疑うことから始める科学

 7月の阪南経済NOWは,村上雅俊が担当します。阪南大学経済学部では主に統計学を担当しています。統計学と聞いてあなたはどのようなイメージを持つでしょうか。難解,数式の羅列というイメージを持つ方が多いかもしれません。もちろん数式を使うのですが,決してそれのみではありません。例えば,みなさんは,新聞や雑誌,ウェブサイト上に掲載される統計表やそれをもとにしたグラフを,普段どのように見ているでしょうか?客観的な数値情報として,あるいは,書かれている文章の根拠として信用する人の方がおそらく多いことでしょう。ここで一言。

 統計数字を鵜呑みにしないでください。

 数字を通して現状をありのまま映し出す鏡としての役割が統計にはあります。適切に現状を映し出しているのかを批判的に検討するというのも統計学のひとつであると言ってよいでしょう。「何を対象に?いつ?どこで?どのような標識で?調べ,そして集めたデータを集計・加工した数値」(=統計)なのか。これらを統計の四要素と言います。四要素を調べて,統計数字を疑うことから統計学を始めましょう。

1.その数字・・・疑ってみる

 毎月発表され,各種のメディアに登場する「失業率」を例に,統計数字を疑ってみましょう。以下,括弧付きの箇所は,総務省統計局のホームページを引用しています。
 失業率の正式名称は完全失業率です。完全失業率の計算に用いられる統計は『労働力調査』です。総務省統計局によると,「労働力調査は,我が国の就業・不就業の状況を把握するため,一定の統計上の抽出方法に基づき選定された全国約4万世帯の方々を対象に毎月調査しています」とあります。ここから,毎月,約4万世帯(世帯に属する世帯員)が調査されており,日本に居住するすべての人(世帯)を調査していないことが分かります。加えて,「調査は,毎月末日(12月は26日)現在で行う。就業状態については,毎月の末日に終わる1週間(12月は20日から26日までの1週間。以下「調査週間」という。)の状態を調査する」ともあります。
 何を対象に?いつ?どこで?調査され,集計・加工された統計なのかについて見ると,『労働力調査』は,日本全国で,統計上の方法によりピックアップされた約4万世帯(そこに属する世帯員)を対象に,毎月の月末1週間調査した結果をまとめた統計となります。
 『労働力調査』から完全失業率が計算されると述べましたが,では,完全失業率は『労働力調査』の中のどの数字を用いて計算されるのでしょうか?

2.その数字・・・もっと疑ってみる

 『労働力調査』がどのような統計なのかがおおよそ分かったところで,『労働力調査』では,調査期間中にどのような活動を行ったかをもとに,15歳以上の人口を区分していることを見ておきます。そうです。ここで「どのような標識」が用いられているのかを見るのです。区分の方法を,図1に示しました。まとめると「労働力人口は,15歳以上の人口のうち「就業者」と「完全失業者」を合わせたもの。就業者は,「従業者」と「休業者」を合わせたもの。従業者は,調査週間中に賃金,給料,諸手当,内職収入などの収入を伴う仕事を1時間以上したもの。休業者は,仕事を持ちながら,調査週間中に少しも仕事をしなかった者のうち,1.雇用者で,給料・賃金の支払を受けている者又は受けることになっているもの,2.自営業主で,自分の経営する事業を持ったままで,その仕事を休み始めてから30日にならないもの」(太字は筆者)となっています。
  • 図1 『労働力調査』の15歳以上人口の区分方法

 また,完全失業者は,次の3つの条件を満たす者とあります。つまり,「1.仕事がなくて調査週間中に少しも仕事をしなかった(就業者ではない。),2.仕事があればすぐ就くことができる。3.調査週間中に,仕事を探す活動や事業を始める準備をしていた(過去の求職活動の結果を待っている場合を含む。)」(太字は筆者)です。そして非労働力人口は,「15歳以上人口のうち,「就業者」と「完全失業者」以外のもの」と定義されています。  そして,完全失業率は,労働力人口に占める完全失業者の割合と定義されています。つまり,完全失業率=完全失業者÷労働力人口×100です。

3.その数字・・・もっともっと疑ってみる

 景気の良し悪しを判断する重要な統計数字のひとつに完全失業率があることは確かなのですが,先に見た15歳以上人口の区分(標識)と完全失業率の定義を見ると,複数の疑問が浮かび上がります。例えば,

①「調査週1週間のうち,1時間でも働いたら就業者になる?・・・」
②「1時間だけ働いて就業者に分類される人の家計の状態は?・・・」
③「不況が長引いて,なかなか仕事が見つからなければ,仕事を探すことをあきらめる人も出てくるのでは?・・・その場合は非労働力人口に分類される?」

といったことなどです。また例えば,仕事を探すことをあきらめた人を実質的には完全失業者と同じ状態にあると見て,完全失業者としてカウントするならば,完全失業率はどの程度になるのだろうかという疑問も出てくることでしょう。『労働力調査』・完全失業率が,働く人たちの現状を適切に映し出しているのかと疑問に思う人も多いのではないでしょうか。そもそもなぜ『労働力調査』で先にあげたような区分方法(標識)を用いているのだろうかという疑問を持つ人もいるかもしれません。

4.最後に

 実は上の話,1960〜70年代のアメリカで官民入り交じって実際に議論されたことなのです。議論の内容ならびに結果は1970年代末に報告書Counting the Labor Force(労働力をカウントする)にまとめられました。議論の内容が気になる方は,いちど調べてみてください。そこであなたは,数式の羅列ではない統計学の一部に触れることになるでしょう。
 人によって興味のある,あるいは,現在気になっている社会・経済問題はさまざまでしょう。それらに関連する統計数字をいちど疑ってみませんか?

【参考文献・資料】
総務省統計局ホームページ,『労働力調査』,2015年6月15日.
・National Commission on Employment and Unemployment Statistics, Counting the Labor Force, 1979.