「みささぎナビ」の配信を開始しました

2012.8.8

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国際観光学部 国際観光学科 来村 多加史

みささぎナビの配信を開始しました 国際観光学部 来村多加史研究室

 世界遺産への登録を目指す古市古墳群などの観光案内を行うナビゲーションを制作するため、来村研究室の学生により結成された「阪南大学みささぎナビ支援グループ」は、数々の取材や撮影を経て、7月17日(火)に大詰めの準備会議に臨み、8月2日(木)、スマートフォンアプリ「みささぎナビ」の配信を開始しました。
 「みささぎナビ」は、羽曳野市近辺に点在する世界文化遺産への登録をめざす古市古墳群や神社、史跡などの観光情報、イベント情報や、時々の開花状況、駅やトイレなど諸施設の情報などをリアルタイムで提供していきます。
 この制作にあたっては、阪南大学・羽曳野市観光協会・NPO史遊会・株式会社アスウェルが産官学共同の実行委員会を立ちあげ、準備を行ってきました。

制作に参加した学生のレポート

暑い夏の熱い議論 国際観光学部4回生 北川雄一郎

北川雄一郎さん

 制作を進めてきました古市古墳群のナビゲーションアプリ「みささぎナビ」は、8月2日(木)に配信が開始され、iPhone・iPad・Androidで閲覧できます。ぜひご覧ください。
 配信の開始に先立ち、7月17日(火)に羽曳野市役所で行われました大詰めの準備会議に私たちも参加しました。ここに会議の模様と内容を報告します。

やはり必要な緊急医療機関情報 国際観光学部4回生 今成友美

今成友美さん

 8月2日から「みささぎナビ」の配信が始まります。それに先立つ最終の準備会議が7月17日(火)に羽曳野市役所で開かれ、北川雄一郎君、樋口侑華さん、樋野智さんたちと共に参加させていただきました。会議では「みささぎナビ」の配信開始までに進めるべき内容について話し合われました。まずは現状の確認です。その日までにどれほど情報が集まっているのかを確かめておかねばなりません。

Androidでの検索も可能になりました 国際観光学部4回生 樋口侑華

樋口侑華さん

 会議の前半では、みささぎナビの現況が報告され、コンテンツの整理が行われました。そのなかの嬉しいお知らせは、Androidバージョンも配信される、という情報でした。私の持っているスマートフォンはAndroidですので、「みささぎナビ」がiPhoneのみのソフトであることに淋しさを覚えていたのですが、自分も使えることがわかると晴れた気分になり、さっそく高木さんに実際の操作を教わりました。

「みささぎナビ」立ち上げまでの経緯 国際観光学部教授 来村多加史

黒川哲子さんとゼミ生

 羽曳野市内に本社を置く株式会社アスウェル専務取締役の黒川哲子様からお電話があったのは2011年12月初めのことでした。古市古墳群のボランティアガイド団体であるフィールドミュージアムトーク史遊会の理事長を務める細見克さんより推薦を受け、ぜひ私に手伝っていただきたいという切り出しであったように記憶しています。細見さんは本学が主催したシンポジウムにご支援をいただき、すでにお人柄まで存じ上げる仲。これは心して黒川さんのお話を聞かなければと、一言一句もらさず伺いましたところ、京都フラワーツーリズムが運営して人気を博している「花なび」を古市古墳群の観光に導入できないか、という趣旨でした。そのときは「花なび」のことすら知りませんでしたので、具体的なイメージがぼんやりとはしていましたが、やりがいのある活動であることは直感的に悟り、即座に「お手伝いします」とお応えしました。

 それから数日後の12月14日(水)にゼミ生の折道由貴(当時は3回生)に声をかけ、二人でアスウェル本社へ伺いました。黒川さんとは2時間ばかり懇談し、取り組みの主旨をしっかりと聞かせていただきました。以下は親しみを込めて哲子さんとお呼びしましょう。観光には花が大切な役割を果たすこと、その花を古市古墳群に植えられないかという提案が哲子さんの太い軸になっています。「花なび」はiPhoneアプリ(現在はAndroidにも対応)のナビゲーションソフトで、GPSを基盤にして、とりわけ京都の花情報を発信しているサービスですが、哲子さんが強調されたのはナビゲーションの斬新さではなく、それを頼りにしてたどり着く花のすばらしさ。ひいて言えば、花を大事に育ててきた京都の人たちの意気込みがすばらしいとのことでした。そして、同じ心で羽曳野の人たちにも「人を招く花」を育ててほしいというのが哲子さんの熱い思いでした。小手先の技術論ではなく、根本の目標を持っておられることに、私と折道の二人は深く共感し、「お手伝いする価値がある」ことを改めて実感しました。アスウェルはビルや各種施設のメンテナンスを主要業務とする会社で、田尻歴史博物館も管理されています。哲子さんは会社を切り盛りする一方で、地元の活性化に尽力されています。社長であるご主人の黒川健三氏は羽曳野市商工会の会長を務められていますので、哲子さんは地域振興の実践面でご主人をサポートされているのです。

調査するゼミ生

 その懇談から3ヶ月後の2012年3月7日に私たちは古市古墳群への取材活動を始めました。みささぎナビの取材参加の呼びかけに手を挙げてくれたのはゼミ生10人でした。折道由貴さんをはじめ、北川雄一郎君、今成友美さん、樋口侑華さん、武田文佳さん、樋野智さんの6人。これが現4回生です。そして、現3回生は泉田真美子さん、北山亜純さん、今福義明君、河野充宏君の4人です。4月からは今成・樋口チームが「白鳥陵地区」、今福・河野チームが「応神陵地区」、泉田・北山チームが「道明寺地区」、北川・樋野チームが「藤井寺地区」、折道・武田チームが「野中寺地区」の5地区を分担するシフトをとっておりますが、その前段階として3月中に取材の練習をしておこう、ということで2回の全体活動を行ったのです。

 その手始めが3月7日(水)の取材でした。まだ寒さの残る3月の上旬でしたが、梅の花が咲き始めていました。高鷲駅を出発点として、地図を見ながら津堂城山古墳を巡り、藤井寺駅まで戻ってくるコースです。歩きなれている私にはそれほどの距離でもありませんが、学生たちはかなり疲れた顔をしていました。取材が体力勝負であることは実感してくれたようです。このときの情報はナビシステムに入力するまでには至りませんでした。その1週間後に開かれた最初の会議で、学生たちも私も、システムの全体像をようやく把握することができたのです。

 3月15日(木)の第1回制作準備会議は羽曳野市役所で行われました。現4回生は就職活動が本格化しておりましたので、全員の集まるタイミングはそう取れません。みんなは都合をつけて会議に臨んでくれました。少しの時間でも取材の練習をしようということで、集合は道明寺駅としました。そこから道明寺天満宮・古室山古墳・応神天皇陵古墳・野中宮山古墳・墓山古墳などをめぐり、羽曳野市役所まで歩きました。取材地を欲張りましたので、庁舎にたどり着いたのは会議の直前でした。ちょうどそのときに黒川哲子さんと社員の坂本勝洋さん、史遊会の細見克さんと理事の岡本良孝さんも来られ、会議のメンバー全員が揃いました。

準備会議に参加したメンバー

 部屋に入ると、生活環境部産業振興課観光担当係長の細川佳洋さんが会議の講師らしき男性と器機の準備をされています。その方こそ京都フラワーツーリズムの高木治夫さんでした。総務省の地域情報化アドバイザーも務められているITC産業のプロフェッショナルです。朗らかな笑顔を絶やさない親しみやすい方ですが、話しには無駄がなく、仕事に対する厳しさが発言の随所に感じられます。ちなみに、細川さんが阪南大学旧商学部の卒業生であることは、会議の途中でわかりました。先輩だとわかった瞬間に学生たちの目が変わった姿を見て、縦の紐帯の大切さを感じた次第です。先輩の活躍は我々が思っている以上に学生たちのいい刺激になるようです。

 この日の会議は主に高木さんの説明を聴き、「花なび」のシステムと方針を学びました。日本の産業が近隣の韓国や中国に圧されて前途多難であること、その中に救いを求められるのが、観光の分野であること。我々が漠然と感じていることを、高木さんは統計をもって示されました。続く話は「花」です。京都を訪れる観光客の数を月ごとにグラフ化しますと、花や紅葉の季節がずばぬけて多く、逆に花の少ない時期は客数の谷間になることも一目瞭然としています。花が人を呼ぶ大切な観光資源であることを学生も実感したようです。それならば花を増やせばいい、というものですが、実際には住民の協力が必要です。つまり、花の街にするには、人の輪を作ることが先決であるのです。フラワーツーリズムの神髄はそこにあると、高木さんは声を大きくされました。「花なび」を立ち上げて維持する活動そのものが、人のつながりを作る土壌となることを力説されたのです。黒川哲子さんは高木さんから「花なび」の説明を受けて、ぜひ羽曳野にも、と決意されたようですが、そのときに斬新なナビゲーションの陰に潜む高木さんの意図を哲子さんが的確に汲み上げておられたのは、さすがです。

 会議の最後に、これから作ろうとするナビゲーションの名称について、熱い議論が交わされました。この段階では「みささぎナビ」という名称が羽曳野市観光協会の承認を受けるかどうかが、まったくの未定であったのです。ナビゲーションの維持には費用が必要です。その費用を負担する観光協会の意向は「はびきの」の名を入れたいというものでした。これも当然の意見です。細川さんはこの意向を背負って会議に臨まれました。一方、細見さんと哲子さんの主張は他の地域にも応用できる「みささぎ」を冠することでした。「みささぎ」を漢字で書けば「陵」です。つまり古市古墳群の主要な構成資産である天皇陵をもってナビの方針を伝えようというものでした。

 折道さんが調べてくれましたが(折道報告)、古市古墳群の天皇陵と古墳は羽曳野市と藤井寺市が折半する形となっています。つまり、「はびきのナビ」と命名して、ナビゲーションの範囲を市内に限ってしまえば、古市古墳群の半分しか案内できないことになります。これではナビのアプリをインストールする人々に対して、どう説明するのでしょうか。ナビの範囲は少なくとも古市古墳群を包括するものでなければならないのです。その意味で細見さんと哲子さんの意見は正しいのですが、細川さんは理解できても立場があります。議論は平行線のまま終わりました。結局、のちに観光協会の皆様が納得して下さり、名称はめでたく「みささぎナビ」に落ち着きました。全国の陵墓に対して汎用性のあるナビゲーションの主催が羽曳野市観光協会であることは、羽曳野市が陵墓関係の観光振興をリードする位置に立ったことを意味します。皆さんの英断であったと思います。

 ところで、我々の意見も申し上げておかねばなりません。実は、この会議のあと、高木さんの説明に従って我々のホームページを立ち上げ、取材の情報を入力し始めました。そして、そのタイトルを「阪南大学みささぎナビ支援グループ」としたのです。承認がおりる前にこの名称を使用するとは、どういうことだと指摘されたかも知れませんが、結局は何事もないまま名称の問題は解決しました。ただ、このことはよく考えての命名だったのです。高木さんからいただいたページは我々のページであって、観光協会が運営しようとするナビゲーションからは独立しています。形としては、我々のページにあげた情報の一部をナビが利用することになります。さらに言えば、我々は古市古墳群の範囲を越えて、他地域の情報を入力しても、なんら問題はないのです。そうとなれば、タイトルに我々の方針を示さねばなりません。将来的には堺市の百舌鳥古墳群や奈良県の陵墓も学生たちと取材をして、地図上のバルーンをどんどん増やしてゆくつもりです。汎用性のある「みささぎナビ」の名称は我々の活動方針を示すものであったのです。

 その後、数回にわたり、古市古墳群を歩き、地上に墳丘が残る古墳のすべてを取材しました。その成果は4月2日の記事4月26日の記事にまとめております。ご覧ください。学生たちは班ごとに各地区を取材してくれておりますが、申し訳ないことに編集者の私が教務に追われて記事化できないまま今日に至っております。この記事を皮切りに、次々と記事をあげて彼らの活躍を報告しますのでご期待ください。樋野智さんが詳しく解説してくれましたマニュアルをご覧になってiPhone・iPad・Androidで「みささぎナビ」を検索していただければ、使える情報として学生たちの成果をご覧いただけます。なお、情報はインターネットでも検索できますので、ぜひここをクリックしてご覧ください。


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