ジャズの誕生物語から考えるダイバーシティ・マネジメント

ダイバーシティから生まれた創造的な音楽

ジャズは、おおよそ100年前に米国ルイジアナ州のニューオーリンズから始まったと言われています。ルイジアナ州は、元々スペイン領でしたが、フランス領になったり、再びスペイン領になったりする複雑な歴史を持っています。最終的には、1803年、三代目アメリカ大統領のトーマス・ジェファーソンがフランスのナポレオンから1,500万ドルで買収し、現在に至っています。このような歴史的な背景もあってニューオーリンズはダイバーシティの豊富な地域になりました。人種も言語も多様で、フランス語、スペイン語、英語、クレオール語が通用され、建築様式、服装、慣習、料理、話し方などもそれぞれでした。音楽的環境も同様で、19世紀のニューオーリンズ舞踏会で演奏されたのはヨーロッパ流れのマズルカ、フォルカ、ワルツなどであり、街角では黒人ブラスバンドの演奏や世界各国語の歌が流れたと言われています。ジャズは、こういったダイバーシティの中から生まれた新しいスタイルの音楽でした。

世の中にないものが生まれるには産婆役が必要

ここで1つの疑問が出てきます。果たしてダイバーシティがあるだけで創造的な音楽が生まれたのでしょうか。つまり、多様な構成員で成り立つ組織であればどんな組織であっても創造的なアウトプットを生み出す組織になるのでしょうか。当然でしょうが、ダイバーシティの確保は創造的な組織づくりの必要条件にはなりますが、十分条件ではありません。世の中にない新しいものが生まれるためには産婆役も必要です。ジャズの誕生においても、ニューオーリンズに溢れていたダイバーシティを織り出す産婆役があったと考えられますが、そこで注目すべき存在がヨーロッパ音楽の素養を備えた「クレオール」です。
クレオールは、白人(主にはフランス人とスペイン人)と黒人の混血です。特に、フランス領のルイジアナ州のニューオーリンズに住んでいたクレオールは独自の奴隷解放規定により特権階級に成長しました。この奴隷解放規定とは、「子女は母親の身分に従うが、白人である主人が死亡する場合、妾だった黒人女性は奴隷から解放され、その間で生まれた子女も自動的に解放される」ということでした。1803年、ルイジアナ州をアメリカに売るときにフランスがクレオールの身分維持を条件にしたこともあって、1850年代にはクレオールの繁栄が絶頂期を迎えました。当時のクレオールは黒人奴隷を持っていたし、町の中心部に住みながらフランス語を日常用語として使い、カトリック教会で洗礼を受けたと言われています。つまり、あの有名な「アンクル・トムの小屋」の時代に、黒人奴隷と似たような有色人種のクレオールは子供にバイオリンやピアノを教えたり、フランスに留学させたり、クレオール・オンリーの交響楽団まで作って楽しんだりしながら白人と同じレベルの生活をしたわけです。
しかし、南北戦争(1861〜65)による奴隷解放は、クレオールのこのような生活に大きな変化をもたらしました。最初は、英語を話す無学の黒人奴隷出身者とクレオールを区別するため、「有色クレオール、クレオール黒人」などの呼び方が一般化されましたが、1876年、ジム・クロウ法(1964年まで存続)の成立によって、クレオールの身分は急落することになります。ジム・クロウ法は「一滴規定(One-drop rule)」で有名ですが、要するに、一滴でも有色人種の血が流れているのであれば有色人種としてみなすということです。やがて1894年にはクレオールを黒人と同じく処遇するという法案が成立し、クレオールは既得権をすべて失うことになります。白人同盟の活躍などにより、クレオールは公職から追放され、家業を奪われ、カトリック教会から登録が抹消され、町の中心部からも追い出されるようになりました。
奴隷出身の黒人と同じ扱いになって生活に困ったクレオールのなかでは、音楽を演奏したり、音楽を教えたりしながら延命する人が多くあったと言われています。この人たちが黒人音楽とヨーロッパ音楽を融合させ、新たな音楽を生み出す産婆役を担ったのではないかと考えられます。それは、クレオールの存在がなかった時の黒人音楽を考えるとわかります。当時の黒人たちは、南北戦争で敗戦した南軍の軍楽隊から流された楽器を安く手に入れ、持ち遊んでいたと言われており、それがジャズ音楽に繋がったと知られていますが、無教育で、楽譜も読めなかったミュージシャンだけではジャズ音楽への発展は難しかったのではないでしょうか。そこにヨーロッパクラシック音楽の素養を持ったクレオールが大きく貢献したわけです。
今日の企業社会を100年前のニューオーリンズに比較するとどうなるのでしょうか。まず、考えられるのは、グローバル企業の社員は国籍と人種が多様で、現場で使う用語も様々である点で似ているということです。問題は、そのようなダイバーシティのなかで、ジャズの誕生みたいな、シナージから生まれる創造的なアウトプットがなかなか出てこないことです。では、グローバルに通用するビジネス文法を身に着けた、ニューオーリンズのクレオールみたいな産婆役は企業組織の中にはないのでしょうか。もちろん組織の中にも異質的なメンバーの間でインタラクション役割の可能な人は多くいます。グローバルな状況を考えると駐在員や海外留学など海外での生活経験がある人、技術と経営を考えるとMOT教育を受けた人や両側の仕事経験のある人がそれにあたるでしょう。このような人たちをオン・オフで組織化し、彼らの経験と知恵を分ち合うことが出来たらそこから新しい何かが生まれることは期待できます。いわゆる集団知性の活用になりますが、組織の力量とシステムを活用することにより、クレオールのような新たな時代の経営に相応しい産婆役を計画的に育成し、活用することも可能なのではないでしょうか。

ダイバーシティの共存と産婆役の進化

ジャズ100年史を振り返ってみると、スウィング、ビバップ、クール・ジャズ、ハードバップ、フリー・ジャズ、ヒュージョン・ジャズなど、ジャズ音楽における「思潮」とも言うべき動きが現れました。しかし、ジャズ史のなかでこのような区分はその時代の支配的な思潮の誕生と消滅を語るものではありません。ハードバップの全盛期にもビバップやクール・ジャズが頻繁に演奏されるなど、共存してきました。つまり、ビジネスにおける関連多角化と同じく、ジャズ・ミュージシャンがインプロビゼーションを通じて表現の可能性を探求しながら実験を継続していく過程で、新たな思潮が登場し、また、それが持続的に発展してきたことによって、ジャズ音楽の境界や外延が拡張されたと考えられます。
初期ジャズの産婆役がクレオールだとすれば、新たな思潮の産婆役は誰だったのでしょうか。それは「ジャズ・ジャイアンツ」と称されている優れたジャズ・ミュージシャンです。つまり、クレオールという集団からジャズ・ジャイアンツという個人とそのミュージシャンを追従する演奏者たちに変わったと言えるでしょう。企業組織の中でも関連多角化で成功するためにこのジャズ・ジャイアンツみたいな存在が必要であるとすれば、そういう人たちをどのように見つけて育成し、活用していくかが課題になります。

創造的な摩擦を促進する組織文化

ダイバーシティ豊富な環境では、産婆役が介在することで、クリエイティビティやイノベーションが出やすいのは事実でしょうが、その分様々なコンフリクト(葛藤)を誘発しやすいのも事実です。要するに、ダイバーシティというのは「諸刃の剣」であるということです。もちろんコンフリクトが全て悪いわけではありません。いわゆる「創意的な摩擦(Create the Spark)」というものがあるからです。ジャズ音楽の創成期にも黒人奴隷出身の音楽家とクレオール音楽家の間に多くのコンフリクトがあったはずです。楽譜は読めないがどんな曲でも演奏できる即興バンドと、楽譜の読める洗練されたバンドの間に演奏をめぐるコンフリクトがなかったら可笑しいでしょう。両者が敵対するばかりだったらそれで終わったかもしれないが、お互いに刺激を受け、さらなる発展を模索していくなかで、ジャズという新たな音楽が生まれたわけです。どうすれば組織の中でこういった創造的な摩擦の促進ができるのでしょうか。ここで組織文化的アプローチが必要になりますが、情緒的コンフリクト(感情葛藤)を最低限に抑え、次の<図>でみるように、異質的な集団の凝集性(group cohesiveness)と組織内外の相互作用を増やすことが鍵になります。
集団凝集性とは、集団が構成員を引きつけ、その集団の一員であり続けるように動機づける度合いです。集団凝集性が高いほど、組織そのものの拘束力や成果が高い傾向があると言われています。
しかし、集団凝集性というのは、ただ高ければいいものではありません。集団が外部と隔絶され、批判的な意見を受け入れられなくなり、多様な意見が存在せず、単一化する可能性があるからです。所謂「集団浅慮(Group Think)」現象に陥ってしまい、会議などで誰かが異議を申し立てようとしてもなかなかできない雰囲気になることです。このような集団浅慮現象に陥りやすい組織の特徴としては、集団の凝集性が高いことや外部から孤立していること、リーダーの価値観に偏りがあることや時間的にプレッシャーがあること、また、意思決定においてちゃんとした手続きの規範がないこと、などが挙げられます。従いまして、ある組織がこの集団浅慮現象に陥らないようにするためには、こういったことをリーダーに自覚してもらい、盲目的に組織の一体感だけを強調するのではなく、メンバー同士の自由闊達な意見交換ができるような雰囲気作りや新たな知識情報を積極的に組織内に取り入れる組織文化を構築していかなければなりません。いずれにせよ、組織の中で創造的摩擦、創造的アウトプットを生み出す源泉として、効果的なダイバーシティ・マネジメントの問題を考える場合、ニューオーリンズのクレオールみたいな産婆役として、異質的な集団の仲介役やゲートキーパーみたいな存在を大事にすべきでしょう。