由緒ある辛国神社と葛井寺 国際観光学部2回生 北山亜純

北山亜純さん

 活動を始めてから終わまで、ずっと曇り空でしたが、やわらかい光は花などの接写には最適でした。30分ばかりで昼食をとったあと、藤井寺駅から歩いて辛国神社と藤井寺を参拝しました。手持ちの地図は2500分の1の詳細な都市計画図ですので、藤井寺駅から辛国神社までの間も長く、距離がずいぶんあるように感じてしまったのですが、実際に歩くと、駅から5分もあれば着くほどの近さでした。辛国神社の境内には草花が多く植えられ、拝殿の北側には見慣れない椿がピンク色の花を咲かせていました。あとで調べてみると百合椿(ユリツバキ)と言うそうです。長い花弁が特徴です。辛国神社の由緒は古く、案内板によると、今から約1500年前の雄略天皇の時代に創設され、カラクニという社名から、渡来系氏族との関連が想定されるということです。

辛国神社椿

 辛国神社を氏神、葛井寺を氏寺とする葛井氏は応神天皇の時代に渡来した百済の王族であるそうです。境内は森が長く続き、参道のところには、「大阪みどりの百選」の石碑が建てられています。大阪みどりの百選とは大阪府が選定している府内100ヵ所の自然名所のことであり、大阪府で開催された「国際花と緑の博覧会」(通称「花博」)を記念して府民による投票を行い、その結果に基づき選定されたそうです。森に包まれた辛国神社の長い参道は地元住民の誇りなのでしょう。
 辛国神社の参道を出て東に歩くと、あっと言う間に葛井寺の大きな南大門に着きます。西国三十三所観音霊場の第5番札所であり、多くの参拝者が訪れます。仁王像がまつられる南大門は高欄のついた高い楼門で、江戸時代の寛政8年(1796)に建てられてから200年あまりの歴史をもちます。葛井寺の本尊は奈良時代に開眼した乾漆十一面千手千眼観世音菩薩像で、日本に現存する千手観音の像としては最古級の作品です。全国的にも知られ、国宝に指定されています。厨子入りの秘仏ですが、毎月18日に開扉され、拝むことができます。8月9日に行われる千日会式の参詣を「千日まいり」といい、四万六千日の功徳が得られるそうです。葛井寺はその名に因んで植えられた藤が有名で、境内にはふじ棚が連なっています。今は幹と枝だけの寂しい光景ですが、4月下旬から5月上旬にかけては紫や白の藤が咲き誇り、さらに多くの参拝者が訪れるようです。シーズンには再度取材に来なければなりません。

葛城寺山門

 参拝を終えて、重要文化財に指定された四脚門の西門をくぐると、藤井寺駅から続く西門筋商店街に入ります。近頃はどの町の商店街も経営が苦しく、シャッターを降ろした店が目立ちますが、この西門筋商店街はどの店も開店していて活気があります。古市古墳群が世界遺産に登録されると、商店街を通る観光客が増えることが予想されますが、その場合に商店街がどう対応して集客するかが注目されます。その際の情報発信基地となるのが商店街の北端近くにある「藤井寺まちかど情報館ゆめぷらざ」です。藤井寺のオフィシャルキャラクターとなった井真成(いのまなり)の石像が人々を出迎えるように立っています。藤井寺市商工会が運営し、内部には藤井寺市観光協会の観光案内所も併設されています。いわば特産品の紹介と寺社や古墳などの文化財の紹介を兼ねた施設です。トイレもあります。この日は水曜日で、あいにくの休館日でしたが、ネットで調べると、武田信玄に仕えた山本勘助が創作したと伝えられる小山団扇の復刻版も展示されているようです。私たちもこの施設に花の情報を発信する展示ができるよう頑張ります。
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