今日までそして明日から

未曾有の大震災について(レポーター:松村嘉久)

 東北地方太平洋沖地震で被災された皆様におかれましては,言葉では決して表せない辛い経験の最中におられ,被災こそまぬがれたものの避難生活を余儀なくされている方々も,不安な日々をお過ごしのことと存じ,心よりお見舞い申し上げます。「観光は平和へのパスポート」という言葉があります。観光振興を目指す私たちの活動は,当たり前の日常生活が当たり前にできる状況があって初めて成り立つものです。テレビで流れる想像を絶する被災地の現状と,あまりにも平穏無事な大阪での日常生活とのギャップに,私も新今宮TICスタッフたちも,焦りいら立ち,何か私たちでできることは無いのか,と模索し始めています。震災発生当日の3月11日は私の45歳の誕生日,地震発生の瞬間は新今宮TICで作業をしていました。今までやってきたことと,これからやるべきこと,もっと言えば,これからの生き方を深く考え直す長い1日となりました。
 さて,松ゼミWalkerも2月初めから休刊状態が続いています。この間,実に色々な出来事があり,学生からの記事も寄せられ,3月中旬から続々と発表する予定でした。しかしながら,今回の地震被害が次第と明らかになり,その甚大さに言葉を失うなか,発表を見合わせてきました。その一方で,新今宮TICを運営していて,主に関東方面からの一時避難者が新今宮地域に殺到する状況が実感できました。
 震災復興に向けて「私たちができることは何なのか」,ゼミ生や新今宮TICスタッフたちと話し合いました。その結果,そもそもやろうとしていたことは,基本的に予定通りにできるよう努力しよう,そのうえで,可能な限りの余力を出し合い,新今宮での活動を通して震災復興に少しでも協力しよう,ということになりました。我々にはわずか2年ほどですが,新今宮地域で活動してきた実績があり,そのなかで地域のゲストハウスなどとの信頼関係を築き上げてきました。こうしたネットワークを活かして,その第一歩を踏み出しつつあります。
 以下,この間の新今宮TICと松村ゼミをめぐる動向を,ごく簡単に記録しておきたいと思います。

2010年新今宮TICの利用実績について(レポーター:佐藤有・松村嘉久)

 新今宮TICの運営では日々の利用者の記録を蓄積しています。ゼミ生総動員で記録ノートを手に,2010年1月から12月までのデータを打ち込み,その利用者動向を分析しました。ゼミで議論したところ,新今宮TICの利用者データの分析からは,訪日外国人個人旅行者の旅のニーズや嗜好が伺え,インバウンド政策立案の基礎資料になると結論されました。
 従来,観光案内所の類は,旅人に観光情報を提供する場所という位置付けでした。しかしながら,しっかりとデータを蓄積して分析することにより,単なる観光情報発信の場から,国際観光マーケティングの最前線となり得ることが証明された瞬間でした。
 2010年の新今宮TICの運営日数はちょうど170日間,のべ915名の学生ボランティアが運営に携わりました。利用者は1,624件の2,791名,1日あたり平均16.4名の利用者がありました。2010年は来訪者や視察・見学者の受入れも多く,記録に残る限りで500名を超えました。
 左に新今宮TICの利用者国籍を示しましたが,この傾向は訪日観光の全国的動向と大きく異なります。日本人の利用が20%を切る観光案内所は,おそらく全国でもここだけでしょう。利用者動向の詳細は,新今宮地域全体の訪日外客動向とも絡めて,改めて松村が論文として報告する予定になっています。
 なお,新今宮TICの2010年の活動についていは,2010年2月21日に開催されたキャリアゼミ成果報告会にて,松村ゼミ8代目の橋本果奈・前島佑香・勝元暁美の三名が発表しました。

7代目の卒業旅行はバリ島!!(レポーター:松村嘉久)

 2月26日(土)から3月3日(木)の5泊6日の忙しい日程で,7代目を中心とする松村ゼミ生たちは,バリ島へ卒業旅行に行ってきました。教員の松村も同行,実に10数年ぶりにバリ島へ。
 海を楽しみ,山へ行って棚田を見て,バリの日常生活も垣間見て,ホテルでゆったりと時間を過ごしました。参加したメンバーを見渡すと,みんな海外旅行・滞在歴が豊富な学生ばかり…。1年生の頃から松村ゼミの活動に参加していた7代目ゼミ長の佐藤有は,ゼミ活動の一環で北京・タイ・韓国・台湾を訪れ,最後の仕上げにバリ島。副ゼミ長の丸市将平は,トルコ・ドイツ・ギリシャ・ポルトガルほかも歴訪。茶谷みなみは,海外インターンシップでオーストラリアで働いた。窪堀愛子と河嶌友紀は,フランス・スペインなどヨーロッパ諸国を1ヶ月かけて仲良く周遊。このバリ島卒業旅行以外にも,ゼミ仲間で韓国などへ行ったそうです。
 海外へ学生を引率する教員は,たいてい緊張の連続ですが,このメンバーは全く問題も心配もありません。私は「気軽に国境を乗り越えよう」と学生たちに旅することを勧めます。7代目のゼミ生たちは観光学部の学生らしく,また特に,松村ゼミの学生らしく,実に海外経験値の高い人材に育ちました。卒業旅行が卒業最終検定であるならば,海辺の高級レストランで食べた海鮮料理よりも,安宿近くの食堂でおばちゃんが作ってくれたミーゴレン(焼きそば)の方が美味しかった,という感覚も合格です。

新今宮TICの2011年と松村ゼミの運営について(レポーター:川原美穂・内田裕規)

 震災発生の翌日3月12日(土)の13時から,新今宮のホテルセレーネのロビーにて松村ゼミが開催され,2011年の新今宮TICの運営などについて話し合われました。仲田美穂(8代目ゼミ長)がバリ島滞在中の松村先生に,「近々ゼミを招集して新今宮TICの今後について話し合うべき」とメールで要望。松村先生はご家族揃っての東京旅行の日程を,このゼミ出席のため2日ほど前倒しされ,3月10日に帰阪されたそうです。地震が発生した3月11日は松村先生のお誕生日で,本来ならば家族揃ってディズニーランド近くのホテルで祝おうという計画だったそうです。偶然ながらも,結果として,仲田ゼミ長のゼミ開催依頼が,松村先生ご家族のディズニーランドでの被災を救った形になります。
 この日のゼミでは,以下のことが話し合われ決まりました。
 新今宮TICの運営方針: 無理はしないで,スタッフのスキルアップを図る。春休み中は3月12日(土)から4月10日(日)まで,従来からの予定通り,毎日運営する。4月22日(金)から24日(日)にかけての1泊2日で,大阪観光のフィールドワークを行うことも決まりました。
 2011年の外国人向けまち歩きツアーについて: 新今宮TICの運営で無理しない代わりに,まち歩きツアーは力を注ぎ,年間8回くらい開催する。今のところ,確実に日程が決まったのは,以下の三つのまち歩きツアー。この他,住吉大社・堺市方面,山本能楽堂での観劇,大阪プロレス満喫,紅葉狩りなどのツアーが現在企画されています。ただし,震災後の状況変化を見極め,開催するのかどうかについては,開催1週間前に改めて判断することになりました。
 2011年4月10日(日):花見ツアー
 2011年7月13日(水):平野郷杭全神社のだんじり祭り
 2011年7月17日(日):コリアタウンのだんじり祭り
 この日の会議で,9代目松村ゼミの役職も正式に決まりました。ゼミ長はオレゴン大学留学中の昌山志保。昌山不在のため,ゼミ幹事長の小林志帆が昌山の帰国復帰までゼミ長代行を務める。副ゼミ長には和田昂之と小路望の2名が選ばれ,ゼミ生全員にそれぞれ仕事が割り振られました。松村ゼミの人事は,先生の意見も聞き入れながら,先輩方が決めることになっています。みんな納得の人選でした。

3月15日(火) 副賞のガジュマルが届く(レポーター:松村嘉久)

 第3回ゆめづくりまちづくり賞奨励賞の副賞は植樹でした。そこでゼミ生たちと話し合い,新今宮TICのマスコットとなるような,可愛らしいガジュマルの鉢植えを下さい,とお願いしていました。その贈呈式が3月15日と決まっていました。タイやバリ島などの熱帯地域ではガジュマルの樹が巨大に成長し,その木陰は人々が憩う場となっています。私たちの新今宮TICもそんな場所になれば…,との想いから選びました。
 贈呈式には近畿地方整備局の職員と植木屋さんの二人で来られました。近畿地方整備局の方々にはこれまで何度かお世話になり,みんな顔見知りばかり。お話を伺うと,同局の職員のほとんどが,震災復興の応援で関東・東北方面へと赴き,ごくわずかな人数で関西での業務をこなしている,みんなで来れなくて申し訳ない…とのこと。職員の方々の顔を思い浮かべつつ,「どうか無事で頑張ってください」と祈るばかりです。
 ちょうどこの頃,震災発生から数日が経ち,新今宮地域でもこれまでに経験したことのない状況が生まれつつありました。地域のゲストハウスや簡宿では,宿泊キャンセルのメールや電話が殺到,その一方で,関東・東北方面から避難してくる人たちも殺到。キャンセルよりも避難者が上回り,これに連休が重なり,宿泊施設はどこも満杯になりつつありました。
 目立ったのは,関東・東北地方からの外国人留学生,幼い子供を連れた家族でした。そのほとんどは,家屋に甚大な被害を受けた被災者ではなく,都市機能が著しく低下するなか不安を抱え避難してきた人たちでした。

7代目の卒業式(レポーター:松村嘉久)

 3月19日(土),新今宮TICの創設メンバーであり,数々の「伝説」を残してきた7代目の18名全員が,卒業式を迎えました。みんなとても個性的で,その個性のバランスが絶妙で,とてもチームワークのよい7代目でした。何度でも言いますが,7代目がこのメンバーだったから,新今宮TICを立ち上げることができ,運営を軌道に乗せることができました。7代目とは実に濃い付き合い。18名中6名はオープンキャンパスや模擬講義などで,高校生の頃から知っている。佐藤有と丸市将平は,1年生から実質的にゼミ活動に参加。その7代目が,後輩たちにしっかりと仕事を引き継ぎ,堂々と巣立ちました。
 社会人基礎力育成グランプリで発表した佐藤有・石橋涼子・窪堀愛子の3名は,同窓会から表彰していただき,副賞もいただきました。ところが3名とも,「私たちはみんなでやってきた活動を発表しただけなので,表彰状はありがたくいただくが,副賞はゼミで後輩のために使ってください。」とのこと。最後の最後まで社会人基礎力を発揮してくれました。

 卒業式前日の3月18日(金),新今宮のゲストハウスと地域情報を掲載したパンフレット「大阪の安い宿」(英語・韓国語・中国語)が印刷所から新今宮TICへ届きました。これは7代目が卒業研究として取り組んだ成果の一部で,「大阪へ行こう! 大阪で遊ぼう! アイデアプラン認定事業」の支援を受けて作成したものです。この日は連休の入り口で,観光客と関東・東北方面からの一時避難民が重なり,新今宮TIC周辺の宿はどこも満杯。どこか他に泊まれる宿はないのか…との問い合わせが,新今宮TICにもかなり来ました。7代目の卒業式までには何とか完成させようと,編集印刷を急いだのですが,到着早々,安宿の問い合わせ対応で活用できました。
 卒業式当日の新今宮TICには,この時期にしては多い17件32名の利用者が訪れ,そのほぼ全てが関東・東北方面からの一時避難者でした。新今宮TIC周辺のゲストハウスを一回りして確認したところ,比較的宿泊料金の安い宿から満杯になっている模様。どのくらいの期間の新今宮滞在になるかわからない,という不安を抱えているので,少しでも安い宿をという心理が働いているようでした。仙台から避難してきた中国人留学生は,「帰国したいが飛行機のチケットは高いし手に入らない。だからとりあえず大阪まで逃げて来た。次の上海行きの船に乗りたい。」とのことでした。
 東京山谷や墨田区の外国人向けのゲストハウスに見舞いの電話を入れると,どこも開店休業状態とのこと。私の携帯電話に入っている大阪市内のホテルに問い合わせると,いずれも満室。東日本から西日本へと避難者の大移動が起こっていると実感しました。深刻な被害を受けた被災者の移動は,おそらくもっと後になる…。学校の終業式が終わって,小中学校が春休みに突入すれば,次の大移動が起こるに違いない。この予測は地域のゲストハウスやNPOなどで共有され,震災復興に向けて色々な活動が模索され始めました。

 さて,卒業式後,松村ゼミは大阪市立大学西成プラザに再集合して,8代目らが企画した手作りの懇親会が開かれました。7・8・9代目の現役ゼミ生に,3名のOGも加わり,質素ながらも心温まる懇親会となりました。
 卒業式当日はみんなでホテルセレーネに宿泊し,その夜から翌日にかけて,各自がそれぞれお世話になった地域の人々に挨拶に行きました。レストランタカラ,お好み焼きの西成わだ,うどんのおたべや,新世界のBaby,お好み焼きの狐狐,すし寛,南自由軒などなど。新世界は老舗が多く,西成はあったかいまち,卒業してからフラっと立ち寄っても,「久しぶりやなあ,元気にしてるか?」と忘れずに迎え入れてくれるところです。
 私は,しっかりと将来を見据えて,後ろを振り返らず,自分で自分の道を切り開くことが,とても重要だと考えています。しかしながら同時に,原点に帰って自分を取り戻せるような思い出や場所も必要です。新今宮でのゼミ活動のなかで,そんな思い出や場所を見つけてくれていれば幸いです。

OIGの避難者支援策がまとまる(レポーター:小林志帆・橋本果奈)

 3月22日(火),山王で活躍するNPO法人Cocoroomに,大阪国際ゲストハウス地域創出委員会(OIG)の西口宗宏委員長と松村先生,Cocoroom代表上田假奈代さん,阪南大学元非常勤講師の原口剛先生,大阪市立大学西成プラザの平川隆啓さん,新今宮TICのスタッフから小林志帆・高橋菜央・川原美穂・内田裕規が集い,東北地方太平洋沖地震を受けて地域としてどのような対応ができるのか話し合われました。話し合いの結果,被災者ではなく広い意味での避難者を対象として,OIG加盟のゲストハウスが割引価格で100室程度を提供する方針が固まりました。ツイン部屋も確保できたので,家族連れも受け入れられます。
 あいりん地区には様々な社会資源があり,従来から社会的に不利な立場に置かれた人々の生活を支えてきた歴史と経験の蓄積があります。深刻な問題を抱えた被災者や避難者が来訪した場合は,それらの社会資源を駆使して協働で対応することも確認されました。
 3月24日(木),簡宿組合事務所にてOIGの会議が開かれ,松村先生と橋本果奈も参加しました。西口宗宏委員長がこれまでの議論と100室割引提供プランを説明されました。OIG加盟のゲストハウスはどこも,このプランを快く承諾。不安を抱えた避難者が,少しでも元気を取り戻し,明日への希望を見付ける手助けになればという想いは,みなさん強くお持ちでした。
 当座の期間は4月25日まで,全てのゲストハウスがシングルで一律500円,ツイン家族利用なら1,000円を値引くことになりました。大阪市内のホテルは春休みの繁忙期に入るので宿泊料金は高め,OIG加盟のゲストハウスはそもそも1,300円から3,300円の価格帯なので,一律500円値引くと1,000円を切るところも出てきます。対象者は,今のところ,岩手・宮城・福島・茨城県に現在住んでいて,避難や疎開を目的として出てこられた方とし,宿泊・予約の方法はOIGのホームページで告知されます。新今宮TICは4月10日まで毎日運営の予定でシフトを組んでいたので,人材は確保済み。そこで,各ゲストハウスの調整役を務め,避難者の旅の相談を受けることになりました。
 3月24日(木)の昼過ぎ,新今宮TICが震災対応で活動を始めたと聞き付け,SHINGO☆西成さんが激励に来てくれました。「何か僕にできることがあったら,いうてくださいね」,みんなと固い握手を交わしました。「SHINGO君はいつも本気やからなあ…,心強いわ,元気もろたなあ」と松村先生。飾らないあったかい人柄に,私たちもファンになりました。