2015.11.13

「平和と宗教」で山本直輝さんにゲスト講義をしていただきました

「平和と宗教」で山本直輝さんにゲスト講義をしていただきました

 「平和と宗教」の授業で、ゲスト講師として山本直輝さん(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)に来ていただきました。イスラームの研究をされており、つい最近、トルコでの調査から戻ってこられました。中東地域だけでなく、アジア、ヨーロッパ、そして日本など、世界各地のイスラームとムスリムの生活・実践について、学生にとって初めて聞く話をわかりやすく解説してくださいました。
 インターネットで「イスラーム」と検索すると、暴力やテロリズムに関連した結果が多く出てきます。しかし、メディアで見かけるイメージには偏向があることを意識しようという話から講義は始まります。ドイツの法廷で起きたムスリマの殺傷事件や、PEGIDA(西洋のイスラーム化に反対する愛国的欧州人)のように、実際に暴力やヘイトスピーチを行っているのは、イスラーム・フォビアに囚われた人々であることが多いのです。
 EUではムスリム人口が増えており、2030年には世界人口の約26%に及ぶというデータもあるそうです。また、ムスリム人口は中東よりもインド、パキスタン、インドネシアなどアジア地域に最も集中しています。とはいえ、日本では人口の0.1%以下という世界的にも珍しい少なさということで、今の日本社会だけを基準にした捉え方は一面的であることがわかります。
 京都を例に、日本とEUを比較すると、日本は留学生として一時的な滞在であるのに対し、EUでは定住者が多くヨーロッパで生まれ育った2世、3世が多い。それは移民・難民受け入れが先進国の中でもきわめて少ない日本と対照的な姿です。先ほどのEUの例でいうと、「自分の国へ帰れ」というヘイトスピーチがありますが、ヨーロッパ生まれのムスリムの若者たちにとって「自分の国」は中東やアジアではないので、どこへ「帰る」というのか。こうした排外主義的言動は日本でも見られますが、根の深い問題です。
 偏見や差別から自由になるには、自分の価値観を相対化して考える必要がある、と山本さんは説明されます。例えばフランスで特に問題となっている女性のスカーフ(ヒジャーブ)は、公的な場でのスカーフ着用を「政教分離」の点で批判されるが、ムスリマにとっては信仰実践の問題であると同時に、端的なセクハラである。ヒジャーブを女性への抑圧という人もいますが、山本さんが回覧させてくれたトルコのファッション雑誌Âlâ には、モデルが色鮮やかなヒジャーブをつけて着飾っていて、女性たちがおしゃれを楽しんでいることがわかります。

 トルコ共和国が成立する前に存在していたオスマン帝国はイスラーム法によって統治されている国でしたが、キリスト教徒やユダヤ教徒と共生していました。ではクルアーンは多様な価値観の共存をどう説いているのか。他者と完全に理解することはできない、しかし自分と異なる価値体系で生きる他者の存在を認め、彼らの考えや生活の仕組みを知る、というのだそうです。つまり、伝統的イスラームの教育とは「違いを学ぶこと」なのです。
 ハディースによると、イスラームとは日々を生きることであり、ムスリムの共同体であるウンマは一つの体のようなもの(現在は国民国家に分断されていますが)だといいます。宗教学的にいうとイスラームはユダヤ教、キリスト教と同じルーツをもち、7世紀に生きたムハンマドを最後の預言者として伝えられてきた宗教で、アッラーへの信仰を中心にしています。ムスリムになるには「アッラー以外に神はいない」「ムハンマドはアッラーの使徒である」と唱えるだけでよいという簡易さは驚きですが、しかしアッラーへの信仰だけで終わるのではありません。アッラーへの信仰という「垂直軸」と人間同士の尊重・同胞性という「水平軸」の2つで成り立っているのです。礼拝時に読誦するクルアーンに頻出する、弱者を無視してはいけないという教えと相まって、ムスリムの日常生活での実践は、ごく当たり前に弱者を助けたり、断食後に食事を分かち合って喜んだりする姿が頻繁に見られるそうです。
 イスラームを知るとは自分自身を知ることで、それは自分には何ができ(権利)、何をしなければいけないか(義務)を知ることだといいます。起点は自分であり、神と人の垂直な関係と、人間同士の水平な関係の間で行うべき権利と義務を考え、クルアーンとハディースに基づいて実践する、という教えです。日々の倫理基準・行動規範の総体ですが、堅苦しく厳格な戒律ではなく、善行と悪行のバランスをとって天国へ行けるよう、「ボーナスポイント」付きの行もあるそうです。そのゆるやかさと鷹揚さは、宗教に無頓着な日本社会で育った学生には逆に新鮮に思えたようです。
 また、イスラームに基づく社会的実践を積極的に推し進めたイスラームNGO、トルコのiHHとKimse Yokmuの活動内容を紹介してもらいました。欧米のNGOと違って政府からの制限が多い中で、孤児支援や教育、紛争地での救援活動などを行っています。トルコの総選挙を前に、これからNGO活動がどうなるかが注目です。
 全体として、イスラームに対する見方が変わったという学生からの反応が多く、それはゲスト講師の山本さんのおかげです。他者との違いを知る、ということは他者と自分とが平等であり、互いに尊重し合うべき存在だと知ることであり、見下したり差別の念を抱いたりすることではありません。普遍宗教としてのイスラームがもつ、教えの核心部分から学生が何かを学び取ってくれたように思います。