2020.8.31

コロナ禍と「経済法」

 新型コロナウイルスの感染拡大は大学にも大きな影響を及ぼし、本学でも卒業式、入学式の中止に始まり、キャンパス内への立ち入り制限、遠隔授業の実施など、前例のない措置が次々に講じられています。今回の阪南経済NOWでは、「戦後最大級の災害」とも言える現在のコロナ禍と私の担当科目である「経済法」とに関わるお話を少しだけしたいと思います。
 今年1月中旬に日本国内で初めての感染者が確認されて以来、多くの人々がマスクやアルコール消毒液を買い求めたため、これらの商品は店頭から姿を消し、需要に供給が追いつかない状況が長く続きました。当然、値段が高騰し、業者による買い占めや転売が横行したことが各種メディアによって報道されました。学生のみなさんの中には、マスクや消毒液の入手が困難になった方も多いと思われます。通常、このような需給の不均衡は、市場本来の調整機能を通じて長期的には解決されます。しかし、あまりにも急激な需要の増加に対しては、各種の制約により、数日や数週間、あるいは数か月といった短期で見ると、十分な供給量が確保できず、需給の不均衡が解消されない事態が発生します。現にマスクや消毒液といったコロナ感染対策の必需品は、なかなか値段が下がりませんでした。現在(2020年8月)でも、コロナ以前と比べると割高と言えるでしょう。

 このような状況下で、政府は様々な施策を講じて価格の安定を図ろうとしました。そのうちの一つに国民生活安定緊急措置法によるマスクとアルコール消毒製品の転売禁止(取得価格を超える価格での譲渡禁止)を挙げることができます。これらの商品については、「供給が著しく不足し、かつ、その需給の均衡を回復することが相当の期間極めて困難である」(同法26条1項)として、転売が禁止され、これに違反した場合、刑事罰(懲役あるいは罰金)を科すことが可能となりました。実際に用いられるのは極めて珍しいこの法律は、石油危機(オイルショック)による物価の急激な上昇とそれによる社会の混乱という日本経済の異常事態に対処するために1973年に定められました。緊急避難的な一時的措置とはいえ、政府による市場機能への直接的で強力な介入を許容するこの法律は、気軽に発動すべきものではありません。また、その介入の程度が「必要な限度を超えるものであってはならない」(同法26条2項)のは当然です。実際、3月15日から始まったマスク、そして5月26日から始まったアルコール消毒製品の転売禁止措置は、どちらも8月29日で終了しました。この法律は、石油危機時の適用以来、今回に至るまで、一度も用いられたことはありませんでした。それだけ今回のコロナ禍は、市場にそして社会に異常な状態をもたらしていると言えるでしょう。
 独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)の専門的運用機関である公正取引委員会も緊急事態宣言中の4月下旬、コロナ禍に関連する事業者の取組に対する独占禁止法の適用についての考え方を明らかにしました。いくつかの論点がありますが、ここでは、消費者として行動する学生のみなさんにとって関わりの深い二つの論点について触れたいと思います。第一は、さきほども出てきたマスク等の感染予防商品に関するものです。今回、マスク、消毒液等の商品は、たとえ政府が転売を禁止したとしても出荷の段階で小売価格が高騰することが予想されました。そこで、メーカー等から、期間を限定して小売業者に対して小売価格が高騰しないよう一定の価格以下で販売するよう指示すること(最高再販売価格の指示)が許されるか、公正取引委員会に問い合わせがありました。通常、メーカー等が小売業者の販売価格を拘束する行為は、「再販売価格の拘束」として、正当な理由がない場合には、独占禁止法違反となります(独占禁止法2条9項4号)。しかし、今回、小売業者が不当な高価格を設定しないよう期間を限定して、メーカー等が小売業者に対して一定の価格以下で販売するよう指示する行為は、通常、商品の購入に関して消費者の利益となり、正当な理由があると認められるため、独占禁止法上、問題ないと公正取引委員会は回答しました (※1)。原則違法として取り扱われる「再販売価格の拘束」について、例外的にこれを許容する場合、その「正当な理由」が何であるかが重要となります。従来、上記のような「最高再販売価格の指示」の取り扱いは欧米に比べ、日本では必ずしも明確ではありませんでした。しかし今回、コロナ禍という特殊状況下ではあるものの、「最高再販売価格の指示」が「正当な理由」になると公正取引委員会は回答しています。

 また、急激な需要の増加に伴い、マスク等の衛生用品の供給不足が長期化する中で、マスク等の衛生用品の販売業者の一部がマスクに他の商品を抱き合わせて販売するようになりました。多くの人々が買い求めるマスクについて、他の商品と一緒でなければ販売しないとしたならば、マスクを買うためにしぶしぶ他の商品を買っていく人々も出てくるでしょう。仕方なく購入するにしても、最終的にそれで納得しているならいいだろうと考えるかもしれませんが、マスクと一緒に抱き合わされた商品は、その品質や機能とは関係なく一定程度売れるようになり、その結果、抱き合わされた商品と同種または類似の商品を製造販売する事業者が競争上、不利になる可能性があります。このような抱き合わせ販売は、競争者の取引の機会が減少し、他に代わり得る取引先を容易に見出すことができなくなるおそれがある場合、独占禁止法違反となります(不公正な取引方法一般指定10項)。公正取引委員会は、マスクに他の商品を抱き合わせて販売した事業者が所属する関係業界団体に対して、このような行為は、独占禁止法が禁止する抱き合わせ販売につながるおそれがあるとして、今後、同様の行為を行わないよう会員企業に周知することを要請しました(※2) 。

 コロナ禍が続く中、特定商品の需給の不均衡に対処するための特別措置が取られる一方で、独占禁止法の適正な運用が図られているように思います。
※1.令和2年4月23日 公正取引委員会「新型コロナウイルス感染症への対応のための取組に係る独占禁止法に関するQ&A」
※2.令和2年2月27日 公正取引委員会「新型コロナウイルスに関連した感染症の発生に伴うマスク等の抱き合わせ販売に係る要請について」