2019.8.2

特講1/スポーツ組織論 報告⑩ 公益財団法人JKA 自転車振興室 室長 山本 竜朗 氏

公益財団法人JKA 自転車振興室 室長 山本 竜朗 氏にご講義いただきました

2019年7月4日(木)、流通学部「特講1/スポーツ組織論」にて、公益財団法人JKA 自転車振興室 室長 山本 竜朗 氏より「日本で発祥のオリンピック種目”KEIRIN”〜メダル獲得に向けて〜」というテーマでご講義いただきました。
まず競輪の歴史からご講義いただきました。賭けを対象とした「競輪」とオリンピック種目である「KEIRIN」の違いがあることを教えていただき、その他にも様々な自転車競技の種類についてもご説明いただきました。東京オリンピック競技には、トラック、ロード、BMX、マウンテンバイクの4種類がある中で、日本は5個のメダルを獲得することを目標としているとのことでした。
途中、2018年のケイリングランプリの映像をもとに模擬レースを実施しました。実際に1位になる選手を予想する中で、山本氏の適切な解説を聞きながら、学生たちも競輪の魅力に引き込まれていきました。
1980年代、日本は世界でトップクラスであったが、徐々に成績は低迷していきました。その理由として、①KEIRIN発祥の地であることで、過去のスタイルにこだわってしまうガラパゴス化、②日本では選手自身でトレーニングを実施する習慣があり先端の指導者がいないこと、③日本で賞金を稼ぐことの方が世界で戦うよりも収入が良いというネジレが生まれてしまうこと、④チームとしてバックアップ(資金、施設)が乏しいことの4点を挙げられていました。
しかし、現在の競輪界では、東京オリンピック決定を機に本気になりつつあり、「日本発祥の種目でメダルがとれなければ、あまりにも『不名誉』ではないか?」「『日本競輪世界最強』を示せれば、国内競輪も盛り上がるのではないか?」という機運になっているそうです。
そして、選手に対するインセンティブの発生や、外国人指導者の招へい、ハイパフォーマンスセンターの整備など、メダル獲得向けての様々な方策も紹介いただきました。

山本 竜朗 氏ご略歴

公営競技の競輪とオートレースを管轄する公益財団法人JKAにて自転車競技の振興室室長として自転車競技の普及に努めている。昨今では、2020年東京オリンピック・パラリンピック自転車競技会場である伊豆にて、代表チーム強化担当者として力を注いでいる。女性の自転車競技普及を目的にしたガールズケイリン発足にも尽力した。

学生の声

澤田 祐輝さん(流通学部3年)

競輪は戦前日本各地で人気を博し、1948年に自転車競技法によって正式に認められた。今度の東京オリンピックでは、ロード、マウンテンバイク、BMX、トラックが行われる。しかし、以前の日本は世界でトップクラスであったが、最近では低迷している。理由は世界のケイリンはスポーツ性が高く進化し、日本は過去のスタイルを維持しているためである。さらに指導者が不在でトレーニングは各自で行われている。また、世界で活躍しなくても国内レースに勝つだけで稼ぐことが出来ることが一番の理由であると思った。
しかし、日本のケイリンチームは、改悪を行い、選手を伊豆に集め国際レースにフォーカスしたトレーニングを行っている。ナショナルチームに所属した選手は自分のレースを選べるシステムを導入している。また外国人指導者を招き、全ての選手を伊豆に管理した。
ハイパフォーマンスセンターを設立したが、その設立資金は競輪の売り上げ、賞金から捻出していることは素晴らしいアイデアだと思った。
その結果として日本が国際大会でメダルを獲得し、個人でも世界ランク10位以内に2名も入っているとのことだった。
すごく興味を持つことでき、実際に見てみたいと思いました。

清水 大輝(流通学部4年)

競輪というスポーツはほとんど知らないスポーツで、お金を賭けることや、選手の収入が高いことぐらいしか知りませんでした。
日本の競輪とオリンピック種目であるケイリンの違いも知らなかったし、1948年に自転車競技法が成立するなど、昔からあるスポーツと知り驚きました。
最近の日本の競輪選手が世界で活躍できない理由として、日本の競輪と世界の競輪では自転車の種類などが全く違い、世界大会で違う自転車に乗り換えなければいけないので、どちらか一つで練習し続けなければいけなくなることが選手たちの障害になっている。
その他にも日本の競輪選手は選手自身で練習メニューを組んでおり、先端理論で指導をしてくれる指導者がいないことも世界大会で結果が出ない理由の一つでもある。
海外の大会に参戦するよりも、日本で競技していた方が収入が高いことや、サポート体制が整っていないことも世界で活躍できない理由である。
東京オリンピックに向けて残り一年あるので、トッププレーヤー以外の選手も成長して、一つでも多くのメダルを獲得して欲しいと思いました。