シャーッ、シャ—ッ!
目にも止まらぬスピードで手を動かしていく職人。鋭い刃物が削りとっていくのは、羽のような昆布。見る見るうちに、ふわふわの昆布の山ができあがります。

「おいしそうですね。とろけそう……」

ここは、堺の老舗昆布店。貴重な「おぼろ昆布」手すきのワザを目にした人々からは、思わず歓声をあがります。

11月6日に実施された「堺こんぶウォーク」は、清水研究室の学生たちが企画した“歴史と健康をテーマにした街歩きツアー”。企画から実施まで学生の手で行われ、成功を収めた、このツアーの様子をレポ—トします。

清水ゼミと国土交通省のコラボレーション事業

この「堺こんぶウォーク」は、国土交通省が主催する「はなやか関西 〜文化首都圏」の一環として企画されました。関西の文化振興活動である「はなやか関西」、2013年のテーマは「関西の食文化」です。

清水研究室は「旅行業の現状と課題」「着地型観光の企画」を専門とするゼミですが、この3年は「南大阪の観光資源の研究」を行っており、自治体や地域の企業と様々な連携活動を行ってきました。その成果を知った国土交通省近畿地方整備局から、関西の食文化をテーマに学生が着地型観光を企画して、実際にツアーを催行するというプロジェクトへの参加依頼を受け、今回、「堺こんぶウォーク」が行われることになりました。

企画から実施まで、4人の学生が主導

ツアーの企画を担当したのは、清水研究室の4回生、夏野未羽さん、家永由貴子さん、林英里子さん、岡田真功さんの4名。
プランニングから交渉、集客、調整、実施まで、すべて4人の学生が行いました。学生主導とはいえ、一般の方を募集し、有料で実施する企画ですから、旅行社主催のツアーと条件はまったく同じです。学生たちは“プロの意識”で現場を仕切っていくことになります。

「作成したチラシを1000枚印刷して、観光協会や市役所に置いていただいたのですが、最初はお客さんが集まるか心配でした。何より、限られたチラシの紙面で、ツアーの魅力をどうやって伝えればいいのか……そこが難しかったです。10月の堺祭りで直接配布したり、新聞に掲載してもらったおかげで、なんとかお客様に集まっていただくことができました」と胸をなでおろすのは、リーダーの夏野さん。

学生たちの努力の甲斐あって、この日は定員いっぱいの15名が参加。地元・堺を始め、大阪市、奈良、三重などの遠方から来られた方もいらっしゃいました。

ものの始まり 何でも堺

ツアーは、11時にスタート。ますは、堺の中心部にある「伝統産業会館」で、昆布に関する解説です。

なぜ昆布が堺の名産なのか? 映像を交えてその由来をレクチャー。堺のベテランガイド・小川正夫さん(堺観光ボランティア協会 理事)が、ていねいに歴史を紐解いてくださいます。

「堺は、中世に南蛮貿易で開けた港町。江戸時代には富裕層が住み、伝統産業が盛んでした。『ものの始まり何でも堺』というフレーズがあるほど、“堺発”の産業が多いのです。戦国時代に活躍した鉄砲を始め、おなじみの刃物、敷物、和ざらし・注染、線香、和菓子。じつは自転車もそうです。今では誰もが乗る自転車ですが、明治初期はお金持ちした乗れない貴重なものでした。自転車も鉄砲鍛冶の技術がもとになり、発展してきたものです」

そして昆布。これは、刃物と深い関係があります。

「北海道で採れた昆布は、北前船で日本海航路を通り、若狭や敦賀へ運ばれていました。これを通称コンブロードと言います。この航路がさらに南下し、下関から瀬戸内海を経由して大阪、堺まで到達したのが、江戸時代の前半。こうして堺に昆布が入ってきたわけですが、大阪という大消費地を控え、また、加工に必要な「刃物」の産地だったことが、堺の昆布加工業の発展を後押ししたのです」

ということで、一行は「昆布にまつわる場所」へと出発します。

歴史遺産が点在する堺の街

中世に貿易港として発展した堺の街。戦国時代には、自治都市として独自の発展を遂げました。世界最大の墳墓・仁徳天皇陵古墳や、千利休の足跡が一般にはよく知られていますが、実際に街を歩いてみると、あちらこちらに貴重な史跡が点在しています。
  • 豪壮な佇まいを見せる本願寺別院

    豪壮な佇まいを見せる本願寺別院

  • 織田信長が望んだ蘇鉄が現存する妙国寺

    織田信長が望んだ蘇鉄が現存する妙国寺

  • 歌人・与謝野晶子ゆかりの覚応寺

    歌人・与謝野晶子ゆかりの覚応寺

堺には150軒もの昆布加工業者があった

大正時代から昭和初期の最盛期には、堺市内には150以上の昆布加工業が軒を連ねていました。その佇まいを残しているのが、明治43年創業の「浅卯商店」。一行は、昔ながらの店を見学させていただきました。

「おぼろ」と「とろろ」が堺の伝統

このプロジェクトのために、事前に学生チームは、一般の方100名にアンケートをとりました。

「『大阪を代表する食べものと言えば、何を思い浮かべますか?』という質問をしたのですが、昆布と答えた方は10人しかいませんでした。特に若い世代は知らない。堺は、「とろろ昆布」「おぼろ昆布」が有名なのですが、大阪名物である「塩昆布」を答える人もかなりいました。地元に住んでいても、大阪と堺の違はほとんど知られていないし、私を含めて、若い世代は昆布そのものを知る機会もない、と実感しました」というのは、家永さん、林さん。

「江戸のかつお節」「浪花の昆布」と称され、関西の味の土台となる昆布ですが、他の食べ物のような派手さがない分、どうしても知名度が低くなってしまう。食文化の根底ともいえる昆布の良さをもっと知ってほしい、というのが、このツアーの原点でした。

昆布は産地によって用途が違います

昆布とひと口に言っても、堺では、加工が必要な「とろろ昆布」と「おぼろ昆布」が特産になっています。とろろ昆布は、機械生産が中心ですが、昆布を刃物で一枚一枚削っていく「おぼろ昆布」は、その品質を保つために、堺では熟練した職人さんが、今も手すき作業で作っています。

その貴重な現場を見せていただくのが、このツアーのメインイベント。向かったのは、老舗の昆布店「郷田商店」です。まず、北海道から取り寄せた昆布が眠る倉庫を見学。ここで社長から昆布の詳しいレクチャーを受けます。

「みなさん、昆布の種類はご存じですか? 昆布は寒流が運んできた栄養分によって旨みが増えます。寒流の通るところほど良質の昆布が採れる。ですから北海道の特産になっているのです。北海道でも産地によって、その特徴も用途もまったく違うんです。代表的なのは真昆布。これは主に道南地方で採れ、昆布の中でも最高級品です。上品で風味のあるダシがとれます」

北海道の地図を手にした社長は、産地別の特徴をわかりやすく解説してくれます。

「煮昆布に適しているのが、羅臼昆布です。関東ではこれをダシ用に使うこともあるようですが、関西ではあり得ません。美味しいダシをとるのには適していないんです。利尻こんぶは京都の千枚漬けに使われるので有名。日高昆布は、主に昆布巻きに使われますね。一時期ブームになった根昆布は、文字通り、昆布の根っ子。一晩水につけておくと翌朝美味しい昆布水ができます」

参加者からの質問が飛び交います。

「おいしい昆布を見分けるコツってありますか?」

「昆布は茶褐色でツヤのないものを選んでください。じつは、ツヤがない方が旨みが多いんです。表面の白い粉はマンニットといって重要な旨み成分。お料理するときに水で洗い流さないようにしてください。その方が良いダシがでます。」

手すきのワザに感激

そして、二階の作業場へ。作業場では職人さんたちが加工作業の真最中。作業場へ足を踏み入れると、ツーンと酢の匂いが鼻をくすぐります。郷田商店では今も昔ながらの製法を貫いています。

「みなさん、とろろ昆布とおぼろ昆布の違いは、ご存知ですか?」

「名前は知ってますが、違いと言うと……よくわからないです」 

「おぼろ昆布は、酢につけた昆布を、刃物でうすく削ぎとって作ります。最近は機械で加工するところが大半ですが、うちはすべて手作業です。その方が舌触りのよい“おぼろ”ができるんです。とろろ昆布は、おぼろ昆布を集めて固形にし、その表面を細かく削っていったものなんです」

専用の刃物を手に、滑るように昆布をそぎ取っていく職人さん。その手さばきに、一行は見入ります。均等にうすく、穴が開かないように削る高度なワザ。黒い昆布がみるみるうちに、淡いうぐいす色へと変化していきます。

「きれいに削れるものですねえ」

「でも、すぐに刃物はダメになるんですよ。1時間ぐらいで刃がダメになる。何度も研ぎながら作業をするんですよ」

昆布加工専用の包丁は、堺独特のもの。この精巧な刃物があったからこそ「おぼろ昆布」という食べものが生まれたわけです。

「おいしい! 普段食べているおぼろ昆布と全然違いますね。しっとりしてます」

削りたての昆布を試食する参加者のみなさん。湿り気を残しながらも、羽のように柔らかい食感に、思わず歓声があがります。

「おぼろ昆布を削ったあとの、白昆布は、サバ寿司に使われるんです。バッテラも関西の伝統の味ですね」

大阪市から参加した30代の女性は、「料理が好きで、昆布に興味があったので参加してみました。料理好きの友人から、昆布は産地によって味が全然違うと聞いて興味をもつようになりました。実際に使い較べてみると、その通りで驚きました。それで、今では問屋でまとめ買いしています。今日は初めておぼろ昆布の手すきを見ることができ、そのワザに感動しました」と興奮気味に話してくれました。
  • おぼろ昆布加工専用の刃物

    おぼろ昆布加工専用の刃物

  • できたてのおぼろ昆布は羽のようにふわふわ

    できたてのおぼろ昆布は羽のようにふわふわ

  • 削った後の白昆布は鯖寿司に使われます

    削った後の白昆布は鯖寿司に使われます

ゴールは特製の昆布ランチに舌鼓

ツアーのゴールは、お昼ごはん。市の中心部にあるうどん店「ちはや」さんへ。学生チームの依頼を受けて、店のご主人がこの日のために作ってくださった「特製ランチ」が出迎えます。

白菜と塩昆布であえた口取りに、郷田商店特製のおぼろ昆布が乗った「昆布うどん」、黒とろろをまぶしたおにぎり、そして季節の天ぷら。昆布にちなんだメニューが並びます。参加されたみなさんは、和気あいあいと食の話を繰り広げながら、舌鼓を打ちます。

「妻が料理を仕事にしているので昆布のことを知りたくて参加しました。堺はこれまでも何度か来ていますが、じっくりと歩くのは初めてです。歴史ある街だとは知っていましたが、実際に歩いてみると、本当に独自の文化があるのだな、と実感しました」(奈良から参加したご夫婦)

「いつも自転車で前を通っている場所でしたが、こんなに歴史があるとは知りませんでした。地元に住んでいても、昆布の歴史はあまり知らなかったんです。実際に作業を見ることができ、今もこういう伝統が残っているんだと誇りに思いました」(地元の堺から参加した女性)

昼食の後、学生たちは参加者のみなさんを笑顔で送りだし、4時間の街歩きが無事終了となりました。

昆布を通して日本の食文化にふれて欲しい。歴史ある関西の美味を知ってほしい。そんな願いで企画した、この「堺こんぶウォーク」。学生たちは大きな手ごたえを感じたようです。

堺こんぶウォークを企画した学生の感想

実施するまでの連絡・調整の大変さを実感しました  清水ゼミ 4回生 夏野 未羽さん

実際にツアーを企画し、実施するまでに、たくさんの企業や団体。お店を訪問しました。何十もの訪問先にアポイントを取っておじゃまし、企画を説明し、協力をお願いしました。今回、協力してくださったお店は、大半が、いままでこういうツアーを受け入れた経験がなかったんです。ですから連絡や調整がとにかく大変でした。旅行業界のプロの方は、こういう作業をいくつも並行して行っている。その大変さを経験できたのは、とても良かったと思います。

最初は、大学生が主催するツアーということで、どれだけの方が集まってくださるか不安でしたが、なんとか無事に成功を収めることができました。中には、「大学生が企画したツアーと聞いて参加しました」というお客様もいらして、うれしかったです。私は旅行代理店の営業職に就職が決まっているのですが、仕事現場と同じような体験をすることができ、卒業後の仕事に生かせると思っています。(談)