国際コミュニケーション学部 国際コミュニケーション学科

神尾 登喜子
(カミオ トキコ)

[職名] 教授
[出身地] 群馬県
[出身校]
同志社大学大学院文学研究科前期博士課程 博士 (国文学・同志社大学)
[担当科目]
文化交流入門、都市文化史論(日本)
[研究テーマ]
日本文化の神・仏−近代日本に翻弄された信仰と聖なる地−
[担当クラブ]
硬式野球部顧問
[主要業績]

  • 『びわ湖街道物語−西近江路の自然と歴史を歩く−』翰林書房,2014年
  • 「いかにクールに締めくくるか−固執しない加藤隆久名誉宮司の生き方」生田神社社報,2014年9月初秋特集号

※その他の研究業績については、下記「researchmap」(国立研究開発法人科学技術振興機構)で公開している研究ページをご覧ください。

ReaD & Researchmap

メッセージ

 2016年で学部を卒業して30年が経った。ふと考えてみると、現在、仕事をする中で学生時代の4年間で学んだことが大いに生かされているように思う。大学が京都にあったことから、先斗町や花見小路で過ごす時間も多かった。40万近い飲み屋の借金も作ったため、親からは遊び人だと思われていたし、実際そうであったと自負している。だが、所属していた研究室で学んだ時間も多かった。ほとんど指導教授はいなかったが、自由に使わせてくれた。もしも、時計の針を巻き戻せたとしても、また同じ「時」を刻みたいと思える大学時代である。
 そんな大学生だった時間を振り返り改めて思う。その4年間は、残りの40年間を実り豊かに生きるための礎をつくる「時」であったのではないか、と。卒業後、新たな船出をしたが、未だ水平線の向こうにある自分の未来にはたどり着いてはいない。そこにどのような風景があるのか。それを知りたくて、私は今も舵を握り大海原を小さなヨットで漂い続けている。
 新入生諸君。「キャンパス」という舞台の開幕です。君たちそれぞれが主役の台本は、君たち自身が作ってください。その舞台の端役として私がキャスティングされたとしたならば、嬉しかったりします。

神尾教授の変化


阪南大学に着任した当時の神尾先生です。(34歳)


10年前40歳の頃の神尾先生です。


2012年現在の神尾教授です。

ゼミナールの主役は学生!講義の主役は神尾!

私の考え方は、“ゼミナールの主役は学生・講義の主役は神尾”です!

何百人〜何十人
毎年4月、何百人も入れる階段が設置された教室で開講される講義を受けると、“高校生から大学生になったンだ!”と実感するという1回生。
それと同時に、高校の教室よりも小さな教室で、20人前後で開講される国際コミュニケーション学部1回生科目「大学入門ゼミ」。
このように“大と小”、そして本学に設置される“中”の教室を1週間で行き来するのが大学生の毎日です。基本的な大学での授業は、“講義”と“ゼミ”の2つに分かれます。

神尾教授の文庫本「一度は行きたい神社・お寺のご朱印散歩」(新人物文庫刊) 全国書店で販売中!

『一度は行きたい神社・お寺のご朱印散歩』(新人物文庫刊)の中身とは!?

関東と関西、55社寺の紹介をした本。これがこの度の文庫本『一度は行きたい神社・お寺のご朱印散歩』です。
ここ数年来、私は仕事で近畿圏の有名社寺の宮司・管長にお出会いし、直接インタビューする機会に恵まれました(これは別途、すでに集英社から刊行されております)。その時間的経過の中で、「歴女」や「仏女」、あるいは有名人の墓参りをする人々が出現。
このような文化現象についていかなる分析をしたらよいのか、とは私にとっての一つの課題研究ともなりました。そもそも、日本人に限らず旅行者である外国人も含めて、宗教空間である神社や寺になぜこぞって出かけるのか。今、その答えを探せたか、といえばまだです。
むしろ、この度の文庫本は、その答えを探す道のりで神社やお寺で実際に見た風景と出会った人々を紹介した、といえばよいでしょうか。だから「一度はお参りしたい」ではなく、「一度は行きたい」なのです。
さて、最後に。本書の特徴をいくつか掲げておきます。
 ・オールカラー(表紙もカラーです)
 ・各社寺ご朱印掲載(複数掲載されているページもあります)
 ・言葉のクロッキー(インタビューを通して浮かび上がるキーセンテンスの抜粋)
といったところでしょうか。