梅雨時に花を咲かせるモクゲンジ 国際観光学部2回生 泉田真美子

スタート地点の道明寺駅から大鳥塚古墳に至るまでのコースを紹介します。駅から歩いてすぐのところにある道明寺天満宮には、前回の取材でもお参りしました。この日は時間が限られていますので、境内には入らずに失礼し、門前から南へ折れました。すると、1分ばかりで「古代道明寺五重塔礎石」と刻まれた石柱があります。路傍の狭い敷地に9つばかりの礎石が置かれ、そのうち最も大きな石には柱を立てる円形の穴(柱穴)が彫られています。

塔の心礎です。『河内名所図会』の絵図を見ると、道明寺天満宮と道明寺は同じ境内の奥に本殿と本堂が並び、神仏一体の姿がうかがえます。現在の山門の前にも広い境内が見えます。五重塔はその場所に建っていたのでしょう。残念ながら、塔は天正3年(1575)の信長軍による古市高屋城攻めの際、兵火を受けて焼失したようです。本来は礎石の置かれた場所よりも西側に建っていたそうですが、その場所は住宅地となり、礎石も元の場所から動かされています。

礎石ある角を西に折れると、突き当たりに古風な門があります。扉の脇には背の低い石標が立ち、「木〓樹(もくげんじゅ)」の3文字が刻まれています。フェンスに囲まれた敷地の中央には、小さな三間社流造りの本殿だけがあり、その脇に木〓樹が立って、葉の落ちた枝を広げています。木〓樹はモクゲンジという比較的珍しい木で、梅雨時に小さな黄色い花を咲かせ、その硬質の黒い実は数珠にできるそうです。道明寺のモクゲンジは大阪府の天然記念物に指定されています。門に立てられた謡曲史跡保存会の説明板を見ますと、菅原道真が写した経典を埋めたところから生えた木であるそうで、ある僧侶が実を採って数珠にしたところ、ご利益があったということです。その話を題材にしたのが謡曲の「道明寺」であると記されています。ちなみに、この敷地は道明寺天満宮が管理し、「西の宮」と呼ばれています。

(注)〓「もくげんじゅ」の「げん」は、第二水準文字の為表示できません。木へんに患という字です。
西の宮から住宅地の細い道を抜けて盾塚古墳に行く途中。弘法大師がお休みになられたという「弘法大師御休石」がありました。案内板がないので、その由緒がよくわかりませんが、なんでもない道を歩いて、いきなり歴史人物の名に出会うと、思わず驚きの声をあげてしまいます。狭い路地を伝ってたどりついた盾塚古墳は、前回の記事で河野充宏君が報告してくれたように、帆立貝式の前方後円墳で、いちど削られてしまったものを復原しています。前とは違う方角から訪れて気づきましたが、後円部からは前方部とは別に「造出し」という方形壇が張り出ていて、その範囲が縁石で表示されています。いちど訪れただけでは見落としてしまう情報も、二度三度と回数を重ねると見えてくる。そういうことがわかりました。

 盾塚古墳のすぐ南には名阪国道の高架が走り、その上を走る自動車の騒音が聞こえてきます。高架下の側道に沿って西へ歩くと、側道が意味もなく曲がっているところに着きました。ちょうど古室山古墳と大鳥塚古墳の間です。道が曲がったところには低い土盛りがあります。これは赤面山古墳という一辺15mばかりの方墳であるそうです。名阪国道の建設に際しても破壊されませんでしたが、高架下の窮屈な空間に閉じ込められた古墳の風景は異様です。逆に言えば、ここまでしても文化財を後世に伝えようという気持ちが伝わってきます。赤面山古墳を含む高架下の敷地はフェンスに囲まれて立ち入り禁止となっていますが、子供たちが入って遊ぶのでしょうか、墳丘の表面が荒らされています。感心と淋しさを同時に味わう光景でした。
 赤面山古墳のすぐ南には国指定史跡である大鳥塚古墳の後円部がみえます。応神天皇陵の北に接するよう築かれた中型の前方後円墳です。前方部には石碑や案内板があり、そちらからは墳丘に立ち入ることができます。墳丘は全面にクヌギの木が立っていますが、葉が落ちているので、すっきりしています。ここで先生から古墳についての簡潔な説明がありました。古墳を築く際には、墳丘の斜面に葺石という小さな石を無数に敷き詰めて表面を保護するそうです。また、古墳は「段築」といって、2段、3段に築かれます。各段の上はテラス状の平面となり、そこに赤褐色の円筒埴輪が並べられるのです。葺石は墳丘の表面に散らばっていますし、埴輪はところどころにカケラが落ちています。地面から遊離した埴輪片を拾い上げて(※)表面を見ると、細い平行線が稠密に並んでいます。これはハケ目といって、粘土の表面を整えるための技法ですが、装飾的効果も狙っているそうです。ハケ目のつけ方によって、制作時期がある程度わかると聞き、興味が出てきました。現地に足を運ぶと、いろいろな知識が身につきます。
※文化庁へ発掘調査の申請をすることなく古墳の墳丘に埋もれている埴輪を掘れば、文化財保護法により罰せられます。表面に密着している埴輪もそのままにしておきましょう。持って帰らないでください。墳丘を上り下りする際は、できるだけ地面を傷つけないよう、やさしく歩きましょう。古墳見学のマナーです。ちなみに韓国では、墳丘に登ることも儒教的精神から禁止されています。(来村)
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