青木 博明教授プロフィール写真

経済学部 経済学科

青木 博明
(アオキ ヒロアキ)

[職名] 教授
[出身地] 兵庫県
[出身校]
神戸商科大学大学院経済学研究科
博士後期課程
[担当科目]
情報経済学、ビジネスデータ分析a/b
[研究テーマ]
・不確実性の経済学
・シミュレーション分析の経済学への応用
・在庫分析
[主要業績]

  • 「新聞売り子問題の解の性質と2つの発注期間に対する解法」『阪南論集 社会科学編』第45巻第2号,2010年3月
  • 「複数財の在庫モデルのシミュレーション分析」『阪南論集 社会科学編』第50巻第2号,2015年3月

※その他の研究業績については、下記「researchmap」(国立研究開発法人科学技術振興機構)で公開している研究ページをご覧ください。

ReaD & Researchmap

プロフィール

 “疾風に勁草を知る”という言葉があります。勁草(けいそう)とは強い草です。
元々の意味は、疾風つまり苦難がその人間の内に秘める力・意志の強さを見分けるという意味です。中国は後漢の光武帝の言葉です。この言葉は、苦難がその人間を強く育てる、と捉えることもできると思います。我がことを振り返っても、大学時代は精神的経済的にも決して楽な時代ではないでしょう。しかし、それを耐え忍んだ分だけ、人は強くなり、その後の人生を輝かせる力を得るはずです。
 皆さんは若い。ゆるい風にあたって楽ばかりするのではなく、強い風にも向かってゆく勇気を持ってください。

メッセージ

 皆さんのすぐそばには、輝くような金の鉱脈があります。そこから採れる黄金とは、青春や人生における成長であり人との交流です。そしてそこから湧き出る大きな喜びです。しかしその金の鉱脈は、骨を折り、恥をかき、泥だらけになりながらも、掘り出さないことには、その輝きを手にできません。土の中に眠らせたままで終わってしまいます。実にもったいないことです。

雪の金剛山

 冬、ほんのつかの間、大阪も雪国になることがある。そのときは、我が阪南大学の人工芝の緑のグランドも雪で覆われて真っ白になり、その上で学生達が雪だるま作りに精を出す。そして写真中央の金剛山は、冬の間、人々がアイゼンで登るような本格的な雪山となる。昔は、その麓の集落では、その寒さを利用して、高野豆腐作りを生業としていたという。一時は50以上の豆腐工場があったらしい。この豆腐作りには遠く但馬からの出稼ぎも多かったのである※。しかし冷凍技術の普及とともにそれもすたれていった。
 この金剛山は歴史の山であり、鎌倉幕府を倒幕に追い込んだ楠木正成ゆかりの山である。後醍醐天皇が隠岐に流された後も、正成は独りこの山の麓に倒幕の灯を燃やし続けた。楠木勢の千に対して、それを取り囲む鎌倉軍は数万、もしくはそれ以上ともいわれる。鎌倉の大軍に対して、少数を以って楠木勢が持ちこたえたことが、やがて足利尊氏や新田義貞の鎌倉幕府への反旗を呼び込むのである。
 そのような少数で大軍に抵抗しつづけることが本当にできるのか、私も疑問に思っていが、実際に正成が最後に籠城した千早城址に登ってみると、それも不可能でないかもという気になる。それほど千早城を登る道が峻嶮なのである。
 楠木正成は、戦前は、朝廷に忠を尽くした人物として祭り上げられ、老若男女知らぬ者がいないほどの歴史上の大ヒーローだった。だが、戦後はその反動か、一般には忘れ去られた感がある。戦後、自由に語られるようになったともいうが、逆にいまだその反動の呪縛の中にあるようにも思う。
 正成は、なによりも五穀の豊穣と民の安寧を願った、と解する本があったが、私もそう思う、そう思いたいのかもしれないが。そんな正成の人柄、人々への誠実さを物語る、正成が作らせたという二つの塔がある。千早赤阪の戦いで亡くなった人々を供養したものである。一つが楠木勢を慰霊する「身方(みかた)塚」で、もう一つが鎌倉勢を慰霊する「寄手(よせて)塚」である。この二つの塔、寄手塚の方が身方塚より先に作られ、そして寄手塚の方が身方塚より大きいのである。この大きさの違いは戦死者の数を反映するものなのだろうか。正成とその周りの人々が、敵側であった人々をただ憎しみの対象とするのではなく、味方と同じ、時代の変動期の犠牲者とみたのである。

 休日に千早赤阪村を歩くことがある。その自然の中で、世俗にまみれ煩悩に満ちたこの心と体を洗い流し、清められるかと思うのだ。あちこち回ったが、実はこの二つの塔をまだ見にいったことがない。正成が最初に籠城した下赤坂城の跡地の近くにあるという。この辺り、新緑の頃には美しい棚田が広がり、ときおりキジの鳴き声も聞こえる。なんだか一人で見に行くのがもったいないような気がするのである。いつか学生諸君といっしょに行くときがあるかと思い、とっているのである。

※「千早赤阪村郷土史友の会」発行の『千早のむかし話』(2001年2月)を参考にした。

“あービルが建つ”

“あー家が建つ 家が建つ 僕の家ではないけれど…”というテレビCMが昔あったが、そんなフレーズを思い出しながら、陸橋の上から写真の風景を見ていた(撮影は2010年5月頃)。近鉄阿倍野橋駅の上に立つ60階になるという超高層ビルの建設中の写真である。たしかに自分の家でもないし、我が阪南大学の最寄り駅の駅ビルでもないが、でもとっても良い予感がする。
 阿倍野橋は、阪南大学の最寄りの河内天美駅からは電車で15分、阪南大学からは22、3分ほどである。近鉄南大阪線の始発駅なので、この駅を通って阪南大学に通う学生も大変多い。そのまま振り返って、陸橋から北西方向を見ると、遠く通天閣が見える。夕方になると、きれいなイルミネーションが点灯する。そういえば、一度この陸橋を通ってゼミ生達とあの通天閣を目指したことがある。登って皆で夜景を見ようと思ったのである。

 以前、通天閣から夜景を見たとき、それは“光の海”という言葉がふさわしいと思ったのを思い出し、皆と感動をともにしたいと目指したのである。通天閣の最寄り駅は阿倍野橋から地下鉄で一駅隣だが、歩いたら金がかからないし、その分思い出深いものになると思ったので歩くことにした。たしかこの陸橋を通った。しかし、ゼミ生、特に女性陣のあゆみが実にのろい。結局、着いたらすでに通天閣がしまっていて、上に登れなかった。まだ夕暮れ時、夜になる前にしまっていて(当時)、これからがかき入れ時だろうに“なぜ、こんなに早く?”といぶかり、このことを大阪七不思議の一つに数えるべきだと思った※。
 この超高層ビルが完成すれば、最上階あたりに展望台ができ、きれいな夜景が見えることだろう。梅田にある30階ほどのビルの展望台にも何度か登ったが、通天閣から見る夜景とは違う。Locationの違いもあるが、見る位置、視線の高さも影響するのではないか思う。通天閣は高さ100mしかなく、残念なことにもっと高いビルが今はいくつもある。東京タワーや今建設中の東京スカイツリーと比べるとずいぶん見劣りするのだが、そのそれほどでもない視線の高さが“光の海”効果を生み出すのではないかと思う。
 
 なお、この超高層ビルの名称は阿部野橋ターミナルビルタワー館(仮称:少し長い)で、完成すれば300mとなり、日本で最も高いビルになるとのことである。通天閣のちょうど3倍である。
 
 このビルが完成すると、晴れた日には、ぐるりと一回り、生駒、二上山、葛城、金剛、和泉山脈、大阪湾、六甲、北摂の山々を展望でき、また大和川の流れを眺望でき、通天閣とはまた違う光景を楽しめることになるであろう。またレストランや娯楽施設などもできて新名所となるに違いない。ゼミ生と来ることもあろう。近鉄の駅ビルなので、そのあゆみがいかにのろくても、すでにしまっていたということもなかろう。
 上の写真をとったときは、歯医者に行く途中で、前歯をさし歯にすることになり、長年付き合ってきた自分の歯が失われることで気落ちしていた。それでも元の歯の土台は残り、見た目もよい丈夫な歯になるという。それと比べるのもなんだが、この高層ビル以外にも天王寺、阿倍野橋周辺は再開発が進んでいる。古いものが失われる寂しさもあるが、やはり古いものを壊さなければ新しいものは建てられない。
“あービルが建つ ビルが建つ 僕のビルではないけれど…”、でもとっても良い予感がするのである。

※ 現在(2011/5)、通天閣は、営業時間9:00〜21:00(年中無休)。入場は終了時間の30分前(20時30分)まで、とのこと。

研究・教育テーマ

 現在の研究テーマは、不確実性・確率的な状況における経済・経営分析です。シミュレーションなどパソコンを利用した分析も行います。需要が確率的な状況下での最適在庫問題を“新聞売り子問題”と呼びますが、その分析もしています。
 在庫問題はスーパー・ストアやコンビニエンス・ストアなどの小売店をはじめとするほとんど流通業・商業において重要な問題で、とても実践的な研究課題といえます。したがって、ゼミなどの授業でも、今後はこれを中心に教えていこうと考えています。それが面白い方向に進めば、そのことについてまた報告しようと思っています。

次が私の最近の論文です。
1) 「複数財の在庫モデルのシミュレーション分析」『阪南論集 社会科学編』第50巻第2号,2015年3月
2) 「新聞売り子問題の解の性質と2つの発注期間に対する解法」『阪南論集 社会科学編』第45巻第2号、2010年3月。