古墳を見せることの難しさを感じる 国際観光学部2回生 河野充宏

河野充宏さん

 私の担当地区は古室山古墳から藤井寺までの1キロ弱のコースです。途中には応神天皇陵のグループに入る盾塚古墳と仲津山古墳の陪塚と考えられる三ッ塚古墳があります。古室山古墳の裾に並ぶ紅梅と白梅を間近に見て、目の保養をしたあと、前方部の南側を通って南東方向に進むと、大阪府営の藤井寺道明寺住宅に入ります。住宅地の中央は広い児童公園になって、その中に背の低い円錐形の壇が築かれています。これが帆立貝形前方後円墳の盾塚古墳です。墳丘長110mの中型古墳ですが、1955年の発掘では、大量の副葬品が出土しています。盾が10枚も出土したことから、この名前がついたとのことです。

盾塚古墳の現状

 昭和30年代に起こった公営住宅の建設ラッシュの波に乗り、ここにも平屋建ての住宅が建てられましたが、その際、敷地内にあった盾塚古墳は完全に削平されてしまいました。平成9年に平屋建ての家屋が5〜6階建てのビルに建て替えられたときに、元来の位置に古墳が再現されたのです。元々の古墳は高さが7m以上もあったようですが、復原された古墳はかなり低くなっています。ここで先生から「どうして低く復原されたと思う?」という質問が出されました。全員が色々と答えましたが、納得のゆく回答が出ません。先生はひとりが口にした「景観」という言葉を取り上げて、「古墳を見ての景観ではなく、古墳から見た景観を考えてのことだ」と答えを出されました。つまり、墳丘を高く復原すれば、その上に登って周囲を眺めたときに、1、2階の室内を上からのぞき込めるようになるのです。それではプライバシー侵害の問題や防犯上の問題が生じます。これは現存する古墳においても同様のことが言えます。文化財を観光資源にするといっても、実際にはさまざまな問題を考慮しなければならないことを現地で実感しました。

荒れ放題の三ツ塚古墳

 盾塚古墳から道明寺の方角へ歩くと、東西に規則正しく並んだ3基の方墳があります。西から東へ助太山古墳(一辺36m)・中山塚古墳(50m)・八島塚古墳(50m)と名づけられ、3基を合わせて三ッ塚古墳と総称されています。そこに向かうまでに地図で確認したところ、珍しい配置に興味が引かれたのですが、実際には宅地に囲まれているため、なかなか古墳の全体像が見えません。さらに残念なことに、それぞれの古墳の間には家やマンションが立っているため、3基の古墳が並んでいる様子をどこからも見ることができません。また中山塚古墳は北側の空き地に草木が繁茂し、荒れ放題になっていますので、墳丘の景観が台無しになっています。助太山古墳は国の史跡に指定され、中山塚古墳と八島塚古墳は中津姫陵の陪塚として宮内庁が管理していますので、墳丘そのものは清掃されているのですが、周囲の環境がよくないことが残念です。空き地を手入れして花を咲かせると、美しい景観を作ることができそうですが、個人の土地であれば、所有者の事情も考えなければなりません。やはりここでも古墳を見せることの難しさを感じました。
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