた来賓への格付けに対して、日本の皇室が行う饗宴においては、そうした来賓への格付けは一切なされず、どんな小国からの来賓であったとしても、最高の料理を供し、天皇皇后両陛下による分け隔てのない気遣いによって平等のもてなしがなされるとの指摘があり、その西川氏の言葉に、聴衆のなかには深く頷く方々も数多く見受けられました。

 1時間半の講演時間はあっという間に過ぎさり、その間中途退出者も殆どなく、皆集中して聞き入りました。普段はなかなか伺い知ることの出来ない華やかな饗宴の舞台裏を綿密な取材と鋭い洞察力で明らかにした西川氏の話に、聴衆は皆、とても刺激され興味も尽きないようでした。講演の後の質疑応答においても、氏の実直な人柄がにじみ出たかのような熱心で詳しい解説が加えられ、予定の時間をかなりオーバーして講演会は終わりました。
 講演会のアンケートでは、「貴重な話が聞けて良かった」「とても中身の濃い話だった」「ワインや料理から、政治や外交をこれだけ深く知ることが出来て新鮮だった」などの意見が聞かれ、大多数の参加者が「とても良かった」と回答されていました。西川氏の講演会は、ちょうど芳醇なワインを味わったときのように、心地よい昂揚感とさめやらぬ余韻を残してくれました。