新世界と西成は,まちに芸能が溢れている?!(レポート:松村嘉久)

100周年を迎える新世界・通天閣の将来のまちづくりに向けた議論

新世界風景

 2012年,新世界・通天閣は100周年記念を迎える。松村ゼミでは最近,これを良いチャンスとして,新世界から西成にかけての地域の成立や成長の過程をしっかりと顧み,将来のまちづくりに向けた機運を生みだしていきたい,と議論を重ね始めている。新世界の象徴は通天閣であり,その一般的な現代のイメージは,串かつ・どて焼きに代表されるB級グルメであろう。実際,ジャンジャン横丁や新世界の大通りには串かつ屋が立ち並んでいる。しかしながら,子供の頃からもう40年以上も新世界へ通う私は,この単純なB級グルメのイメージに,大きな違和感を覚える。

 阿倍野区に母方の実家がある私の子供の頃の記憶のなかの新世界は,お正月やえべっさんの帰り,家族やおじ・おば,仲良しのいとこたちと一緒に行く楽しいところであった。確かに串かつ屋はその頃から何軒かあったが,決してそれだけのまちではなかった。むしろ,てっちりやお寿司などのご馳走,ぜんざいやミックスジュースなどの甘いもんの方が,印象に残っている。

芸能(エンターテイメント)と飲食店が共存共栄して成長した町

大衆演劇の劇場

 そもそも,なぜ新世界に色々な飲食店が立ち並ぶようになったのか。それは,新世界が遊びに行くところであったからである。新世界の歴史を振り返るならば,まちの核となったのは,エンターテイメントや娯楽であった。私が子供の頃の新世界には,映画館・パチンコ・スマートボール・弓道場・寄席・芝居小屋・ストリップ・ボーリング場・ビリヤードなどがあり,路上で芸を披露する者や露天商や啖呵売(たんかばい)もいた。
遠方から人々が集う魅力のあるエンターテイメントがあったからこそ,新世界に人が集まり,その人たちをもてなす飲食店が立ち並ぶ…,新世界はエンターテイメントや娯楽と飲食店とが共存共栄することで,成立し成長してきたまちである。現代の新世界のイメージは,この後者の飲食店だけ,それも「串かつ」だけが突出している。私の違和感の源泉はそこにある。

 改めて考えれば,新世界から西成区にかけての地域ほど,日常的にエンターテイメントで溢れるまちは,他所ではなかなか見当たらない。それは,決してパフォーマンスする側の価値観から迫る芸術(アート)ではなく,見る側を意識して楽しませることを主眼とした芸能(エンターテイメント)である。全盛期と比べるとこの地域の芸能は衰退したが,それでも,大阪のミナミやキタよりも,気軽に楽しめる日常性の強い多様な芸能が集積している。

新今宮TICの運営で実感した「芸能が日常的に溢れる数少ないエリア」

新今宮TICと芸人さん

 新今宮TICを運営するなかでも,この地域に日常的に芸能が根付いていることをしばしば実感した。例えば…,新今宮TICの前を,パチンコ屋の新装開店でちんどん屋が通る。昼食休憩でうどんを食べに行くと,これから大衆演劇へ行くというオバサマたちが賑やかにおしゃべりしていて,その傍らで,漫才の海原はるか師匠が昆布うどんを食べている。新今宮TICの運営終了後,学生スタッフとお寿司を食べに行くと,寄席終わりの桂団朝師匠がカウンターにいたりする。二次会へ繰り出すと,大西ユカリさんやSHINGO☆西成さん,大衆演劇の役者たちと遭遇することもあった。

 私は昔からカラオケが大嫌いで,ライブが大好きである。カラオケはプロのエンターテイナーの職場を奪い,パフォーマンスする側と観る側の相互作用を分断し,素人芸を公の場へと押し出した。だから嫌いである。ライブはその対極にあり,新世界から西成にかけての地域は,ライブで楽しめる芸能が日常的に溢れる数少ないところである。

 浪速区側では,浪速クラブ・朝日劇場でほぼ毎日大衆演劇が楽しめ,通天閣劇場では土日にお笑い,月曜に歌謡ショー,毎月最終水曜には大西ユカリさんのショーがある。西成区側では,OS劇場・鈴成座・梅南座でほぼ毎日大衆演劇が楽しめ,桂ざこば師匠の動楽亭では毎月の初旬から中旬にかけて,上方落語をたっぷりと堪能できる。新世界から西成にかけては,小さなライブスポットも多く,「西成ジャズ」という言葉も定着しつつある。これらの芸能は,どれも質の高いエンターテイメントであり,とてもリーズナブルに楽しめる。

「新世界・西成芸能祭」を目指して活動を開始!

取材を受ける西成ジャズの主催者

 東京の浅草では,「浅草六区ブロードウェイ」というコンセプトで,身近に芸能を楽しめるまちづくりを目指している。新世界から西成にかけての地域には,すでにそうした実態があり,浅草よりも演じる側と観る側の距離が近い空間となっている。串かつやうどんをササッと食べて,芝居や寄席を観て,その後にご馳走を食べに行って余韻を楽しみ,あまり遅くならないうちに家へ帰る…,それが新世界から西成にかけての正しい楽しみ方であり,この地域の原点である。新世界・通天閣100周年記念で立ち返るべき原点はここにあり,そこから,このまちの魅力を発信して,まちづくりへつなげる方法を探らなければならない,と私は強く感じる。

 そこで松村ゼミでは,新世界・通天閣100周年記念と絡めて,すでに実態として存在するこの地域の芸能を,「新世界・西成芸能祭(仮称)」と銘打って,プロデュースするお手伝いをできないか,と検討を始めた。その第一歩として,何よりも,この地域の芸能の実態を確かめておかなければならない。動楽亭へは何度かゼミ生らと落語を聴きに行き,その模様は確か松ゼミWalkerでもレポートしたこともある。大西ユカリさん,SHINGO☆西成さん,西成ジャズの松田順司さんのライブも,ゼミ生たちと何度も楽しんだ。新今宮地域で活動し始めて7年以上が過ぎたが,地域の芸能で唯一,興味はあるものの知識も経験もないのが,大衆演劇であった。今回,偶然が重なって,大衆演劇をゼミ生らと観るチャンスに恵まれたので,ゼミ生からレポートしてもらうことにした。

初めての大衆演劇体験(レポーター:高橋菜央)

大衆演劇の劇場

 2012年3月9日(金),松村先生と私と1回生の津村明衣さんの三名で,大衆演劇を観に行きました。この日,新今宮TICの運営はいつも通り午後4時で終わり,松村先生が行きつけの「すし寛」に私たちを誘ってくださいました。美味しいお寿司を食べながら,お店のお母さんと話が弾むなか,話題が大衆演劇の話へと移りました。
松村先生はまだ大衆演劇を観たことがないとのこと,その理由は「大衆演劇を観たらハマるような気がする…,だから怖くて観に行かれへん…」でした。すし寛のお母さんは,「先生,何でも一度は経験しときはったらよろしいのに…,OS劇場の夜の部は午後5時から…,今出てはる座長はお芝居も踊りも上手い方ですよ…」とのこと。時計を見ると午後5時少し前,先生も私も津村さんも,この後は特に予定はない…。すし寛のお母さんは,「もし退屈しはったら,途中で出てきはったらよろしいねん…,行きはんねんやったら,ご案内しますよ…。」とのこと。

大衆演劇の劇場内

 という訳で,実に軽いノリで西成区のOS劇場にて大衆演劇を観ることになりました。OS劇場はすし寛から歩いて1分くらい,その入り口は,知っている人でないと入り難い感じでした。すし寛のお母さんが一緒について来てくれたから,抵抗なく入れましたが,私たちだけなら引き返していたかもしれません。入場料は当日券が1,300円,今回はすし寛のお母さんが前売り券(1,000円)をお持ちだったので,お母さんのおごりで入らせてもらいました。

 劇場のなかに入ると薄暗く,何か昭和の雰囲気をひしひしと感じました。客席は150席ほどで,舞台に向かって左手に花道があり,舞台と客席の距離がとても近くて驚きました。2012年3月の公演は三河家桃太郎一座で,開演は午後5時で終演は午後8時のたっぷり3時間。と聞いて,正直なところ,長いなあ…と思いました。

大衆演劇の舞台

 1部の幕があがると,舞台へスポットライトがあたり,一座総出で華やかな歌と踊りのショーが続きました。1部が終わってからの感想は,「え!! あれって男の人やんなあ?! むっちゃ綺麗!!」でした。2部はお芝居,主役のヤクザの親分が,可愛い女房と親分想いの子分のため,悪い奴らを切りまくるというストーリー,これが分かり易くて面白い!! 芝居の場面転換の時,白い幕が横に引かれたが,その幕の右上に「贈 すし寛」と大きく書かれていて,「そうなんや」とみんなで納得しました。

 2部が終わると午後7時頃,松村先生の「どうする,帰るか?」との問いに,私も津村さんも「まだ観たい,最後まで観ましょう!!」でした。3部のショーは,再び劇団員総出で踊り,歌い,お笑いもあり…。あっと言う間に,3時間が過ぎました。ショーの全てが終わり外に出ると,座長はじめ,劇団員全員からお見送りがあり,役者さんたちと握手や会話もでき,記念撮影もOKで,ものすごくテンションがあがりました。

ゼミ生と役者さん

 生まれて初めて大衆演劇を観た感想を一言で言うと,「ハマりそう!!」でした。以前,松村ゼミで外国人旅行者を誘い大阪プロレスを観に行きましたが,私は,大阪プロレスよりも大衆演劇の方が外国人旅行者は絶対に喜ぶ,と感じました。本当に,想像をはるかに越えて面白くて,芝居もショーも本格的で美しくわかり易く,驚きました。座長の三河家桃太郎さんは,芝居では凛々しいヤクザの親分役をしていたのに,合間のしゃべりは面白いおっちゃん,ショーになると,和服姿のとても綺麗な女性に変身,そのすごいギャップと確かな芸の力に驚きました。

 お見送りを受けた後,もう一度,「すし寛」に戻り,お母さんに,「本当に面白かった!!」と報告に行きました。松村先生も「あかんわ,やっぱり,ハマってまうわ!!」とのことでした。その場で,私がこの経験をレポートすることが決まり,次は必ずゼミのみんなで大衆演劇を観に行き,その魅力を確認してから,外国人向けのまち歩きツアーに組み込む相談をすることになりました。

生まれて初めて大衆演劇を観て…(レポート:津村明衣)

太守演劇の舞台

 OS劇場は以前に松村先生とのまち歩きで,その前を通っただけでした。とても入り難い雰囲気で,ここで何かやっているのかなと思うくらいで,全く関心がわきませんでした。ところが今回,私は初めて大衆演劇を観たのですが,一気にその世界に魅入られてしまいました!

 舞台は全部で3部構成。第1幕は歌と踊り,第2幕は笑いあり涙ありのお芝居。第3幕に入る前に座長の面白いトークとグッズ販売タイムがあり,第3幕からは役者個人の見せ場となる踊りと歌が披露されました。左写真は,若手役者で流し目をビシバシ決めた京華太朗さん,後日松村先生から伺ったのですが,この華太朗さん,私より年下の平成5年生まれだそうです。
私が驚いたのは,大衆演劇のプログラムです。今回の三河家桃太郎一座は,3月1日から30日までの公演で,この間ほぼ毎日,昼と夜の二回公演をされるそうです。合計すると,ざっと60回公演になるのですが,毎回観に来られるお客さんもいるので,何と毎公演ごと,ネタがかぶらないよう,お芝居やショーの内容を変えられるとのこと。一般的なショービジネスが,同じお芝居で1ヶ月公演するのと比べると,大衆演劇のサービス精神は本当に驚くばかりです。

 前売り券を買えばたったの1,000円でたっぷり3時間も楽しめるのも,大きな魅力です。今回は,松村先生や高橋先輩に誘われて観に来ましたが,次は私が友達を誘って観に行きたいと思います。絶対にお薦めの,ハマる場所です。

松村先生より一言

ゼミ生と役者さん

 実はこの後,10代目ゼミ長の大宅和佳と9代目の兪穎伶を誘い,3月16日(金)にもう一度,OS劇場へ三河家桃太郎一座を観に行った。その際は,座長の妹,三河家諒さんがゲスト出演されていて,観客の入りもとても良かった。

 お芝居は,笑いどころも泣きどころもたっぷりの人情もので,座長と諒さんの掛け合いが絶妙で,前回に観たお芝居とは全く雰囲気が違っていた。私には特に,諒さんの臨機応変で自由自在な好演が印象に残った。真面目でいちずでブサイクな田舎娘をコミカルに熱演される姿を観て,私の好きな藤山直美さんのお芝居が思い浮かび,諒さんの容易ならぬ演技力に心底驚いた。3部の踊りでは,美しい和装で,哀愁をおび緊迫感のある見事な舞踊を披露され,諒さんの芸の幅広さに改めて驚いた。

 つまるところ,私も,三河家桃太郎一座の,大衆演劇の魅力と実力を思い知らされました。何よりも,前売りで1,000円という安さも大きな魅力,新今宮界隈に滞在する外国人でも必ず楽しめるコンテンツであることも確信できた。2012年4月のOS劇場は市川英儒座長の率いる「優伎座」が公演される。ゼミ生のみなさん,4月に入ったら,ゼミ生全員でOS劇場の一角を占拠して,みんなで大衆演劇の魅力と実力を体験しましょう。