2017.1.17

大学院・企業情報研究科 国際学術研究交流事業の成果報告

 大学院・企業情報研究科では、毎年国際・企業交流事業を実施しており、本年度は本大学院と協定を締結している広東外語外貿大学で開催された国際シンポジウムに協賛し、洪詩鴻研究科長と石井雄二教授の両名が派遣され研究発表を行った。
 今回の国際シンポジウムは、2016年12月17日〜18日の2日間にわたって開催され、統一論題「海上シルクロード周辺諸国の交流史」のもとで、日本・中国・アメリカの研究者がそれぞれの専門分野から研究成果を発表した。この「海上シルクロード」という用語は、中国を中心に現代版シルクロードの構築をめざす「一帯一路」構想の中核的な概念として使われている。すなわち、中国から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる「シルクロード経済ベルト」(一帯)とし、それに対して「21世紀海上シルクロード」(一路)は、中国から東南アジア、インド、アフリカ、西アジアを経てヨーロッパに至る海路を示し、これらの地域を包括する経済共同体の形成をめざす中国の国家戦略構想を表すキーワードである。この壮大な構想にかかわる研究は、2014年11月に北京で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)において、中国がこの「一帯一路」構想の実現に向けて基金を創設するなど、関係周辺地域へのインフラ整備支援を本格的に行う動きを示したことから、急速に活況を呈することになった。
 こうした状況のなかで、日中米の研究者が一同に会したタイムリーな国際シンポジウムが広東外語外貿大学東方語言文化学院主催のもとで、中国の各方面の中心的な研究所の後援を得て今回の実現の運びとなった。研究発表は、国際会議場での開会式後 閉会式前の共通論題にかかわる基調報告と5会場での分科会報告の2つに分かれて、特に次の4つの視点とトピックスから実施された。基調報告者7名、分科会報告者15名の国際シンポジウムにふさわしい盛大かつ実りある学術研究内容の国際シンポジウムであった。
●中国の対外関係における香港の歴史的地位と機能
●中国内陸部と東南アジアとの関係
●中国と北東アジアとの関係
●中国と海上シルクロード上に位置する他の関係周辺諸国や諸地域との関係
以下では、グローバル・ローカル分野のアジア経済・地域経済を専門とする洪および石井両名の研究発表(基調報告)の概略を示すこととする。

報告者:洪詩鴻教授
テーマ:第4次産業時代における一帯一路のサプライチェーンの形成

報告要旨:
 いわゆる旧シルクロードは、中国の韓・唐王朝時代に形成され、それは中国の茶や絹の資源に対するヨーロッパ諸国の需要に根ざしたもので、鉄の熔解、蚕飼養、製紙技術とともに西欧諸国に伝播された。その形成過程において、遠隔市場からの商業利益は、天然に存在する資源を源泉とするものであったけれども、強力な推進動機となった。しかし、その後の継続的な産業革命にともなって、経済発展のパターンは技術や貿易取引の方向性を変容させながら急速に変化することになった。こうした観点から経済発展をみると、それは、いわゆる土地経済、資源経済を経て金融・資本主義経済から情報・知識集約型経済へ画期的な変化を遂げてきた。それに併行して、営業利益に対する推進動機も画期的に変化し、利益の源泉は、植民地支配による資源管理、資本や情報の運用、ビッグ・データの活用を経て、産業チェーン(連鎖網)の形成と国際的標準化獲得のためのあらゆる手法へと大きく転換することになった。
 ちなみに、第1次産業革命は、18世紀のイギリスから世界に普及した繊維産業分野などへの「蒸気機関」の導入、第2次産業革命は、20世紀に入ってモーターやベルト・コンベアなどの「電気エネルギー」にかかわる技術の普及、第3次産業革命は、日本を中心とする「エレクトロニクス」「コンピュータによる自動化」の開発、そして第4次産業革命は、これから急速に展開する「IoTやAI」の導入によって、世界の経済の発展パターンが一挙に変化する画期的な経済社会の変化の時代としてとらえることができる。    
今日、「一帯一路」戦略を実現化する推進動機は、これまでの伝統的な資源管理による取引から明らかに峻別されなければならない。今日のグローバル経済は、たしかに情報技術や製造における標準化獲得をめぐる競争に直面しており、インフラ整備や重化学工業は第2次産業革命の画期を示す特徴的な産業技術という点から、現代版陸海シルクロード構想がめざすべき戦略ではない。中国の「一帯一路」戦略が、資源獲得、インフラ整備、資本輸出にかかわる分野に限定して実施されるのであれば、それは時代錯誤的であり、第2次産業革命時代における競争上の比較優位性を考える発想にしかすぎない。現在、中国が緊急に取り組まなければならない優先課題は、中国が保有する自然科学技術の革新をはじめとして、IoTやAIに象徴される第4次産業革命にふさわしい取引や産業サプライチェーンの構築であろう。

報告者:石井雄二教授
テーマ:アジアにおける新たな国際分業の動向と戦略
    −中国・ベトナムのクロスボーダー生産分業・日系企業C社の事例−

報告要旨:
 中国の「一帯一路」戦略がにわかに現実味を増すなかで、2000年代以降、日系製造企業の国際分業戦略は大きく変化してきた。最近の東アジアの動向を踏まえつつ、特に中国とベトナムのクロスボーダー生産分業に着目しながら、事務用機器・プリンタ・複合機分野の世界企業である日系C社の事例を通して解明する。その際、国際分業戦略をとらえる方法的視点として、激化するグローバル競争に対応するために、日系企業がいかに製造原価を削減しているかに的を絞り、さらには日系企業のビジネスモデルのあり方にも言及することにしたい。
 日系企業C社は、中国の広東省の珠海・中山・深圳に3工場を展開して事業を行っていたが、賃金高騰や政情不安などの中国リスクを回避するため、2000年以降、ベトナムのハノイ近郊の工場団地に3工場を増設した。C社のプリンタ事業が中国からベトナムへ移管・増設した理由や背景として、①中国+1戦略による中国リスクの分散、②低賃金による原価削減、③GMS(メコン流域地域整備構想によるインフラ(道路等)整備、④ベトナムの外国投資受け入れの環境整備、⑤FTAによる自由化・規制緩和の観点から検討し解明した。こうした分析を行ったうえで、C社の中国・華南地域とベトナム・ハノイ近郊との部品・中間財の輸送取引を中心にクロス・ボーダー企業内分業の実態を明らかにしつつ、タイ・アユタヤに進出している工場、フィリピン進出との工場との分業関係を視野に収めて、ベトナム・ハノイ近郊の3工場から欧米市場最終製品を輸出していることを解明した。またC社のグローバル事業構想と戦略のもとで、アジア展開の一方で、マザー工場を積極的に国内で育成するなど国内回帰現象ともいえる国際分業戦略を採用している意義を検討し、そのビジネスモデルを考察した。そこで明らかにしたことは、以下の4点である。
 ①コスト削減には、水平分業(EMSの活用)は行わず、国内拠点への回帰で競争上の優位性を確保⇒垂直統合化の徹底化(企画・開発・生産の一体化) 
 ②製品・品目別の国際分業を展開し、国内の所有特殊優位性(コア・コンピタンス、基幹技術、新製品開発、基幹技術・先端技術)を活用したアジア展開を採用
 ③国内での日本的生産システムを強化し、それをテコにアジアの子会社・工場に技術移転を通して、中央集権的指令の実現
 ④国内回帰現象は、日本が世界最適生産の地域になる方向での事業展開の結果⇒自動化、省力化、セル方式、試作レスによる日本人の高賃金への対応

広東外語外貿大学・東方語言文化学院での特別講義

国際シンポジウムの翌日12月19日、石井教授は、本学と協定を締結し、相互に様々な国際交流を展開している広東外語外貿大学東方語言文化学院所属の学生(約100名)を対象に、「スマイルカーブとアジアと連携・分業する日系企業」というテーマで特別講義を行った。参加した学生は、石井教授の講義を真剣に聴き、その後活発な質疑応答が行われた。

今後の国際シンポジウムの開催

 今回のシンポジウムが成功裡に終了したのを受けて、日中米の3国の研究者が歓談して、来年度日本で実施してはどうかという案が提起され、その実現可能性に向けて積極的に議論された。また、その翌年度はアメリカで開催してはどうかという企画も出されたことは、今回のシンポジウムの成果と参加者の反響の大きさを物語るものといえるであろう。
最後に、今回のシンポジウムの実現に向けて用意周到かつ心温まる準備の労をとってくださった院長の陳 多友様をはじめ多くのスタッフや学生の皆様方に感謝申し上げたい。