第48回研究フォーラムを開催しました

2017.11.16

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【学術情報】

第48回研究フォーラムを開催しました

ケベックと北米のフランス語圏、その歴史と文学
−ニューイングランド、アカディア、オンタリオ〜英語圏の大海に浮かぶ孤島から群島へ

 10月17日の秋晴れの午後、現代ケベックを代表する詩人で、評論家、モントリオール大学名誉教授のピエール・ヌヴー氏をお迎えし、第48回阪南大学研究フォーラムを開催した。今回の研究フォーラムは、企画と通訳、司会を行った流通学部・真田の担当科目である「フランス語圏文化b」の授業の枠内で開催したが、他の教員十数名やそのゼミ生も含む、80名余りが参加した活気のあるフォーラムとなった。真田のモントリオール大学留学時代の恩師であるヌヴー先生はカナダ王立協会会員であり、この度、日本ケベック学会の招きにより、世界ケベック学会の支援を受けて初めて来日された。10月7日の日本ケベック学会の全国大会でゲストスピーカーとしての講演を皮切りに、東京で、お茶の水女子大学、明治大学、法政大学でも講演をされ、関西では阪南大学でのみの講演となった。

 講演タイトルは「ケベックと北米のフランス語圏、その歴史と文学−ニューイングランド、アカディア、オンタリオ〜英語圏の大海に浮かぶ孤島から群島へ」で、3億人余りの英語圏の大海のただ中で、歴史的経緯からイギリスとの植民地抗争に敗れ、北米の各地に離散して、マイノリティ(少数派)として生きることを余儀なくされた北米のフランス系住民の苦難と抵抗の歩みを詳らかにするものであった。講演は二つの大きな問いかけを中心に進められた。まず、現在では想像もできないが、かつては「フランス領アメリカ」という壮大な夢が語られる時代があったことが示唆された。しかしそれはどのような理由でついえることになったのか。もう一つは、その後、圧倒的な英語系の優位のもとで抑圧され、風前の灯のような少数派となったフランス系住民が、それにもかかわらず生き延びたのはどうしてなのか、そして今日新たな活力を獲得し、ケベックを始め、北米の各地でどのような独自の文化を形成しているのかという問いかけであった。

 第一の問いに対しては、ヌヴー氏は北米の地図を指し示しながら、フランス系の探検家たちはカナダのケベック州の北にあるガスペジー半島からサン・ローラン河を遡るように進出し、五大湖に至るアメリカの内陸部深くに達したことを説明した。一方のイギリス系は、主に現在のアメリカ東海岸の大西洋沿岸から上陸したが、アメリカ東部の山脈に阻まれ大陸の内陸部には容易に達することが出来なかった。そして特筆すべきことに、フランス系は先住民とも深く結びつき協力し合って植民地を広げた結果、北米は17世紀にはヌーベル・フランスと呼ばれるようにフランス系によって征服された植民地となった。こうした経緯から驚くべきことに、五大湖周辺のミシガンやシカゴ、デトロイトなどといった現在のアメリカ経済の中枢を担っている大都市は、もともとはフランス系住民と先住民とが建設した都市であることが明らかになった。しかしその後、イギリスからの大量の移住者と植民の加速により、フランス系は勢いを失い、植民地抗争に敗れ、第二級市民として苦難の道をたどることになった。

 第二の問いでは、このように敗退と屈辱にまみれながらも、圧倒的な英語系の大海のただ中で、北米のフランス系はなぜ消滅しなかったのかという問いかけが、その後のフランス系住民の歩みとともに検証された。ケベックでは、カトリックと農村社会の庇護によりフランス系住民がまとまって生き延びることができた。フランス系は、それ例外の北米の各地にも離散して独自の道を切り拓いていった。ヌヴー氏は、その中でもニューイングランドに渡ったフランス系の末裔で、1950年代のアメリカ文学に一世を風靡したビート・ジェネレーションの担い手となったジャック・ケルアックに注目し、その栄光の裏に隠された光と影を丹念に追った。そして小説『路上にて』で知られる、戦後のアメリカを代表する作家の一人とみなされているケルアックにおいて、貧しいフランス系の出自からくるアイデンティティの揺らぎや言語への葛藤が、その文学の根幹に大きく影響していたことを明らかにした。さらにヌヴー氏は、カナダ大西洋沿岸州がアカディアと呼ばれていた時代に強制追放の憂き目にあい、一度は故郷を追われ離散しながらも、再び故郷に舞い戻ってきたフランス系住民や、フランス語による教育の機会を著しく制限されながらも言語を守り抜き逞しく生き延びているマニトバやオンタリオのフランス系の人々、そして目を見張るような彼らの文学活動や文化の活力についても解説した。今回の北米のフランス語圏について講演は、一つのケーススタディの様相を取りながら、しばしばマジョリティの論理によって支配された歴史において、それに屈することなく生き続けたマイノリティの命運と不屈の活力への普遍的なオマージュが含まれていたと言えよう。

 ヌヴー氏の講演は、まさに地理、歴史、文学の諸分野を縦横無尽に横断し、大きな視野から北米のフランス語圏を検証しようとしたもので、大変聞きごたえがあり、深みとニュアンスに富む重厚な内容だったが、学生も含め、皆、熱心に聞き入っていた。講演後、フランス語、英語、日本語を交え、参加者との活発な質疑応答もなされ、皆一体となって知的な緊張感と高揚感に溢れた充実した時間を過ごすことができた。フォーラムの最後は、遠くカナダから来日され、興味深い講演をされたヌヴー氏を労うひときわ大きな拍手によって締めくくられた。
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