「大宮と言えば、泉澤仁」と言われるように サッカー部 泉澤 仁選手

「大宮と言えば、泉澤仁」と言われるように サッカー部 泉澤 仁選手

「一歩ずつステップアップしていきたい」 サッカー部 可児 壮隆選手

J4クラブのオファーのなかから、「一番試合に出にくいチームはどこか」と考え、大宮加入を決意

――2013年7月19日、泉澤仁選手の来季からの大宮アルディージャへの加入内定が発表された。
 また、同日にチームメートの二見宏志選手もベガルタ仙台への加入内定を発表。約3か月後の10月28日には、窪田良選手の徳島ヴォルティスへの加入内定が発表され、すでに来季からのコンサドーレ札幌への加入が内定している工藤光輝選手、同じく川崎フロンターレへの加入内定の可児壮隆選手と合わせて、今年度阪南大学は同一学年では阪南大学史上最多となる5人のJリーガーを輩出することとなった。来季、Jの舞台に挑む泉澤選手に、大宮を含むJ4チームのオファーを受けた中から、大宮を選択した決断の経緯を聞いた。

 大宮アルディージャに入るという決断をした決め手は、やはりスカウトの方の熱意ですね。それにオファーを頂いた4チームの中で、一番、周りのひとが、僕のことを知らないチームが大宮だったと思うので、自分を知られていないところで、また違うことにも挑戦できるかなと思って決めました。

 それと、一番、試合に出るのに苦労するのはどこかなと考えたときに、大宮かなと思ったんです。プロでは左サイドで勝負したいと思っているのですが、大宮には同じポジションに、チョ・ヨンチョル選手という凄い選手がいます。ヨンチョルくんは、僕が新潟ユースにいた高校時代に、新潟のトップチームにいて、その頃から憧れていた選手。ボールを持った時の迫力もあって、本当に相手にとって一番イヤな選手だなと思っていましたし、自分もそういう選手になりたいと思っていた選手なので、その選手と本気同士でポジション争いしたいという思いで大宮に決めました。


 一番、試合に出るのに難しいチームを選んだかも知れないですけど、だからといって負けるわけにはいかないと思っているので、1年目からヨンチョルくんとポジションを争っていきたいなと思います。
 ポジション争いに挑むための自分の武器はドリブルですし、ゴールに結びつくプレーが自分の魅力と思ってます。ひとと違う意外性のあるプレーが好きなんで、自分もそういう意外性のあるプレーをもっと増やして、「ひとと違うな」というプレーを見せつけたいですね。

「これから大学生になるひとには、プロになるんだったら阪南大学に行った方がいいよ」と言いたい

――もともと千葉県出身の泉澤選手は、中学時代は柏レイソルU−15に所属。高校進学時はそのまま柏U−18に昇格することもできたが、「柏とは違うサッカーを経験してみたい」という思いがあり、高校入学時に新潟ユースを選んだ。高校卒業時、新潟ユースからは、「トップに昇格することはできず、「”大学でも成長出来るんだ“というところを見せたい」という思いで阪南大学進学を決めた。
 中学卒業時に、新潟ユースを選んだのは、同じ柏レイソルU-15だった友達が新潟に行くというのもあったし、「また柏とは違うサッカーを経験してみたい」という思いもあったからですね。
 高校卒業時、新潟ユースでは、トップに昇格できなかったので、悔しい気持ちもありました。それまで大学進学はまったく考えてなかったんですけど、「自分は大学で頑張って、4年後、”大学でも成長出来るんだ“というところを見せたい」という思いで、阪南大学を選びました。
 阪南大学を選んだのは、阪南大学の練習に参加した時に「面白い大学だな」と思ったからです。高校までの自分のしてきたサッカーは、個人を伸ばすというよりも、「チームで勝つ」というサッカーだったんですが、練習に参加した時に、須佐(徹太郎)監督が、「相手が1人くらいだったら、1対1で仕掛けていいよ」という(個人を伸ばすような)指導をされていて、「面白い大学だな」と思ったことと、練習中の監督の細かい指導を聞いて、「自分もこの監督の言ってることができたら、もっと成長できる」と思ったのが決め手になりました。

 そうして、「もっと成長出来る」と思って阪南大学に来て、4年間で一番成長したと思うところは、ボールのないところの動き出しというところですかね。そこは、大学2、3年の頃に、何回も言われたところだったんですけど、今はそのボールのないところの動き出しがあるから、自分みたいに小さい選手(165cm)でもボールを持った時に少しでも楽になれるというのがあります。「ボールのないところの動き」というのは、この大学に来て学んだことかなと思いますし、阪南大学に来て、本当によかったと思ってます。
 あと、高校時代までは、サイドから中に切れ込んでのシュートが好きだったんですけど、阪南で、「中に切れ込む動きだけじゃなくて、縦に突破できる選手になるとプレースタイルが拡がるよ」と言うことを教えられたこともよかったですね。それは最初の頃は自分ではあんまり納得してなかったんですけど、言われたようにやっていくうちに、「縦に突破できる選手はやっぱり相手にとって怖いな」と思ったので、「須佐監督の言ってることは当たってるな」って思いました。
 須佐監督からは、その縦に突破することに関しても、「単純に力づくで行くというよりも、相手の意表をつく」というようなことはよく言われました。自分は、そうやって監督に言われたことプラス、自分の思っている工夫をとり入れています。その工夫というのは、「相手(DF)の足が揃った瞬間に抜く」ということを考えてるというか、「相手(DF)の足を上手く止める」ということを意識してるんですが、その自分の工夫と監督に言われていることがうまく混ざってできているので、それが自分にとっていいのかなと思ってます。

 須佐監督は、そういう動き出しの部分とか、ボールを持った時のこともそうですけど、本当に一つひとつ細かく教えてくれるので、“教えてもらったことがプロに行ってからでも生きるだろうな”と思うことは多いですね。そういう細かいことはプロのコーチからでもそう教えてもらえることではないと思うし、サッカーで生きていこうと思うんだったら、阪南大学はいいかなと思います。
 それに須佐監督は自分の知ってる中で、一番サッカーを知ってるひとだと思います。言ってることはほんと細かいし、要求も高い。縦への突破ができたら、次はこれ、次はこれといろいろ出てくるんで、要求の高さに困ることもありますけど(笑)、これほどの監督はいないかなと思ってますね。
 あと、阪南大学は、初動負荷トレーニングを導入してるのですが、最初の頃はその良さがわからなかったんですけど、初動負荷トレーニングをすることによって、もともと自分は固い筋肉だったんですけど、だんだん柔らかい筋肉になってきて、その分、疲れにくくなったり、無理な体制でもボールに触れたりするようになった。捻挫した時とかは早く治りやすいかなと思いましたし、初動負荷トレーニングって凄いかなと思います。
 それに、今は、バランスの練習で下駄を履いての歩行とかやってるんですが、阪南大学に来て、いろいろ学べたというか、「こんなこともあるんだな」というのが吸収できた。「これから大学生になるひとには、プロになるんだったら阪南大学に行った方がいいよ」と言いたいと思います。

昨年、総理大臣杯で、初の日本一に。“阪南大学に来てよかった”と思った

――昨年、阪南大学は、総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントで、見事優勝を果たした。泉澤選手も全5試合にフル出場し、攻撃をけん引。日本一のタイトル獲得に大いに貢献した。

 大学で一番、印象に残っているのは、やっぱり日本一を獲った時の、去年の総理大臣杯ですね。
 自分はそれまで、日本一を獲ったことがなかったので、その時、ほんと、「この大学に決めてよかった、阪南大学に来てよかった」って思いましたね。
 それまで、関西学生リーグでは、ある程度プレーできていても、全国でなかなかできてなかったという思いが自分自身であったのですが、去年の総理大臣杯では、自分の好きなプレーが出せたというのが嬉しかったですね。
 なかでも印象に残っているのは、準決勝の早稲田大戦です。早稲田って守備が堅いイメージだったんですけど、やってみたら自分の思うようなプレーができたのが嬉しかったし、早稲田に勝ったのも大きかったですね。

残りわずかな大学での試合、チームを勝たせるプレーとチームに勇気を与えるプレーができるように

――こうして多くの面で「阪南大学に来てよかった」という思いを実感する泉澤選手だが、実は大学3年時に一度、卒業を待たずに大学を辞めてプロに行こうと考えたことがあったそうだ。

 実は大学3年時に、大学を辞めてプロに行こうとして、一度監督に言いに行ったことがありましたね。元々、大学に入学する前に、大学2年間で結果を残して辞めるつ
もりで大学に入ろうと思ってたんです。それくらいの気持ちじゃないとプロは無理だろうなって思ってたので。
 それで、大学3年のインカレ前に須佐監督に「辞めてプロに行きたい」って言いに行ったんですけど、「お前にはまだ教えることがある」と言われたので、「じゃあ、残ろうか」と思いました。
 今、振り返ると、監督には今でもつねに教わることがあるので、残ってよかったなと思います。

 それにやっぱり大学4年になってからプレーすると、下級生のときとは重みが違う。4年になるまでは、「とりあえず自分が頑張ってればいいや」っていう考え方だったんですけど、4年になってからは、自分のことより、チーム第一と言うことを考えて、チームを勝たせるプレーを第一に考えるようになりましたね。
 大学では、今までは自由にやらせてもらってたので、残りわずかな大学での試合を、自分のアピールというよりも、チームを勝たせるプレーとチームに勇気を与えるプレーができるようにしていきたいと思います!

初の全日本大学選抜入りを果たした2011年。 イタリアで開催された国際ユース大会でMIPを受賞

――阪南大学入学後は、1年時から試合に出て活躍し、関西学生リーグの新人賞を受賞。2年時には、初めて全日本大学選抜に選出され、2011年6月にイタリアで開催された、アンジェロ・ドッセーナ国際ユース大会に出場した。この大会では全5試合中4試合に出場し、2得点を上げる活躍で、全日本大学選抜の準優勝に貢献。大会MIP(もっとも印象に残った選手)にも輝く活躍を見せ、持ち味であるドリブルの切れ味やスピードが、外国人相手にも十分通用するという手応えを掴んだ。
全日本大学選抜には、その後3年連続で選ばれ、4年時には、ユニバーシアード日本代表にも選出され、第27回ユニバーシアードに出場。初戦のトルコ戦でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれるなど、日本の銅メダル獲得に大いに貢献した。
 全日本大学選抜で印象に残っているのは、やっぱり大学2年で初めて大学選抜に選ばれた時のイタリア遠征ですね。初めて大学選抜として臨んだ大会で、初戦でいきなりインテルとか有名なチームと戦えた。そのインテル戦にも勝てたんですけど、結果よりも内容というところで、日本人の俊敏性とかが通用するんだなと実感した試合でしたし、プレーしていても楽しかったですね。この大会で、自分のドリブルやスピードは外国人選手相手にも通用すると思いました。
 全日本大学選抜では、2年時のイタリア遠征を初め、シンガポールやインドネシアとかの海外遠征にも行かせてもらえました。いろんな国ごとにサッカーのスタイルは違うし、そういう経験をさせてもらえた大学サッカーには感謝していますね。
 こうしていろいろ海外遠征も経験させてもらったのですが、やはり自分も将来は海外に移籍したいという目標もありますね。ユニバーの遠征でドイツに行った時に、サポーターとか凄かったんで、ドイツとかもいいなと思います。

インカレ日本一を獲って、須佐監督を胴上げしたい

――大学3年時には関西学生リーグ優勝、総理大臣杯優勝、全日本学生選抜として出場した11年度デンソーカップチャレンジサッカーの大会MVP、関西学生リーグMVP受賞と、チーム、個人ともに多くのタイトルを手にした。
しかし、今季は、総理大臣杯の予選を兼ねた関西学生サッカー選手権の準々決勝で敗退し、総理大臣杯の出場権を逃し、関西学生リーグも準優勝で連覇はならず、まだ何もタイトルを手にしてはいない。その今季無冠の悔しさは、12月15日から開催される大学生活最後の大会となる全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)に、きっとぶつけてくれることだろう。

 インカレは大学生活最後の大きな大会だし、インカレ日本一はどうしても獲りたいですね。須佐監督にはいろいろ感謝してるんで、最後に須佐監督に恩返しできたらみたいな感じで、須佐監督を日本一の監督にしたいです。監督を男にしたいというか、最後に胴上げしたいですね!
 インカレでは阪南大学は、今年僕らの代から5人Jリーガーが出ていることもあって注目されると思いますが、注目されて、カッコいいプレーをしようとかはしないで、泥臭く、自ら仕掛けて崩して、攻めていくという、自分たちのサッカーを貫き通していきたいと思います。
 阪南大のサッカーをして、「阪南には手がつけられないな」と言われるくらい、強いチームとして優勝したいですね!

大宮にいないタイプの選手として、ほかの選手とは違ったプレーでチームに貢献したい

――来季は、念願の「インカレ日本一」の称号を手土産に、Jの舞台に挑みたいところだ。
大学サッカー界を大いに沸かせた切れ味鋭いドリブル突破、得点能力の高さを武器に、来季はJリーグでもその輝きを存分に発揮したい。

 プロでの目標はまず、1年目から試合に出るのはもちろんなんですけど、チームに貢献して、チームを一つでもいい順位につけることが自分の目標です。
 それに大宮の選手には自分みたいなドリブルするタイプがいないので、もし、自分がNACK5スタジアムでプレー出来たら、ほかの選手とはちょっと違ったプレーを見せて、サポーターの方とかに喜んでもらえるかなと思ってます。
 あとはアシスト、ゴールという結果を他の選手よりも多く獲って、「大宮と言えば泉澤」と言われるような選手に1年目からなっていきたいと思います!

阪南大学アスリートインタビュー

他の選手へのインタビューもご覧ください。
  • 資料請求
  • お問い合わせ
  • 交通アクセス