キプロス航空の運航停止とEU競争ルール

 今回の阪南経済NOWでは、キプロス共和国(※1)のナショナル・フラッグ・キャリアであるキプロス航空(Cyprus Airways)が運航停止に陥り、約68年の歴史に幕を閉じた最近のニュース(※2)を取り上げ、欧州連合(European Union、以下、EU)の航空市場の現状、そして、競争ルールとしてのEUの国家補助規制について少しだけ触れたいと思います。

EUの単一航空市場

 欧州の地に今日のEUの基礎となる共同体(※3)が設立された後も長い間、欧州の航空市場は各加盟国による厳格な保護、管理下にあり、航空会社は運航免許、運賃、輸送量、市場アクセス等に関して、各加盟国政府から強い規制を受けていました。
 しかし、1980年代後半から始まった3段階の自由化措置(Packages)により、従前の多くの規制が撤廃され、航空市場の統合(単一化)が急速に進むことになります。とりわけ、最終段階のパッケージⅢ(※4)により、EU航空会社(Community Air Carrier)は、域内の全路線で自由に航空サービスを提供できるようになり、また、1997年4月以降は、他の加盟国の国内路線にも参入することが可能(※5)となりました。さらに、パッケージⅢにより航空運賃は完全に自由化され、航空会社は加盟国当局の承認を得ることなく、自由に運賃を設定できるようになったのです。
 この結果、いわゆる格安航空会社(Low Cost Carrier)の出現とも相俟って、欧州各地を結ぶ数多くの新規路線が開拓され、また、複数の航空会社による競合路線も増加しました。域内の旅行者はより多くの就航路線の中からより低い運賃を選択できるようになったのです。
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(※1) 東地中海に位置するキプロス島に存在するギリシャ系民族による共和制国家で、人口約90万人の小国です。主要産業は、観光業、金融業、海運業で、2004年にEUに加盟し、2008年にはユーロを導入しました。
(※2) European Commission Press release on January 9, 2015, State aid: Commission orders Cyprus to recover incompatible aid from national air carrier Cyprus Airways.
(※3) 1951年のパリ条約によるECSC(European Coal and Steel Community:欧州石炭鉄鋼共同体)の設立、そして、1957年のローマ条約によるEuratom(European Atomic Energy Community:欧州原子力共同体)及びEEC(European Economic Community:欧州経済共同体)の設立が現在のEUの礎となっています。
(※4) 1992年6月採択され、1993年1月から発効しています。具体的には、以下の3つの理事会規則(Council Regulation)から構成されます。理事会規則はEU加盟国に直接適用され、その全体が加盟国に対して強い拘束力を持つEUの立法形式です。
 - Council Regulation (EEC) No 2407/92 of 23 July 1992 on licensing of air carriers, 1992/L 240/1.
 - Council Regulation (EEC) No 2408/92 of 23 July 1992 on access for Community air carriers to intra-Community air routes, 1992/L 240/8.
 - Council Regulation (EEC) No 2409/92 of 23 July 1992 on fares and rates for air services, 1992/L 240/815.
(※5) 国際的な民間航空の枠組みを定めるシカゴ条約(Convention on International Civil Aviation)では、各国は外国航空会社による独立した国内運送を認めないこと(カボタージュ)を原則としていますが、EUではこれを認めることになりました。



EUの国家補助規制

 現在のEUは、人・物・サービス・資本が自由に移動することができる域内市場(Internal Market)の創設を目的に設立されました。そのため、EUは設立以来、これらの自由移動を妨げる措置、たとえば物の自由移動に関して、これを阻害する関税、数量制限等の貿易上、通商上の措置の除去を加盟国(Member States)に対して強く求めてきました。
 その一方で、自由化された域内市場を健全に維持する観点から、当初から民間事業者(commercial undertakings)による取引、通商の制限を統制し、市場競争を促進するために競争政策を重視してきました。EU運営条約3条1項(b)が「域内市場の運営に必要な競争法規の確立」("the establishing of the competition rules necessary for the functioning of the internal market”)がEUの排他的権能(exclusive competence)に属することを明記しているのはその所以です(※6)。
 EUの競争ルールは基本的に事業者に対して適用することを前提としたものですが、加盟国に対して適用される規定もあります(※7)。域内市場の競争に影響を及ぼす国家補助(State Aid)に関する規定がそれで、他の競争法にはあまり見られないEU競争法の特徴となっています。加盟国による特定事業者に対する補助の供与は域内市場における事業者間の競争を歪曲する可能性があることから、加盟国による競争上不公正な補助、補助金等に対して一定の規制を加えていこうというのがその趣旨と言えるでしょう。
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(※6) 超国家機関(Supra-national Organization)であるEUは、加盟国から主権の一部の委譲された政策領域に関して、排他的権能を有するとされ、共通政策を強力に実施することができます。
(※7) EUの競争に関するルールは、EU運営条約101条から109条にかけて規定されています。このうち、101条から106条が事業者に対して適用される規定で、107条から109条が加盟国に対して適用される規定です。



キプロス航空の運航停止

 キプロス航空はキプロス政府が出資する国営航空会社として、1947年の設立以来、主に欧州の主要都市、中近東の各地への路線を拡大していましたが、幾度となく経営危機に陥り、2000年代中葉以降は数次にわたりキプロス政府から財政的支援を受けていました。
 当初、欧州委員会(European Commission)(※8)は、「経営危機にある会社の救済と事業再生に関する指針」(※9)に従い、キプロス政府によるキプロス航空に対する各種支援策をEUの国家補助ルールと両立するものとして承認する態度をとっていました(※10)。しかし、度重なる巨額の財政的支援にもかかわらず、キプロス航空の再建に目途が立たない状況を問題視し、欧州委員会はついに今回、キプロス政府のキプロス航空に対する1億ユーロ超の財政支援計画に待ったをかけたのです。これにより、キプロス航空は、国家補助として問題があると判断された約6500万ユーロをキプロス政府に返還しなければならなくなりました。そして、この資金の返還ができないと欧州委員会からEU航空企業としての免許の取消しを受けることから、すぐに運航停止を発表したのです(※11)。
 このような厳しい措置の背景には、キプロス航空の再建を長年見守ってきた欧州委員会の冷徹な現状認識があるように思われます。2015年1月9日のプレスリリースにおいて、欧州委員会はキプロス航空には、政府による補助金なしに存続可能となる現実的な見通しが全くないと言い切っています。
 最後に、同じプレスリリースで紹介されている欧州委員会で競争政策を担当するヴェスタエアー委員(Commissioner Margrethe Vestager)の厳しいコメントを記しておきます。
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(※8) 各加盟国から1名ずつ選出される委員(Commissioner)により構成されるEUの行政機関で、ベルギーの首都ブリュッセルにある事務局には政策分野ごとに複数の総局(Directorate-General)が置かれています。各総局は総局長(Director General)が統括し、担当委員に直属します。
(※9) Guidelines on State aid for rescuing and restructuring non-financial undertakings in difficulty, 2014/C 249/01. このガイドラインのもと、事業者は自国政府から10年間で1度だけ再建のための財政支援を受けることができます(one time, last time principle)。
(※10) European Commission Press release on March 7, 2007, Cyprus Airways: Commission authorises restructuring plan.
(※11) Cyprus Airways Announcement on January 9, 2015.

Commissioner Margrethe Vestager

 "Cyprus Airways has received large quantities of public money since 2007 but was unable to restructure and become viable without continued state support. Therefore, injecting additional public money would only have prolonged the struggle without achieving a turn-around. Companies need to be profitable based on own merits and their ability to compete and cannot and should not rely on taxpayer money to stay in the market artificially".




Image from Audiovisual Services, European Commission


「2007年以来、キプロス航空は多額の公的資金を受けてきたが、事業の構造改革に成功せず、継続的な政府の支援なしには存続可能な存在となることができなかった。したがって、公的資金の追加的な注入は、業績の回復を達成することなくキプロス航空を延命することにしかならない。会社は自身の長所と競争力に基づき収益をあげる必要があり、市場に人為的に留まるために納税者の税金に頼ることはできず、また、すべきでない。」