ホット&クールvs. 効率性&効果性 (Hot & Cool vs. Efficiency & Effectiveness)

ホット&クールの緊張関係から発展したジャズ

今の形のジャズ音楽は「ホット」と「クール」という2つの力が編み出した歴史の産物であると言っても過言ではありません。ホットという用語は、最初は音楽の感性的な熱気やパワーを暗示したり、そのような音楽スタイルの特徴となるユニークなサウンドやビブラート過剰のようなことを指したりする言葉として使われたようです。ニューオーリンズジャズやビバップ時代の音楽の特徴を表す言葉はまさにこのようなコンセプトの「ホット」でした。ルイ・アームストロングがホットファイブ(Hot Five)やホットセブン(Hot Seven)と名付けたジャズコンボを結成して多くの録音を残したことや、ジャズ音楽の創始者を自称したジェリー・ロール・モータンがレッド・ホット・ペパース(Red hot peppers)を結成して活動したことはその象徴的な出来事です。
「クール」という用語はビバップのような熱気溢れるジャズ音楽をホットジャズと称したことに対比して使われるようになったと言われています。クールジャズを語るときに欠かせないマイルス・デイヴィスの「Birth of the Cool」というアルバムは1956年に発売されましたが、1949〜1950年の間に録音されたもので、当時流行っていたビバップとは随分と雰囲気が違ったものでした。だからと言って、マイルス・デイヴィスをクールジャズの創始者として見做すことにはいろいろと異論があります。ジャズの歴史をもうちょっと深掘りすると白人ジャズの立役者だと言われているトランぺッターのビックス・バイダ—ベック(1903〜1931)という人物が登場しますが、彼の演奏スタイルこそクールジャズの始まりだという意見もあり、サックス奏者のレスター・ヤング(1909〜1959)の演奏スタイルを指すという意見もあります。レスター・ヤングの演奏スタイルの特徴は、低音のビブラートが抑制されていて、音色も優しく、楽な気持にさせると言われています。ともあれ、米国の西海岸地域の白人ミュージシャンの間で広く受け入れられ、「ウェストコストジャズ」とも言われたクールジャズは、ビバップの即興演奏方式を取りながら、ビバップのように過激な演奏もなく、多くの音符を短い時間内に激しく演奏することもありませんでした。コード進行においても曲の雰囲気を極端に変えるほどの強い緊張関係を誘発することもなく、ビバップに比べて非常に安定的で聴者に優しいというイメージを作り出しました。このような演奏スタイルは実際に多くの大衆から愛され、「Take Five」という曲で有名なクールジャズコンボのデイブ・ブルベック・カルテットは世界巡回公演を行うほどでした。
このように白人の感性が加味されたクールジャズが登場した頃は、既に大衆がビバップから離れていった時代でした。ビバップ・ミュージシャンの演奏スタイルがどんどん複雑になり、一般の感想者たちは彼らの音楽を理解することが難しくなったからです。要するに、ビバップはダンス用音楽であったジャズを芸術性の高い音楽に昇格させることには大きく貢献しましたが、大衆が日常的に享受できる音楽にすることはできませんでした。現在も多くのジャズファンたちに強く支持されているハードバップは、ビバップ演奏スタイルをベースにその音楽の激しさや熱気を適切にコントロールした白人ミュージシャン中心のクールジャズが人気を収める状況から刺激を受けた黒人中心のビバップ・ミュージシャンたちが新たな変化を求めて発展させたものです。ハードバップは、ビバップのように強烈な音楽でありながら、コード進行の面で過度な飛躍を回避し、安定的な雰囲気を作り出したと評価されています。
ちょうどその頃(1950年代)には既に一般化されたLPレコードによって演奏時間を延ばすことができましたので、ビバップ時代のようにSPレコードに入れるため短くて短編的なプレーズを息苦しく速いスピードで演奏する必要はなくなり、ジャズ・ミュージシャンたちが全体演奏のストーリーを作って余裕をもって演奏することができたこともハードバップの流行りに大きく貢献しました。ハードバップの場合、ビバップに比べてリズム・セクションの変化が目立ちますが、ビバップよりスピード感が弱まったことの代わりにドラムの役割が大きくなりました。拍子を維持するドラムの役割は主にシンバルが担当することになり、シンバル、タムタム、ベースドラムなどの音色変化と音の強弱で、変わる音楽の雰囲気を表現することになったわけです。我々がハードバップ音楽を聴きながらビバップより刺激的で強烈な音楽であると認識するようになったのはこのようなドラムの演奏スタイルの変化に起因します。技術の進歩がコンテンツの構造まで変えてしまった良い事例です。

効率性から効果性のマネジメントへ

ジャズの歴史とほぼ同じ長さの歴史を持っている経営学の世界でジャズのホットとクールに当てはまるものがあるとしたら何でしょうか。様々な議論ができそうですが、ここでは、効率性と効果性の概念について考えていきます。事典的な意味で効率性とは、投入した努力と得られた結果の比率が高い特性を言い、効果性とは、目標の達成に関連する概念です。ドラッカーは効率性を過程中心の価値(Doing things right)として考え、効果性を結果中心の価値(Doing the right things)として把握していました。一般的に、効率性は行為者が最低限の時間と努力を通じて期待した目標を達成する時に得られるものなので、効率性が良ければ効果性も良いのではないかと思われがちですが、必ずしもそうではありません。結果(効果)はいいですが効率が低い場合もあり、過程上の効率はいいですがあまり良くない結果が出る場合もあります。
組織論の巨匠チェスター・バーナードは、ある行為が行為者の動機を満足させなければ、その行為が目標を達成して効果的であっても非効率的であると指摘しました。このような効率性の問題は機械的な方法論と人間的な方法論の2つの側面からも考えてみることができます。機械的なアプローチは1910年代のテイラーリズムに代表される科学的管理論であり、人間的なアプローチは1920年代末のホーソン工場の実験から始まった人間の感情や社会的な特性を配慮する人間関係論です。組織の中で緻密な計算を通じて機械的、物理的条件を整備するとともに、組織のメンバーである人々の士気を高揚させることによって、バーナードの言う真の意味での効率性を期待することができます。ホットジャズのスターたちに効率性を追求した経営学のスターを喩えてみると、まず、ジャズ音楽の形を作ったと言われているルイ・アームストロングは科学的管理論のフレデリック・テイラーに比較できます。また、ダンスミュージックを欲しがる大衆の欲求を満たせたベニー・グッドマンや演奏者の満足を追求したチャリー・パーカーなどのビバップスターたちは、メイヨー&レスリスバーガーを始めとする関連研究者たちに比較することができます。ビバップがニューオーリンズジャズを発展させ、モダンジャズを作ったことと同じく、人間関係論はテイラーリズムを補完しながら、X・Y理論、QWL、TQCなどの手法を誕生させ、経営の効率性の向上に大きく寄与したと考えられます。
一方、企業の目的の1つは持続可能な経営にもあります。効果性をクールジャズに喩えてみるために、ジャズ音楽の生き残りにフォーカシングしてみると、クールジャズは、ホットミュージックの頂上にあったビバップが大衆の人気を得ず孤立していく時に登場し、映画のサウンドトラックなどを通じて多くの人に親しまれ、ジャズ音楽が歴史の中に消えないように貢献したと考えられます。
以上のようなことを人的資源管理の発展史に喩えてみると、人事の各機能を連携させ人的資源管理という専門分野を確立させたことをホットに、人事機能が効率化に執着するあまり人事のための人事になることを警戒しながら、組織がその目的を上手く達成できるように、計画的な人的資源管理活動の展開に関心を回した戦略的人的資源管理という概念の登場がクールに比較できると考えられます。戦略的人的資源管理論とは、元々競争優位の確保のために、企業が持っている人的資源の寄与度を高めなければならないという議論なので、目的論に合致する部分があります。つまり、ドラッカーの言う効果性の本質である「結果中心の価値」につながる話です。このように、ジャズのホットを経営の過程価値に、クールを結果価値に喩えて片づけてしまうのは何の合理的な根拠のない乱暴な話しですが、発想と思考の地平を広げてみる試みとしての意義はあると考えられます。

効率性と効果性が共に求められる創造経営

K.Lewinの古典的変化モデルによると、世の中のすべてのものには、現状を維持しようとする力と、それを壊そうとする力の緊張関係が存在します。従いまして、変化をもたらすためには、まず、この2つの力のバランスが崩れる必要があります。Lewinはこのプロセスを解凍(Unfreezing)、変形(Change)、再凍結(Refreezing)の3段階で説明し、この段階のどれ1つが抜けると変化し難いと考えました。解凍段階は、変化に必要な雰囲気を形成させる段階で、すでに固まっている慣性と惰性を克服し、既存のマインドセットを解体することに当たります。変形段階は、2つの力の中で1つを強化し、ほかの1つを弱める段階です。過去の方式が挑戦を受けてはいますが、それを代替するほどの明確なイメージがまだ描かれていない状況であるため混乱している過渡期になります。再凍結段階は、新たなマインドセットが決定(結晶)され、その状態が安定的になる段階です。元の属性に回帰しようとする2つの力を変形された状態でそのまま固める段階になります。
  • <図>K.Lewinの3段階モデル

人事・組織のマネジメントにおいて過程を重視するか、結果を重視するかという問題もこの3段階モデルをベースに考えてみると、例えば、日本で1990年代から話題になったいわゆる「成果主義」は、日本企業の過程重視文化を結果重視文化へ変えようとする試みであると解釈できます。成果主義にしないといけないという組織雰囲気作り、新しい人事制度の導入、成果主義の体質化などの段階を上手くマネジメントできた企業は成果主義人事のモデル企業としてベンチマークの対象になったはずです。もちろん、組織における変化とは、過程か結果かという両極端の話だけでは成り立ちません。業績考課の時に意欲や態度などの情意考課を行う日本企業の場合、完全な結果重視の成果主義の導入は無理なので、「役割主義人事」などの造語も流行っていますが、問題の本質はどのような制度でも時間が経ったら制度疲労現象になりやすいし、環境が変わるとまた変化を求めざるを得ないということです。
以上でみてきたように、ジャズ音楽でホットとクールが交叉しながら生き残りと発展の原動力に作用したことと同じく、経営の世界においても効率性と効果性が交叉しながら新たなマネジメントスタイルを生み出してきたと考えられます。ホットとクールのせめぎ合いでハードバップが誕生したことと同じく、経営の世界でも効率性と効果性の緊張、補完関係を通じて多様な概念や経営手法が発展してきましたし、これからも進化していくでしょう。従って、効率性や量重視の考え方が過去の世紀の産業パラダイムだからといって排除される必要はありません。効果性の観点からすると、量も質もケースバイケースで追及しなければならない価値になるからです。今日、強調されている創造経営も、結局のところ、こういった効率性と効果性を共に考慮しないと達成できない課題であると考えられます。