国際観光学部の学生が短編映画の制作に挑戦

2011.8.29

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国際観光学部 国際観光学科 来村 多加史

南キャン物語制作チーム

 オープンキャンパスで来学する高校生に国際観光学部の魅力を映像で感じていただこうと、学生たちが南キャンパスで自作映画の撮影を行いました。

 多くの観客を集めるイベントは観光のカンフル剤です。国際観光学部では去年秋に開催した「烏帽子形城合戦」のように大規模なイベントを実践教育の一環に組み入れています。イベントを企画する積極性と実行する行動力を身につけるため、来村ゼミと大谷ゼミは共同で短編映画の制作に取り組みました。以下、出演者のひとりである吉川仁美さんの編集で制作の過程と撮影現場の雰囲気をお伝えします。お楽しみいただき、同様の活動をやってみよう、という学生の一念発起を期待します。

 なお、この活動は阪南大学学会の学生研究活動支援事業より補助を受けています。(来村)

映画制作のきっかけはPLの花火 国際観光学科 来村ゼミ4回生 吉川仁美(HP記事編集)

吉川仁美さん

 炎天下が続く8月1日は有名なPLの花火大会(正式には教祖祭PL花火芸術)が例年通りに行われました。打ち上がる花火は南キャンパスからも美しく眺めることができます。「キャンパスから花火を観よう」という話がいつの間にか「それじゃ、花火を背景に動画を撮ろう」という話に変わり、さらには「自主映画を作ってはどうか」という話にまで発展したのです。飛躍は来村ゼミのモットーです。何事も一気に話を膨らませないと、面白くありません。そして、どうせならオープンキャンパスで作品を高校生に観てもらい、国際観光学部の「乗りのよさ」を実感してもらおう、ということに決まりました。監督にはイベント関係の仕事をめざす岡本梓さんが選ばれました。「人を楽しくさせる仕事がしたい」という彼女にとって、創作の芽を膨らませることが大切です。そう考えた来村先生の人選でした。とはいえ、何から何まで初めての岡本さんを助けるために、来村先生が助監督になり、脚本と演出の指導に当たりました。そして、私たち来村ゼミの2回生・3回生・4回生が役者やスタッフとして強力にサポートし、大谷新太郎先生のゼミ生も応援に来てくれました。しかも、大谷先生と森重昌之先生も特別出演して下さるなど、総勢30名ばかりのロケとなりました。

花火

 撮影を1日で済ませるハードスケジュールです。朝の10時に集まった学生たちに台本が配られ、映画の主旨が説明されると、次はいきなり配役の打ち合わせに入ります。誰も本格的な演技をしたことがありませんので、まさしくぶっつけ本番の撮影となりました。何回かのシーンに分けて撮影し、合間の休憩時間に全員で撮った映像のチェックをします。とにかく次から次へと目まぐるしく撮影が進んでゆきますので、悪戦苦闘となりました。野外での撮影は炎天下に苦しみました。しかし、PL花火が打ち上がる夜の8時まで、誰もが音をあげることなく、短編映画1本分の映像を撮り終えることができました。以下、出演した学生と撮影した学生の感想を綴り、詳細をお伝えしましょう。

短編映画「南キャン物語」のあらすじ 国際観光学科 来村ゼミ4回生 岡本梓(監督・編集)

岡本梓さん

 それぞれの感想をお読みいただく前に、映画のあらすじを紹介しておきましょう。

 不思議な出来事はPL花火大会の行われる8月1日、南キャンパスで起きました。考古学の集中講義を受けていた学生が3階に閉じ込められてしまったのです。犯人は教材として教室に持ち込まれた中国出土の銅鏡でした。近くで人が激しい感情を放つと、周囲の空間を外界から切り離し、時間をずらしてしまう魔力をその鏡は持っていました。空間に閉じ込められた人間は外界は見えても、外に出ることはできず、閉じ込められた人間は外界から見えません。二千年も眠りについていた鏡の力が、前日に南キャンパスで起こった喧嘩によって再び目を覚ましかけます。集中講義に遅れてきた学生たちは、前日に喧嘩を起こした張本人でありました。授業中にも横柄な態度を見せる学生に先生の怒りが爆発します。その瞬間、ついに鏡の力が目覚めてしまったのです。

銅鏡

 先生は消え、問題の学生たちも次々に消えてゆきます。しかも、教室のある3階そのものが外界から切り離されてしまうのです。学生たちは脱出しようと試みますが失敗。宵闇が迫り、諦めかけたそのとき、ひとりの学生が教員の講義を思い出します。「鏡の箱に呪文が記されていた」という講義でした。その文字は教員がホワイトボードに書いていたはず。よく見ると、消された文字が薄く残っています。なぞって浮かび上がった文字は「明鏡止水」「五色破鏡」の8文字でした。「鏡は時を止め」「五色がその力に勝つ」という意味かと、頭脳君のニックネームをもつ学生が解きました。とはいえ、五色の意味がわかりません。そんなものが教室にあるのか。学生たちが考えあぐねていたそのとき、窓の外でPLの花火が打ち上がりました。というところで物語はクライマックスに入りますが、少しは話を残しておきましょう。あとは感想をお読みください(監督:岡本梓)

【映画「南キャン物語」制作メンバー】

監督:岡本梓  
助監督:来村多加史  
撮影:張東国・邵宇傑
撮影助手:David Kou  
録音:土井駿矢
出演者:井本有亮・岡慧・坂井翔真・竹藤大輝・井原恵美・今成友美・河原未実・北川雄一郎・樋口侑華・藤澤知世・和田夏実・王璐・岡本雄一・大西真沙子・鎌田翔・清水裕晶・山田博之・
寺田ジュタマーツ・吉川仁美・楼旋
エキストラ:市田憲代・森下春樹・若松大智
特別出演:大谷新太郎・森重昌之(教員)

想像以上に難しい自然体の演技 国際観光学科 来村ゼミ4回生 寺田ジュタマーツ(学生役)

寺田ジュタマーツさん

 撮影の当日になって、ようやく台本が配られました。映画は自作の短編ですが、台本には登場人物と台詞がしっかりと記され、場面の撮り方なども付けられています。助監督の来村先生が台本にそって物語のあらすじと狙いを説明されたあと、監督の岡本梓さんが音頭をとって配役を決めました。幸い私は役をいただけました。真面目で少し怖がりな学生の役です。打ち合わせが終わると、時間をおかずに、いきなり撮影が始まりました。演技をする学生は台詞とその横に書いてある演じ方を急いで読んでいます。初めての経験ですが、何とか役を務めようと、みんな真剣な顔つきです。撮影スタッフは教室の後ろから台車を押し、その上にカメラマンが乗って「ドリー」という手法で私たちを撮ります。横に座る吉川さんとチラシを見ながら、その日に行われるPL花火大会の話をする場面から撮影は始まりました。

撮影風景

 梓監督の「いきます。5・4・3…」のカウントダウンに合わせてカチンコが鳴らされます。それまでのムードが一変し、現場に緊張感が走ります。その日、初めて台詞を口にする役になってしまった私は誰よりも緊張していたはずです。演技もしなければなりません。チラシを覗きこみながら「花火大会、行きたいね」と話す簡単なシーンですが、いきなりのNG。台詞が棒読みであったことと、私たちの背後に順番を待つ学生たちか映ってしまったためです。「もっと自然に。普段通りに」と、助監督から演技指導が入ります。この場面はラストシーンへの大事な伏線となりますので、カットするわけにはいきません。それだけに気合いが入るのですが、空回り。何回撮り直してもらっても、自然体にはなれませんでした。演技というものの難しさを痛感しました。

日常とは違う自分を見せる楽しさ 国際観光学科 大谷ゼミ3回生 河原未実(学生役)

河原未実さん

 私の役も真面目な学生なのですが、ちょっぴり不服顔をします。来村先生みずからが演じる「鬼軍曹の異名をもつ先生」は、教室に入るや「バン!」と講義ノートを教卓に置きます。眠たそうにだらだらとしている学生に早くも腹を立てています。鬼軍曹はせっかちで、授業開始時間の1分前に講義を始めようとします。そこで私の台詞が入ります。「先生、まだ時間と違います」という簡単な言葉ですが、いかにも「面倒くさい」という態度でしゃべらなければなりません。普段はそんな態度で先生に話しかけたことがありませんので、緊張はしても、逆に新鮮でした。初めての演技でしたが、わざとらしくない自然体の演技ができたと納得しています。

映画撮影風景

 私の台詞が終わると、それに続けて、次から次から遅刻した学生が教室に入ってきます。教室の中には11人の学生が座りました。多人数が映ることになりますが、撮影は細部までこだわって行われました。時間は朝で、しかもまる1日の講義という設定ですので、全員がけだるそうで、不服いっぱいの雰囲気を伝えないといけません。この場面の主役は4回生の岡本雄一先輩です。映画では撮影をスムーズに進めるために、実名を役名にしました。前日にキャンパスで不良グループに殴られるという役どころで、目の周りと口の横を赤くメークしていましたが、赤味が足りないということで、急遽私が赤いチョークで塗り直しました。

映画撮影風景

 撮影現場は和気あいあいですが、話はシリアスに進みます。かなり遅れて入ってきたのは不良グループ4人。リーダー格は岡本先輩を殴る役をした2回生の岡慧君です。教室に入った岡君は前日に岡本先輩を助けた3回生の北川雄一郎君といきなり睨みあいます。北川君はストーリーの最後に鏡の力を打ち破るヒーローです。悪役の岡君との対比が面白く、その場面も一触即発の緊迫した空気をうまく撮ることができました。

殴られてふっきれた演技 国際観光学科 来村ゼミ4回生 岡本雄一(学生役)

岡本雄一さん

 不良グループのリーダーを演じる岡慧君とヒーロー役の北川雄一郎君が睨みあい、ピリピリとした空気が流れますが、そのときの私は前を向いたままです。対立の原因が私であるため、そちらを直視することができないのです。場面に一段落がつくと、ものを思う私の顔がアップされてぼやけ、前日の回想シーンが始まります。私の役は早い段階で決まっていました。「岡本、殴られるシーンを撮りたくはないか」という助監督の誘いがあったのです。まさか人生でそんな経験をするなんて思ってもみませんでしたが、それだけに強く興味を引かれ、どうせやるなら楽しもうと、心が動きました。

映画撮影風景

 撮影はキャンパスの前庭にある芝生の上で行われました。不良グループに囲まれて殴られる芝居をしなければいけません。役を言い渡されてから相当に悩みましたが、体当たりで臨むしかありません。岡君に胸倉をつかまれて殴られる瞬間、手の動きに合わせて首を振り、倒れてうずくまる。そして、痛そうに口を拭う。一連の演技は難しく、やはりNGを連発。時間ばかりが過ぎてゆきます。「もうこれで最後にしましょう」と監督の指示が出て、ラストテイクになりました。責任重大です。頭に描いたイメージに集中し、思いっきり演じたところ、やっとオッケー。出演者や取り巻きのスタッフから拍手が出て、思わず笑顔になれました。これだけの演技をこなすと、ふっきれたのか、そのあとの収録は楽しんで取り組むことができました。悩みを払拭する爽快感が演技を通して伝わればいいのですが。

演じ甲斐のある悪役 国際観光学部 来村ゼミ2回生 岡慧(学生役)

岡慧さん

 私の役は不良グループのリーダーでした。役柄はとても短気で喧嘩っ早く、岡本雄一先輩を殴ったり、ヒーロー役の北川雄一郎君と対立したりと、やたら問題を引き起こす学生です。その対立が収まると、場面は午後に入ります。「鬼軍曹」は講義を進めますが、朝からの連続授業に学生たちは疲れきり、ほとんどが机に伏せっています。ここで先生が眠気覚ましにと取り出したのが問題の銅鏡です。楊玄という道教の僧侶の墓から出土した漢代の銅鏡であるという設定です。発掘されたときには、鏡を入れた木箱の蓋に「明鏡止水」「五色破鏡」の8文字が墨書されていたというのです。そういうことをホワイトボードに書きながら講義を進めるのですが、聞いているのは岡本先輩のみ。あとの学生は完全に寝入っています。たまりかねた鬼軍曹は大きな声で「起きろ!」と叫びます。その声に反応してみんなは顔を上げるのですが、そこで私のとんでもない台詞が入ります。「お前の話はおもろないんや」という暴言です。鬼軍曹は教壇から歩み寄り、私の胸倉をつかみます。もちろん芝居ですよ。カメラは机に置かれた鏡を手前にして、私に向かう先生の後姿をとらえます。私の胸倉をつかんだ先生の姿が突然消えるという筋書きです。その技法は簡単。胸倉をつかんだ先生が画面の横にハケる数秒間、私や他の学生はじっと動かないでいます。

映画撮影風景

 そうして後で映像を切ってつなげば、うまく姿が消えるのです。そこで私の芝居が入ります。先生が消えたあとの演技です。顔を右や左に振って動揺します。目の前の人間が突然消えたときの驚きを目で表現しなければいけません。私は思わず「先生どこへ行ったん?トイレかな?」なんてとぼけた台詞を口走ります。それまで突っ張ってきた不良グループのリーダーが弱気な学生に一変するのです。心の動きを顔で表現することに苦労しました。現実の私も中高時代に態度が悪いと言われてきましたが、喧嘩はしたことがありません。ましてや人の顔を殴ることなんて初めての経験です。北川先輩にからむ動作も最初は不自然でした。悪役は難しいけれど、やりがいがありました。どういうヒールに仕上がっているか、ご覧ください。

自分の言葉でやりやすいように 国際観光学科 来村ゼミ3回生 井原恵美(学生役)

井原恵美さん

「あんたの責任なんだから、先生を探しに行けばどうなの」と、机を叩いて岡慧君を追い込みます。前日の喧嘩のシーンでは殴られる岡本雄一先輩を助けようと岡君に抗議する。そんな強気の学生を演じました。普段の私とは違う、気の荒い女子学生ですが、岡君が教室から出て行ったあとに、少し不安げな表情も見せます。先生が突然消えて、自分も恐ろしくなってきたのに、それが表情に出ないよう、わざと強気にふるまう。そんな微妙な心理を演技に込めなければいけません。台詞もけっこう多く、本当に私で務まるのかな、と不安でした。カメラや取り巻きの前で演じた経験もなく、恥ずかしさでいっぱいでした。出演者には先輩も後輩もいて、気心の知れた3回生ゼミの仲間たちだけではありません。そういうこともプレッシャーの原因でした。

映画撮影風景

収録に入ると、ワンシーンごとに助監督から一人一人対する演技指導があり、私には「自分の言葉でやりやすいように」というアドバイスでした。おかげで少しは肩の力が抜け、自然体の演技ができました。時間が経つにつれて出演者の全員が撮影に慣れ、カメラマンや音声などのスタッフも機材の使い方をマスターして、撮影がずいぶんスムーズになってゆきます、映画に対する全員の集中力は最後まで持続し、よい映画を作ろうという心がひとつになって、徐々にチームワークができました。そういう成長を体験できたことは幸運でした。学年の枠を外し、ゼミ生が合同で活動をするのは今回が初めてでしたが、礼儀を守りながらも、打ちとけることができました。成果の多い活動であったと思います。

NGの連発に演技の難しさを痛感 国際観光学部 来村ゼミ2回生 竹藤大輝(学生役)

竹藤大輝さん

私の役は不良グループのひとりですが、少しクールな役柄です。不良4人組にも個性があって、熱くなりやすい岡慧君の行動を冷静に見守り、ときに制止する学生が私であるのです。前日の喧嘩の場面では、他の3人から距離を置き、非情な顔で傍観する役を演じました。柱にもたれてクールに見つめるだけの演技ですが、これがうまくできません。カメラが回ると、ついつい笑ってしまうのです。心の中で笑ってはいけないと思うと、逆に笑いが出る。実際の自分は役の中の「竹藤」とは正反対の性格ですので、そのギャップが大きすぎるのでしょうか。

映画撮影風景

撮影場所は炎天下で、全員が汗をかきながら私の演技に注目しています。「早く終わってくれ」という気持ちがひしひしと伝わってくるのですが、どうしてもうまくいきません。NGの連発に落ち込みます。教室で北川先輩と睨み合う岡君に「やめとけ岡」と声をかけるシーンもありましたが、これも台詞を言うタイミングが難しく、思うように運びませんでした。やたらと撮り直しが多い役者になってしまい、みんなに迷惑をかけましたが、演技の難しさを実感できたことは成果でした。これからはテレビドラマや映画を観る目が変わるでしょう。貴重な経験をさせていただいたことに感謝しております。

役になりきれた瞬間 国際観光学部 来村ゼミ2回生 井本有亮(学生役)

井本有亮さん

私の役も不良学生のひとりです。熱くなりやすい岡慧君や冷静な竹藤大輝君の役柄にメリハリがあるのに対し、私ともうひとりの不良学生役である坂井翔真君の2人は今一つ役の上での性格が見えてきません。芝生の上で岡本雄一先輩を囲むシーンでも岡君を制止したものの、それほど個性が打ち出せませんでした。台詞もそれほど多くなく、収録の前半では、どういう人間を表現すればいいのかをつかみ切れませんでした。ところが、先生が消えたあとの展開で思わぬ変化があったのです。

映画撮影風景

廊下を歩く4人組の後ろ姿をカメラが台車に乗って追います。廊下は殺風景で暗く、何かが起きそうな雰囲気になっています。消えた先生がトイレに行ったのでは、と発言してしまった岡君の手前、4人はしぶしぶトイレを覗きますが、先生の姿は見当たりません。廊下に出た4人は顔を見合わせます。ここで「ちょっと怖くなってきたから外に出よう」という私の台詞が入るのです。不良グループに入って強がっているけれど、ひとりで窮地に立たされると何もできない、という役柄がそのときひらめきました。私の提案で4人はエレベータに乗り込みます。3階・2階・1階と表示が出てドアが開きました。いそいで出てゆく4人はすぐさまそこが3階であることに気づきます。「エレベーターが壊れているのではないか。それなら階段で下りよう」と慌てますが、一足先に下りた岡君は3階から2階へ続く踊り場で消えてしまいます。残る3人は無事に2階まで下りますが、その階の表示は3階。ここで岡君が消えたことに気づいた竹藤君が駆け戻りますが、またも踊り場で異次元の空間へ飛ばされます。それを追う私が4階へたどりつくのですが、やはりそこは3階でした。つまり、3階の空間からどうしても抜け出せないのです。壁に両手をつけてしゃがみこみ、頭をかかえてうずくまる演技がここで入ります。絶望を表わす「もうあかんわ」という台詞も難しく、何回かの撮り直しはありましたが、最後は納得のゆく演技ができました。リーダーの岡君が消え、冷静な竹藤君が消え、そして自分自身が消えてゆく恐怖。演じているうちに、その恐怖が現実に起こっているような気分になり、小心者の表情や動作が自然に表現できたのです。「役になりきる」という言葉の意味が少しわかったような気がします。

階段から落ちて廊下をはう 国際観光学科 来村ゼミ2回生 坂井翔真(学生役)

坂井翔真さん

私は不良グループのなかでも、少し茶目っけのある学生を演じました。能天気な性格ですが、さすがに岡君が消え、竹藤君が消え、井本君と2人っきりになると、恐怖に襲われて動揺します。竹藤君を追って2人は階段を駆け上がりますが、踊り場で私が転倒。これは演技ではなく、本当に転倒してしまったのですが、それが却っていい、ということで撮影は継続。結局、井本君だけが駆けあがり、私は踊り場に残されます。

3階から出られないとなれば、あとは教室に帰るしかありません。痛めた足を引きずりながら階段の手すりをもって下りますが、途中で踏み外して転がり落ちます。わずか数段を落ちるだけですが、実際にやってみると、階段の角にあちらこちらをぶつけます。その痛みに身体がいやがり、迫力のあるスタントができません。非情にも撮り直しの声がかかります。どうすれば本当に転がり落ちているように見えるかを考えます。イメージができると、文字通りの体当たりの演技を試みました。その結果、この映画の一番の見せどころだと誇れるシーンが撮れました。

映画撮影風景

落ちた所は3階の床。映画の中の私は打撲なのか恐怖でしびれたのか、歩けなくなります。そうなれば、腕の力で這ってゆくしかありません。身体をくねらせ、廊下を這って教室に向かいます。蒸し暑い廊下をズルズルと匍匐前進する姿は自分でも哀れに感じます。そして、行き着いた教室のドアを叩くところでシーンの撮影終了です。オッケーの声に思わず長い息を吐きましたが、達成感を味わうことができました。何か人間がひとまわり成長したような気がします。得がたい体験でした。

自分の絵をつくる意識 国際観光学科 来村ゼミ3回生 和田夏実(学生役)

和田夏実さん

私の台詞は坂井翔真君が廊下を這って教室のドアを叩くところから始まりました。ドアを開けると同時に倒れ込む坂井君に「どうしたの?」と声をかけます。展開は簡単なのですが、どのアングルから撮影すればよいかが決まらず、何回かの撮り直しがありました。ドアの外でノックする坂井君とドアを開けて驚く私のタイミングもなかなかうまくとれません。テイクのたびごとに床に倒れ込む坂井君が気の毒になります。台詞が少ないからといって気を抜かず、常にカメラに撮られていることを意識しつつ、自然体に映るように心掛けました。

私が台詞を口にするもうひとつのシーンは鎌田翔先輩が窓から脱出しようとする場面です。時間のずれた空間の壁を打ち破ろうとして教室の窓へ突進する場面です。「そんなの無茶よ!」と叫んで鎌田先輩を止めるのが私の役でした。そういった展開がすべて台本に記されているのです。

映画撮影風景

台本はシーンごとに分けられていて、それぞれに撮影場所が異なります。同じ教室でも机の並べ替えをして場面を変えました。簡単な自作映画でも、これほどの手間がかかるわけですから、映画館で上映される本格的な映画にはどれほどの手間と費用がかかるのでしょう。想像もできません。映画の奥深さを改めて実感させられました。たった1日の撮影ですが、中身が濃く、試行錯誤がありました。最後のシーンを撮り終えたとき、達成感が一気に訪れ、目頭が熱くなりました。映画の撮影など、誰しもが初めての経験でしたが、暑さにも音を上げず、本当にみんながんばりました。この活動に参加できたことを誇りに思います。

なにごとも思い切ること 国際観光学科 大谷ゼミ4回生 大西真沙子(学生役)

大西真沙子さん

ひとりの女子学生として目立たずにいた私に台詞のシーンが訪れたのは坂井君が教室に戻ってきたあとでした。和田さんがドアを開け、教室に坂井君が倒れ込むシーンでひとたび画面が切られ、時間がやや経過したことが伝わるように、次の場面は坂井君が落ち着いて座っているところから始まります。坂井君を取り囲むみんなが一様に暗い表情になっているのは、岡君や竹藤君に起こった出来事と3階から抜けられないという事実を知らされたからです。恐れる学生の心を代弁するように私が発言しました。「廊下に出るのが恐い」という台詞です。とんでもない事態に陥ってしまったことをここで表現しなければなりません。私は集中しました。自分が実際にこういう目に遭ったら、どんな気持ちになるのか。そう想像して演じるべき感情を見つけました。それでも何度かの撮り直しをしてしまいました。こんなに短く簡単な場面ですら、これほど苦労するのです。演劇や映画で人に見せることができる演技をするとなると、どれほど才能と努力が必要なのでしょう。

映画撮影風景

私が恐れを口にしたあと、藤澤知世さんがあることに気づきます。外にいる誰かに助けを求めたらいいのではないか、という案です。なぜそのことに早く気づかなかったのだ、という気持ちで学生たちは窓に駆け寄り、キャンパスを見下ろします。すると、大谷新一郎先生と森重昌之先生が話をしながら歩いています。学生たちはすぐさま大きな声で先生方の名を叫びます。十分に聞こえるはずなのですが、下を歩くお二人に届きません。大谷先生が立ち止まり、何かが聞こえたようなそぶりをされますが、「空耳か」という表情で立ち去ります。時空の壁がみんなの声を遮ったのです。

映画撮影風景

 このシーンを撮る前に何度かリハーサルをしましたが、いざ本番になると、全員が恥ずかしがって、思うように大声を出せません。それでも互いに励ますように叫ぶうちに声が大きくなり、最後は吹っ切れました。大声で先生の名を呼べたのです。大声は出してみると気持ちのいいものです。撮影の当初、芝居とはいえ、感情をぶつけることにためらいはありましたが、役に入ると恥じらいは消えます。なにごとも思い切ること。そのことが学べただけでも、チャレンジした甲斐があったというものです。
このシーンを撮る前に何度かリハーサルをしましたが、いざ本番になると、全員が恥ずかしがって、思うように大声を出せません。それでも互いに励ますように叫ぶうちに声が大きくなり、最後は吹っ切れました。大声で先生の名を呼べたのです。大声は出してみると気持ちのいいものです。撮影の当初、芝居とはいえ、感情をぶつけることにためらいはありましたが、役に入ると恥じらいは消えます。なにごとも思い切ること。そのことが学べただけでも、チャレンジした甲斐があったというものです。

体当たりの演技に自信 国際観光学科 吉兼ゼミ4回生 鎌田翔(道具・学生役)

鎌田翔さん

撮影の当初、私は小道具の調達係として動きました。ビデオカメラや録音機、カチンコなど、撮影に必要な道具は揃っていたのですが、野外撮影用のレフ板や監督が使うメガホンがないことが直前になってわかったのです。レフ板は光線を操る反射板で、人の顔に日光を反射させて明るく見せる場合に使用します。急遽、近くの日用大工店で画板を買い、しわを寄せた台所用のアルミホイルを貼って代用しました。メガホンはその店で見当たらなかったので、100円均一で販売されていたミニサイズのロードコーンの先を切って代用。それで岡本梓監督の声が大きく響きました。

映画撮影風景

当初は小道具の製作だけで務めを果たす予定であったのですが、ありがたいことに出演も決まりました。話の中段とフィナーレを締める重要な役であるいうことで、収録のあいだ、緊張はしていましたが、どんな演技をしてやろうかと、役が回ってくるのが楽しみでもありました。時空の歪みで隔離された教室から脱出しようと、決死の覚悟をして3階の窓から飛び出す学生が私の役です。とはいえ、撮影は安全第一ですので、本当に飛び降りたわけではありません。教室の奥から助走をつけ、窓枠まで飛ぶ私の姿を後ろからカメラがとらえ、あとの編集で映像をつまみ、空へ飛んで消えたように見せる、という手法です。しかし、迫力のある場面にするため、心の中では実際に外へ飛び出す気持ちで挑みました。いい絵に仕上げていただけることを期待しています。

映画撮影風景

筋の上では空中で消えてしまったわけですから、それからしばらく私は登場せず、次の出番を待ちます。北川雄一郎君の活躍などによって鏡の力を打ち破り、学生が元の世界に戻ったあと、最後のシーンで私が登場します。飛び出たときから時空が戻れば、おのずと私は落下します。その地点は3階の学生たちに庭から声をかける山田博之君たちの背後です。辺りはすでに暗くなっていますので、ただ寝ころがるだけでは目立ちません。そこで私は音で演出しました。みずから飛び上がり、柔道の受け身の要領で地面に身体をぶつけたのです。ドンという音に驚いて振り向く山田君たちの姿を撮ることができたら、前のシーンとつながります。来村ゼミの学生は体当たりの活動をモットーとしていますので、私も負けじと体を張ったのです。翌日は軽い腰痛を覚え、Tシャツが破れていることに気づきましたが、生々しい演技に挑戦したことの証です。作品の仕上がりが楽しみです。

恥ずかしいなんて言ってられませんでした 国際観光学科 来村ゼミ3回生 今成友美(学生役)

今成友美さん

 私はおとなしい女子学生の役で、どちらかと言えば普段の私に近い役柄です。そういう私ですので、人前で演技をするなんて、これまで考えたこともありませんでした。ましてや高校生も観る映画となれば、なおさら恥ずかしく、「この私に演技ができるのか」という不安が収録の当日まで続きました。ところが不思議なものです。先生や他の学生たちが堂々と演技をしている姿を見ているうちに、不安と恥ずかしさが薄らいでゆきます。台詞を口にしたのはラストシーンの直前でした。夜になっても時空が戻らず、疲れきって座り込む学生たちの顔が順番にドリーで映されたあと、アップになった私が鏡の光に気づき、「あっ、あれは何?」と驚くのです。ただそれだけの台詞ですが、表情を作ろうとしても、うまくゆきません。

映画撮影風景

 私の発言に応じた北川雄一郎君が光る鏡を探りにゆき、魔力の秘密が明かされる展開となります。いわば私は問題解決の糸口を見つける役目なのです。絶望から希望への転換を見せるシーンであるだけに、驚く表情にも微妙な気持ちの変化が求められます。たとえ短いセリフであっても、感情を込めないと演技にならない。そのことを実感しました。それにしても、娯楽の延長のような雰囲気であったロケが後半になって引き締まってきたのは驚きです。言われてきちんとするのではなく、楽しいから真剣になれる。私も含めて、全員がそうであったのでしょう。誰一人ふざけず、真剣に取り組む姿に感動しました。気がつくと、当初の恥ずかしさは消え去っていました。

リタイアも考えた足の痛み 国際観光学科 森山ゼミ4回生 清水裕晶(録音・学生役)

清水裕晶さん

 南キャンパスに朝早く着いた私は音響の役をいただきました。「とりあえず練習がてら」と言われて外に出た私は、車の通行音やセミの鳴き声など、身の回りの音を拾いました。操作をするだけで録音できると思っていたら大間違い。あとで聞くと、風の音が混ざっていて使い物になりません。非常に難しい作業であることがわかります。録音役は途中で土井駿矢君にバトンを渡し、そのあとはカチンコ役を担いました。カチンコは映画の撮影現場で使われるスタートの合図です。フィルムと音を合わせる基準点として開発されたと聞きます。

 助監督の演技指導で撮影が始まると、学生たちも真剣な顔つきになりましたが、NGを連発する学生にみんなが失笑します。真剣かつ和やかな空気が現場に流れました。取り直しを要求されたり、一発でOKが出るシーンがあったりなど、その時々によって芝居の出来不出来があります。台本を渡されたあと配役が決定し、私は頭脳君の役になりました。頭脳君とはそのニックネーム通り、賢い学生です。最初から教室にいるのですが、目立つことはなく、活躍するのは中盤から終盤にかけてでした。

 最初のほうは寝ている役で、台詞もありません。がんばり所は昼からであることがわかっていましたので、昼休みを挟んで午後の撮影に入ると、頭脳君の役にモードを切り替えました。「硬くならないよう、しゃべりやすい言葉で話せ」というアドバイス通りにみんなが大阪弁をしゃべるなか、私だけが地元の広島弁で押しました。少し奇妙な感じになったような気もしますが、演技はできました。完成した作品を見るのが楽しみです。

映画撮影風景

 休憩の間に困ったことが起こりました。左足が痛み出し、痙攣すら感じるようになったのです。痛みを少しでも和らげようと、自分でマッサージをして撮影に臨みましたが、立っていることさえつらい状態です。途中でリタイアしようかとも思いましたが、大事なラストシーンを残しています。責任感と気合で最後まで乗り切りました。頭脳君こと私が本領を発揮するのは、鏡の箱に書かれていたという漢字8文字の解読シーンでした。ホワイトボードに薄く残る文字を北川雄一郎君がなぞると、「明鏡止水」「五色破鏡」の文字が浮かび上がりました。その意味を頭脳君がみごとに解くのです。「明鏡止水とは時間を止めることではないか?」「五色破鏡とは五色が鏡の魔力を打ち破ることではないか?」と推理する私の台詞は、最も長い台詞でしたが、1回の撮り直しでオッケーが出ました。

 そのあと、みんなで五色を探す場面へと続き、ラストシーンを迎えます。撮影を終え、打ち上げを終え、後片付けを終えてキャンパスを出たのは夜の10時過ぎでした。朝一番の8時過ぎに来た私は、何と14時間も休むことなく活動を続けたことになります。苦労した結果が楽しみです。

現実の花火をストーリーの花火と重ねる 国際観光学科 来村ゼミ3回生 樋口侑華(学生役)

樋口侑華さん

 今成友美さんと同じように、私もみんなに希望を見せる役を与えられました。鏡の箱に記された文字の意味を頭脳君のニックネームをもつ清水裕晶君がみごとに解いたあと、みんなで魔力を破る「五色」を探すのですが、見当たりません。「やはり駄目か」と諦めかけたそのとき、外で打ち上がるPLの花火に気づいた私が「もしかするとあれじゃない」と言って、窓の外を眺めます。五色とはこの日に打ち上がる花火の光だったのです。ひとコマだけのシーンですが、役割は大事です。幸い撮り直しなくクリアしましたが、時間はもう夜の8時です。振り返れば、朝10時のミーティングから数えて10時間が経過しています。

 撮影は場面と場面の間に休憩が入りましたが、その間もただ休んでいたわけではありません。教室に大型のテレビ画面を持ちこんで、先に撮影した映像の仕上がりを全員で確かめました。もしうまく撮れていなかったら、撮り直さなければなりません。そのような作業を繰り返しているうちに時間は刻々と過ぎてゆき、PLの花火までに間に合うのか?という心配が出てきました。鏡の魔力に気づいてから、ラストシーンまでは助監督の声が慌ただしく響く展開となりました。みんなも撮影を1回で決めようと必死です。その甲斐あって、ちょうど花火が美しくあがり始めたときに、花火のシーンの撮影ができるところまで漕ぎつけたのです。

映画撮影風景

 普段の私に求められているのは、積極性です。そのことを自覚していますが、なかなか一歩を前に出せません。こんどの収録でもみずから進んで事を運ぶことができませんでした。そういう私ですが、撮影の体験を通じて、前に出る感触をつかめたような気がします。ここぞという時に積極性を見せるコツを、活発な先輩たちの指導を仰ぎながら、必ず修得してみせます。

渾身の力で鏡の魔力を破る 国際観光学科 来村ゼミ3回生 北川雄一郎(学生役)

北川雄一郎さん

 「映画を作るぞ」と来村先生から話をもちかけられたとき、こう思いました。「そんな経験はこの機会を逃すと二度とできないだろう」と。もちろん、即座に参加を決めました。とはいえ、どんな役をいただけるのかがわかりません。結局、配役が決まったのは撮影の当日でした。参加した学生たちは朝の10時に教室に集まり、そこで1人1人に台本が配られました。私の役は岡本雄一先輩を助け、ヒールの岡慧君と対立し、最後に鏡の魔力を打ち破るキーパーソンです。主役級の役どころではないですか。劇の一幕も演じたことがない私にそんな役が務まるのだろうか。撮影が始まるまで不安だらけでした。

 まもなく野外での撮影が始まりました。岡本先輩を殴り倒す岡君の暴力をいさめるシーンです。いきなりこちらにも殴りかかってくる岡君のパンチを手のひらで受けとめ、睨み合う演技も入ります。見かけに似合わずアガリ症の私は、思わず緊張して台詞を噛んでしまいました。なんとか切り抜けた野外での撮影でしたが、教室でのシーンにはもっと長い台詞も待っています。どうしたら気持ちを落ち着かせることができるのか。色々と考えましたが、妙案が浮かんできません。次の本番が始まるまでの長い待ち時間に仮眠をとって、心を落ち着かせようとしましたが、大汗をかいた身体を教室の冷房で冷やしてしまったせいか、顔の動きがこわばって逆効果。台詞を噛む回数が前よりも多くなり、ますます焦ります。

映画撮影風景

 撮影が夜に入り、いよいよ鏡の魔力を打ち破る段となりました。鏡が放つ光に手をかざすシーン、ホワイトボードに残された文字をなぞるシーンなど、演技に細かい動作が求められます。頭脳君こと清水裕晶先輩の長台詞で魔力に打ち破るヒントが出され、樋口侑華さんが五色とは花火のことじゃないかと気づきます。あとは私が鏡を花火にかざして魔力を封じるだけ。ようやくラストシーンです。そこで自分にこう言い聞かせました。「役の中の北川は勇気ある学生なんだから、その役になりきろう」と。そう心に決め、渾身の力を込めて鏡をかざしました。本当に魔力を取り除く気持ちをもってかざしたのです。監督から「はい、カット!」の声が出たとき、それまで自分を縛っていた緊張の魔力も解消されたような気がしました。こんな達成感が味わえるのなら、第2弾、第3弾と映画を作ってみたい。そういう気持ちにさせてくれる体験でした。

体力勝負の映画作り 国際観光学科 来村ゼミ3回生 藤澤知世(学生役)

藤澤知世さん

 私は小学校の授業や高校の行事で軽い演劇をした経験はありましたが、カメラの前で本格的に演技するのは初めてでした。台詞を覚えても、本番に緊張して頭が真っ白になってしまったこともあります。そんな苦い経験がトラウマになって、演技は好きではないのですが、この先の人生でこんな機会はもう訪れないだろう、と思うと興味が引かれ、何となく参加してしまったのです。ただ教室に座っているだけのエキストラだと思っていたところ、台詞が回ってきました。そして、北川雄一郎君が鏡の魔力を破ったあとの台詞を任されたのです。

 五色に輝く花火の光で魔力が封じ込められたはずなのに、現実には何も起こらない。ハッピーエンドに入る手前で、話を軽く後退させる台詞です。「何も起こらないじゃない」という短い台詞で希望から絶望へ雰囲気を引き戻さないといけません。私の表情と台詞回しでラストシーンの感動が左右されます。緊張して顔がこわばりましたが、助監督の演技指導によって何とかうまく演じ切りました。しかし、緊張が疲労を早めるのでしょうか、重い疲れがどっと押し寄せました。

映画撮影風景

 終わってみると、予想通りに撮影はとてもハードでした。私だけでなく撮影スタッフも出演者も全員が「もう限界」といった顔をしています。たった1日の収録でこうなるのですね。実際のテレビドラマや映画に出演している俳優や撮影スタッフはこの数倍の体力を使っているのですから、改めて彼らの苦労と凄さがわかります。ただし、私たちの映画作りもこれで終わったわけではありません。1日で作ったのは映画の素材で、あとの編集は大変な作業になるでしょう。編集は監督の岡本梓先輩が一手に引き受けるようです。「がんばってください」というしかありませんが、作品が完成するとき、すべての苦労が達成感に変わる気がします。その喜びを分かち合えるのは、映画作りに参加した私たちだけなのでしょうか。そう思えば、苦い経験を乗り越えて参加した意義が見えてきます。

誇れるチームワーク 国際観光学科 来村ゼミ4回生 山田博之(学生役)

山田博之さん

 それぞれに用事があって、夕方にやっと撮影チームに加わることができたのは、私と王璐さんと楼旋君の3人でした。当然のことながら役はないだろうと思っていたところ、「ちょうどいいところに来た」と言わんばかりに、3人に大切な役がつけられたのです。ラストシーンをサポートする「外部の人間役」です。鏡の魔力によって教室棟の3階は時間がずれて、外からは見えないという設定でした。昼間には大谷先生と森重先生に学生たちの叫びは届きませんでした。校庭から見ると、3階の教室は誰もいない空き部屋に映るだけです。

 ところが、PLの花火が打ち上がる時刻に用あって南キャンパスを訪れた私たちは3階の教室に明るく電気が灯り、学生たちが外を見て騒いでいる光景を目にします。そこで私が3人を代表して「お〜いお前ら、何やってんだ」と叫ぶのです。一方、教室では北川君が鏡を花火にかざし、「何も起こらないじゃない」と藤澤さんが落胆する場面が展開していました。そこに私の声が届いたのです。外からの声が聞こえるということは、鏡の魔力が解け、ひずんだ時空が元に戻ったことを意味します。そこで消えた来村先生や岡君・竹藤君・井本君の3人が教室に戻り、私たちの背後には窓から飛び出した鎌田君がどさっと落ちてくるのです。よく仕組まれたストーリーです。

映画撮影風景

 映画の中ではほんのわずかな時間となるでしょうが、このシーンを撮るだけで随分手間がかかりました。編集で私のかけ声を合成するよりも、実際に私の声を聞いて教室の学生たちが喜びの声をあげる。そうした方がリアルさが伝わるとの判断です。よって教室で撮影しているビデオカメラに私の声が届かなければなりません。助監督が振る手の合図とともに私は大声をあげました。このタイミングをとるのに手間取ったのです。朝からの撮影は長時間に及びますので、制作チームの全員が疲れているはずですが、最後までこだわりを捨てない。そういう姿勢に心を打たれました。また、1日の撮影を通じて2回生、3回生、4回生がひとつにまとまり、チームワークを発揮できたのは素晴らしいことです。来村ゼミの幹事長として誇らしい気持ちになりました。

身体が悲鳴をあげる重労働の撮影 国際観光学科 来村ゼミ3回生 張東国(撮影)

張東国さん

 映画は映像を見せる作品ですので、ビデオカメラを持つ役目が最も大切です。その大役を与えられたのは、私と邵宇傑君の2人でした。配役は当日になって決まりましたが、「カメラマンをしてくれないか」と言われたのは、収録の数日前でした。ビデオカメラはSONYのハンディカムNEX-VG10で、自作映画に挑戦する人もよく使うという本格的な機種です。扱ってみると意外に簡単で、しかも軽量です。「これならさほど問題はないだろう」と安心していました。ところが、いざ撮影してみると、そのような甘い考えは微塵も残さず吹き飛びました。役者が演技で表現する心をいかに伝えるかがカメラマンの使命だと聞いています。そのためにはカメラの位置に気を配り、優先する必要があります。カメラマン自身のことは二の次のようです。ときには無理な体勢で撮影しなければなりません。私も撮影をしてみて、そのことを痛感しました。

映画撮影風景

 撮影は私と邵君が交互に担当しましたが、カメラレンズを覗き込みながら集中力を持続させる作業なので、とても神経を使います。一番苦労をしたのはエンディングのシーンでした。リズミカルな曲に合わせて学生たちが次第に列を作り、勢ぞろいしてからカメラの両サイドにハケてゆく流れをデイビッド君が押す台車に乗ってドリーで撮影するのです。曲に合わせますので、途中で休憩、というわけにはゆきません。台車は揺れますので、カメラの映像がブレないよう、中腰になって両脚を曲げて踏ん張り、そのままの姿勢で身体を固定し、全員の顔を撮っていきます。

映画撮影風景

 中腰で腕をあげながら炎天下にこの作業を繰り返したものですから、身体が悲鳴をあげました。腕と脚の力がもたず、カメラがぶるぶると震え出します。それを必死に我慢しながら何往復もドリーを続けます。大変な作業でしたが、それだけに満足のゆく映像ができました。私の自信作をぜひご覧ください。

視野を広げる映画作り 国際観光学科 来村ゼミ3回生 邵宇傑(撮影)

邵宇傑さん

 張東国君と2人で担当したカメラマンでしたが、相当に気を遣います。演技を生かすも殺すも撮り方ひとつ。人を魅了する映像を作る半分は役者の演技力、半分はカメラマンの腕にかかっています。その役をいただいたとき、不安もありましたが、私はそれ以上にやりがいを感じました。とはいえ、機材は本格的なビテオカメラで、いろんな機能がついていますので、扱いを覚えるだで大変です。すでに扱い慣れた北川雄一郎君に教わりながら、撮影前の短時間にひととおりの技術を習得しました。ただ、映せるというだけでは話になりません。映画の編集に耐える迫力のある美しい映像を撮らなければならないのです。気弱になっていた私を励ましたくれたのは岡本梓監督と来村先生でした。「難しいことを考えず、やっているうちにできるようになるよ」という、心を軽くしてくれる言葉でした。

映画撮影風景

 その言葉がまじないになったのか、撮影を始めると、思っていたよりも調子よく進み、それなりの映像が撮れます。とはいえ、張東国君と同様に私も体力がもちません。ビデオカメラを持ちながら不動の姿勢で撮影することは、地味なようで大変な運動です。腕にも脚にも疲労が溜まり、暗くなるころには、体中の筋肉が痛み始めました。撮影の時間は10時間あまり。2人で交替しなければ、途中で倒れていたところです。苦しみましたが、時間はあっという間に過ぎました。撮影に集中していたからでしょう。

 それにしても、ひとつの作品を生みだすのは、相当な手間がかかります。テーマを決め、脚本を書き、役者を選び、カメラと音声を配置して、はじめて本番に臨めます。本番は本番で、天候や時間を読みながら、臨機応変に場所を変え、出演者もそれに呼応して動かなければなりません。それらを取り仕切る監督には、視野を広く持ち、全体を見通す能力が必要だということを、横で見ていて学びました。もし、第2弾が企画されたなら、もう一度カメラマンを希望するでしょうが、監督や演技にも興味が惹かれます。創作の楽しさを覚えた体験でした。

音が表現する世界を感じて 国際観光学科 来村ゼミ3回生 土井駿矢(録音)

土井駿矢さん

 私が担当したのは演技の声や動作の音を拾う音声です。ビデオカメラにもマイクがついていますが、離れた場所から映した場合、どうしても声が遠くなります。そのような場面では別に録音して編集の際に使おうと、音声専門の係が別につけられたのです。使用したレコーダーはSONYのPCM-D50で、一般のICレコーダーとしては最高級の性能をもっているそうです。ぱっと見ると、色々な機能がついているようで戸惑いますが、先に操作を覚えた清水裕晶さんに教わり、説明書を読んでいるうちに、使い方は把握できました。試してみると意外に操作は簡単で、これならいけそうだと自信が出てきました。

映画撮影風景

 ところが、本番の録音をする段になって、さまざまな問題が起こりました。機器の問題ではなく、技術の問題です。とくに野外での録音は車や風の音などの雑音が大きく、台詞がかき消されてしまうこともあります。録音したあとに確認の再生をすると、遠くでザーザーという音が聞こえるのです。室内でもクーラーの音のような小さな音も拾ってしまいます、「こんな小さな音まで入るのか」と思わずため息が出ました。録音性能がいいだけに、すべての音をとらえるのでしょう。なんとも予想外の難しさです。無音の状態になるのを待っていると、時間ばかりが経ってしまいます。この調子だと、どれだけの時間が必要なのだろうと、セミが元気に鳴く野外で汗だくになりながら考え込んでしまいました。こういう場合、プロの音声さんはどのように切り抜けているのだろうか。気になるところです。彼らがよく使っているウィンドスクリーンやガンマイクがあれば、もっと楽になるかも知れませんね。次の撮影にはオネダリしたいところです。

 撮影が進み、徐々に慣れていくうちに余裕も出てきました。そうすると、出演者の音声を聴いているだけで、どんな場面なのかがわかり、「今の感情の込め方は良かった」などと評価もできるようになります。これまで映画を観るときには、映像ばかりに気を取られていましたが、これからは音響の効果にも注意するようになるでしょう。この先、映画の撮影があるのなら、ぜひまた音声を担当させてください。

演劇の基本は台詞です 経済学部経済学科2回生 David Kou(撮影アシスタント)

David Kouさん

 私は撮影のアシスタントで参加しました。どちらかと言えば、収録を傍観する立場でした。演劇を志す人間として、他人が作品を創作する過程を観ることは有意義です。これまで私は演劇の創作活動に3度加わり、映画の制作にも挑戦しました。「自分の努力に悔いがない」と言いたいところですが、残念ながらそうは言えません。劇にせよ、映画にせよ、納得のゆく作品をいまだ世に出せていない。そう思うからです。最高の劇とか、最高の映画とか。そんなレベルではなく、ありふれた作品の水準にすら到達していない。そう感じてきました。

 そのようなときに来村ゼミが映画を作ると聞いて驚きました。演劇部でもないのに、どうしてそんな活動をするのか。本当に映画を作れるのか。そういう疑いの心を持って参加したのですが、実際に収録が着々と進められてゆく。ゼミの行動力に感服させられます。とはいえ、聞けば、これが初めての試みで、出演する学生は演劇の経験がない、まったくの素人ということです。しかも台本は当日に渡され、その場で配役が決まるという、我々の世界では考えられない展開です。それだけに、演劇部の部員として、しっかりと彼らの演技を評価し、これからの材料にしていただきたい。そういう思いで、あえて辛口のコメントをさせていただきます。

映画撮影風景

 一番の問題は台詞にあります。台本には完璧に台詞が記されていますが、役を演じる学生が台詞を覚えられず、アドリブで切り抜ける場面が多々見られました。演劇の基本は台詞です。劇にせよ映画にせよ、台詞を軽視することは許されません。台詞が舞台を仕切る。それが演劇の基本です。1日限りの撮影で、ぶっつけ本番となり、台詞を覚える余裕のなかったことはわかりますが、次回の映画作りの際には、しっかりと練習をして収録に臨んでほしい。そうすれば、さらにすばらしい作品になることでしょう。「南キャン物語」第1話の収録終了を祝すると同時に、次の話があるならば、ぜひまた参加し、自分のキャラクターを活かしたい。そう願います。

映画の編集に向けて 岡本梓(監督)

映画撮影風景

 撮影チームの体験記はいかがでしたでしょうか。「映画を撮るにあたり、苦労したことは何か」と聞かれると、私の場合、「すべてです」とお答えするしかありません。何もかも初めてのところからスタートしました。監督というのは名ばかりで、右も左もわからないまま撮影が終わってしまった感じです。ただ、「初めてだから」という言い訳はやめます。「動けなかった自分が悔しい」というのが正直な気持ちです。収録ではあまりにも助監督の来村先生に頼りすぎました。監督という立場をいただいたからには、映画作りの残り半分を一手に引き受けなければならない。そういう思いで編集をしています。

編集画面

 アドビ社のプレミアムエレメンツは一般向けの動画編集ソフトですが、簡単な映画を編集することができます。これを使って夏のオープンキャンパスで高校生に見せる予告編を試作してみました。わずか2分たらずの作品ですが、不慣れなこともあって、とんでもなく手間がかかりました。本編は30分程度の短編に仕上げる予定ですが、どれほどの時間が必要でしょうか。想像するだけで挫けそうです。

 今は日々パソコンと格闘しています。すごく大変な作業ですが、少しずつでも形になっていくのが楽しく、時間さえかければ、何とか作品を完成させる自信は出てきました。編集作業は部屋に籠って行う目立たない仕事ですが、見えない所でこんな頑張りがあるからこそ、私たちは映画館で素晴らしい映像を観ることができるのですね。そういうことを実感しています。

 編集をしていると、「撮影のときにこういう絵を撮っておけば」「この場面はこう撮るべきだった」「台詞が決まるまで、もうワンテイク撮っておけばよかった」などと、反省点が次から次から出てきます。それでもあの日、「みんなで1つのものを作るのだ」と意気込んで一致団結した経験は何物にも代え難いものでした。反省を活かし、あのチームワークをもって再チャレンジすれば、驚いていただるけるような作品を作っていける。そう確信しております。苦労して撮った映像をお蔵入りさせないよう、編集をがんばって続けますので、撮影チームのみなさん、阪南大学のみなさん、そしてこのホームページをご覧のみなさん。ご期待下さい。
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